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第60話 あらゆるものを結び、芽を摘み取る者
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世界の理を変える不可思議の力を持つ者は、雨野ムスブと名乗ったという。
それは、ナユタの兄の名前だった。
ナユタは、彼が二歳のとき、そして兄ムスブが五歳のとき、ムスブが自分に何をしたのかを知らない。
だが、兄がいたことはなんとなく覚えていた。
兄が自分のことをよく思っていなかったこともまた。
ムスブは、ナユタが物心ついた頃にはもう、雨野家にはいなかった。
顔は写真で見たことがあるだけだった。
家には遺影はなく、仏壇やそれに変わるものもなかった。
だから死んだわけではないのだろうと思っていた。
兄はどこに行ってしまったのか、ずっと気になっていた。
父や母や叔母だけでなく、ピノアもまた、兄の話をナユタの前ですることはなかった。
兄の名前がムスブであることやその由来を父や母から聞いたのは、十年ほど前のことだった。
月の審神者の三人に取り憑いていたアメノミナカ、タカミムスヒ、カミムスヒというアンサーたちの名前が、雨野家の者たちの名前と似ていることがわかったときに、
「お兄さんはムスブだから、ナユタだけ仲間はずれだね」
ピノアは、そのときはじめてナユタの前で兄のことを口にした。
写真を残しているということは、それをナユタが見ることを父や母や叔母は覚悟していたはずだ。
聞けばきっと教えてくれただろう。
だが、聞いてはいけないような気がしていた。
「兄さんはこの世界に来てたのか……」
「やはりあの青年はキミの兄だったんだね」
名前からイルルはすぐに気づいたという。
「彼はナユタとピノアにしか興味がないようだった。
ふたりを憎んでいるようだった。
その憎悪や殺意を隠すこともしていなかった。
譲り受けた那由他の力ではなく、生まれもった不可思議の力で、お前たちとアンサー、銀河間戦争を結びに来た、と言っていた」
「ムスブがそんなことを……
そんなものと結ぶために、真依とタカミはムスブに名前をつけたんじゃないのに……」
「ぼくが物心ついたときには兄さんはもういなかった。
ピノアちゃんは兄さんがどうしていなくなったのか知ってるんだよね?」
ピノアは、うん、と言った。
「ナユタ……ずっと黙っててごめんね……
ムスブは五歳のときに、ナユタを殺そうとしたの……」
兄が自分を? 信じられなかった。
「あの子は生まれつき世界の理を変える力を持ってた。
でも力にはきっと無自覚で……
ナユタが生まれてから、あの子は真依やタカミやミカナやわたしを、ナユタに取られたと思ったんだと思う」
ナユタの一番古い記憶は、母や父や叔母やピノアたちからの愛ではなかった。
愛されて育った。たくさんの愛を注いでもらった。
だが、兄によく思われていなかったと感じていたことが、彼の17年の人生で最初の記憶だった。
「ナユタ、リビングにわたしのフィギュアがあるよね。
タカミが3Dプリンターで作ったやつ。
わたしがリバーステラに行ってから何年か、あの世界にはエーテルがあった。
だから、わたしは、」
自分のために兄を殺した、ということだろうか。
いや、そうじゃない。
実物よりもちょっと、いやかなり、おっぱいだけが盛られたピノアのフィギュアが確かにリビングにはあったが、彼女が魔法で兄を殺したというだけなら、フィギュアの話が今出てくるわけがない。
「わたしは、あのフィギュアにムスブを封印したの」
ピノアは言った。
それは、ナユタの兄の名前だった。
ナユタは、彼が二歳のとき、そして兄ムスブが五歳のとき、ムスブが自分に何をしたのかを知らない。
だが、兄がいたことはなんとなく覚えていた。
兄が自分のことをよく思っていなかったこともまた。
ムスブは、ナユタが物心ついた頃にはもう、雨野家にはいなかった。
顔は写真で見たことがあるだけだった。
家には遺影はなく、仏壇やそれに変わるものもなかった。
だから死んだわけではないのだろうと思っていた。
兄はどこに行ってしまったのか、ずっと気になっていた。
父や母や叔母だけでなく、ピノアもまた、兄の話をナユタの前ですることはなかった。
兄の名前がムスブであることやその由来を父や母から聞いたのは、十年ほど前のことだった。
月の審神者の三人に取り憑いていたアメノミナカ、タカミムスヒ、カミムスヒというアンサーたちの名前が、雨野家の者たちの名前と似ていることがわかったときに、
「お兄さんはムスブだから、ナユタだけ仲間はずれだね」
ピノアは、そのときはじめてナユタの前で兄のことを口にした。
写真を残しているということは、それをナユタが見ることを父や母や叔母は覚悟していたはずだ。
聞けばきっと教えてくれただろう。
だが、聞いてはいけないような気がしていた。
「兄さんはこの世界に来てたのか……」
「やはりあの青年はキミの兄だったんだね」
名前からイルルはすぐに気づいたという。
「彼はナユタとピノアにしか興味がないようだった。
ふたりを憎んでいるようだった。
その憎悪や殺意を隠すこともしていなかった。
譲り受けた那由他の力ではなく、生まれもった不可思議の力で、お前たちとアンサー、銀河間戦争を結びに来た、と言っていた」
「ムスブがそんなことを……
そんなものと結ぶために、真依とタカミはムスブに名前をつけたんじゃないのに……」
「ぼくが物心ついたときには兄さんはもういなかった。
ピノアちゃんは兄さんがどうしていなくなったのか知ってるんだよね?」
ピノアは、うん、と言った。
「ナユタ……ずっと黙っててごめんね……
ムスブは五歳のときに、ナユタを殺そうとしたの……」
兄が自分を? 信じられなかった。
「あの子は生まれつき世界の理を変える力を持ってた。
でも力にはきっと無自覚で……
ナユタが生まれてから、あの子は真依やタカミやミカナやわたしを、ナユタに取られたと思ったんだと思う」
ナユタの一番古い記憶は、母や父や叔母やピノアたちからの愛ではなかった。
愛されて育った。たくさんの愛を注いでもらった。
だが、兄によく思われていなかったと感じていたことが、彼の17年の人生で最初の記憶だった。
「ナユタ、リビングにわたしのフィギュアがあるよね。
タカミが3Dプリンターで作ったやつ。
わたしがリバーステラに行ってから何年か、あの世界にはエーテルがあった。
だから、わたしは、」
自分のために兄を殺した、ということだろうか。
いや、そうじゃない。
実物よりもちょっと、いやかなり、おっぱいだけが盛られたピノアのフィギュアが確かにリビングにはあったが、彼女が魔法で兄を殺したというだけなら、フィギュアの話が今出てくるわけがない。
「わたしは、あのフィギュアにムスブを封印したの」
ピノアは言った。
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