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第57話 生ける偽史
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「やっぱりと言うと?」
ナユタの、ただの歴史の先生じゃないと思っていたという言葉に、棗が意外そうにした。
「先生、手足が義手義足でしょ。
それだけじゃなく、身体の半分くらいが、生身じゃないよね。
ただの義手義足じゃなくて、すごく良くできてる。本物にしか見えないくらい」
「よくわかりましたね」
棗は感心していた。
「なんとなくだったけどね。
それに事故とかじゃないよね。自分からそういう体になることを選んだ。違う?」
「当たりです。
私は、この身体に様々な武具を納めているんです」
棗は手首を外して見せた。
どろろの百鬼丸のように刀の刀身がシャキンと出てくるのかと思ったが、出てきたのは柄の方だった。
「先生自体は武器庫みたいな存在で、その武器を使う別の誰かがいるんだね」
「そんなところです」
「異世界に加藤さんといっしょに何しに来たの? この世界、今結構危ないよ」
まだ17歳の少年が、どこまでなら踏み込んでいいのかどうかを考えながら自分に探り探り質問しているのがわかったから、棗は正直に答えようと思った。
ナユタは何かを悩んでいるか答えを欲しがっている。
教師として、あるいは年長者として、できる限りのことをしたいと思った。
「実は歴史教師は、副業みたいなものなんですよ。
私は、時の権力者によって都合のいいような形で後世に残された歴史ではなく、真実の歴史を探求する者なんです」
「じゃあ、今は邪馬台国について調べててるってこと?
神話とか、かぐや姫の話まで関わってくるから大変じゃない?」
やはりこの子は理解が早く、発想が柔軟だ。
「えぇ、しかも私たちが産まれた世界だけでは、真実の歴史にたどりつけなかったので、こちらの世界にまで来てしまいました」
邪馬台国についての真実を知ることが、棗が持つ偽史倭人伝の空白のページを埋める、最後の、そして最も難しい仕事であった。
しかし、神話やおとぎ話が関わってくるだけでなく、異世界にまで渡ることで、空白ページがさらに増えた。
神話、おとぎ話、異世界、それらの中にまだ偽史に貶められた真実の歴史があるのだ。
山人という、柳田クニオが日本の先住民族だとしていた存在もこの世界にいた。
「そろそろ本題に入りましょうか。
雨野くんは、何かを悩んでいますね。
あるいは答えはすでに出ているが、それをするべきか決めあぐねている」
「うん。でもその前にひとつだけ聞かせて。
先生と加藤さんはぼくたちの敵じゃないよね?」
かわいい質問だった。
てっきり、麻衣との関係を聞いてくるのかと思った。
もっとも彼女は、恋人のような関係ではない。
彼女は、他の戯使たちとは違い、実体を持つ生きた偽史、不老不死の存在である八百比丘尼だと答える以外になかったが。
かつて人魚の肉を食べた彼女は、千年近いときを生きていたが、棗家の者たちにもなじめず、目が離せなかった。
だから、自分の職場の生徒にした。
五十代も後半にさしかった彼が、三十前後の見た目を維持できているのは、かつて麻衣が怪我をした際に、その血を口に含んだためだった。
「敵でも味方でもないといったところですかね……
ですが、現在の利害関係は一致していますので、一応は味方です」
ナユタとの会話は楽しかった。
頭が良いだけではなく素直だからだ。
「場合によってはいつか敵になるかもしれないわけかー。
先生とは戦いたくないなぁ。
ぼく、先生のことも、先生の授業も結構好きなんだよね」
「知ってますよ。
テストの成績もさることながら、授業中の雨野くんの目はキラキラしてますから。
なかなか雨野くんみたいな教え子には出会えませんから、私も敵対したくはないですね」
本音だった。
後継者にしたいくらいであった。
ナユタの、ただの歴史の先生じゃないと思っていたという言葉に、棗が意外そうにした。
「先生、手足が義手義足でしょ。
それだけじゃなく、身体の半分くらいが、生身じゃないよね。
ただの義手義足じゃなくて、すごく良くできてる。本物にしか見えないくらい」
「よくわかりましたね」
棗は感心していた。
「なんとなくだったけどね。
それに事故とかじゃないよね。自分からそういう体になることを選んだ。違う?」
「当たりです。
私は、この身体に様々な武具を納めているんです」
棗は手首を外して見せた。
どろろの百鬼丸のように刀の刀身がシャキンと出てくるのかと思ったが、出てきたのは柄の方だった。
「先生自体は武器庫みたいな存在で、その武器を使う別の誰かがいるんだね」
「そんなところです」
「異世界に加藤さんといっしょに何しに来たの? この世界、今結構危ないよ」
まだ17歳の少年が、どこまでなら踏み込んでいいのかどうかを考えながら自分に探り探り質問しているのがわかったから、棗は正直に答えようと思った。
ナユタは何かを悩んでいるか答えを欲しがっている。
教師として、あるいは年長者として、できる限りのことをしたいと思った。
「実は歴史教師は、副業みたいなものなんですよ。
私は、時の権力者によって都合のいいような形で後世に残された歴史ではなく、真実の歴史を探求する者なんです」
「じゃあ、今は邪馬台国について調べててるってこと?
神話とか、かぐや姫の話まで関わってくるから大変じゃない?」
やはりこの子は理解が早く、発想が柔軟だ。
「えぇ、しかも私たちが産まれた世界だけでは、真実の歴史にたどりつけなかったので、こちらの世界にまで来てしまいました」
邪馬台国についての真実を知ることが、棗が持つ偽史倭人伝の空白のページを埋める、最後の、そして最も難しい仕事であった。
しかし、神話やおとぎ話が関わってくるだけでなく、異世界にまで渡ることで、空白ページがさらに増えた。
神話、おとぎ話、異世界、それらの中にまだ偽史に貶められた真実の歴史があるのだ。
山人という、柳田クニオが日本の先住民族だとしていた存在もこの世界にいた。
「そろそろ本題に入りましょうか。
雨野くんは、何かを悩んでいますね。
あるいは答えはすでに出ているが、それをするべきか決めあぐねている」
「うん。でもその前にひとつだけ聞かせて。
先生と加藤さんはぼくたちの敵じゃないよね?」
かわいい質問だった。
てっきり、麻衣との関係を聞いてくるのかと思った。
もっとも彼女は、恋人のような関係ではない。
彼女は、他の戯使たちとは違い、実体を持つ生きた偽史、不老不死の存在である八百比丘尼だと答える以外になかったが。
かつて人魚の肉を食べた彼女は、千年近いときを生きていたが、棗家の者たちにもなじめず、目が離せなかった。
だから、自分の職場の生徒にした。
五十代も後半にさしかった彼が、三十前後の見た目を維持できているのは、かつて麻衣が怪我をした際に、その血を口に含んだためだった。
「敵でも味方でもないといったところですかね……
ですが、現在の利害関係は一致していますので、一応は味方です」
ナユタとの会話は楽しかった。
頭が良いだけではなく素直だからだ。
「場合によってはいつか敵になるかもしれないわけかー。
先生とは戦いたくないなぁ。
ぼく、先生のことも、先生の授業も結構好きなんだよね」
「知ってますよ。
テストの成績もさることながら、授業中の雨野くんの目はキラキラしてますから。
なかなか雨野くんみたいな教え子には出会えませんから、私も敵対したくはないですね」
本音だった。
後継者にしたいくらいであった。
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