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第45話 戯使遣い・棗弘幸

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 千古と馬岐耳の前に現れた男の顔は、どう見てもジパングの民の者であった。
 だが、驚くほど背が高かった。

 彼女たちの時代では、ジパングの男はどれだけ背が高くても160センチほどしかなかった。
 彼女たちは140センチほどしかなかったが、ジパングの女はせいぜい150センチほどだった。

 だが、その男は180センチほどはあった。
 2メートルを優に超えていたジパングの先住民族である山人ほど背が高くはなかったが、いつの間にジパングの民はこれほど背が高くなったのだろう、と思った。

 あまりに背が高いため、後ろにもうひとり少女がいることが、少女が顔を覗かせるまでわからなかったほどだった。
 かわいい女の子だった。

「1800年前に、月からあなたを見てたわ。こんなに背の高い人だったのね。
あのときはありがとう。
 あなたのおかげで、邪馬台国はあのとき戦を起こさずにすんだ」

 千古は、その男にずっと礼が言いたかった。
 ようやく、それがかなった。

「礼には及びません。
 私はただ、私に与えられた役割を果たしているに過ぎないのですから。
 その役割の中に、たまたま貴女方の存在があり、今回はたまたまこの世界の危機に居合わせただけ……」

「あなたの役割……? この人、千古ちゃんの知り合いなの?」

「わたしはただ月から見てただけ。
 こうして直接会うのははじめてよ。
 ねえ、あなたのことを教えてくれる?」

 千古の言葉に男はうやうやしく頭を垂れた。

「千古様、馬岐耳様、お初にお目にかかります。
 私は、戯使遣い・棗弘幸。
 リバーステラにおけるジパング、日本という国に、西暦1981年に産まれた者です」

「戯使遣い? 西暦? なぁにそれ?」

「西暦とは、リバーステラの暦です。
 リバーステラにおけるアンフィス・バエナ・イポトリル、イエス・キリストが産まれた年を元年としています。
 もっとも、キリストが産まれたのは、その四年ほど前だと言われていますが。
 私は、雨野ナユタくん同様、西暦2038年からこの世界に来ました」

 つまり、目の前の男は57歳ということだった。
 だが、どう見ても30歳前後にしか見えなかった。
 リバーステラには魔人は存在しないはずだ。存在したとしても、身体の成長が終わり老化が始まる二十歳前後のままのはずだった。
 ただ若く見えるだけ、ということだろうか。

「戯使遣いについては、ご説明するよりも、実際に見て頂いた方が早いでしょう。
 卑弥呼様と和多流様は今、戯使という存在として、私と共にいらっしゃいますので」

 棗という男のそばに、卑弥呼と和多流が現れた。
 肉体を持たず、魂と力だけの存在であったが、千古と馬岐耳にはそれが間違いなく姉と兄だとわかった。

「本当にこの子たちに会えるだなんて……」

 卑弥呼は涙を流していた。

「千古、馬岐耳」

 和多流もまた、ふたりに声をかけた。

「彼はね、リバーステラの真実の歴史を探求する者なんだ。
 歴史は、時の権力者によって、歪められ、ねじ曲げられて後世に伝わる。
 それは、テラにおいても、リバーステラにおいても変わらないらしい」

「リバーステラにおいて、後世に伝わることのない歴史は、偽史と呼ばれます。
 偽史に貶められた方々は、戯使と呼ばれる魂と力だけの存在となります。
 私に与えられた役割は、偽史を回収、管理、管轄すること。
 そして、戯使となってしまった方を使役するのではなく、私の身体を使って頂くことにより、偽史を回収するお手伝いをして頂いています。
 この『偽史倭人伝』にすべての偽史を正しい歴史として記録し、真実の歴史を紡ぐこと、それが私の役割なのです」

 棗という男が持つ偽史倭人伝は、千古らが生きた時代、フギにあった邪馬台国の歴史が記されたものと同じ名前であった。

「リバーステラには、邪馬台国やぼくたちについて記された書物は、ひとつしかないらしい。
 それは、魏志倭人伝と呼ばれるもので、彼が持つ偽史倭人伝とは異なるものだ。
 そして、卑弥呼や壱与については記されていても、ぼくについては名前が記されておらず、迦具夜や千古、それに馬岐耳については名前どころかその存在自体が記されていない」
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