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第38話 親父の長いカオスな一日

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 ナユタは、ピノアと城のバルコニーにいた。
 城下町が一望できるだけでなく、地平線の彼方まで、どこまでも美しい世界を見渡せる場所だった。

 ナユタには、城のバルコニーから、かわいい女の子といっしょによく似た風景を眺めた記憶があった。
 その女の子は、名前や髪の色や瞳の色は違っていたけれど、ピノアによく似ていた。ミカナにも母にも似ているような気がした。
 デジャブかな、と思った。
 だが違った。
 父が作ったVRゲームの中で体験したことだった。
 デジャブだと勘違いするくらいよく似ていた。それくらいに父の作るゲームにはリアリティーがあった。

「父さんやミカナちゃんも、この景色を見たことがあるの?」

 ナユタはピノアに尋ねた。

「ここからはないはずだよ。
 タカミとミカナとメイは、ずっとジパングにいたから。
 でもジパングにはアメノミハシラっていう、塔がふたつある大きな城があるから。
 ほら、N駅のさ、高島屋やハンズが入ってるビルみたいな形の城。高さもおんなじくらいかな」

「そっか……だから父さんはVRだけじゃなくて、オープンワールドの世界にこだわってるんだろうね」

 ナユタの父が作るゲームは、そのすべてが仮想世界を自由に動き回って探索・攻略できるように設計されていた。
 定められた攻略手順の遵守を要求されないゲームプレイが可能だった。
 無論メインとなるシナリオがあり、ストーリー上のクリアは一応ある。だが、それを達成する必要はなく、その世界での生活を楽しむだけのプレイヤーも多かった。

「高島屋といえば、ピノアちゃんがいつも持ってたバッグのこと思い出すなぁ。ふたりとも全裸で来ちゃったから向こうに置いてきちゃったけど」

「ミカナが3年くらい前にわたしの誕生日にくれたやつ?」

「うん、あれ、ミカナちゃんだけじゃなくて、父さんと母さんとぼくもいっしょに買いに行ったんだ。
 ほら、ピノアちゃんとミカナちゃん、誕生日いっしょでしょ」

 10月9日がふたりの誕生日だった。
 ピノアの誕生日ということは、日付をまたいでいない限りステラもその日に生まれたということだろう。

「ミカナちゃんは、父さんにピノアちゃんのとは色違いのバッグを買ってもらうつもりだったみたい」


 雨野家がある八十三市は、六大都市のひとつN市のベッドタウンのような町だった。
 もっとも2020年代からリモートワークが当たり前になりはじめ、通勤や退勤のラッシュはすでになくなっていたが。
 最寄り駅からN駅までは、近鉄のリニアモーターカーで10分もかからなかった。
 リニアモーターカーに変わる前も急行に乗れば15分程度だったそうだ。

 叔母のミカナは、ピノアの誕生日に、高島屋に入っている、高級すぎない、もらう方が申し訳ないと思ってしまわないようなブランドのバッグをプレゼントしようとしていた。
 父や母やナユタが、叔母に連れて行かれたお店は、ガンダム好きなら絶対に反応してしまうブランド名のお店で、父は大興奮してしまった。
 そういう客には慣れている店員さんですら若干引くくらいはしゃぎすぎてしまい、母だけでなく叔母にもしかられていた。
 結果、予定していたものより一万円以上高いものを父が買わされていた。二人分。それだけでなく母の分まで。
 だから三人は色違いの同じバッグを愛用していた。

 父は父でピノアへのプレゼントを用意していたのだが、それがまたそのブランド名と同じモビルスーツの、二万円くらいする60分の1サイズの大きなプラモデルだったから、

『いい年してまだ女の子が何をもらったら喜ぶかもわかんないの?』

 と声を揃えて怒られていた。

「え、昔、真依もミカナも、ぼくがあげたいものが、わたしがほしいものだよって言ってくれてたよね?」

 と言った父に、

『それ、思いっきり猫被ってたころに言った言葉だから。しかも高校生のとき』

 とふたりは言い、

「あとピノアは、別にタカミのこと好きじゃないから」
「あとピノアは、別におにーちゃんのこと好きじゃないから」

 無論、恋愛的な意味で、という意味であったのだが、父は遠い目をして、

「刻(とき)が見える……」

 と呟いていた。

「あ、来年は土岐のアウトレットでピノアのプレゼント選ぼっか?」

「そのトキじゃない……
 長島のアウトレットがすぐ近くにあるのに、何故土岐まで行かなきゃいけないんだ……」

 あれは、カオスな1日だった。
 ナユタの人生の中でも五本の指に入る。


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