上 下
31 / 123

第31話 好きになってしまいそう

しおりを挟む
「千古さんて言ったね。
 あなたは、あなたの持つ力で、まだ力をうまく使いこなせないぼくが、使いこなせるようにできたりするの?」

 だが、どれだけスケールが大きかろうが、どれだけ馬鹿馬鹿しかろうが、解決法は簡単だった。

「可能だ。今、お前が那由他の力を完全に扱えるようにした」

「ありがとう。なんとなくだけど、さっきまでと違う感じがする」

 もうひとりの月の審神者、月読迦具夜は、まだアンサーに洗脳されている状態にある。
 いつ世界の理を変えられてしまうかわからない。
 すでに、今まさに、変えられている可能性だってあった。


「千古さん、それにピノアちゃん、ふたりに確認したいことがあるんだけど」

 ナユタはずっと気になっていたことがあった。

「ピノアちゃんもステラさんたちも知っていた、ジパングで行方不明になった竜騎士さんや戦乙女さんは、迦具夜って人に存在を消されたんだよね?
 ジパングのふたりの女王も」

「そのはずだ」

「存在が消されるってことは、この世界の歴史そのものから消されて、その人たちは生まれてこなったことになるはずだよね。
 その人のことは特異点であるピノアちゃんしか覚えていないはずだよね」

 確かにそうだ、何かがおかしい、とピノアは思った。
 ステラやレンジたち、みんながニーズヘッグやアルマ、マヨリやリサのことを覚えているわけがなかった。

「私も覚えている。
 だから、特異点となる者だけでなく、同じ力を持つ者の記憶からも消えることはないのだろうな」

「でも、ピノアちゃんだけでなく、みんなが覚えていた。
 それに、千古さんが取り憑いていたランスの王様の息子の王子さんも。
 これってたぶん、ステラさんやレンジさんたちは、ピノアちゃんがそばにいたからで、ランスの王子さんは千古さんがそばにいたからだよね」

 そうかもしれない、としか千古には言えなかった。
 考えたこともなかった。
 アカシックレコードにアクセスしても、特異点の存在はイレギュラーであり、その力は未知数であったようで、まだデータベース化されていなかった。

「つまり、ピノアちゃんが持つ特異点の力や、千古さんやぼくが持つ世界の理を変える力は、まわりにいる人たちも、必ずではないかもしれないけど、世界の理を変える力の干渉を受けなくなるってことなんだと思う。
 ぼくの那由他の力を使って、ピノアちゃんの持つ力を世界規模に拡大すれば、この世界のすべてが特異点になる。
 迦具夜さんがこれから何を変えようとしても、何も変わらないことになるよね?」

「そっか。そのときにアンサーってやつらの存在だけを除外すれば」

「アンサーの存在を消せる……」

 それだけじゃなく、銀河間戦争の存在自体を消せるかもしれなかった。

「お前は、すごい男だな……」

 千古ははじめて笑った。
 ナユタだけでなく、ピノアも、かわいい笑顔だな、と思った。

「お高く止まって、むすっとしてるよりその顔の方がかわいいじゃん」

 ピノアにそう言われ、

「私は今、笑っていたのか?」

 千古は驚いていた。

 最後に笑ったのがいつだったのかさえ、彼女はもう覚えてはいなかった。

 嬉しいな、と思った。
 嬉しい? 嬉しいとはどんな感情だったろうか。

 ここに来たのは、自分がランスでしでかしてしまったことを後悔し、懺悔の気持ちからだった。
 迦具夜だけなら自分でもどうにかなるかもしれない。
 だが、アンサーという存在はどうにもならない。
 自分にはもはやどうすることもできないアンサーをふたりに止めて欲しかっただけだった。

 洗脳され善悪の区別さえつかなくなっていた自分を、ランスの王や王子は、民や父を愛する強い気持ちによって、洗脳から解いてくれた。

 そして、ナユタとピノアは、封印されている間に忘れてしまっていた、笑うことや嬉しいという気持ちを思いださせてくれた。

 邪馬台国で、卑弥呼がアンサーによって洗脳されてしまう前は、皆で民のことを考えていた。

 政(まつりごと)を行うことは簡単なことではなかったが、千古は姉たちや兄や妹とも大変仲がよく、毎日よく笑い、毎日が幸せだった。

 民に子がうまれるたびに心から喜んだ。

 幸せだった。

 あの頃にはもう戻れない。
 だが、もう一度笑うことができた。

「もう、思い残すことはない……」

 千古がそう言うと、

「いやいや、あんたも手伝ってよ。
 なんでわたしたちに殺される気マンマンよ。殺さないし。消さないし」

「うん、ぼくたちが何をすべきかはわかったけど、これから何が起きるかわからないしさ、千古さんがいっしょにいてくれたら心強いな」

 ふたりは、千古に手を差し出した。

「洗脳されていたからしかたないじゃすまないことかもしれないけど……
 あ、責めてるわけじゃないよ。
 千古さんが、自分がしたことを後悔してるなら、死んで罪を償うんじゃなくて、生きてこの世界のためになることをいっしょにしようよ」

 ふたりはまるで袂をわかつ前の姉と兄のようだった。
 特にナユタは、兄によく似ているような気がした。

 千古が大好きだった、和多流に。

 好きになってしまいそうだ。

 と、千古は涙を流しながらそう思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...