もしも、えっちなことをしてる途中で異世界転移しちゃったら。【異世界転移奇譚 NAYUTA 1~】

雨野 美哉(あめの みかな)

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第20話 月読千古(つくよみのちふる)

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 月の審神者のひとり、月読千古はランスの国王の身体に取り憑いていた。

 国王ジルニトラ・リムドブルムは、この数日間、自らの意思で動いていると思い込んでいるが、彼は千古によって負の感情を増幅されているに過ぎなかった。

 千古が世界の理を変え、竜騎士をこの世界に生み出し、魔法が失われた世界において竜騎士団を有する最強の軍事国家の王にした。
 そして、ジパングのふたりの女王が持つ力についての知識を与えた。

 彼の持つ負の感情の中で、最も強いものは恐怖だった。

 だから彼は、得体の知れない力の存在を恐れ、最強の竜騎士たちをジパングに派遣した。
 同時に、エウロペに存在するかつて世界を滅亡の危機から救った者たちが持つ力を恐れた。
 だから、竜騎士たちが戻らないとわかるやいなや、すべての責任をエウロペの女王に押し付け、ゲルマーニやアストリアと同盟を結び、エウロペに対し宣戦布告をした。

 そして、今は数万の軍がたった五人にわずか数分で敗れたことに恐怖し、その精神は破綻しかけていた。


 千古もまた唖然としていた。

 エウロペの女王に取り憑いていたはずの三女・馬岐耳の存在を感じられなくなったのは、まだ数時間前のことだった。

 彼女が、姉である自分や迦具夜を下に見て馬鹿にしていたことは、1800年前から気づいていた。

 長女・迦具夜がジパングのふたりの女王を仕留め損ねただけでなく、返璧マヨリに代わり世界の理を変える力を持つ者や、世界の理を変える力の干渉を受けない特異点となる存在を異世界から召喚することを許してしまったことで、彼女が自分や迦具夜やこの世界を見限っただろうこともわかっていた。

 エウロペの民と共に異世界に転移し、異世界の女王となろうとしていたこともまた。

 だが、彼女は転移することなく、その前に存在を消された。

 おそらくは、世界の理を変える力ではなく、10番目の世界に存在した大厄災の魔法によってその存在を消されたのだ。

 馬岐耳がいずれ自分たちを裏切るだろうということはわかっていた。
 だから、彼女のことはもはやどうでもよかった。

 だが、エウロペに張られたあのバリアはなんだ?
 あのバリアを破ることも消滅させることも、千古にはできなかった。

 つまりは、あのバリアは、世界の理を変える力の干渉を受けない、特異点となる存在であるピノア・オーダー・ダハーカが張ったものだということだった。

 ランスとゲルマーニとアストリアの三国の数万の兵を、異形の姿に変えバリアを破らせたが、それによって異形の兵たちは個々の持つ戦力の大半が失われた。
 その中には、竜騎士もいればそのドラゴンもいた。アストリアの錬金術師たちもいた。ゲルマーニの兵たちが持つ医療魔法によって、治癒能力は飛躍的に高められていた。

 個々の戦力を削がれていたとはいえ、数万の軍が、たった五人を相手に、わずか数分で壊滅させられるなどといったことがあるわけがない。

 世界の理を変えでもしない限り、そんなことは不可能だ。
 だが、その力を持つ雨野ナユタは、力を使ってはいなかった。

 ミクロコスモスはいつからそのような力を手にしたというのだ?


 まぁ、良い。
 ジパングのふたりの女王以外に、世界の理を変える力を持つ者が存在し、さらには特異点となる存在がいること、数万の軍を数分で滅ぼせるだけの力を持つ者がいることがわかっただけで良しとしよう。

 いつまでもこの恐怖に苛まれた男に取り憑いていては、こちらも気が滅入るだけだ。

 この男はもう使い物にならない。
 ミクロコスモスは、やはり脆弱な存在だ。

 千古は、ジルニトラ・リムドブルムの身体から抜け出した。

 だが、なぜだろう。
 この不愉快な感情はなんだ?
 まさかな、と千古は思う。

 取り憑く時間が長すぎたか?
 いや、わずか数日ミクロコスモスに取り憑くくらい、過去にいくらでもしたことがある。
 この男の精神が、自分に新たな感情を芽生えさせたというのか?


 ランスの第一王子バラウール・リムドブルムは、平和を愛していたはずの父が数日前から変貌したことを疑問に抱いていた。
 父が恐れたジパングのふたりの女王が持つ力について、母も弟たちも大臣たちも誰も知らなかった。

 王の間を人払いし、誰も寄せ付けず、王妃である母や、息子であり次期国王である自分さえも王の間に入ることは許されなかった。
 父の言葉を、大臣らに伝える役目をしていた女がいたが、その女を彼は知らなかった。

 大臣らによれば父が最近雇った預言者だということだった。
 つい先ほどその女を捕まえて、父に何をした? と問い詰めていたが、何を聞いても女は何も話さず、そして突然バラウールの目の前で手足や首がバラバラになり崩れ落ちた。

 生きていたはずだった。人だったはずだった。
 だが、人形だった。

 これはただ事ではない。

 父の身が危ない。

 バラウールが急いで王の間に駆けつけると、父は白目をむき、頭をかきむしりながら悲鳴を上げていた。

 そして、そのすぐそばに少女がいた。

 ジパングの者だろうか?
 美しい着物を着ており、艶のある長い黒髪は床につきそうなほど長かった。
 その顔立ちは幼く、少女というよりは子どもだった。

 この子どもはどこから来た?
 この子どもが父を狂わせ、戦争を起こさせたのか?

「貴様は誰だ? 父に何をした?」

 少女は、バラウールの顔を見ると、

「お前は確か、このジルニトラ・リムドブルムの息子、バラウール・リムドブルムだったな」

 冷たい声でそう言った。

「この男はきっと良い王であり、良い父であったのだろうな……
 お前の顔を見ればわかる。お前はこの男を尊敬し信頼し愛していた。数日前から豹変してしまったこの男のことがさぞかし心配だったろうな……
 この国の民は皆この男を愛していたのだろう」

 少女はそう話しながらバラウールに向かって歩いてきて、そして、彼の体をすり抜けた。

「この男は、恐怖に支配され、目に移るすべてのものだけでなく、目に見えない存在しないものさえも恐れるようになってしまった。
 もはや、自分の存在すら恐怖に感じていることだろう」

 だが、国王ジルニトラ・リムドブルムの最も強い感情は、恐怖ではなかった。

 取り返しのつかないことをしてしまった、という罪の意識であった。

 すまないことをした、少女はそう言って、バラウールの目の前で姿を消した。


 月の審神者のひとり、月読千古には、それまで持ち合わせてはいなかった、罪の意識や後悔、謝罪、懺悔といった感情が産まれていた。

 そして、彼女は今、自己嫌悪に苛まれていた。
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