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第五部 消夏(ショウカ)

第25話

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 洪璧(こうへき)という■■■村の村民であった古典教師を殺し、彼になりすましていた▼▲▼▲という男は、わたしに女王の力を目覚めさせ、彼が長年恋い焦がれてきた卑弥呼に会うためだけに、寝入や璧隣家の人たちを殺しただけだと言った。

 彼の目的は写本などではなかった。

 写本の存在と璧隣の一家殺人は無関係だったのだ。

 そして、村の誰も洪璧が別の何者かと入れ替わっていることに気づかないほど、▼▲▼▲の顔や声を完璧に洪璧に仕立てあげたのは梨沙だと、彼は死の間際に言った。


「きれいだね。こどものころ水風船を破裂させてよく遊んでたのを思い出しちゃった」

 梨沙は、そう言った。
 その顔は寝入の顔になっていた。

 梨沙のそばにいたはずの孝道の姿はどこにもなかった。

「孝道をどこにやったの?」

「孝道? だれそれ?」

 まるで、孝道のことなど知らない、とでもいうように。

「信じていた友達に裏切られるのは、どんな気持ち?」

 そして、今度はわたしの顔になった。


 最低の気分だった。

 でも、梨沙が黒幕だというのには、少し無理がある気がした。

 今の梨沙ならば、村人たちの記憶を操作することは簡単だ。わたしにだってできる。
 でも梨沙がその力を得たのは今日だ。つい数時間前だ。

 それまでの梨沙にはそんな力はなかった。
 梨沙や▲▼▲▼には、孝道が作ったような携帯電話の電磁波を利用して人の記憶を消すことができるようなものは作れない。そんなものが作れるという発想すらなかったはずだった。


「わたしには物心ついたときにはもう、ある程度の女王の力や記憶があったんだ。
 それが先祖返りなのか、大隔世遺伝とでもいうべきものなのかまではわからないけどね。
 漫画みたいな話だけど。
 ま、わたしたちの存在自体、最初から漫画みたいなものだけどね」


 梨沙の話を聞きながら、わたしは孝道を探した。

 わたしは▼▲▼▲相手に少し力を使いすぎてしまったのかもしれない。
 今のわたしなら、孝道がどこにいるかくらい、はっきりとわかるはずだった。
 けれど、気配を感じることしかできなかった。
 この体育館の中のどこかに彼がいて、生きているということしか、わたしにはわからなかった。

 けれど、それで十分だった。

 孝道が、目の前で起きていることをただ傍観しているわけがなかった。
 きっと彼は今、わたしにはできないような、彼にしかできないことをしようとしているはずだった。
 心強かった。


「だからね、わたしは今日ようやく完全に力や記憶を取り戻すことができたわけだけど、その前からこんな風に人の顔を変えることくらいは簡単にできたんだ。
 もちろん、村人たちの記憶をどうにかすることもね」


 それを聞いて、ようやくわたしは梨沙が本当に黒幕であることを理解した。

 梨沙にあらかじめそれだけの力と記憶があったのなら、梨沙にこの村の成り立ちや歴史についての知識を与え、それを与えた者が誰かわからないように記憶を消した者など、最初から存在しなかったということだった。

 わたしがずっと梨沙に騙されていただけだったのだ。


「今、破裂した水風船とは、去年の夏休みにインターネットで知り合ったんだ。

 わたしには、話し相手がいなかったから。
 本来ならわたしのそばにいてくれるはずの寝入が、村の成り立ちや歴史を知らなかったから。
 裏双璧の存在を知らず、守るべき本当の相手が誰なのかも知らず、双璧の家の次期当主として産まれたというだけで、あんたに夢中だったからね。

 だからわたしの話し相手は、インターネットの中にしかいなかった。

 水風船が邪馬台国や卑弥呼について研究する学者だと知ったわたしは、知りうる限りの情報を与えた。
 水風船はすぐにわたしに会いにきた。

 水風船は、わたしが完全に女王の力に目覚めるためには、真依も女王の力に目覚めなければいけないと考えた。
 そのためには、覚醒を促すきっかけになるような何か必要なのではないかと。

 だから、寝入を殺すことにした。

 怒りは人を覚醒させる一番の材料だから。ドラゴンボールとかそうだったでしょ?

 わたしは水風船に、村の誰でもいいから、自分がうまくなりすませるような者を選んで殺すよう指示した。
 それが、洪璧だった。
 なかなかいいチョイスだと思ったよ。

 水風船は、日本史と古典の教員免許を持っていたし、過去に実際に高校の教師だったこともあった。
 洪璧ならば、わざわざ村人たちの目につくような村で会わなくても、高校で古典教師とその生徒として自然に会えるからね。
 平日の日中にお互いが□□市内にいることができた。携帯電話で密に連絡を取り合うことも可能だった」


 どうして、こんなにも淡々と話せるのだろう。
 どうして、人を利用したり、その命さえも奪ったことに、何の罪悪感も感じていないのだろう。
 わたしには理解できなかった。


「教えてあげようか?」

 梨沙は言った。ふたりの女王としての意識の共有はとうに途切れていたのに。


「わたしが女王だから。
 女王は何をしても許されるの」


 梨沙はそう言った。

 わたしの顔のままで。


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