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第五部 消夏(ショウカ)
第23話
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村にある仕出し屋さんが送迎バスをすぐに出してくれた。
十人以上は乗れる大きな車だった。
村の人たちは、わたしや梨沙を女王様と呼び始め、なんだか村が今度はいやらしいお店のようになりそうな悪い予感しかしなかったから、今まで通りに名前で呼んでもらうことにした。
梨沙はまんざらでもない顔をしていたから、梨沙のことは女王様でも別にいいよ、と言っておいた。
腕っぷしに自信のありそうな者がバスに乗り込もうとしたりもした。
どこの国に攻め入るおつもりで? と聞いてきたので、卑弥呼や壱与は戦などしなかったでしょう? となだめた。
腕っぷしに自信があるのなら、璧隣の家を守ってほしいと頼んだ。大切な友達の家だから、と。
寝入のことでもあったし、みかなや芽衣のことでもあったし、ツムギたちのことでもあった。
父や母や、兄や姉たちが、わたしを遠くから見ていた。
わたしのことをどう思っているのだろう、と思った。
すべてが終わったら、わたしは次期当主の座を降りたいと話そうと思った。
わたしの意思をちゃんと伝え、わかってもらえるまで話しをしよう。
□□市との合併を考えるように。
外部から人が入ってくることをもう拒まないように。
もう邪馬台国はないのだから、女王の血筋が必要となることも、もうないだろうから。
双璧の家や、裏双璧とも言える白璧家や連璧家、そういった血が村を治めるような古い風習は、すべて捨てよう、と。
それから、いい加減、この村も携帯電話を使えるようにしてもらわないと。
バスはわたしたちが通う高校へ向かった。
「洪璧(こうへき)という古典教師について、教えてほしい」
バスの中で、孝道が言った。
「前に話した、わたしの腕をつかんだ男だよ。
梨沙が寝入のことを覚えていて、村ぐるみの事件隠蔽についていろいろと知ってることがわかった日に」
正直なところ、まさかあの古典教師の洪璧が? というのがわたしの本音だった。
人に何かを教えるという仕事をなぜ選んだのだろう、というような、やる気のない教師だった。
淡々と授業を進めていくだけで、ただでさえ興味がない生徒が多い古典というものに、興味を抱かせようという気もなければ、本人も興味がないように見えた。
生徒に何かを問い、答えさせるようなこともなく、クラスメイトの半分は、次は昼寝の授業だな、と言って笑い合うほどだった。
古典にも生徒にも興味がないのだろうな、と思っていた。
わたしは彼が生徒に対し声を荒げるところを見たのは、本当にわたしに対してのあのときのただ一度きりだった。
けれど、今思えば、なぜあのときだけだったのだろう。
虫の居どころでもわるかったのだろうか?
そうではない気がした。
彼は焦っていたのだ。
璧隣家に引っ越してきた孝道やみかなや芽衣のせいで写本を見つけることができなくなっただけではなく、孝道がシノバズであり、警視庁から捜査協力の依頼を受けてやってきたことを彼は知っていたからだ。
あの男があのときわたしに怯えていたのは、わたしの家ではなく、わたしの言葉だったのではないだろうか。
今度はあんたの家を消してやろうか、なんていうわたしの口から滑り出た言葉から、自分が犯人だということを見破られているのではないかと考えたからなのかもしれない。
「でも、わたしの記憶を消したのは、あいつじゃないよ」
梨沙は言った。
「ちゃんと顔は思い出した。でもあいつじゃないし、知らない人。
シノバズと同い年くらいの若い男」
やはり、あの男はあくまで実行犯で首謀者がいるのだろう。
洪璧(こうへき)を捕まえることさえできれば、あとはどうにでもなる。
女王の力ですべて自白させればいい、わたしはそう思った。
校門の前には、孝道から避難するよう言われたのだろう、みかなと芽衣が待っていた。
「一体何が起こってるの?」
みかなは、孝道に詰めよった。
芽衣はこども返りをしてしまっていた。
「どうして、真依と梨沙がいっしょなの?」
「話せば長くなる。でも、もうすぐすべてが終わるから。終わったら話すよ」
「わたしや芽衣を巻き込みたくないってことは、一条って人にまた頼まれたんだね」
「最初は、そうだった。
でも今は違う。これはぼくの意思だよ。
これまでみたいに、ぼくにしかできないことだからって、義務みたいにしてるんじゃないんだ」
彼は、今回、自分は一条という刑事にはめられたのではないか、と勘違いするくらいに追い込まれたことを、みかなに話した。
以前の自分なら、判断を誤ることがないようなことで判断を誤ったりしたことを話した。
それは、自分の心の弱さが招いた勘違いや誤りだったと。
「ぼくは今回のことで、芽衣と出会った日に、横浜のあの家の部屋から出られたときや、家を出たときと同じくらいの成長をしたと思ってるんだ。
だから、ちゃんと最後まで成し遂げたい」
彼は、みかなにそう言った。
「わかった。でも、ひとつだけ聞いてもいい?」
いいよ、と彼は答えた。
「おにーちゃん、わたし以外に好きな人ができたよね?」
彼は、できたよ、と言った。
それから、あの村は好きか、とふたりに聞いた。
好きだと答えたふたりに、これからもあの村で暮らしていかないか、と言った。
いいよ、とふたりは言った。
わたしは、みかなにどんな顔をしたらいいのか、わからなかった。
なんて声をかけていいのかわからなかった。
「おにーちゃんのこと、お願いね」
と、みかなは言った。
だから、気づいているんだな、と思った。
「うん、彼の隣に並んでも恥ずかしくない大人の女の人になるよ」
わたしはそう答えた。
「今日ですべてが終わるなら、夏休みはいっしょにアルバイトできる?」
みかなはそう言ってくれた。
わたしは、うん、とうなづいた。
孝道は、バスの運転手に、みかなと芽衣を一度村に連れて帰るように頼んだ。
梨沙はバスが見えなくなると、
「今日ですべてを終わらせるなら、これくらいやらなきゃね」
わたしたち3人以外の時間を止めた。
「本当にとんでもない力だなぁ」
少しあきれたように孝道は言ったけれど、
「でも、乗り越え甲斐がある力だよ。
ツムギはぼくを国防の要だと言ってくれたけど、まだまだだと思い知らされる。
ふたりの持つ力を超えたくなるよ。必ず超えるけど」
「じゃあ、もっと見せてあげる」
梨沙は、校舎を透明な建物に変えた。
「見つけたよ。古典教師のにせもの」
洪璧(こうへき)は職員室にいた。
梨沙は楽しそうに笑って、わたしと孝道の手を握った。
次の瞬間、わたしたちは職員室に移動していた。
十人以上は乗れる大きな車だった。
村の人たちは、わたしや梨沙を女王様と呼び始め、なんだか村が今度はいやらしいお店のようになりそうな悪い予感しかしなかったから、今まで通りに名前で呼んでもらうことにした。
梨沙はまんざらでもない顔をしていたから、梨沙のことは女王様でも別にいいよ、と言っておいた。
腕っぷしに自信のありそうな者がバスに乗り込もうとしたりもした。
どこの国に攻め入るおつもりで? と聞いてきたので、卑弥呼や壱与は戦などしなかったでしょう? となだめた。
腕っぷしに自信があるのなら、璧隣の家を守ってほしいと頼んだ。大切な友達の家だから、と。
寝入のことでもあったし、みかなや芽衣のことでもあったし、ツムギたちのことでもあった。
父や母や、兄や姉たちが、わたしを遠くから見ていた。
わたしのことをどう思っているのだろう、と思った。
すべてが終わったら、わたしは次期当主の座を降りたいと話そうと思った。
わたしの意思をちゃんと伝え、わかってもらえるまで話しをしよう。
□□市との合併を考えるように。
外部から人が入ってくることをもう拒まないように。
もう邪馬台国はないのだから、女王の血筋が必要となることも、もうないだろうから。
双璧の家や、裏双璧とも言える白璧家や連璧家、そういった血が村を治めるような古い風習は、すべて捨てよう、と。
それから、いい加減、この村も携帯電話を使えるようにしてもらわないと。
バスはわたしたちが通う高校へ向かった。
「洪璧(こうへき)という古典教師について、教えてほしい」
バスの中で、孝道が言った。
「前に話した、わたしの腕をつかんだ男だよ。
梨沙が寝入のことを覚えていて、村ぐるみの事件隠蔽についていろいろと知ってることがわかった日に」
正直なところ、まさかあの古典教師の洪璧が? というのがわたしの本音だった。
人に何かを教えるという仕事をなぜ選んだのだろう、というような、やる気のない教師だった。
淡々と授業を進めていくだけで、ただでさえ興味がない生徒が多い古典というものに、興味を抱かせようという気もなければ、本人も興味がないように見えた。
生徒に何かを問い、答えさせるようなこともなく、クラスメイトの半分は、次は昼寝の授業だな、と言って笑い合うほどだった。
古典にも生徒にも興味がないのだろうな、と思っていた。
わたしは彼が生徒に対し声を荒げるところを見たのは、本当にわたしに対してのあのときのただ一度きりだった。
けれど、今思えば、なぜあのときだけだったのだろう。
虫の居どころでもわるかったのだろうか?
そうではない気がした。
彼は焦っていたのだ。
璧隣家に引っ越してきた孝道やみかなや芽衣のせいで写本を見つけることができなくなっただけではなく、孝道がシノバズであり、警視庁から捜査協力の依頼を受けてやってきたことを彼は知っていたからだ。
あの男があのときわたしに怯えていたのは、わたしの家ではなく、わたしの言葉だったのではないだろうか。
今度はあんたの家を消してやろうか、なんていうわたしの口から滑り出た言葉から、自分が犯人だということを見破られているのではないかと考えたからなのかもしれない。
「でも、わたしの記憶を消したのは、あいつじゃないよ」
梨沙は言った。
「ちゃんと顔は思い出した。でもあいつじゃないし、知らない人。
シノバズと同い年くらいの若い男」
やはり、あの男はあくまで実行犯で首謀者がいるのだろう。
洪璧(こうへき)を捕まえることさえできれば、あとはどうにでもなる。
女王の力ですべて自白させればいい、わたしはそう思った。
校門の前には、孝道から避難するよう言われたのだろう、みかなと芽衣が待っていた。
「一体何が起こってるの?」
みかなは、孝道に詰めよった。
芽衣はこども返りをしてしまっていた。
「どうして、真依と梨沙がいっしょなの?」
「話せば長くなる。でも、もうすぐすべてが終わるから。終わったら話すよ」
「わたしや芽衣を巻き込みたくないってことは、一条って人にまた頼まれたんだね」
「最初は、そうだった。
でも今は違う。これはぼくの意思だよ。
これまでみたいに、ぼくにしかできないことだからって、義務みたいにしてるんじゃないんだ」
彼は、今回、自分は一条という刑事にはめられたのではないか、と勘違いするくらいに追い込まれたことを、みかなに話した。
以前の自分なら、判断を誤ることがないようなことで判断を誤ったりしたことを話した。
それは、自分の心の弱さが招いた勘違いや誤りだったと。
「ぼくは今回のことで、芽衣と出会った日に、横浜のあの家の部屋から出られたときや、家を出たときと同じくらいの成長をしたと思ってるんだ。
だから、ちゃんと最後まで成し遂げたい」
彼は、みかなにそう言った。
「わかった。でも、ひとつだけ聞いてもいい?」
いいよ、と彼は答えた。
「おにーちゃん、わたし以外に好きな人ができたよね?」
彼は、できたよ、と言った。
それから、あの村は好きか、とふたりに聞いた。
好きだと答えたふたりに、これからもあの村で暮らしていかないか、と言った。
いいよ、とふたりは言った。
わたしは、みかなにどんな顔をしたらいいのか、わからなかった。
なんて声をかけていいのかわからなかった。
「おにーちゃんのこと、お願いね」
と、みかなは言った。
だから、気づいているんだな、と思った。
「うん、彼の隣に並んでも恥ずかしくない大人の女の人になるよ」
わたしはそう答えた。
「今日ですべてが終わるなら、夏休みはいっしょにアルバイトできる?」
みかなはそう言ってくれた。
わたしは、うん、とうなづいた。
孝道は、バスの運転手に、みかなと芽衣を一度村に連れて帰るように頼んだ。
梨沙はバスが見えなくなると、
「今日ですべてを終わらせるなら、これくらいやらなきゃね」
わたしたち3人以外の時間を止めた。
「本当にとんでもない力だなぁ」
少しあきれたように孝道は言ったけれど、
「でも、乗り越え甲斐がある力だよ。
ツムギはぼくを国防の要だと言ってくれたけど、まだまだだと思い知らされる。
ふたりの持つ力を超えたくなるよ。必ず超えるけど」
「じゃあ、もっと見せてあげる」
梨沙は、校舎を透明な建物に変えた。
「見つけたよ。古典教師のにせもの」
洪璧(こうへき)は職員室にいた。
梨沙は楽しそうに笑って、わたしと孝道の手を握った。
次の瞬間、わたしたちは職員室に移動していた。
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