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第五部 消夏(ショウカ)

第22話

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 意識の共有が途切れても、梨沙はわたしが言った言葉の意味を理解してくれていた。

 だから、

「そうだよね。真依にはそんなことできないよね」

 やめよう、と言ってくれた。

 そして、梨沙は孝道に反魂の儀を行えば犯人は特定できるけれど、それは寝入やわたしにもう一度、つらい思いをさせてしまうことになると説明してくれた。

 だからと言って、寝入以外の死者なら良いというわけでもないことも。

 死者の魂を冒涜し、梨沙にとってもわたしにとっても、つらく悲しい儀式なのだと説明してくれた。


 孝道は、最初からふたりにそんなことをさせるつもりはなかった、と言ってくれた。

 自分が必ず犯人を突き止めると言ってくれた。


「あのさー、なんか、ふたりで? 3人で? 勝手に盛り上がって、勝手に盛り下がってるところ悪いんだけどさー」

 モニターの中の結衣が言った。

「あたし、一応、死人なんだよね」

 わたしはその言葉にただただ驚かされた。
 梨沙も目をぱちくりさせていた。

「どういうこと?」



 そのとき、孝道の携帯電話が鳴った。

「みかなからだ。ごめん。少し席をはずすよ」

 彼はそう言って、リビングを出ていった。



 残されたわたしと梨沙は、ツムギに手招きされて、モニターの前に座った。

「あ、そうだった、そうだった。
 この子、夏目メイに殺されたんだっけ?
 ウケるよねー」

 美嘉が笑いながら言い、

「君、もしかして、自分が一度、夏目メイに殺されたこと忘れてないか?」

 ツムギが言って、

「あ、やば! 忘れてた!!」

「まったく……まさかとは思うけど、君が今ここにいられるのは、シノバズくんのおかげだってことまで忘れてたんじゃないだろうね」

「えー? あれ? そうだったっけー?」

 彼女たちは、そんなやりとりをして笑い合い、

「ふたりには、ぼくたちが何者なのかをちゃんと説明してなかったね」

 ツムギが、彼らがどういった存在であるのかや、ここにいたるまでの顛末を説明してくれた。

 山汐凛という、芽衣の中に眠り続ける女の子のことを。
 夏目メイという、今はもういない優しい女の子のことを。

 それから、加藤麻衣や久東羽衣、草詰アリスといった女の子たちのことを。


「まぁ、あたしの場合、実際には虫の息だったところを人格だけ携帯電話に移されてたから、そのあとすぐに体は死んじゃったけど、黄泉の国だか死者の国だか天国だか地獄だかには行ってないんだけどね。三途の川も走馬灯も見てないし」


「わたしの場合は、今ツムギが説明した通り、最初から人格しかなくて、人格と心とか魂とかが一緒なのかどうかとか、むずかしいことはわかんないけど、心がまず死んじゃったかな。
 で、人格は一応携帯電話に移されたんだけど、その携帯も壊されちゃったから、心が死んじゃうちょっと前からシノバズに復元してもらうまでの記憶が一切ないんだよね」


「そんな感じで、あたしたちは一回死んでるわけなんだけど、でもこうして今、人格だけで二回目の人生をそこそこ楽しんでるんだよ」

「恋までしちゃったりとかねー」

「うるさい。あんたもあいつのこと好きなくせに」

「え? なんで知ってんの!?」


「ぼくは一応、まだ一度も死んでないことになるのかな。ぼくの元になった凛の兄は死んでるけど。彼はぼくとは別人だからね。

 死というものは、確かに重いものだよね。
 ぼくたちは、夏目メイにもう二度と会うことができない。
 だから、真依ちゃんの気持ちはわかるつもりだよ。
 もちろん全部はわからない。わかるのは少しだけ。

 ぼくたちの存在を、生きてる、と表現できるのかどうかも怪しいところだし、理解してくれる人が少ないこともわかってる。

 でも、シノバズはぼくたちひとりひとりにも命があると言ってくれた。
 誰ひとり死んでほしくないと言ってくれた。
 こんな、ただのプログラムデータに過ぎないような、普段はパソコンのモニターの中でCGの体を動かしてるだけのぼくたちを、ひとりの人間として、友人として扱ってくれてる。
 信頼して頼ってくれる。
 ぼくたちも彼を信頼してる。

 ぼくたちの中で本当の死というものを経験したのは、夏目メイだけだ。
 でも、彼女はもういない。

 ちゃんとした形で生まれてくることができなかったり、ちゃんとした形で死ぬことができなかったぼくたちは、死というものについて、ちゃんと理解しているとは言えないかもしれない。

 それでも、ぼくたちも死ぬのはこわい。

 死ぬのなら、夏目メイのように、心の底から満足できるまで生きて生きて生き抜いて、それから死にたい。

 ぼくたちのことを忘れないでいてくれて、大切に思ってくれる人のためなら、ぼくたちはこの命を捨てられる。
 満足して死を受け入れることができる。
 たとえ彼やみかなや芽衣や、それから凛が望んでいなかったとしても。
 彼らの盾になれるなら、本望だ。

 ある日突然命を奪われるような死に方だけは絶対にしたくない。

 寝入ちゃんや夜子ちゃん、それに朝月さんに昼子さん、この家に住んでいた人たちは、ある日突然命を奪われた。
 その無念は、想像を絶する。
 璧隣家の人達の命を奪った者を捕まえて晴れる無念は、真依ちゃんたちの無念にすぎない。
 命を奪われたことの無念を晴らすことができるのは、本人だけなんだね。

 寝入ちゃんにはきっと、真依ちゃんに伝えたかったことがたくさんあるはずなんだ。今の真依ちゃんに伝えたいこともたくさんあるはずなんだ。
 その無念は、寝入ちゃんにしか晴らせないんだよ」


 きっと彼は、反魂の儀は決して死者の魂をただ冒涜するだけのものではないと伝えたいのだろう。

 たとえすぐに黄泉の国へ帰すことになったとしても、寝入がわたしに伝えたいことを伝えることができるのなら、それは彼女を救うということになるのかもしれない。

 わたしが記憶を消されるのを覚悟して、孝道にわたしの想いをすべて伝えたように。

 でも寝入が、本当にそれを望んでいるのかどうか、わたしには知るすべはなかった。


 孝道がリビングに戻ってきた。

 彼は監視カメラの映像に目をやった。
 どのカメラも変わらず無数の村人が映っていた。
 皆、銃を持った者たちを見張っており、犯人側の増援はないようだった。


「真依ちゃん、梨沙ちゃん、ワゴン車か何か、最低でも6人は乗れる車を一台と、腕のいい運転手を用意してくれるよう、村の人たちに言ってもらえるかな」

 彼は言った。

「何かわかったの?」

 わたしは尋ねた。

「皆既日食が始まってから、学校から次々と、早退者が出始めたらしい。
 皆、この村の子たちだった。苗字に璧の字が入ってる子だけみたいだ。
 村にいた人達と同じように、真依ちゃんと梨沙ちゃんたちの言った通り、ふたりのもとへ向かっているのだと思う。
 念のため、みかなと芽衣に苗字に璧の字が入っているのに、まだ学校にいる者がいないか調べてもらった」

 だから、長電話になってしまったのだろう。

「古典教師の洪璧(こうへき)という男だけが、普通に授業をしているそうだよ」


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