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第五部 消夏(ショウカ)

第14話

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 みかなは兄の仕事について、パソコンとインターネットさえあればできる仕事をしている、と説明した。

 そういえば、みかなの兄をはじめて見かけたときにも、彼が引っ越し業者にそんな風に話しているのを聞いた覚えがあった。
 ふたりの転校初日のことだった。
 芽衣が寝入の一家を殺害した犯人だと勘違いしてしまったわたしが早退したあとのことだ。

 聞かれたらそう答えるように、あらかじめ3人で決めていたのだろう。
 それ以上深く突っ込まれたら、みかなや芽衣はパソコンのことはよくわからないから知らない、で済ませられる。
 本人は、話していいことだけを少し話すだけで相手は納得するか、あるいは理解がおいつかずそれ以上訊くことを諦める。


 あのときはそれどころじゃなかったけれど、みかなも芽衣も引っ越してきてすぐではなく、翌日か翌々日にでも引っ越しがちゃんと終わってから登校してくればよかったはずだった。

 初日からみかなの兄は村について調べはじめていたようだったから、ふたりがいては捜査が進まないと判断し、高校に行かせたのかもしれない。


「パソコンでいつも何かを作ってるんだよね。
 わたしには何がなんだかさっぱりわかんないような、プログラム? みたいな。
 仕事はかなりできるみたい。生活能力は皆無だけど。
 でも、ソフトウェア? か何か? の特許をいくつか持ってるみたいで、横浜に今も住んでるおとーさんやおかーさんよりもいっぱいお金持ってるみたい。
 あんまりよく知らないけどね」


 みかなは本当は知っている。
 兄がたびたび、警視庁の公安部から捜査依頼を受けて仕事をしていることを。
 シノバズという、ハッカーだということを。
 彼女はどこまでなら話していいかを、ちゃんと見極めて話している。

 彼女が知らないのは、なぜ兄が引っ越し先に■■■村を選んだのかであり、その理由が警視庁から捜査依頼を受けたからだということだ。
 そして、それを知らされたときの、兄がわたしといっしょにいるのを目撃した際の記憶が、兄によって消されているということだった。

「自慢のお兄さんなんだね」

「うん、だから、わたしもおにーちゃんが自慢に思ってくれるような大人の女の人にならないといけないんだ」

 だから、とりあえず社会勉強のためにアルバイトをするのだという。

 わたしは、3人が同じところで働けるようなアルバイト先があったらね、とだけ答えておいた。


 みかなの気持ちはよくわかった。

 わたしも、彼女の兄を好きになってしまっていたから。

 家まで送ってもらうまでの間、手を繋いでいてもらうだけで、それで終わりにするつもりだった。

 だけど、わたしは恋という感情を甘く見ていたことに、家に着いてから気づいた。

 ひとりになると、彼のことばかり考えてしまう。
 この村でも繋がる携帯電話が目の前にあるのに、電話をかけることもできない。

 つらかった。悲しかった。切なくてどうしようもなかった。

 わたしは彼へのこの想いは、そう簡単に諦められるものではないと知った。


 わたしには、返璧の家の次期当主という役割があるけれど、それはわたしが自らつかんだものではなかった。
 産まれついた瞬間に与えられたものに過ぎない。
 次期当主としての教育もまだ受けてはおらず、母が当主として何をしているのかすら知らない。

 わたしはまだ何も持っていなかった。


 けれど、みかなは違う。
 すでに多くのものを持っている。
 わたしと違って、たくさんの選択肢の中から今の人生を選んできている。

 みかなは、芽衣と兄と共に生きる人生を選択し、芽衣を引き取ることに反対だった両親を捨てるという選択をした。
 一度その選択肢を選んでしまったら、いつか後悔することになっても、もう後戻りはできない、そんな選択だったはずだ。

 生まれ育った環境が違うとはいえ、わたしには返璧の家を捨てるという選択肢はなかった。
 捨てられるものなら捨てたかった。
 だけど、わたしはみかなの兄によって、返璧の家から解放されることを願っているだけだ。
 自分の人生を人任せにしているに過ぎない。
 何も選んではいない。

 わたしは自分で選択をしなければ、みかなと同じ舞台に立つことすらできない。
 それが、たとえかなわない恋だとしても。

 みかなの兄は、この村で起きた事件の真相を暴きつつある。
 役目を終えた彼はきっとみかなや芽衣を連れて、村から出ていく。
 夏休みが終わる頃には、もう3人はいないかもしれない。もしかしたら、もっと早くいなくなってしまうかもしれない。

 今、わたしにできることをしなければ、わたしは一生何もしなかったことを後悔するのではないだろうか?
 みかなの兄が、わたしを返璧の家や村から解放してくれたとして、わたしにはその先にある未来で何ができる? 何かしたいことがある?

 何もなかった。

 だけど、わたしは思い出した。

 羽衣という名前をどこで誰に聞いたのか。


『この村は、とてもいい村だね。
 マナブやウイやアリスから聞いてはいたけれど、とても空気がきれいだ』


 あのときだ。


 みかなの友達の羽衣というのが、彼が口にしたウイなのだ。
 羽衣は、この村に来たことがあるのだ。

 去年の12月。
 寝入たち璧隣家の4人の死体が発見されたあの日、この村に訪れた3人組の男女のひとりが羽衣なのだ。

 羽衣の彼氏の小説家で、彼が互いに天才だと認めあっているという友達が、おそらくマナブなのだろう。

 あの日、寝入たち家族の遺体と1ヶ月暮らした少女と、3人組の男女のうちのひとりが大怪我をして救急車に運ばれていた。

 1ヶ月間も璧隣家に住み、救急車で運ばれた少女が芽衣であることは間違いない。それは彼が断言していた。
 そして、もうひとり救急車で運ばれた3人組のうちのひとりが、おそらくアリスという女の子なのだ。

 けれど、それを彼女たちに確認することはできない。
 みかなの兄が、村で何をしているのかをふたりに話していなかったのは、話さざるを得なくなり話したあとで記憶を消したのは、おそらくはふたりを巻き込まないためだ。

 けれど、彼がみかなや芽衣を巻き込む可能性を危惧しながらも、今も必死でしていることは、彼と因縁のある小久保晴美が関わっている可能性があるだけではなく、わたしの問題でもあるのだ。


「ごめん、みかな。芽衣もごめんね。
 わたし、やっぱりふたりといっしょにアルバイトはできない。
 夏休みのうちに、もしかしたら今月中には、わたしにはやらないといけないことがあるんだ。
 今やらなきゃ、一生後悔することがあるんだ」

 わたしはそう言った。

 それが何なのか、ふたりはわたしに聞かなかった。


 そして、わたしの他にもうひとり、このクラスには、彼と共に真相を暴かなければいけない女の子がいた。

「梨沙、ちょっと話があるんだけどいいかな?」

 わたしは、白璧梨沙に声をかけた。

「村のことで、どうしても梨沙の力が借りたいんだ。会ってほしい人がいるんだ」

 梨沙は、

「一体いつになったら、声をかけてくれるのか、こないだからずっと待ってたよ」

 と言った。

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