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第四部 春霞(はるがすみ)
第20話 鬼の章之弐
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久東羽衣って子が倒れたのは、おそらくただの過労だ。
小久保晴美とは無関係だろう。
小久保晴美はあたしたちよりも、人格管理システムを理解している。
システムを構築したのは彼女なのだから。
憑依した途端に倒れてしまうような疲労した身体を選ぶはずがなかった。
羽衣は病院に入院したようだが、意識はちゃんとあるということだった。
心配はいらないだろうけれど、念のため携帯電話の電源を切らせておいた方がいいだろう。
あたしは、この身体、雨野みかなのケータイから羽衣にメールをし、ケータイの電源を切らせると、みかなのケータイの電源も切った。
これで、ふたりを小久保晴美の憑依からは守ることができる。
仮に、小久保晴美が携帯電話を介さずに他人に憑依できるとしたら、ケータイの電源を切ることには何の意味もないけれど。
ケータイを介することに意味があるような気がしていた。
加藤麻衣やあたしが経験したことは、小説家の二代目花房ルリヲによって実際に起きた事件を元にしたフィクションとして発表された。
それもただの小説ではなく、ケータイ小説として。
今あたしたちが直面しているのは、ケータイ小説の中の出来事ではないけれど、ケータイを使って人格を管理し、憑依するというのが、人格管理システムの根本であり、おそらくそこから逸脱はしないはずだ。
あたしにはなんとなくそんな気がした。
それにしても、加藤麻衣に鬼頭結衣、久東羽衣か、とあたしは微笑んだ。
あたしたちの名前は、カ、キ、クとカ行で順番に始まり、トウが続き、イで終わる。
イの漢字は必ず「衣」。
麻衣は、麻で作られた衣。
羽衣は、天女が身にまとう羽衣。
あたしにつけられた名前の結衣は、衣を結い、そしてふたつの衣を結ぶ役割を意味しているのかもしれない。
もうひとり、カ行ではじまりはしないけれど、「衣」を名前に持つ者がいる。
山汐芽衣。
名前に記号として以外の、生まれてきた意味のようなものがあり、名付けられた瞬間に運命や宿命のようなものを与えてしまうものなのだとしたら、わたしはこの身と魂を犠牲にしたとしても、ふたつの衣を、新たに芽吹く衣へと結ぶ役割なのかもしれない。
そんなあたしらしくないロマンチックなことを考えてしまうのは、夏目メイが変わったように、わたしも彼女たちといっしょに山汐凛の別人格として生きるうちに変わり始めているのだろうな、と思った。
身体はすでに犠牲にした。
あたしに残されているのはもう、魂だけだ。
あたしはたぶん、今度こそ死ぬのだろうと思った。
不思議と恐怖はなかった。
穏やかな気持ちだった。
もし小久保晴美が、10年前に成し遂げられなかった、古い預言者の終末の預言を再び実行しようとしているのだとしたら、彼女はすでに、わたしたちが預かり知らぬところで、新たなテロ組織を作り上げているに違いなかった。
大量破壊兵器をすでにこの国に持ち込んでいるかもしれなかった。
だが、そのためには、資金がいる。
夏目組が鬼頭組に潰されるまでは、夏目組の誰かに憑依して、金策をしていたかもしれない。
夏目組が壊滅したあとは?
金児陽三は政治家生命を絶たれたとはいえ、有り余るほどの金を持っているはずだ。
だとすれば、小島ゆきか、さちの身体に憑依するだろう。
草詰アリスのそばにいるらしい小島さちは何の目的でアリスのそばにいるのだろうか?
そもそも、さちは、城戸女学園に編入する前のあたしの高校のクラスメイトで、不登校でひきこもりだったはずだ。
金児陽三の財産だけでは足りなくて、さちに憑依してアリスに近づいた?
いや、それはない。
いくらアリスの父親が高名な文学教授であったとしても、暴力団や金に目の眩んだ政治家ほどの金はない。
そもそも、アリスの両親は離婚している。
養育費としては高額すぎる金額を与えられているとはいえ、アリスが自由にできる金は限られている。
だとすれば、アリスのそばにいるのは、小島さちではなく、小島ゆきなのではないだろうか?
さちに小久保晴美が憑依し、ゆきは彼女からアリスを守ろうとしているのではないか?
あたしはメイに電話をかけた。
ふたりは今、こちらに戻っている途中なのだという。
そばにいるシノバズに代わらせた。
「マル暴と鬼頭組はいつでも動かせる。
小島さちの居場所を特定してほしい。
あんたなら、携帯番号さえわかればGPSを追えるよね?」
わたしは、小島さちの携帯番号を知らなかったけれど、夏目メイはそれを知っていた。
小島さちの居場所はすぐに特定できた。
横浜市内だった。
そこは、今はもう誰も住んでいない、壊滅した夏目組の本部であり、山汐凛が五歳までを過ごした実家、その地下だった。
廃墟と化したとまではいかないまでも、鬼頭組の襲撃の跡が残ったままだったせいか、たった半年で夏目メイが唖然とするほどには、変わり果てた姿になっていた。
地下には、メイも知らない巨大な施設があった。
まるで迷路のような、だまし絵のような作りの地下施設だった。
戸田刑事曰く、金児陽三の家の地下や、10年前にシノバズが壊滅させたテロ組織「天禍天詠」にも、全く同じ施設があったらしい。
「テレビ局や警察の建物は、テロ対策のためにわざとややこしい構造にしているんだけど、テロリスト側も警察対策にここまでするわけか」
「つまり、ここは……」
「大量破壊兵器の隠し場所として用意された場所だということかな。あまり奥まで行かない方がいいだろう。もしすでに、大量破壊兵器が運びこばれていたなら」
あたしたちは、被曝する可能性があるということだった。
シノバズは何かを計測する機械のようなものを持っていた。
「なにそれ?」
あたしが訊くと、
「ガイガーカウンター」
と、彼は答えた。
「だから何それ」
まるでロボットアニメの必殺技みたいだな、と思った。
アニメやゲームが大好きだったハルやナオのことを思い出して、あたしの胸はちくりと傷んだ。
「放射能を計測する機械だよ」
彼は不機嫌そうにそう言った。
あたしが彼の妹の顔や声で、妹なら知っているようなことを、知らないのが当たり前という顔や口調で訊いたのだ。きっと腹立たしいのだろうと思った。
兄妹で愛し合うなんてイカれてる、と思った。
「ガイガーカウンターくらい、持っておいた方がいいよ」
と、彼は言った。
「この国はいつどころで大地震が起きてもおかしくない。
最悪の場合、大地震が連鎖して、日本列島が分断する可能性だってある。
そんな島国に、原子力発電所がいくつも建設されて稼働してる。
日本列島の分断までいかなくても、もし原発に何か起きて放射能が漏れたら、 先の戦争のように大量破壊兵器を投下されなくても、被曝する可能性は大いにある。
でも、この国は原発を手放せない」
シノバズはそう言って、
「あ、今のところ放射能は大丈夫だから。先に進んで」
と、あたしたちを促した。
「なんで、原発を手放せないの?」
あたしはシノバズの話が少しだけ気になった。
「原子力を、国民の生活のためのエネルギーとして利用するのが原子力発電」
シノバズではなく、戸田刑事が答えた。
「そして、原子力をたとえ抑止力のためとはいえ、戦争兵器として利用したのが、大量破壊兵器。
つまり、原発さえ所持していたら、この国は大量破壊兵器をいつでも作ろうと思えば作れるんだよ」
なるほど。そういうからくりか、とわたしは思った。
小久保晴美とは無関係だろう。
小久保晴美はあたしたちよりも、人格管理システムを理解している。
システムを構築したのは彼女なのだから。
憑依した途端に倒れてしまうような疲労した身体を選ぶはずがなかった。
羽衣は病院に入院したようだが、意識はちゃんとあるということだった。
心配はいらないだろうけれど、念のため携帯電話の電源を切らせておいた方がいいだろう。
あたしは、この身体、雨野みかなのケータイから羽衣にメールをし、ケータイの電源を切らせると、みかなのケータイの電源も切った。
これで、ふたりを小久保晴美の憑依からは守ることができる。
仮に、小久保晴美が携帯電話を介さずに他人に憑依できるとしたら、ケータイの電源を切ることには何の意味もないけれど。
ケータイを介することに意味があるような気がしていた。
加藤麻衣やあたしが経験したことは、小説家の二代目花房ルリヲによって実際に起きた事件を元にしたフィクションとして発表された。
それもただの小説ではなく、ケータイ小説として。
今あたしたちが直面しているのは、ケータイ小説の中の出来事ではないけれど、ケータイを使って人格を管理し、憑依するというのが、人格管理システムの根本であり、おそらくそこから逸脱はしないはずだ。
あたしにはなんとなくそんな気がした。
それにしても、加藤麻衣に鬼頭結衣、久東羽衣か、とあたしは微笑んだ。
あたしたちの名前は、カ、キ、クとカ行で順番に始まり、トウが続き、イで終わる。
イの漢字は必ず「衣」。
麻衣は、麻で作られた衣。
羽衣は、天女が身にまとう羽衣。
あたしにつけられた名前の結衣は、衣を結い、そしてふたつの衣を結ぶ役割を意味しているのかもしれない。
もうひとり、カ行ではじまりはしないけれど、「衣」を名前に持つ者がいる。
山汐芽衣。
名前に記号として以外の、生まれてきた意味のようなものがあり、名付けられた瞬間に運命や宿命のようなものを与えてしまうものなのだとしたら、わたしはこの身と魂を犠牲にしたとしても、ふたつの衣を、新たに芽吹く衣へと結ぶ役割なのかもしれない。
そんなあたしらしくないロマンチックなことを考えてしまうのは、夏目メイが変わったように、わたしも彼女たちといっしょに山汐凛の別人格として生きるうちに変わり始めているのだろうな、と思った。
身体はすでに犠牲にした。
あたしに残されているのはもう、魂だけだ。
あたしはたぶん、今度こそ死ぬのだろうと思った。
不思議と恐怖はなかった。
穏やかな気持ちだった。
もし小久保晴美が、10年前に成し遂げられなかった、古い預言者の終末の預言を再び実行しようとしているのだとしたら、彼女はすでに、わたしたちが預かり知らぬところで、新たなテロ組織を作り上げているに違いなかった。
大量破壊兵器をすでにこの国に持ち込んでいるかもしれなかった。
だが、そのためには、資金がいる。
夏目組が鬼頭組に潰されるまでは、夏目組の誰かに憑依して、金策をしていたかもしれない。
夏目組が壊滅したあとは?
金児陽三は政治家生命を絶たれたとはいえ、有り余るほどの金を持っているはずだ。
だとすれば、小島ゆきか、さちの身体に憑依するだろう。
草詰アリスのそばにいるらしい小島さちは何の目的でアリスのそばにいるのだろうか?
そもそも、さちは、城戸女学園に編入する前のあたしの高校のクラスメイトで、不登校でひきこもりだったはずだ。
金児陽三の財産だけでは足りなくて、さちに憑依してアリスに近づいた?
いや、それはない。
いくらアリスの父親が高名な文学教授であったとしても、暴力団や金に目の眩んだ政治家ほどの金はない。
そもそも、アリスの両親は離婚している。
養育費としては高額すぎる金額を与えられているとはいえ、アリスが自由にできる金は限られている。
だとすれば、アリスのそばにいるのは、小島さちではなく、小島ゆきなのではないだろうか?
さちに小久保晴美が憑依し、ゆきは彼女からアリスを守ろうとしているのではないか?
あたしはメイに電話をかけた。
ふたりは今、こちらに戻っている途中なのだという。
そばにいるシノバズに代わらせた。
「マル暴と鬼頭組はいつでも動かせる。
小島さちの居場所を特定してほしい。
あんたなら、携帯番号さえわかればGPSを追えるよね?」
わたしは、小島さちの携帯番号を知らなかったけれど、夏目メイはそれを知っていた。
小島さちの居場所はすぐに特定できた。
横浜市内だった。
そこは、今はもう誰も住んでいない、壊滅した夏目組の本部であり、山汐凛が五歳までを過ごした実家、その地下だった。
廃墟と化したとまではいかないまでも、鬼頭組の襲撃の跡が残ったままだったせいか、たった半年で夏目メイが唖然とするほどには、変わり果てた姿になっていた。
地下には、メイも知らない巨大な施設があった。
まるで迷路のような、だまし絵のような作りの地下施設だった。
戸田刑事曰く、金児陽三の家の地下や、10年前にシノバズが壊滅させたテロ組織「天禍天詠」にも、全く同じ施設があったらしい。
「テレビ局や警察の建物は、テロ対策のためにわざとややこしい構造にしているんだけど、テロリスト側も警察対策にここまでするわけか」
「つまり、ここは……」
「大量破壊兵器の隠し場所として用意された場所だということかな。あまり奥まで行かない方がいいだろう。もしすでに、大量破壊兵器が運びこばれていたなら」
あたしたちは、被曝する可能性があるということだった。
シノバズは何かを計測する機械のようなものを持っていた。
「なにそれ?」
あたしが訊くと、
「ガイガーカウンター」
と、彼は答えた。
「だから何それ」
まるでロボットアニメの必殺技みたいだな、と思った。
アニメやゲームが大好きだったハルやナオのことを思い出して、あたしの胸はちくりと傷んだ。
「放射能を計測する機械だよ」
彼は不機嫌そうにそう言った。
あたしが彼の妹の顔や声で、妹なら知っているようなことを、知らないのが当たり前という顔や口調で訊いたのだ。きっと腹立たしいのだろうと思った。
兄妹で愛し合うなんてイカれてる、と思った。
「ガイガーカウンターくらい、持っておいた方がいいよ」
と、彼は言った。
「この国はいつどころで大地震が起きてもおかしくない。
最悪の場合、大地震が連鎖して、日本列島が分断する可能性だってある。
そんな島国に、原子力発電所がいくつも建設されて稼働してる。
日本列島の分断までいかなくても、もし原発に何か起きて放射能が漏れたら、 先の戦争のように大量破壊兵器を投下されなくても、被曝する可能性は大いにある。
でも、この国は原発を手放せない」
シノバズはそう言って、
「あ、今のところ放射能は大丈夫だから。先に進んで」
と、あたしたちを促した。
「なんで、原発を手放せないの?」
あたしはシノバズの話が少しだけ気になった。
「原子力を、国民の生活のためのエネルギーとして利用するのが原子力発電」
シノバズではなく、戸田刑事が答えた。
「そして、原子力をたとえ抑止力のためとはいえ、戦争兵器として利用したのが、大量破壊兵器。
つまり、原発さえ所持していたら、この国は大量破壊兵器をいつでも作ろうと思えば作れるんだよ」
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