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スピンオフ 二代目花房ルリヲ「イモウトパラレル」

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 静岡県浜松市は名古屋からJR東海道本線特別快速浜松行きに乗って、片道一時間20分。乗車賃は1890円。近いものだ。安いものである。こんな近くにぼくの聖地があったなんて、イスラエル人に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 

 しかし、ぼくと妹が浜松駅に降り立ったのは、午後五時を少し過ぎた頃。日はすでに暮れ始めていた。 

「苺ましまろ」の舞台は浜松の閑静な住宅街である。聖地巡礼をするには少し遅すぎる時間だった。 


 駅を降りてすぐの場所にあるザザシティハママツは、単行本4巻の目次に登場する。

 西に向かえば、そこにはプレイステーション2専用ソフトとして発売されたゲームに登場する五社神社がある。 

 そのまま北へ向かうと、中央図書館の裏手に出る。ここもゲームに登場する図書館だ。 

 アクトタワーへ向かって歩いて階段を下ると、単行本4巻に登場するバスターミナル中央の広場へ出る。 

 駅前の広場のオブジェも単行本4巻。 


 それだけ見れば十分だ。 

 妹はきっとまさかぼくが聖地巡礼に訪れたとは思ってはいないだろう。 


「ねー、うなぎー」 

 ディズニーショップでお揃いの携帯ストラップを買った。 

「うなぎはまた今度ね」 

 聖地巡礼は、浜松へ来た本当の目的ではなかった。 


 浜松へ来たのははじめてのことではなかった。 

 ザザシティを北へ肴町通りを進み、その先にぼくの目的地はあった。 


 後輩の花柳たちに連れてこられたことが一度だけあった。 

 彼女のシフトは浜松へ向かう電車の中で確認済みだ。 


 シャッターが半分閉まりかけた、薄暗く急な階段をぼくたちは登る。 

 入り口のドアは、ぼくたちの足音に反応するかのように開き、中から顔を覗かせた女の子が言った。 

「おかえりなさい、お兄ちゃんお姉ちゃん」 

 女の子は、幼稚園の制服のような格好をして、小学校で履いていたような上履きをはいていた。 

 それがぼくと、つかさちゃんとの再会だった。 



「おかえりなさい、お兄ちゃんお姉ちゃん。
 ふたりとも、あ、お兄ちゃんは二度目だね。でも、お姉ちゃんはここに帰ってきてくれるのはじめてだよね?
 わたしは妹のつかさだよ。よろしくね。
 今からこのお店の説明をするからね、つかさ説明苦手だけどがんばるから、ちゃんと聞いておいてね」 

 席へと案内されたぼくたちはつかさちゃんから、おてふきを渡されて、お店のシステムについての説明を受けた。 

「ちょっとだけお金がかかっちゃうんだけど、会員になってもらうと、ここに帰ってきてもらってご飯を食べてもらったりゲームをしてもらったりするとポイントが貯まって、貯めたポイントで妹たち全員と写真がとれたり、ゲームをするのがただになったりするんだよ。それから……」 


 そんな説明を受けながらぼくは、ぼくのことをお兄ちゃんと呼び、ぼくの妹をお姉ちゃんと呼ぶこのつかさちゃんという女の子は、一体ぼくにとってどんな存在なのかという命題について思案していた。 

 そして説明を聞き終える頃、ぼくはその命題のこたえを見い出した。 


 たぶん、一番下の妹なのだ。 

 ぼくにはふたり妹がいるのだ。 


「……ていう感じになってるんだけど、お姉ちゃん、どうする? 会員になってくれる?」 

 ぼくはすでに会員である。 

「もちろん会員で」 

 ぼくは普段見せない男らしさで、即決を決め込んだが、まだ妹は状況が理解できないでいるようだった。 


 緊張のあまり、 

「あの、ここ、どういうお店なんですか?」 

 妹のつかさちゃんに対して敬語で話しかけるのだった。 


 妹カフェうさぎぐみ、である。 


 いくつかある「うさぎぐみセットメニュー」の中から、ぼくたちはドリンクとゲームのセットを頼んだ。 


 ぼくたちはそれぞれジンジャーエールを頼み、 

「おまたせ。はいお兄ちゃん、ジンジャーエールだよ。お姉ちゃんもジンジャーエールおまたせ」 

 つかさちゃんはぼくたちの前にジンジャーエールをふたつ置いた。 


「お兄ちゃんからゲームしてくれる? それともお姉ちゃん?」 

 ぼくは「トランプ」を、妹はわけがわからないまま「妹のきまぐれゲーム」を選んでいた。 


「この子から先にお願いしてもいいかな?」 

 問われたぼくはやはり、普段見せない男らしさでレディファーストを決め込んだ。

 ひさしぶりで、まだ店の雰囲気に馴れないぼくは緊張のあまりとてもつかさちゃんと楽しく仲良くむつまじくゲームができるような精神状態ではなかったから、というのが理由ではあったけれど。 

 まずは妹にやらせて様子をうかがわねば、妹の困惑など考えもせずぼくはそんなことを考えていた。 


「なんで麻衣からなの……」 

 冷たい視線が真横からぼくを突き刺したが、気にしないことにした。 

「妹のきまぐれゲーム」は、たくさん用意されたゲームの中から、妹がきまぐれで選んだゲームを楽しむというもの。 


 つかさちゃんはしばし悩んだ末に、ハート型の盤のオセロをぼくたちのテーブルに運んできた。 

 このオセロ、石もハート型ですごくかわいいのである。 

「麻衣おねえちゃん、つかさといっしょにオセロしてもらってもいい? つかさ、あんまり上手じゃないんだけど」 

 そう言った。 




第一回戦 つかさちゃんVS麻衣お姉ちゃん オセロ 

 序盤から激しい石のとりあいになるも、互いに一歩も譲らない攻防が続く。 

 中盤にさしかかる頃、昔携帯アプリで相当やりこんだという妹が徐々に優勢となる。

 つかさちゃんの石が妹にとられるたびに、ぼくは「悪いお姉ちゃんでごめんね」とつかさちゃんに何故か謝る。 

「またつかさちゃんの石をとって!」 

「なんてひどいことするのこの子は!」 

 気が付けば、あちら側からこちら側に迷い込み、ぼく以外に頼れる者もいない妹よりも、行きずりの会うのがこれで二度目の妹の側につくぼく。 

「なんでお兄ちゃん、麻衣じゃなくてつかさちゃんの味方なの?」 

 冷たい視線が真横からぼくを突き刺したが、ぼくはそれでもつかさちゃんを応援しつづけた。 

 妹のいやらしい攻撃によりやがてつかさちゃんは石をおくことさえできなくなってしまった。 

「まったくおそろしい子だよ、この子は……」 

 結局、妹の圧勝でオセロは幕を閉じた。 

「おねえちゃんすごいね。オセロ強いんだね」 

 負けてしまったのにくやしがるどころか、対戦相手を誉め称える、そんな健気なつかさちゃんはぼくの心をわしづかみにし、 

「まったくあんたって子は! こんないい子にこんなことして! つかさちゃんをここまで追い詰めるなんてひどいよ!」 

 ぼくは最後までつかさちゃんの味方であり続けた。 

 妹とつかさちゃんはふたりなかよくオセロを片付けはじめた。 

「お兄ちゃん、つかさとトランプしたくなったらいつでも声かけてね」 

 そう言われ、とりあえずぼくはこれからはじまるめくるめくトランプにそなえるべくトイレに立った。 


 しかしトイレから戻ってくると、つかさちゃんははすむかいのテーブルのお兄ちゃんと呼ぶのもおこがましいようなハゲ散らかした中年男性と黒髭危機一髪をはじめていたので、ぼくはジンジャーエールを飲みながら早く終われー黒髭飛べーとまじないのように祈り続けた。 


 店内には他に、りあちゃんやみんとちゃんといった妹たちがいたが、つかさちゃんの魅力にはかなわない。 

 店内は妹カフェという名にふさわしく、まるで自分の部屋のようで、妹たちも自分の家のようなくつろぎぶりだ。 

 りあちゃんは東方神起の大ファンらしく、店内のテレビ(おそらくケーブルテレビ)で延々と音楽チャンネルで東方神起のプロモを見ながら携帯をいじっていた。 

「りあちゃんさっきから東方神起ばっかり」 

 つかさちゃんに呆れられる始末。 

「わたしね、めっちゃ東方神起好きなの」 

 東方神起好きが店内にりあちゃんだけという状況の中、店内に東方神起のプロモは流れ続けた。 

「あははは、土に帰れ芋」 

 みんとちゃんはツンデレキャラなのか恐ろしい台詞をりあちゃんに向かって吐いていた。 

 なんというくつろぎぶりであろうか。 


 そんなみんとちゃんはぼくたちにこんな話をしてくれた。 

「中学のときにね、クラスでいじめがあって、先生が『言われて傷付く言葉』ってのをアンケートにとったんだ。
 先生はそれのランキングを作ってみんなに配ったんだ。
 死ねとか、キモイとかそういうのが一位から並んでて、先生も真剣にそういう言葉を言わないようにっていう話をわたしたちにしてて、でもそのアンケート結果のランク外に『土に帰れ芋』っていうのがあって、うちのクラスその日から『土に帰れ芋』が大ブームになったの」 


 そんな話を聞いているうちに、つかさちゃんとお兄ちゃんとはお世辞にも呼べないハゲ散らかした中年男性の黒髭危機一髪が終わったようだ。 


「つ、つかさちゃん、ぼ、ぼくとトランプしてもらってもいいかな」 

「う、うん、い、いいよ」 


 やっとつかさちゃんとトランプの時間がやってきた。 


 まだつかさちゃんと話すのに緊張してしまう。 

 つかさちゃんもぼくの緊張がうつってしまったのか、少し緊張している様子だった。


 ぼくのゲームは「トランプ」だ。妹も混ぜてもらい三人で7並べをすることになった。 

 つかさちゃんがカードを切ってくれるのだけれど、その手つきがぎこちなくこれがまたかわいいのである。 

「どうしたのつかさ、顔真っ赤だよ?」 

「そ、そんなことないよー。いつも通りだよー。もー、みんとちゃんいじわる言わないでよー」 

 ぼくとつかさちゃんが会話を交すたび、みんとちゃんはたびたびつかさちゃんにそう言った。 




二回戦 つかさちゃんVS学お兄ちゃんVS麻衣お姉ちゃん トランプ7並べ 

 トランプは神経衰弱とババ抜きしか知らないというつかさちゃんに、7並べのルールを教えながらぼくたちはゲームを始めた。 

 実はいきおいあまって、トランプで7並べを、と答えてしまったものの、ぼくはこれまでの人生で7並べで一度も他人に勝ったことがなかった。 

 ぼくはつかさちゃんに勝ってもらいたい一心で、妹を負かせたい一心で、7並べに挑んだ。 

 ジョーカーを使ってカードを出し、そのジョーカーが妹にまわるたびに、「よしっ」とガッツポーズをし、再び戻ってきたジョーカーを使ってはカードを出して、そのジョーカーがつかさちゃんにまわってしまうたびに、ぼくはごめんねごめんねと、つかさちゃんに謝った。 

 気が付けば、あちら側からこちら側に迷い込み、ぼく以外に頼れる者もいない妹よりも、またしても行きずりのこれが会うのが二度目の妹の側につくぼく。 

「本当に、なんでお兄ちゃん、麻衣じゃなくてつかさちゃんの味方なの?」 

 冷たい視線が真横からぼくを突き刺したが、ぼくはそれでもつかさちゃんを応援しつづけた。 

「まったくおそろしい子だよ、この子は……」 

 結局、妹の圧勝で7並べは幕を閉じたのだった。 

「おねえちゃんすごいね。トランプも強いんだね」 

 負けてしまったのにくやしがるどころか、対戦相手を誉め称える、そんな健気なつかさちゃんはぼくの心をわしづかみにし、 

「まったくあんたって子は! こんないい子にこんなことして! つかさちゃんとぼくをここまで追い詰めるなんてひどいよ!」 

 ぼくは最後までつかさちゃんの味方であり続けたのだった。 


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