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スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」
最終章 平成16年の夏 ②
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日本の多くの国民がおそらく名前すら知らずに一生を過ごしてしまうだろうこの国は、雨がまったく降らない。
雨期すらなく、他国から水を輸入している。
今も昔も人が住めるような土地ではなかった。
この国の人々は戦争で祖国と聖地を奪われてしまったうえに、国連にこの地をあてがわれてしまったのだ。
そういえば五年前の夏の名古屋にも雨は一度も降らなかった。台風さえ名古屋を避けていってしまった。
この国には彼らの信じる宗教によって定められた階級制度と、それにともなう差別があるが、最下層の人々の多くはぼくと同じ仕事をしているので金持ちが多い。
身分が低い者が裕福な暮らしをしているのが一般階級の者にしてみたらおもしろいわけがなく、最下層はより差別されて仕事を与えられず、犯罪行為を引き受けるしかなく、それゆえに裕福な暮らしを送る、という悪循環を引き起こしている。
おかげでぼくもそれなりの暮らしをさせてもらっている。
この国の人々の贅沢は、もちろん水を口にすることだ。
食事をしても水はほとんど飲まないし、汁物の料理は水の無駄遣いだと感じるらしく出ることはない。
主食は米だが、豚や牛を食べはしないし、おかずの多くは野菜と虫を炒めた料理でゴキブリなんかを食べたりする。
マユは平気で食べられるようになったが、ぼくには無理だ。口の中で広がる虫の内蔵の苦みがおいしいのだそうだ。理解できない。
だけどマユの唇の端から虫の足が飛び出しているのを見たとき、おぞましさは感じず、ぼくは少し興奮した。
そのことをマユに話すと、
「ワタルくんがわからない」
と、マユは頭をかかえた。
ぼくたちは観光者用に初級料理ばかりがメニューに並ぶ店で外食をする。
黄金カブト虫のチャーハンを作らせたら世界一とマユに誉れ高いその店の料理長と顔なじみになったころから、彼はぼくに臓器売買と銃の密輸の仕事をくれるようになった。
マユはそのことを知らない。
知ったら泣くだろうから言わない。
ぼくは今日もカブト虫を避けて食べた。
少女ギロチン連続殺人事件があのあとどうなってしまったかと言えば、14歳の少女が逮捕されて事件は解決している。
厚生施設で仲が良かったというひとつ年上の少女がこの間出所して、彼女に関する本を出版した。
施設で彼女は大変な問題児らしく、カウンセラーの男とカウンセリングルームで肉体関係をもったあげくに殺してしまったそうだ。
その本「わたしが知る少女Aのすべて」は大ベストセラーとなっているらしい。
彼女の友人であったというだけで何年かは食いっぱぐれないですむのだから、運のいい少女がいたものだ。
逮捕された14歳の少女というのはもちろんぼくの妹のリカだ。
リカはぼくの模倣犯でありながら、模倣犯なりにオリジナリティーを追求したあげくに遺留品をいくつか残してしまったのが災いして逮捕されてしまったらしい。
ぼくの家の庭からは、二百体以上の死体が発見されたらしい。
半分はぼくが殺した少女たちだが、妹も同じ数だけ殺したのだ。
家族は皆殺害されていたとあるから、ぼくも死んでしまったことになっているのだろう。
リカが殺したいくつかの身元のわからない男の死体のひとつがぼくということになったのかもしれない。いい加減なものだ。
とにかく、日本犯罪史上はじめての未成年によるジェノサイドが起きた街として、ナゴヤは世界に知られることになったようだ。ぼくたちの家はナゴヤの隠れた名所となった。
リカが美少女だったことがインターネットではもはや当たり前のように公開された顔写真で世界中に知れ渡り、リカちゃん人形に手を加えリカに似せた商品がアメリカで売られていたり、リカを啓蒙する人々の奇妙なコミュニティーがヨーロッパ各地にできた。
リカの事件のドキュメンタリー映画を作ろうという声が日本で上がっており、ぼくの役を交渉中だったという俳優はなぜかマンションの8階から飛び降りていたが、すでに全米での公開が決まっている。犯罪というジャンルではじめて日本は世界に影響を与えつつある。
ぼくは、少しだけ複雑な心境だ。
それからリカの事件の最中、要雅雪が逮捕されていた。女子中学生を誘拐したらしい。その事件は扱いはあまりに小さく、ぼくは少しだけ同情した。
事件に関係した人々のその後について少しずつ記しておきたい。
ぼくひとりでは調べられず、以前世話になった警察マニアの男に調べてもらったもので、彼を疑うわけではないが確証はもてない。
リカを逮捕したのは安田呉羽(コープ)刑事と戸田ナツ夫(ゲロ)刑事だ。
安田(旧姓名古屋)マユミとぼく宮沢渉が行方不明になった後しばらくして、彼らは捜査本部を指揮する戸田刑事の父戸田ハル夫監理官の指示を無視し、独自に捜査を展開しリカを逮捕するに至ったが、踊る大捜査線のテレビシリーズの最終回よろしく、安田は交番勤務に左遷され、しかし戸田はキャリアであったため左遷を免れたが、研修を終えて警視庁に戻った。
ぼくの死体はぼくの家の庭にリカが埋めた身元不明の男のものということになったが、安田はその後も、マユの生存を信じて独自に捜査を続けているようである。
安田は二年後の平成13年、愛知県警捜査一課強行犯係に復帰し、現在は警部補になっている。
戸田刑事は事件後に安田とマユが結婚していたことを彼から聞かされた。警視庁に戻った後は警視総監の娘と結婚した。
少女ギロチン連続殺人事件以降愛知県内で多発した凶悪少年犯罪を合同捜査本部で監理官である父とともにたびたび指揮することとなった。現在は警視になっている。
鈴木龍鹿(物の怪)刑事は、平成14年に退官。
その後は娘夫婦や孫娘とともに幸せに暮らしているが、退官後はある新興宗教団体の信者リストに彼の名前があったりもする。
彼の友人であり、安田や戸田にかわって要雅雪の家を張り込んでいたが行方がわからなくなってしまった硲探偵と助手のサトシ少年については、本人たちがいつか語るだろう。
被害者の遺族たちは、加害者少女の逮捕後に「少女ギロチン事件被害者遺族の会」を結成した。会員は五百名以上にのぼる。
彼らは数多くのテレビ番組に出演したり全国各地で講演を行うなどして、中にはコメンテーターとして成功する者まで現れ、会は芸能プロダクションのようになりつつある。
2003年には脱税が発覚し会長である榊氏が逮捕された。現在の会長は宮負氏。
そうだ、娘を紹介しなきゃいけない。
ぼくとマユのこどもがいるんだ。
三年前に生まれた。
モグリの産婦人科医のおかげで母子ともに危険な状態にさせてしまったけれど、無事に産まれてくれたし、産後はマユも順調に回復してくれた。
産まれた子にぼくとマユはヒナコと名付けた。
いい名前だろう?
ヒナはマユに似てとてもかわいい。少女になったらとてもきれいになるだろう。
なんて、ぼくは少し親馬鹿みたいだ。
ヒナは死んだはずのぼくと、行方不明のままのマユの間に日本から遠く離れたこの国で産まれたために、国籍も戸籍もないし、出生届けすら出されていない、存在しないはずの女の子だ。この国でも日本でも学校に通うこともできない。
しあわせになれるはずもない子をどうして産んだのか、とあなたは問うだろうか。
そのこたえはとっくにぼくの中にある。
ぼくはぼくの両親よりも親らしく生きる。
そして、マユの夫である安田呉羽よりもぼくは夫らしく生きる。
それだけだ。
胸を張ってヒナに言える仕事なんてぼくにできはしないから、ならばふたりを守るためならどんな汚い仕事だってしよう、とぼくは決めていた。
ぼくはまた人を殺すだろう。
ぼくはまた殺した人の体から取り出した臓器を売るだろう。
麻薬を栽培することもあるかもしれない。
いつかぼくは泥まみれになって死ぬことになるだろう。
だけどぼくはマユとヒナを世界中の誰よりも愛して、しあわせの中で笑って死ぬのだ。
雨期すらなく、他国から水を輸入している。
今も昔も人が住めるような土地ではなかった。
この国の人々は戦争で祖国と聖地を奪われてしまったうえに、国連にこの地をあてがわれてしまったのだ。
そういえば五年前の夏の名古屋にも雨は一度も降らなかった。台風さえ名古屋を避けていってしまった。
この国には彼らの信じる宗教によって定められた階級制度と、それにともなう差別があるが、最下層の人々の多くはぼくと同じ仕事をしているので金持ちが多い。
身分が低い者が裕福な暮らしをしているのが一般階級の者にしてみたらおもしろいわけがなく、最下層はより差別されて仕事を与えられず、犯罪行為を引き受けるしかなく、それゆえに裕福な暮らしを送る、という悪循環を引き起こしている。
おかげでぼくもそれなりの暮らしをさせてもらっている。
この国の人々の贅沢は、もちろん水を口にすることだ。
食事をしても水はほとんど飲まないし、汁物の料理は水の無駄遣いだと感じるらしく出ることはない。
主食は米だが、豚や牛を食べはしないし、おかずの多くは野菜と虫を炒めた料理でゴキブリなんかを食べたりする。
マユは平気で食べられるようになったが、ぼくには無理だ。口の中で広がる虫の内蔵の苦みがおいしいのだそうだ。理解できない。
だけどマユの唇の端から虫の足が飛び出しているのを見たとき、おぞましさは感じず、ぼくは少し興奮した。
そのことをマユに話すと、
「ワタルくんがわからない」
と、マユは頭をかかえた。
ぼくたちは観光者用に初級料理ばかりがメニューに並ぶ店で外食をする。
黄金カブト虫のチャーハンを作らせたら世界一とマユに誉れ高いその店の料理長と顔なじみになったころから、彼はぼくに臓器売買と銃の密輸の仕事をくれるようになった。
マユはそのことを知らない。
知ったら泣くだろうから言わない。
ぼくは今日もカブト虫を避けて食べた。
少女ギロチン連続殺人事件があのあとどうなってしまったかと言えば、14歳の少女が逮捕されて事件は解決している。
厚生施設で仲が良かったというひとつ年上の少女がこの間出所して、彼女に関する本を出版した。
施設で彼女は大変な問題児らしく、カウンセラーの男とカウンセリングルームで肉体関係をもったあげくに殺してしまったそうだ。
その本「わたしが知る少女Aのすべて」は大ベストセラーとなっているらしい。
彼女の友人であったというだけで何年かは食いっぱぐれないですむのだから、運のいい少女がいたものだ。
逮捕された14歳の少女というのはもちろんぼくの妹のリカだ。
リカはぼくの模倣犯でありながら、模倣犯なりにオリジナリティーを追求したあげくに遺留品をいくつか残してしまったのが災いして逮捕されてしまったらしい。
ぼくの家の庭からは、二百体以上の死体が発見されたらしい。
半分はぼくが殺した少女たちだが、妹も同じ数だけ殺したのだ。
家族は皆殺害されていたとあるから、ぼくも死んでしまったことになっているのだろう。
リカが殺したいくつかの身元のわからない男の死体のひとつがぼくということになったのかもしれない。いい加減なものだ。
とにかく、日本犯罪史上はじめての未成年によるジェノサイドが起きた街として、ナゴヤは世界に知られることになったようだ。ぼくたちの家はナゴヤの隠れた名所となった。
リカが美少女だったことがインターネットではもはや当たり前のように公開された顔写真で世界中に知れ渡り、リカちゃん人形に手を加えリカに似せた商品がアメリカで売られていたり、リカを啓蒙する人々の奇妙なコミュニティーがヨーロッパ各地にできた。
リカの事件のドキュメンタリー映画を作ろうという声が日本で上がっており、ぼくの役を交渉中だったという俳優はなぜかマンションの8階から飛び降りていたが、すでに全米での公開が決まっている。犯罪というジャンルではじめて日本は世界に影響を与えつつある。
ぼくは、少しだけ複雑な心境だ。
それからリカの事件の最中、要雅雪が逮捕されていた。女子中学生を誘拐したらしい。その事件は扱いはあまりに小さく、ぼくは少しだけ同情した。
事件に関係した人々のその後について少しずつ記しておきたい。
ぼくひとりでは調べられず、以前世話になった警察マニアの男に調べてもらったもので、彼を疑うわけではないが確証はもてない。
リカを逮捕したのは安田呉羽(コープ)刑事と戸田ナツ夫(ゲロ)刑事だ。
安田(旧姓名古屋)マユミとぼく宮沢渉が行方不明になった後しばらくして、彼らは捜査本部を指揮する戸田刑事の父戸田ハル夫監理官の指示を無視し、独自に捜査を展開しリカを逮捕するに至ったが、踊る大捜査線のテレビシリーズの最終回よろしく、安田は交番勤務に左遷され、しかし戸田はキャリアであったため左遷を免れたが、研修を終えて警視庁に戻った。
ぼくの死体はぼくの家の庭にリカが埋めた身元不明の男のものということになったが、安田はその後も、マユの生存を信じて独自に捜査を続けているようである。
安田は二年後の平成13年、愛知県警捜査一課強行犯係に復帰し、現在は警部補になっている。
戸田刑事は事件後に安田とマユが結婚していたことを彼から聞かされた。警視庁に戻った後は警視総監の娘と結婚した。
少女ギロチン連続殺人事件以降愛知県内で多発した凶悪少年犯罪を合同捜査本部で監理官である父とともにたびたび指揮することとなった。現在は警視になっている。
鈴木龍鹿(物の怪)刑事は、平成14年に退官。
その後は娘夫婦や孫娘とともに幸せに暮らしているが、退官後はある新興宗教団体の信者リストに彼の名前があったりもする。
彼の友人であり、安田や戸田にかわって要雅雪の家を張り込んでいたが行方がわからなくなってしまった硲探偵と助手のサトシ少年については、本人たちがいつか語るだろう。
被害者の遺族たちは、加害者少女の逮捕後に「少女ギロチン事件被害者遺族の会」を結成した。会員は五百名以上にのぼる。
彼らは数多くのテレビ番組に出演したり全国各地で講演を行うなどして、中にはコメンテーターとして成功する者まで現れ、会は芸能プロダクションのようになりつつある。
2003年には脱税が発覚し会長である榊氏が逮捕された。現在の会長は宮負氏。
そうだ、娘を紹介しなきゃいけない。
ぼくとマユのこどもがいるんだ。
三年前に生まれた。
モグリの産婦人科医のおかげで母子ともに危険な状態にさせてしまったけれど、無事に産まれてくれたし、産後はマユも順調に回復してくれた。
産まれた子にぼくとマユはヒナコと名付けた。
いい名前だろう?
ヒナはマユに似てとてもかわいい。少女になったらとてもきれいになるだろう。
なんて、ぼくは少し親馬鹿みたいだ。
ヒナは死んだはずのぼくと、行方不明のままのマユの間に日本から遠く離れたこの国で産まれたために、国籍も戸籍もないし、出生届けすら出されていない、存在しないはずの女の子だ。この国でも日本でも学校に通うこともできない。
しあわせになれるはずもない子をどうして産んだのか、とあなたは問うだろうか。
そのこたえはとっくにぼくの中にある。
ぼくはぼくの両親よりも親らしく生きる。
そして、マユの夫である安田呉羽よりもぼくは夫らしく生きる。
それだけだ。
胸を張ってヒナに言える仕事なんてぼくにできはしないから、ならばふたりを守るためならどんな汚い仕事だってしよう、とぼくは決めていた。
ぼくはまた人を殺すだろう。
ぼくはまた殺した人の体から取り出した臓器を売るだろう。
麻薬を栽培することもあるかもしれない。
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