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スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」
第7章 最後の遊園地 ①
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「おまえの目、濁ってんな。猫とか殺してるガキの目みたいだよ」
安田は酒を飲みながらぼくに言った。日付はもう今日になっている。昨日は非番だったらしい。マユも名古屋の家の家族ももう寝ている。
「俺の目も濁ってるだろ。長年刑事なんかやってるとよ、誰かれ構わず疑う癖がついちまってよ、気がついたらおまえらみたいなガキより目がにごっちまってた。
だからなのかなぁ、マユみたいなバカと結婚したのは。あいつかわいいけどすごいバカだろ。あんな風に生きてる奴ばっかりだったら世界はもっと平和で、俺の目も濁らずにすんだんだろうなぁ」
ぼくの隣で酒を飲んでいたマユは、ぼくの膝枕で眠っている。ぼくはマユの髪を指ですきながら、安田の話を聞いていた。
「マユの悪口を言うのはやめてください」
そうだゾ、やめろこらー、マユが寝言を言った。
「悪口じゃねぇよ、誉めてんだ。バカでわがままだけどいい子だってな」
マユはかわいい。世界中のどんな女の子よりもかわいい。
ぼくは醜く汚い。世界中の汚物の中でぼくは一番醜い。ぼくは自分の顔を醜悪だと思っていたし、ぼくの口臭や体臭は腐臭のようだと感じている。そういう病気なんだ。そんな病気にかかってしまうぼくはやはり醜く汚い。
そんなぼくの膝の上に眠るマユが汚れてしまわないかどうかぼくは不安だった。マユの頬に触れると、ぼくの指先から毒が飛び出してマユの白い肌を紫色に染めてしまいそうだと思った。マユの頬はとても柔らかい。
「おまえ兄弟はいるのか?」
「姉と妹がいます」
姉はぼくが殺した。
「そうか、俺には妹がいた。妹は病気でな、俺がはじめてもった家族は妹に壊されちまった。マユに結婚しようって言われたときも、また妹に壊されちまったらどうしようって思ったよ。だけど妹は、フミカは、ギロチン野郎に殺されちまった。悲しいはずなのに、俺はほっとしたんだよ。最低の兄だろ」
安田は少し飲み過ぎていた。「そんなことないですよ」とぼくは言った。
「おまえ、明日暇か」
ぼくはうなづいた。本当は暇ではなかった。明日の朝もぼくは首のない少女の死体をごみ捨て場に遺棄しなければならい。
マユを殺すつもりだったけれど、ぼくにはマユを殺せないだろう。
安田は財布を取り出して、一万円札を何枚かぼくに差し出した。
「マユはおまえを気に入っているみたいだから、明日一日マユと遊んでやってくれないか。あいつも友達いないんだよ。そうだな、遊園地にでも連れてってやってくれよ」
遊園地。
ぼくとマユが?
だからぼくとマユは昨日、長島スパーランドに行った。遊園地と温泉が楽しめるうえに、この季節はプールが楽しめる。
地下鉄から近鉄に名古屋で乗り換えて、桑名でバスに乗り換えて目的地に到着するまで、そして遊園地の中でもマユはぼくと手をつないでいてくれた。
遊園地なんてひさしぶりだし、女の子とデートをするのははじめてのことだった。
「マユ、男の子と遊園地なんてはじめて」
と、マユも言ってくれた。
遊園地もプールも楽しめる一日フリーパスを買った。もちろん温泉にも入れる。ぼくもマユも水着は持ってきていなかったけれど。
マユはすべての乗り物を制覇したいと言ったので、ぼくは特設会場で偶然行われていたアニメ声優のラジオの公開録音が見たかったけれど我慢した。何十人もの声優を、声だけでなく癖まで聞き分けられるのがぼくのちょっとした自慢だ。気持ち悪がられたくはなかったから、もちろんそんな話はマユにはしなかった。
ジェットコースターに乗り、ジャンボバイキングに乗り、何十メートルも上空から垂直落下する乗り物に乗ったとき、マユの隣に座った極度の肥満の男にベルトが回らなくて、男は乗せてもらえなくて、ぼくたちは笑っては悪いと思ったけど笑ってしまった。
ホワイトサイクロンに乗り、日が暮れる頃オーロラに乗った。
オーロラというのは巨大な観覧車で、観覧車はしあわせの象徴なのだとマユは言った。だって楽しいところには必ず観覧車があるんだもん。ぼくとマユは観覧車の籠の中で向かい合って座った。繋いでいた手をはなさなくちゃいけないのは少し残念だった。
マユはロリ服を着ている。マユは恥ずかしがったけど、ぼくはロリ服を着たマユが見たかったから無理矢理着せてしまった。
ぼくは昨日と同じ、母親が買ってきた服を着ていた。なんだかいけてなくて、まるでマユについてるカメラ小僧みたいで、マユに悪い気がした。
ぼくはマユが好きだ。
だからぼくはマユと並んで歩いても恥ずかしくない格好をしなくちゃいけない。
そんな風に考えたのもはじめてのことだった。
「ワタルくん」
マユがぼくの名前を呼んだ。
「楽しんでくれてる? マユだけ楽しんでない?」
「そんなことないよ。楽しいよ」
マユといっしょにいられたらどこだって楽しいに違いなかった。
「またマユといっしょに遊んでくれる?」
「うん」
「呉羽も、前に付き合ってたゲロくんも、ふたりとも刑事さんだから忙しくて」
マユについて語り合うスレッドにマユの彼氏だという刑事が書き込んでいたのをぼくは思い出した。
「マユと全然遊んでくれないんだ」
「ぼくは毎日暇だからいつでも遊びに行くよ」
「ほんと?」
「やったー、マユ、ワタルくんのことだーいすき」
観覧車が頂上にたどり着いたとき、ぼくはマユを抱きしめていた。
遊園地からの帰り、名古屋駅前でぼくは電光掲示板に映し出されたニュースを見て驚いた。
ぼくはずっとマユのそばにいたのに、また首のない死体が発見されたのだとそのニュースは報じていた。
リカがぼくの代わりに少女を殺したのだ。
映画を観るつもりだったのにマユと名古屋駅で別れ、あわてて家に帰ると、殺された少女の生首の他にふたりの少女がぼくの部屋にはいて、
「お兄ちゃんが昨日帰ってこなかったから、わたしが全部してあげておいたからね。明日と明後日の分の女の子もわたしが誘拐してあげておいたから、早く殺しちゃおう」
妹はそう言った。
名前も知らないふたりの少女は、後ろ手に縛られて、床に転がされていた。
ぼくはその部屋から逃げ出したくてたまらなかった。
妹が怖かった。
死を覚悟したのかもう何の抵抗も見せない少女たちが怖かった。
部屋中に転がる無数の生首が怖かった。
ぼくが犯した罪が怖かった。
体が震えて、立っていられなくなった。
ぼくは床に膝を抱えて座り込み、泣いた。
「どうしたの?お兄ちゃん。何かいやなことがあったの? わたし何かいけないことした?」
リカがぼくを抱きしめて訊いた。
顔を上げると、妹の目は濁っていて、淀んでいて、ぼくが知るリカのものではないような気がした。
「今日はしたくない?」
ぼくは返事をすることができない。
寒い。体の震えが止まらない。いくら自分の体を小さくして抱きしめても寒気は止まらなかった。歯ががちがちと音を立てる。ぼくは奥歯を噛みしめた。
「じゃあ、わたしが今日もお兄ちゃんのかわりにしてあげるね」
ぼくは耳を塞いだ。
目を閉じた。
少女の、どちらかの、悲鳴が、聞こえる。
血飛沫が、ぼくに、降り注ぐ。
血のにおい。
錆びた鉄のにおい。
こわい。こわい。こわい。
「できたよー、お兄ちゃん」
目を開けると、体中に何本ものカッターナイフを突き刺された少女が横たわっていた。
「えへへ、リカ偉い?
でも黒ひげ危機一髪みたいになっちゃったかな。
お兄ちゃん、人を殺すの楽しいね。あの子も今から殺してもいい?
首を切るのは後でもいいよね?」
だから、この数日、少女たちを殺したのはぼくじゃない。
リカなんだ。
安田は酒を飲みながらぼくに言った。日付はもう今日になっている。昨日は非番だったらしい。マユも名古屋の家の家族ももう寝ている。
「俺の目も濁ってるだろ。長年刑事なんかやってるとよ、誰かれ構わず疑う癖がついちまってよ、気がついたらおまえらみたいなガキより目がにごっちまってた。
だからなのかなぁ、マユみたいなバカと結婚したのは。あいつかわいいけどすごいバカだろ。あんな風に生きてる奴ばっかりだったら世界はもっと平和で、俺の目も濁らずにすんだんだろうなぁ」
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「マユの悪口を言うのはやめてください」
そうだゾ、やめろこらー、マユが寝言を言った。
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マユはかわいい。世界中のどんな女の子よりもかわいい。
ぼくは醜く汚い。世界中の汚物の中でぼくは一番醜い。ぼくは自分の顔を醜悪だと思っていたし、ぼくの口臭や体臭は腐臭のようだと感じている。そういう病気なんだ。そんな病気にかかってしまうぼくはやはり醜く汚い。
そんなぼくの膝の上に眠るマユが汚れてしまわないかどうかぼくは不安だった。マユの頬に触れると、ぼくの指先から毒が飛び出してマユの白い肌を紫色に染めてしまいそうだと思った。マユの頬はとても柔らかい。
「おまえ兄弟はいるのか?」
「姉と妹がいます」
姉はぼくが殺した。
「そうか、俺には妹がいた。妹は病気でな、俺がはじめてもった家族は妹に壊されちまった。マユに結婚しようって言われたときも、また妹に壊されちまったらどうしようって思ったよ。だけど妹は、フミカは、ギロチン野郎に殺されちまった。悲しいはずなのに、俺はほっとしたんだよ。最低の兄だろ」
安田は少し飲み過ぎていた。「そんなことないですよ」とぼくは言った。
「おまえ、明日暇か」
ぼくはうなづいた。本当は暇ではなかった。明日の朝もぼくは首のない少女の死体をごみ捨て場に遺棄しなければならい。
マユを殺すつもりだったけれど、ぼくにはマユを殺せないだろう。
安田は財布を取り出して、一万円札を何枚かぼくに差し出した。
「マユはおまえを気に入っているみたいだから、明日一日マユと遊んでやってくれないか。あいつも友達いないんだよ。そうだな、遊園地にでも連れてってやってくれよ」
遊園地。
ぼくとマユが?
だからぼくとマユは昨日、長島スパーランドに行った。遊園地と温泉が楽しめるうえに、この季節はプールが楽しめる。
地下鉄から近鉄に名古屋で乗り換えて、桑名でバスに乗り換えて目的地に到着するまで、そして遊園地の中でもマユはぼくと手をつないでいてくれた。
遊園地なんてひさしぶりだし、女の子とデートをするのははじめてのことだった。
「マユ、男の子と遊園地なんてはじめて」
と、マユも言ってくれた。
遊園地もプールも楽しめる一日フリーパスを買った。もちろん温泉にも入れる。ぼくもマユも水着は持ってきていなかったけれど。
マユはすべての乗り物を制覇したいと言ったので、ぼくは特設会場で偶然行われていたアニメ声優のラジオの公開録音が見たかったけれど我慢した。何十人もの声優を、声だけでなく癖まで聞き分けられるのがぼくのちょっとした自慢だ。気持ち悪がられたくはなかったから、もちろんそんな話はマユにはしなかった。
ジェットコースターに乗り、ジャンボバイキングに乗り、何十メートルも上空から垂直落下する乗り物に乗ったとき、マユの隣に座った極度の肥満の男にベルトが回らなくて、男は乗せてもらえなくて、ぼくたちは笑っては悪いと思ったけど笑ってしまった。
ホワイトサイクロンに乗り、日が暮れる頃オーロラに乗った。
オーロラというのは巨大な観覧車で、観覧車はしあわせの象徴なのだとマユは言った。だって楽しいところには必ず観覧車があるんだもん。ぼくとマユは観覧車の籠の中で向かい合って座った。繋いでいた手をはなさなくちゃいけないのは少し残念だった。
マユはロリ服を着ている。マユは恥ずかしがったけど、ぼくはロリ服を着たマユが見たかったから無理矢理着せてしまった。
ぼくは昨日と同じ、母親が買ってきた服を着ていた。なんだかいけてなくて、まるでマユについてるカメラ小僧みたいで、マユに悪い気がした。
ぼくはマユが好きだ。
だからぼくはマユと並んで歩いても恥ずかしくない格好をしなくちゃいけない。
そんな風に考えたのもはじめてのことだった。
「ワタルくん」
マユがぼくの名前を呼んだ。
「楽しんでくれてる? マユだけ楽しんでない?」
「そんなことないよ。楽しいよ」
マユといっしょにいられたらどこだって楽しいに違いなかった。
「またマユといっしょに遊んでくれる?」
「うん」
「呉羽も、前に付き合ってたゲロくんも、ふたりとも刑事さんだから忙しくて」
マユについて語り合うスレッドにマユの彼氏だという刑事が書き込んでいたのをぼくは思い出した。
「マユと全然遊んでくれないんだ」
「ぼくは毎日暇だからいつでも遊びに行くよ」
「ほんと?」
「やったー、マユ、ワタルくんのことだーいすき」
観覧車が頂上にたどり着いたとき、ぼくはマユを抱きしめていた。
遊園地からの帰り、名古屋駅前でぼくは電光掲示板に映し出されたニュースを見て驚いた。
ぼくはずっとマユのそばにいたのに、また首のない死体が発見されたのだとそのニュースは報じていた。
リカがぼくの代わりに少女を殺したのだ。
映画を観るつもりだったのにマユと名古屋駅で別れ、あわてて家に帰ると、殺された少女の生首の他にふたりの少女がぼくの部屋にはいて、
「お兄ちゃんが昨日帰ってこなかったから、わたしが全部してあげておいたからね。明日と明後日の分の女の子もわたしが誘拐してあげておいたから、早く殺しちゃおう」
妹はそう言った。
名前も知らないふたりの少女は、後ろ手に縛られて、床に転がされていた。
ぼくはその部屋から逃げ出したくてたまらなかった。
妹が怖かった。
死を覚悟したのかもう何の抵抗も見せない少女たちが怖かった。
部屋中に転がる無数の生首が怖かった。
ぼくが犯した罪が怖かった。
体が震えて、立っていられなくなった。
ぼくは床に膝を抱えて座り込み、泣いた。
「どうしたの?お兄ちゃん。何かいやなことがあったの? わたし何かいけないことした?」
リカがぼくを抱きしめて訊いた。
顔を上げると、妹の目は濁っていて、淀んでいて、ぼくが知るリカのものではないような気がした。
「今日はしたくない?」
ぼくは返事をすることができない。
寒い。体の震えが止まらない。いくら自分の体を小さくして抱きしめても寒気は止まらなかった。歯ががちがちと音を立てる。ぼくは奥歯を噛みしめた。
「じゃあ、わたしが今日もお兄ちゃんのかわりにしてあげるね」
ぼくは耳を塞いだ。
目を閉じた。
少女の、どちらかの、悲鳴が、聞こえる。
血飛沫が、ぼくに、降り注ぐ。
血のにおい。
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こわい。こわい。こわい。
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目を開けると、体中に何本ものカッターナイフを突き刺された少女が横たわっていた。
「えへへ、リカ偉い?
でも黒ひげ危機一髪みたいになっちゃったかな。
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