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スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」
第6章 気狂いの家とアイスクリームの妹 ②
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名古屋マユミは名東区在住、高校に席を置いてはいるが入学直後から不登校になり、家出をしていた。
捜索願いがでていなかったのは、マユから両親に定期的に電話があったからだ。
家出に前後して風俗店に勤め始めたと思われる。
半月前に風俗店をやめた直後に本当に愛知県警捜査一課の刑事と結婚していた。
安田呉羽。以前コープに勤めていたことからコープ刑事と呼ばれているらしい。
ぼくが殺した安田フミカの兄だ。
安田の家はマユの家のすぐそばだが、結婚後はマユの家で暮らしているようだ。
しかし安田はぼくの事件の合同捜査本部の捜査員であり、新婚だというのに妻の待つ家に帰れない日々が続いている。
しかしマユはいつ要と出会い、軽カスケード障害になったのだろう。
探せ、探せ。
彼女が受験した高校のひとつに、要雅雪の勤める私立女子校の高等部があった。
受験者は1356人。
彼女たちは40数人ごとに教室をあてがわれて受験している。
マユの受験番号は889。マユはその高校に落ちていた。
マユだけでなく同じ教室で受験した861番から904番までのすべての受験生が落ちている。
その中には滑り止めにその高校を受験した者もいたはずだ。
こんなことがふつうありえるわけがなかった。
それにマユを含めた43人の不合格者の中にはぼくが殺した富田柚子も含まれていた。
要の仕業に違いない。
たぶん受験の監督官か何かを引き受けさせられて、あまりに退屈だったから、暇つぶしに遊んだといったところだろう。困った人だ。
だけどそれなら、あと42日間は昨日までのようにカスケードとは無縁の少女たちを殺さなくてもいいのだ。
名古屋マユミはぼくにとてもよい情報を提供してくれた。まずは彼女から殺してあげよう。
アイスクリームを舐めながら、妹がテレビを見ている。
生きたまま少女の生首が切断される、という一連の事件は終わり、死後に首が切断された死体が捨てられるという模倣犯による連続殺人が始まった、というのが警察とマスコミの共通の見解だ。首のない体から被害者を特定するには一目でわかるような大きな特徴がないかぎりDNA鑑定以外にはない。
捜索願いが出されている行方不明者たちの家族のDNAと比較して可能性を模索しなければならず、捜索願いが出されていなければ特定しようもない。
首のない死体のひとつが今日被害者特定され、現在父親による記者会見が行われている。
リカが連れてきた足の悪い友達の父親だ。
足の甲で歩いているように見える歩き方をしていた。
靴を脱がせると足の指があさっての方向を向いていた。
リカの友達はミカコと言った。
「ミカコちゃんはどんな子だったの?」
なぜリカはぼくにミカコを殺させたのか、ぼくにはどうしてもわからなかった。
障害について論じるつもりはさらさらないけれど、リカはミカコよりはるかにかわいし、自分がかわいいことも知っている。
人は大儀なく、自分より劣る者を殺したいと思うことがあるのだろうか。
ぼくと同じ理由で、テレビではありふれてしまっている殺人をただ体験してみたかっただけなのだろうか。
「別に。普通かな。ミカコちゃんのことあんまりしらないんだ」
あのときピッチで連絡とれたのはミカコちゃんだけだったからお兄ちゃんに紹介しただけ、とリカは言った。
そしてぼくは妹が連れてきたミカコをためらうことすらなく殺したのだ。
テレビではミカコの父親が泣いていた。
「ミカコを返してください」
リカがアイスクリームをぼくに一口くれた。
「やーだよ」
妹はミカコの葬式に、ぼくは名古屋マユミを殺しに出かけた。
と書くと、なんだか昔話みたいだけど、ぼくはリカの悪女ぶりに呆れてしまった。
ミカコをぼくに殺させておいて葬式では涙を流すのだろう。
リカは今朝ビデオのタイマー録画をしていた。
たぶんニュースやワイドショーでミカコの葬儀は報じられるだろうから、テレビに映るかもしれないし、インタビューを受けるかもしれない。
ビデオに録っておいたら14歳の夏の思い出になるかもしれないじゃない、とリカは言ったのだ。
ぼくは地下鉄に乗り、終点の藤が丘駅で降りて名古屋マユミの家を訪ねていた。
名古屋の家はとても近く、徒歩で五分とかからなかった。
サザエさんの家のように、名古屋と真新しい安田の表札が並んでいた。
近所に取り壊されている家がある。
名古屋の家にマユと安田は暮らしているし、安田にはもう身よりがない。
妹はぼくが殺したし、安田の最初の妻とこどもはその妹によって殺害されている。
妹が気狂いになってしまってすぐ両親は心中している。
取り壊されているのが安田の家なのかもしれない。
ぼくは小一時間ほどマユの家の前で立ち尽くしていたかもしれない。
インターフォンを押して家に押し入り、一家惨殺をすることになっても、マユを殺せればそれでいいと考えていたはずなのに、インターフォンを押すことができなかった。
ニアデスハピネスでベッドに並んで座って話をしたとき、ぼくがマユに抱いた感情が恋だったのではないか、とふと気づいてしまったからだ。
ぼくは翌日行おうと考えていた殺人を前に少女の体を見ておきたかっただけなのに、誰かと話がしたかっただけだと嘘をついた。
マユはその嘘を真に受けてぼくに優しくしてくれた。頭を撫でてくれたし、抱きしめてもくれた。
キスもしてくれた。
本当はだめなんだけどエッチさせてあげてもいいよ、とさえマユはぼくに言い、ぼくはそのときまだ童貞で、マユの裸を隅々まで観察させてもらうという当初の目的を果たすと逃げるように金を払って店を出た。
マユは裸のまま店の外にまでぼくを追いかけてきてくれると、また来てね、と笑った。
ぼくはその笑顔に恋をしてしまった。
忘れていたわけじゃない。
マユに執着していたのは、ぼくがマユに恋していたからだ。
「あれー、ワタルくんじゃないのー?」
突然声をかけられてぼくは驚いてしまった。そんな風に誰かから街中で声をかけられたことなどぼくにはあるはずもなかった。
振り返るとマユと、背広を着て頬がこけて疲れた顔をした男がスーパーの袋をさげて立っていた。
彼が安田だろうか。
マユはぼくに手をふっている。
「やっぱりワタルくんだ。前にお店に来てくれた子だよね。マユ覚えてるよ」
マユがぼくを覚えていてくれた。
それだけでぼくは涙が溢れそうになる。
「ごめんね、いきなりお店やめちゃったりして」
「マユの住所をどうやって調べたかは知らないが、悪いけどマユはもうあの店をやめて、俺の妻になったんだ。帰ってくれないか」
安田呉羽はぼくを睨みながらそう言った。
「違うの、呉羽。ワタルくんはお友達がいなくてマユとおしゃべりしにきてくれた子なんだ。だからワタルくんとマユはお友達なの。今日もマユとおしゃべりしにきてくれたんだよね?」
ぼくは何度もうなづいた。
またマユに嘘をついてしまった。
マユは両手にさげた袋を高く掲げて、
「じゃじゃーん、今日はマユがはじめて料理を作る日なのだ。ワタルくんも食べていくのだ」
と、そう言った。
安田呉羽が露骨にいやそうな顔をした。
ぼくはマユに手を引かれて名古屋の家に連れられてしまった。
捜索願いがでていなかったのは、マユから両親に定期的に電話があったからだ。
家出に前後して風俗店に勤め始めたと思われる。
半月前に風俗店をやめた直後に本当に愛知県警捜査一課の刑事と結婚していた。
安田呉羽。以前コープに勤めていたことからコープ刑事と呼ばれているらしい。
ぼくが殺した安田フミカの兄だ。
安田の家はマユの家のすぐそばだが、結婚後はマユの家で暮らしているようだ。
しかし安田はぼくの事件の合同捜査本部の捜査員であり、新婚だというのに妻の待つ家に帰れない日々が続いている。
しかしマユはいつ要と出会い、軽カスケード障害になったのだろう。
探せ、探せ。
彼女が受験した高校のひとつに、要雅雪の勤める私立女子校の高等部があった。
受験者は1356人。
彼女たちは40数人ごとに教室をあてがわれて受験している。
マユの受験番号は889。マユはその高校に落ちていた。
マユだけでなく同じ教室で受験した861番から904番までのすべての受験生が落ちている。
その中には滑り止めにその高校を受験した者もいたはずだ。
こんなことがふつうありえるわけがなかった。
それにマユを含めた43人の不合格者の中にはぼくが殺した富田柚子も含まれていた。
要の仕業に違いない。
たぶん受験の監督官か何かを引き受けさせられて、あまりに退屈だったから、暇つぶしに遊んだといったところだろう。困った人だ。
だけどそれなら、あと42日間は昨日までのようにカスケードとは無縁の少女たちを殺さなくてもいいのだ。
名古屋マユミはぼくにとてもよい情報を提供してくれた。まずは彼女から殺してあげよう。
アイスクリームを舐めながら、妹がテレビを見ている。
生きたまま少女の生首が切断される、という一連の事件は終わり、死後に首が切断された死体が捨てられるという模倣犯による連続殺人が始まった、というのが警察とマスコミの共通の見解だ。首のない体から被害者を特定するには一目でわかるような大きな特徴がないかぎりDNA鑑定以外にはない。
捜索願いが出されている行方不明者たちの家族のDNAと比較して可能性を模索しなければならず、捜索願いが出されていなければ特定しようもない。
首のない死体のひとつが今日被害者特定され、現在父親による記者会見が行われている。
リカが連れてきた足の悪い友達の父親だ。
足の甲で歩いているように見える歩き方をしていた。
靴を脱がせると足の指があさっての方向を向いていた。
リカの友達はミカコと言った。
「ミカコちゃんはどんな子だったの?」
なぜリカはぼくにミカコを殺させたのか、ぼくにはどうしてもわからなかった。
障害について論じるつもりはさらさらないけれど、リカはミカコよりはるかにかわいし、自分がかわいいことも知っている。
人は大儀なく、自分より劣る者を殺したいと思うことがあるのだろうか。
ぼくと同じ理由で、テレビではありふれてしまっている殺人をただ体験してみたかっただけなのだろうか。
「別に。普通かな。ミカコちゃんのことあんまりしらないんだ」
あのときピッチで連絡とれたのはミカコちゃんだけだったからお兄ちゃんに紹介しただけ、とリカは言った。
そしてぼくは妹が連れてきたミカコをためらうことすらなく殺したのだ。
テレビではミカコの父親が泣いていた。
「ミカコを返してください」
リカがアイスクリームをぼくに一口くれた。
「やーだよ」
妹はミカコの葬式に、ぼくは名古屋マユミを殺しに出かけた。
と書くと、なんだか昔話みたいだけど、ぼくはリカの悪女ぶりに呆れてしまった。
ミカコをぼくに殺させておいて葬式では涙を流すのだろう。
リカは今朝ビデオのタイマー録画をしていた。
たぶんニュースやワイドショーでミカコの葬儀は報じられるだろうから、テレビに映るかもしれないし、インタビューを受けるかもしれない。
ビデオに録っておいたら14歳の夏の思い出になるかもしれないじゃない、とリカは言ったのだ。
ぼくは地下鉄に乗り、終点の藤が丘駅で降りて名古屋マユミの家を訪ねていた。
名古屋の家はとても近く、徒歩で五分とかからなかった。
サザエさんの家のように、名古屋と真新しい安田の表札が並んでいた。
近所に取り壊されている家がある。
名古屋の家にマユと安田は暮らしているし、安田にはもう身よりがない。
妹はぼくが殺したし、安田の最初の妻とこどもはその妹によって殺害されている。
妹が気狂いになってしまってすぐ両親は心中している。
取り壊されているのが安田の家なのかもしれない。
ぼくは小一時間ほどマユの家の前で立ち尽くしていたかもしれない。
インターフォンを押して家に押し入り、一家惨殺をすることになっても、マユを殺せればそれでいいと考えていたはずなのに、インターフォンを押すことができなかった。
ニアデスハピネスでベッドに並んで座って話をしたとき、ぼくがマユに抱いた感情が恋だったのではないか、とふと気づいてしまったからだ。
ぼくは翌日行おうと考えていた殺人を前に少女の体を見ておきたかっただけなのに、誰かと話がしたかっただけだと嘘をついた。
マユはその嘘を真に受けてぼくに優しくしてくれた。頭を撫でてくれたし、抱きしめてもくれた。
キスもしてくれた。
本当はだめなんだけどエッチさせてあげてもいいよ、とさえマユはぼくに言い、ぼくはそのときまだ童貞で、マユの裸を隅々まで観察させてもらうという当初の目的を果たすと逃げるように金を払って店を出た。
マユは裸のまま店の外にまでぼくを追いかけてきてくれると、また来てね、と笑った。
ぼくはその笑顔に恋をしてしまった。
忘れていたわけじゃない。
マユに執着していたのは、ぼくがマユに恋していたからだ。
「あれー、ワタルくんじゃないのー?」
突然声をかけられてぼくは驚いてしまった。そんな風に誰かから街中で声をかけられたことなどぼくにはあるはずもなかった。
振り返るとマユと、背広を着て頬がこけて疲れた顔をした男がスーパーの袋をさげて立っていた。
彼が安田だろうか。
マユはぼくに手をふっている。
「やっぱりワタルくんだ。前にお店に来てくれた子だよね。マユ覚えてるよ」
マユがぼくを覚えていてくれた。
それだけでぼくは涙が溢れそうになる。
「ごめんね、いきなりお店やめちゃったりして」
「マユの住所をどうやって調べたかは知らないが、悪いけどマユはもうあの店をやめて、俺の妻になったんだ。帰ってくれないか」
安田呉羽はぼくを睨みながらそう言った。
「違うの、呉羽。ワタルくんはお友達がいなくてマユとおしゃべりしにきてくれた子なんだ。だからワタルくんとマユはお友達なの。今日もマユとおしゃべりしにきてくれたんだよね?」
ぼくは何度もうなづいた。
またマユに嘘をついてしまった。
マユは両手にさげた袋を高く掲げて、
「じゃじゃーん、今日はマユがはじめて料理を作る日なのだ。ワタルくんも食べていくのだ」
と、そう言った。
安田呉羽が露骨にいやそうな顔をした。
ぼくはマユに手を引かれて名古屋の家に連れられてしまった。
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