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スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」

第5章 殺人執行中、逃亡進行中 ②

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 今日はまだ教師ですらなかった彼が、ぼくの恩師になった瞬間について話したい。

 ぼくの母校は偏差値は県内でも相当なものだったがいかんせん荒れていて、窓ガラスなど割られるためにあったようなものだし、消火器は教師たちに向けて噴射するものであったし、同級生の何人かは覚醒剤をやっていてそのうちのひとりは逮捕されていたくらいだから、ルックスのよかった要に気に入られようとしていた何人かの女子たちを除いて彼の授業を聞いている者などもちろん誰もいなかった。

 騒がしい教室の中で、要は声を張り上げるわけでもなく、淡々と授業を進めていた。

 彼は国語の教師で確か、大学では日本童話の研究をしていると話していた。古文であったはずの授業は誰も聞いていないのをいいことに脱線しはじめ、桃太郎は異人のこどもであり、鬼ヶ島こそ鬼と蔑まれた異人を流刑にした島であり、偶然にも採掘されてしまった鉱物資源によって富を得た異人たちが独立国家を形成しはじめたために、当時の日本の権力者が異人による異人狩りを行ったのだという説を唱えていた。

 彼曰く猿やきじや犬も桃太郎や鬼と同様に異人を蔑んでそう例えられたものらしい。

 彼らのきびだんごひとつで簡単に死地に向かえてしまう愚かさは異人を同じ人間として見ていなかったことの証明なのだそうだ。

 しかし誰もそんな話を聞いてはいなかった。ぼくでさえ角川スニーカー文庫を読んでいた。

 だが、彼が指導係であるぼくたちのクラスの担任教師の咳払いを聞いて再び教科書の古文の解説をはじめたとき、教室が突然静かになった。皆呆然と黒板を見ていた。授業を聞いているようには見えなかったが、彼は驚きもせず淡々と授業を続けた。

 ぼくには一瞬何が起こったのかわからなかった。

 それがカスケードによるもので、おそらく騒がしい生徒のみに能力は発現し、ぼくは幸運にも免れたのだと気づいたのは、要の教育実習が終わる頃には学級崩壊が起きていて、ぼくとあとわずか数人しかぼくのクラスに出席している者がいなかったことを目の当たりにしたときだった。

 カスケードの対象になった人間の心がどうなるかということはぼくも知っていた。

 しかし物語の中では一番の見せ場として描かれるカスケードが、あんなにも静かに人の心を砕くものであったことをぼくははじめて知った。

 だからぼくは人を殺してみようと思った。死体を犯してみようと思った。死肉を食らってみようと思った。

 カスケードの被害者たちを対象としたのは、気狂いを殺せば社会を掃除することにもなるし、彼女たちはかわいい服を着ているから犯しがいがあるし、何より要雅雪に敬意を表するためでもあった。

 誰を殺すかという問題は実はどうでもいいことで、電車の中で音を出してポケモンをやっているガキでも携帯電話のキープッシュ音を消さずにメールを打っている女子高生でも香水のきついにおいをばらまいて歩くことしかできないOLでもよかった。結局この世界は誰を殺したって社会の掃除になってしまう。

 ひとり殺せばよかったはずなのに、やめられないのはその快楽に溺れてしまったからだ。

 ぼくは逮捕されたいし死刑になりたいのかもしれない。





 ひさしぶりにつけたテレビでは、ぼくが犯した一連の事件の警察の不手際を言及する特集をやっていた。

 警察を誉めたたえる番組を年に何度か放送しながら、世論にあわせてそうやって罵倒もしなければならないのだから、彼らも大変だ。

 しかし無理もない。

 生首が各区に放置された16の死体損壊遺棄事件と、12の生首持ち去り事件、そしてわずか数時間のうちに64人が警察の目の前で首を切断された数日前の連続殺人事件。

 同一犯に一ヶ月で92人もの少女を殺されているのだ。

 境界性人格障害でリストカットを繰り返す困ったゴスロリちゃん、という三拍子揃った少女は重度のカスケード被害者以外にいないから、名古屋の街にはもうひとりも残ってはいないのではないだろうか。

 両親も学校も社会も手を焼いていた気狂いの少女たちをぼくは殺してあげていたわけだけど(両親たちの中には涙ぐんで「死んでくれてありがとう、殺してくれてありがとう」と訴える者もいた)、さすがに被害者が百人の大台に乗りかねないということになれば、ぼくをバッシングしないわけにはいかない。バッシングしなければ、人はその自分の地位や名声を失うことになる。

 要のようなカスケード能力をもたなくとも、人間は集団を形成した時点でカスケードに支配される。

 いじめを見て見ぬふりをしたり、上司の不正を訴えることができなかったり、ブームが去った途端に超能力を信じなくなったりしてしまうのはこの集団が生み出すカスケードによるものだ。自分の身を守るために人はカスケードに依存する。

 世界はカスケードに支配されている。人はカスケードから逃れて生きることはできない。

 要のカスケード能力はこの集団のカスケードを破壊するためのものだ。

 ぼくが要を恩師と仰ぐもうひとつの理由は、彼がその気になれば集団のカスケードを正しく導くことができるということにある。そして邪悪なカスケードに身をおく愚民を気狂いにして社会の最下層においやることができる。最下層に貶められたとはいえ、まだ存在する彼女たちを清掃するのがぼくの仕事だ。

 まだカスケード能力の本来の意味に気づいてはいない要が生み出してしまった哀れな彼女たちを、未来の彼のためにぼくは殺している。





 しかし、これで要雅雪のカスケードの対象者がすべて存在しなくなったわけではなかった。

 要は少女たちだけにカスケードを行ったわけではないし、ぼくがたまたま被害を免れたように、男たちもカスケードの対象になりうる。それに少女たちの中にはぼくがまだ発見できないでいる者たちがいる。

 なぜなら彼のカスケードによって何ヶ月も何年も心を病んでしまうほどの後遺症を与えられてしまうのはほんのわずかで、それ以外の者たちは数日あるいは数週間の躁鬱状態に陥るに過ぎないからだ。

 リストカットは何度か経験しているが、ゴスロリを着ていなかったり、リストカットをしたことはないがゴスロリを着ていたりなど、すべてのカスケード被害者が境界性人格障害でリストカットでゴスロリだというわけではなかった。

 彼女たちの多くは現在は不登校ではない。愛知県警がせっかく新聞各紙に名古屋市内在住の不登校者のリストを載せてくれたが役にはたたない。

 ぼくは要と、彼の教育実習以来会ってはいないし、連絡を取り合っているわけでもない。

 要はぼくのことなど覚えてもいないだろう。

 要に関する資料を彼が働く私立の女子校のコンピュータから引き出したりもしたが、彼がどこの学校の卒業生でこれまでにどんな職場で働いていたのかを知り、当時の彼の周囲のものたちをリストアップしたところで、彼はいつ、何度カスケードを行ったのかすらもわからないし、判別は限りなく難しくなってしまっているのだ。

 男たちの中から、境界性人格障害で自傷癖のあるパンク少年を見つけだすのは簡単だが、ぼくは先に少女たちをすべて殺してしまってから男たちを殺そうと決めていた。

 とりあえず、軽カスケード障害とでもいうべき彼女たちにはひとり心あたりがあるので、ぼくはその少女を殺してあげようと思う。

 彼女からうまく話を聞き出すことができれば、他に何人かの少女たちを知ることができるかもしれない。



 ぼくは今日、名古屋駅の裏側とも言える太閤通りの、生活倉庫や河合塾や代ゼミが立ち並ぶ通りのさらに裏側の風俗街にある、SM専門店「ニアデスハピネス」を訪れていた。

 死の直前に訪れる幸福。

 殺人をしてみるまでそんなものが本当にあるものか疑問だったが、ぼくが殺した少女たちは必ずそれまでは見せてくれなかった笑顔を見せてくれたものだった。

 ぼくは一人目の犠牲者の生首を切断する前日、この店を訪れて、ナンバーワン真性M嬢のマユという女の子を指名していた。風俗店を訪れたのはもちろん景気づけなどではなく、中学校でやらされたフォークダンス以外にぼくは少女の体に触れたことがなかったからだ。

 敵情視察のようなものだった。

 少女の肌がどれほど白くどれほど柔らかいものなのかをつぶさに観察するには、性行為そのものがメインの一般の風俗店ではなく、視姦が性行為として許されるSM店のM嬢相手が良いとぼくは考えた。ナンバーワンのマユを指名したのは、選ばされた何枚かの写真中でマユがぼくより年下に見えたからだった。

 ぼくは一時間ほど待って、マユの待つ部屋に通された。

 ぼくはさっそく脱ぎはじめてしまったマユに服を着させて、人恋しいから誰かに話を聞いてもらいたくてやってきた友達も恋人もいない寂しい少年を演じ、並んでベッドに座って話をした。

 手首にはリストカットのあとはなく、ゴスロリの服を買うために働いていおり、せっかくお金を貯めて買った服だけど着て歩くのは恥ずかしくて家の中でしか着ない、と話していた。

 ときどきしょうもない嘘をつき、なぜそんな嘘を必死に守り通そうとするのかわからなかったが、嘘が嘘だとばれてしまわないように繰り返し嘘をつく、少し頭の足りないしゃべり方をする子だった。境界性人格障害の特徴だった。

 結局一時間近くぼくはマユに何もせず、最後の数分の間だけ服を脱いでもらい体を観察させてもらっただけだった。

 美しい体だった。

 ぼくは太閤通りの地下街エスカで、何か彼女に贈り物を持っていこうと考えて、しかし何も思いつかず、フィギュアとプラモデルの店に入り、マスターグレードゼータプラスアムロレイ専用機カラーを買って店へと向かった。

 マユを指名すると、十日ほど前に突然辞めたよ、と言われた。

「携帯も換えちゃったみたいでさ、うちも連絡とれなくてほんと困ってるんだよ」

 ぼくはそうですか、とだけこたえた。

 店長らしきその男はぼくの持っていた袋を指さし、

「それ、マユちゃんへのプレゼント? 何を買ってきてくれたの?」

 と訊いた。

 ゼータガンダムのアニメには登場しないアムロ専用機だとこたえると、変な顔をされた。

「きみねぇ、もう18、9なんだろ、いつまでも自分の好きなものをあげたら女の子が喜ぶなんて思ってちゃだめだよ。マクドナルドなんかでそんなものあげた日にゃ、女の子は食べてたポテトを握りつぶすぜ」

 ぼくは家に帰ると、妹といっしょにそれを組み立てた。

 姉はゆうべぼくが少し加減を間違えて殺してしまっていた。



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