上 下
146 / 192
スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」

解決編 インターミッション2 満月の夜に一番遠い少女

しおりを挟む
 少女が風俗店で真性M嬢をしていたのは、ロリ服を買うお金がほしかったからだ。

 メイドカフェに通うような、恋人もいない、趣味といったらアニメかゲームかインターネットの、働いているからお金だけは持っているけどお金の使い道を知らない男の人が首から提げたカメラの被写体にときどきなってあげたりしたら、ロリ服なんていくらでもヘッドトレスから靴までのセットでいくらでも買ってもらえることくらいは知っていたけど、なんだかそういうのは違うと思った。

 たとえ体を売ったりしても自分で稼いだお金で買わなければ、本当に汚してはいけないものが汚れてしまうような気がしていた。

 それに、カメラ小僧といっしょにロリ服を買いにいくくらいなら死んだ方がましだと思っていた。

 少女は援助交際もしなかった。

 カメラ小僧の写真のモデルになることと、アマチュアの売春婦になることはさして変わらない、と少女は思ったからだった。

 どうせならプロの写真家に撮られてみたいように、少女はプロの売春婦になりたかった。

 だから少女は16なのに18だと偽って風俗嬢になったけれど、もちろん売春は法律で禁じられていてプロの売春婦なんてものはこの国には存在しない。

 わたしがそうだ、ぼくは知っている、と言う人はまずは自首するといい。

 法を犯している時点でプロとはいえない。


 少女が勤め始めたお店も、ほとんどの店がそうであるように「本番禁止」のお店だった。

 客とセックスをしたことが店に知れた時点で、即解雇なのだと店長にきつく言われた。

 プロの売春婦になりたい、というのはもちろん援助交際で売春をするくらいなら、という意味だ。
 セックスしなくていいならそれにこしたことはなかった。

 処女はクレパスおじさんのためにとっておいてあげたかった。

 近所に住む、かわいそうなおじさん。

 妹は気狂いで、両親は心中、結婚をしてようやくつかんだ幸せも、少女がまだ幼い頃に妹がすべて壊してしまった。少女の父親が管理職を務める会社で働いていた頃はよく遊んでくれたけれど、妻とこどもを殺されてしまってからは遊んでくれなくなった。

 遊びにいくといつも帰り際に知らないうちにクレパスを一本ずつ少女のスカートに忍ばせてくれる、優しいおじさんだった。

 近所に住んでいたけれど、仕事をやめて警察官になってからは忙しいのか顔を見ることもなくなった。

 真夜中に車の免許を持たないおじさんのバイクが帰ってくる音だけを楽しみにしながら、少女は幼女から女児になり、少女になった。

 クレパスおじさんは少女の初恋の人だった。

 その頃はやっていたビックリマンシールをよくくれて、チョコウエハースを半分ずつ食べた。

 ぼく以外からはもらっちゃいけないよ、と耳にたこができるほど聞いた。

 少女は知らなかったけれど、ビックリマンチョコを餌に幼女を誘拐するのがその時代の誘拐の手口だった。

 少し大きくなってからそのことを知って、もう遊んではくれなかったけれどますますおじさんのことが好きになった。

 父も母も、「呉羽くんのような人と結婚しなさい」と耳にたこができるどころか耳がたこになってしまうほど少女に言った。

 呉羽というのがクレパスおじさんの名前だ。

 おじさんのような人ではいやだったから、いつかはおじさんと結婚するんだと、少女は少女になってからもそう信じていた。

 18も年が離れていたから結婚はできないかもしれないけれど、処女はやっぱりおじさんにあげたかった。

 なぜSM専門店を選んでしまったかといえば、同級生たちの中でも人一倍性の知識が少なかった少女が公衆電話ボックスの中でたまたま見つけしまったのが、その店のチラシだったからに過ぎないし、一本だけ観たことがあった父のアダルトビデオがSMもので、学校の性教育では習わなかったけれどセックスというのはそういうものなんだろう、と漠然と信じてしまっていたからに過ぎない。

 お店で少女がはじめて相手をしたのは店長で、いかにもSMの女王様といった格好をさせられたけれど、少し頭が足りなかった少女がどれだけ演技をしても女王様らしくは見えず、逆に奴隷役を与えられるとうまく鳴いてみせることができたので、少女は真性M嬢として売り出されることになってしまった。

 そのときバイブで処女膜は破られてしまった。


 はじめの頃は個室でSの男の人とふたりきりになった瞬間、これから痛い思いをするのだと逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけれど、すぐに馴れた。

 少女がその店のナンバーワン真性M嬢になるのには一ヶ月もかからなかった。

 ナンバーワン女王様とレズもののビデオも撮った。

 何日か店に通えば、ロリ服がセットで買えるお金ができた。

 一日でそれだけのお金がもらえることもあった。

 店長が少女のために借りてくれたマンションの部屋のクローゼットはすぐにロリ服でいっぱいになったけれど、着て街を歩くのは少し恥ずかしくていつも部屋の中で着るだけだった。

 それだけで少女の心は満たされた。

 だけどその幸せでいっぱいのはずの心のどこかにまだぽっかりと穴があいてしまっているような、心が転がってどこかにいってしまうような不安を少女はいつもかかえていた。

 たぶんわからなかったからだ。

 少女は学校には行っていなかったし、家にも帰っていなかった。嘘ばかりつくようにもなっていた。

 一度ついた嘘が嘘だとばれてしまわないように、破綻してしまうまで嘘をつき続けるので、店の女の子たちからは相手にしてもらえなくなったし、客の中には怒って帰ってしまったり、真性M嬢の少女が叱られたくてわざとそんなふうにしているのだと勘違いする客もいた。

 勘違いしたのがゲロというあだ名の少し頼りないが頭のよさそうな刑事だった。彼とはなんとなく付き合ってしまっていた。

 試してみたことはないけれど、手首を切ってみたくてしかたがなかった。

 いつからこんな風になってしまったんだろう。

 全然興味なんてなかったロリ服が欲しくてたまらなくなってしまったのもいつから?

 それを思いだそうとすると、頭が痛くなって、なんとなく覚えている男の人の顔だけが浮かんだ。

 クレパスおじさんではなかった。

 顔を知っているのだからどこかで会ったことがあるはずなのに、名前を思いだそうとすると頭は割れるように痛くなった。

 クレパスおじさんと再会してからは、少女の心はけっして忘れたことがなかった初恋の熱に溶けてしまって、そんな不安はすっかり忘れてしまっていた。

 安田マユミ、旧姓名古屋マユミは、今は夫で呉羽と名前で呼んでいるクレパスおじさんの腕に抱かれながら、男の顔が私立高校の受験会場にいた監督官のひとりの顔なのだと思い出した。

 どうしてもその高校に入りたかったはずなのに試験問題を見た途端、解くのがバカらしくなって、白紙の答案を出すのがかっこいいような気がして、試験が終わるまで少女はずっと鉛筆を転がして遊んでいた。

 まわりの女の子たちもみんな少女と同じことをしていた気がする。

 合格発表の日、同じ教室で受験した43人の連番の受験番号が、合格者の番号表から確かすべてごっそりとぬけ落ちていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄計画書を見つけた悪役令嬢は

編端みどり
恋愛
婚約者の字で書かれた婚約破棄計画書を見て、王妃に馬鹿にされて、自分の置かれた状況がいかに異常だったかようやく気がついた侯爵令嬢のミランダ。 婚約破棄しても自分を支えてくれると壮大な勘違いをする王太子も、結婚前から側妃を勧める王妃も、知らん顔の王もいらんとミランダを蔑ろにした侯爵家の人々は怒った。領民も使用人も怒った。そりゃあもう、とてつもなく怒った。 計画通り婚約破棄を言い渡したら、なぜか侯爵家の人々が消えた。計画とは少し違うが、狭いが豊かな領地を自分のものにできたし美しい婚約者も手に入れたし計画通りだと笑う王太子の元に、次々と計画外の出来事が襲いかかる。 ※説明を加えるため、長くなる可能性があり長編にしました。

高校からの帰り道、錬金術が使えるようになりました。

マーチ・メイ
ファンタジー
女子校に通う高校2年生の橘優奈は学校からの帰り道、突然『【職業】錬金術師になりました』と声が聞こえた。 空耳かと思い家に入り試しにステータスオープンと唱えるとステータスが表示された。 しばらく高校生活を楽しみつつ家で錬金術を試してみることに 。 すると今度はダンジョンが出現して知らない外国の人の名前が称号欄に現れた。 緩やかに日常に溶け込んでいく黎明期メインのダンジョン物です。 小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。

アマレッタの第二の人生

ごろごろみかん。
恋愛
『僕らは、恋をするんだ。お互いに』 彼がそう言ったから。 アマレッタは彼に恋をした。厳しい王太子妃教育にも耐え、誰もが認める妃になろうと励んだ。 だけどある日、婚約者に呼び出されて言われた言葉は、彼女の想像を裏切るものだった。 「きみは第二妃となって、エミリアを支えてやって欲しい」 その瞬間、アマレッタは思い出した。 この世界が、恋愛小説の世界であること。 そこで彼女は、悪役として処刑されてしまうこと──。 アマレッタの恋心を、彼は利用しようと言うのだ。誰からの理解も得られず、深い裏切りを受けた彼女は、国を出ることにした。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

怒れるおせっかい奥様

asamurasaki
恋愛
ベレッタ・サウスカールトンは出産時に前世の記憶を思い出した。 可愛い男の子を産んだその瞬間にベレッタは前世の記憶が怒涛のことく甦った。 日本人ので三人の子持ちで孫もいた60代女性だった記憶だ。 そして今までのベレッタの人生も一緒に思い出した。 コローラル子爵家第一女として生まれたけど、実の母はベレッタが4歳の時に急な病で亡くなった。 そして母の喪が明けてすぐに父が愛人とその子を連れて帰ってきた。 それからベレッタは継母と同い年の義妹に虐げられてきた。 父も一緒になって虐げてくるクズ。 そしてベレッタは18歳でこの国の貴族なら通うことが義務付けられてるアカデミーを卒業してすぐに父の持ってきた縁談で結婚して厄介払いされた。 相手はフィンレル・サウスカールトン侯爵22歳。 子爵令嬢か侯爵と結婚なんて…恵まれているはずがない! あのクズが持ってきた縁談だ、資金援助を条件に訳あり侯爵に嫁がされた。 そのベレッタは結婚してからも侯爵家で夫には見向きもされず、使用人には冷遇されている。 白い結婚でなかったのは侯爵がどうしても後継ぎを必要としていたからだ。 良かったのか悪かったのか、初夜のたったの一度でベレッタは妊娠して子を生んだ。 前世60代だった私が転生して19歳の少女になった訳よね? ゲームの世界に転生ってやつかしら?でも私の20代後半の娘は恋愛ゲームやそういう異世界転生とかの小説が好きで私によく話していたけど、私はあまり知らないから娘が話してたことしかわからないから、当然どこの世界なのかわからないのよ。 どうして転生したのが私だったのかしら? でもそんなこと言ってる場合じゃないわ! あの私に無関心な夫とよく似ている息子とはいえ、私がお腹を痛めて生んだ愛しい我が子よ! 子供がいないなら離縁して平民になり生きていってもいいけど、子供がいるなら話は別。 私は自分の息子の為、そして私の為に離縁などしないわ! 無関心夫なんて宛にせず私が息子を立派な侯爵になるようにしてみせるわ! 前世60代女性だった孫にばぁばと言われていたベレッタが立ち上がる! 無関心夫の愛なんて求めてないけど夫にも事情があり夫にはガツンガツン言葉で責めて凹ませますが、夫へのざまあはありません。 他の人たちのざまあはアリ。 ユルユル設定です。 ご了承下さい。

医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語

スピカナ
恋愛
親の再婚で8歳の義妹・莉子がやって来たのは春樹が22歳の医大生の時。莉子が病弱ゆえに、開業している実父から勉強になるからと、治療や看護の記録を書くように言われ、治療にも立ち会うようになった。それ以来毎日診察することが日課となる。その莉子も今年から大学生となり、通学に便利だからと、俺のマンションに引っ越してきた。このお話は、春樹が男としての欲望にジタバタしながらも、溺愛する可愛い莉子の闘病に奮闘する甘~い二人の愛の物語です。 なお、このお話は全て想像で書いた架空の話なので、医学用語や病気情報はすべて真に受けないように、どうぞよろしくお願い致します。エロいマークは*です。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

魔法少女七周忌♡うるかリユニオン

LW
ファンタジー
あれから七年、皆が魔法を拗らせた。 元魔法少女と元敵幹部が再会するガールミーツガール。 ------------------------- 七年前の夏休み、語世麗華は魔法少女の小学生だった。 魔法の妖精から力を受け取り、変身してステッキで戦い、悪の組織を壊滅させ、山麓の地方都市を守った。 それきり世界から魔法は消えて、魔法の夏は終わったはずだった。 しかしそれから七年経って、再び町に魔獣が現れる。 高校生になった麗華はかつて敵幹部だった芽愛と再会し、不完全に復活した魔法の力で魔獣を撃退する。 芽愛と協力して魔獣退治に奔走するうち、元魔法少女や元敵幹部も次々に集まってくる。 七年経ってすっかり色々拗らせてしまったかつての関係者たち。 ロリコンお姉さん、炎上Youtuber、不人気アイドル、年齢不詳の不良ぼっち。かつての敵と味方が入り乱れ、不穏な魔法が渦巻く町を駆け回る。 今年の騒動はいったい誰が何のために? 七年前に積み残した秘密と恋心の行方は? セピア色に染まった魔法の夏がもう一度始まる。 ------------------------- #うるユニ テキスト:LW(@lw_ru) タイトルロゴ:いちのせらいせ様(@ffff02_f) 表紙イラスト&キャラクタ―シート:NaiDiffusionV3

処理中です...