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第三部 冬晴(ふゆばれ)
プロローグ
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もう12年も昔のことになる。
これは2008年の冬の話だから。
加藤麻衣と鬼頭結衣に続く、3つ目の季節の物語だから。
穏やかに晴れわたった冬の日の朝、わたしはいつも通りに学校に行くふりをして、生まれ育った町を出た。
わたしが生まれ育った町は、愛知県の一番三重寄りにある弥富市というところだった。
わたしが通っていた高校は同県内の清須市というところにあった。
後に三谷幸喜監督が清須会議という映画を撮った、あの信長の清洲城がある町だった。
もっともあの映画で使われたのは、実物大のセットのお城だったけれど。
あとは、日本で一番有名な漫画家が、日本で一番有名な漫画を、日本で一番有名な週刊少年漫画雑誌に十数年連載していた間も、東京に出ることなく連載を続け、現在も住んでいる町だった。
近鉄弥富駅から名古屋行きの急行に乗り、名古屋駅で名鉄に乗り換えて、上小田井という駅で降りてから、さらにバスに乗る。
自宅から最寄り駅まで自転車をこぐ時間や、電車やバスの待ち時間を入れると片道一時間半もかかった。
なぜ、そんな遠くの高校に通うことになったのかと言えば、県内には公立の進学校はふたつしかなく、わたしは第一志望の比較的家から近く、偏差値も高い高校に合格できなかったからだ。
わたしの家は、上流か中流か下流かと言えば、中の下か、下の上くらいの階級だった。
生活には困らないけれど、娘を私立高校に通わせるお金はない家だった。
だから、滑り止めに私立高校を受験することもなかった。
進学校に進学したからと行って、大学受験も国公立しか選択肢はなかった。
2年後に控えた受験で国公立にひとつでも合格できなければ、浪人は許されず大学進学をあきらめて働きに出なければいけなかった。
わたしの通う高校は、文化祭もなければ、入学式の日に、
「今日からあなたたちは受験生です」
校長先生から、そんなありがたいお言葉を頂戴してしまうような学校だった。
一限目の授業の前に、クラス全員が強制参加を義務づけられる早朝補習という時間が50分あった。
12月のこの頃は、わたしが家を出るときには外はもう明るかったが、年が明けるころになれば日の出とほとんど同時に家を出なければ遅刻をしてしまうほど、朝早く起きなければいけなかった。
わたしは、そんな生活にうんざりしていた。
たった8ヶ月通っただけで、あと二年もこんな毎日が続くのかと思うと、すべてがどうでもよくなるほどだった。
いつものように満員電車に揺られながら、名古屋駅についたわたしは、ATMで毎年少しずつ貯めていたお年玉を全額下ろして、学校指定のセーラー服のまま、名古屋駅から東京行きの新幹線に乗った。
そして、二時間ほどがたった頃、横浜駅のホームに降りた。
そこは、わたしの兄が数ヶ月前に死んだ場所だった。
その年の夏、兄は東京に遊びに行くと言って出掛けたきり帰って来なかった。
新幹線が滑り込んでくるホームに身を投げて死んだ。
兄の名前は秀(しゅう)といった。
そして、わたしの名前は、羽衣(うい)。久東 羽衣(くとう うい)。
わたしは、兄があまり好きではなかったから、兄の遺体を見ても、死んだ体の冷たさや腐敗しかけたにおいを気持ち悪いと感じただけで、訃報の連絡を受けたときも、通夜も葬儀でも、悲しいと感じることはなかったし、涙すら出なかった。
そこで兄が死んだということには、何の感情も抱かなかった。
だが、兄は、そのわたしにとっては何の価値も意味もなかった命や人生と引き換えに、わたしに大切なものを遺してくれた。
そこは、加藤麻衣と関わりがあったシュウが死んだ場所であり、鬼頭結衣と関わりがあった草詰アリスが、新幹線に牽かれてバラバラになってしまったシュウの、いまだ見つからない耳を探し続けた場所だった。
わたしの兄は、究極のケータイ小説と呼ばれる作品の登場人物のモデルだった。
これは2008年の冬の話だから。
加藤麻衣と鬼頭結衣に続く、3つ目の季節の物語だから。
穏やかに晴れわたった冬の日の朝、わたしはいつも通りに学校に行くふりをして、生まれ育った町を出た。
わたしが生まれ育った町は、愛知県の一番三重寄りにある弥富市というところだった。
わたしが通っていた高校は同県内の清須市というところにあった。
後に三谷幸喜監督が清須会議という映画を撮った、あの信長の清洲城がある町だった。
もっともあの映画で使われたのは、実物大のセットのお城だったけれど。
あとは、日本で一番有名な漫画家が、日本で一番有名な漫画を、日本で一番有名な週刊少年漫画雑誌に十数年連載していた間も、東京に出ることなく連載を続け、現在も住んでいる町だった。
近鉄弥富駅から名古屋行きの急行に乗り、名古屋駅で名鉄に乗り換えて、上小田井という駅で降りてから、さらにバスに乗る。
自宅から最寄り駅まで自転車をこぐ時間や、電車やバスの待ち時間を入れると片道一時間半もかかった。
なぜ、そんな遠くの高校に通うことになったのかと言えば、県内には公立の進学校はふたつしかなく、わたしは第一志望の比較的家から近く、偏差値も高い高校に合格できなかったからだ。
わたしの家は、上流か中流か下流かと言えば、中の下か、下の上くらいの階級だった。
生活には困らないけれど、娘を私立高校に通わせるお金はない家だった。
だから、滑り止めに私立高校を受験することもなかった。
進学校に進学したからと行って、大学受験も国公立しか選択肢はなかった。
2年後に控えた受験で国公立にひとつでも合格できなければ、浪人は許されず大学進学をあきらめて働きに出なければいけなかった。
わたしの通う高校は、文化祭もなければ、入学式の日に、
「今日からあなたたちは受験生です」
校長先生から、そんなありがたいお言葉を頂戴してしまうような学校だった。
一限目の授業の前に、クラス全員が強制参加を義務づけられる早朝補習という時間が50分あった。
12月のこの頃は、わたしが家を出るときには外はもう明るかったが、年が明けるころになれば日の出とほとんど同時に家を出なければ遅刻をしてしまうほど、朝早く起きなければいけなかった。
わたしは、そんな生活にうんざりしていた。
たった8ヶ月通っただけで、あと二年もこんな毎日が続くのかと思うと、すべてがどうでもよくなるほどだった。
いつものように満員電車に揺られながら、名古屋駅についたわたしは、ATMで毎年少しずつ貯めていたお年玉を全額下ろして、学校指定のセーラー服のまま、名古屋駅から東京行きの新幹線に乗った。
そして、二時間ほどがたった頃、横浜駅のホームに降りた。
そこは、わたしの兄が数ヶ月前に死んだ場所だった。
その年の夏、兄は東京に遊びに行くと言って出掛けたきり帰って来なかった。
新幹線が滑り込んでくるホームに身を投げて死んだ。
兄の名前は秀(しゅう)といった。
そして、わたしの名前は、羽衣(うい)。久東 羽衣(くとう うい)。
わたしは、兄があまり好きではなかったから、兄の遺体を見ても、死んだ体の冷たさや腐敗しかけたにおいを気持ち悪いと感じただけで、訃報の連絡を受けたときも、通夜も葬儀でも、悲しいと感じることはなかったし、涙すら出なかった。
そこで兄が死んだということには、何の感情も抱かなかった。
だが、兄は、そのわたしにとっては何の価値も意味もなかった命や人生と引き換えに、わたしに大切なものを遺してくれた。
そこは、加藤麻衣と関わりがあったシュウが死んだ場所であり、鬼頭結衣と関わりがあった草詰アリスが、新幹線に牽かれてバラバラになってしまったシュウの、いまだ見つからない耳を探し続けた場所だった。
わたしの兄は、究極のケータイ小説と呼ばれる作品の登場人物のモデルだった。
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