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スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」

第4章 カスケード・リターン ②

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 ゆうべは名古屋の家に帰らなかった。

 俺は一晩中、霊安室で首のないフミカと過ごした。

 なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ、と話しかけても、返事はもちろんない。

 なんであの日おまえは東京に遊びにきたんだ、なんで俺の妻とこどもを殺したりしたんだよ。

 妹が返事をできないのは、死んでしまったからというわけじゃなかった。

 なんで俺はおまえが殺されちまったってのにほっとしてんだろうなぁ。

 白い布をかける首がなかったからだ。

 脱いだ背広に入れたままだった携帯電話の着信履歴にマユから28回着信があったことを伝えていた。

 警視庁科学捜査研究所カスケード・リターン班(以下CRT)は極秘裏に設立されたにも関わらず、カスケード犯罪を取り扱ったミステリー小説には必ず登場している。

 カスケード犯罪なんて現実にはそうあるものではないからCRTが活躍することなんて何年かに一度あるかどうかだが、ミステリーの世界ではどちらも常識だった。

 現実のCRTの出動がテレビで報じられることはなかったが、インターネットにはパトカーに似せて改造した愛車に乗る警官のコスプレをした警察マニアの男がそんな愛車の観るに耐えない写真やらどこで調べてきたのか一般人には知りえない情報を垂れ流してくれている。

 CRTの出動を彼らは専用車両の写真と共に不特定多数に発信していた。

 つまり、警察関係者でなくとも、CRTの出動とカスケード使いの逆探知の失敗を知り、対抗策を考えることは可能だ。

 それが生首を切断して持ち去るという新たにはじまった事件なのだろう。

 生首を遺棄しようが持ち去ろうが、少女ギロチン連続殺人にかわりはないが、一度は終えたはずの連続殺人をもう一度開始し、しかしあれだけ固執していた生首の遺棄を諦めたということは、犯人が焦りを感じている証拠だ。

 今日もひとり殺された。犯人は見舞い客のふりをして、病室を訪ね、数分もしないうちに生首を切断して持ち去っている。

 一日に一人ずつ殺すというスタイルだけは変えていない。

 このままでは逮捕されると焦りながらも、しかし自分が逮捕されるわけがないとたかをくくっているのだ。

 霊安室を出ると、ゲロが俺を待っていた。

「戸田」

 と俺は久しぶりにゲロの名を呼んだ。戸田ナツ夫というのがゲロの名だ。

 ゲロは驚いたように顔をあげて、うれしそうに笑った。

「名古屋市内の病院のすべての精神科の入院患者の中から、カスケード被害にあったために発病したと思われる少女だけをリストアップしてくれ」

「境界性人格障害の患者ですね」

「そうだ。境界性人格障害且つリストカットのゴスロリちゃんだ。名古屋市内に何人カスケード使いがいるかわからないが、全員見つけて取り調べてやる」

「監理官にカスケード・リターン班を呼んでもらいます」

 歩きだしたゲロの背中に、

「戸田」

 もう一度俺は声をかけた。

「おまえもフミカの死体を見たんだろう。またゲロ吐いたのか」

「吐かずにすみました」

「じゃあ、もうゲロは卒業だ。頼んだぜ、未来の警視総監さん」

「ぼくが偉くなったら絶対こき使ってやりますよ」

「ギロチン野郎は絶対捕まえるぞ。死刑台に送ってやる」

「死刑制度には反対なんですけどね、ぼくは。絶対捕まえるというところまでは賛成です」

 俺と戸田は病院で別れた。



 カスケードの被害にあったと思われる、境界性人格障害で入院しているリストカットのゴスロリちゃんのリストアップと保護、そしてカスケード・リターン班によるカスケード使いの逆探知の準備が整うのを待つ間、俺にはひとつやるべきことがあった。

 それはもちろん、戸田ナツ夫(元ゲロ刑事)の新しいあだ名を考えることだ。

 しかし愛知県警の騒がしい捜査一課でひとり机に向かって考えたところで、なかなかこれだというあだ名は見つからない。

 仕事を早々に切り上げて、名古屋の家に帰り、マユを抱きながらふたりで考えた。

「ゲロよりひどいあだ名をつけるの?」

「どうかな。ゲロよりひどいあだ名なんてあるかな」

「おしっことかうんちとか、もっと汚いのはたくさんあるじゃない」

「そんなあだ名つけたら俺、ガキみたいじゃんか」

「ゲロってのも十分ガキっぽいよ」

「しょんべんくせーガキのくせによく言う」

「そのガキがもっとしょんべんくせーガキだった頃からゾッコンだったのはどこの誰だよー」

「俺だな」

「ゲロくんの性癖だったら、マユ詳しいよ」

「やめておくれよ、そんな話。妬けちまうよ。そんなあだ名つけたら呼ぶたびにあいつのこと殺したくなっちまう」

「呉羽はマユのことが本当に好きなんだね」

「あぁ、好きだ」

 俺がそう言うと、マユは激しく俺を求めてきた。

「マユも」

「ところであいつ、どんな性癖持ってんだ?」

 あだ名のことなんてどうでもよくなってしまっていたが、聞かずにはいられなかった。





 新たにリストアップされた15歳から29歳までのカスケードの被害者が64名、合同捜査本部の捜査員に保護された。

 妹が28歳であったように、生首の持ち去りは少女だけにとどまってはいない。

 はじめの生首の遺棄事件では18歳以上の女は見逃されていたに過ぎなかったようだ。

 彼女たちにカスケード波を増幅するためのなんだか宗教じみたヘッドギアを装着させて名古屋市各区に4名ずつ配置する。

 同様に16に分かれたカスケード・リターン班が、午前10時、カスケード使いの逆探知をはじめた。彼らのCRW(シーアールダブルユー)という携帯電話ほどの大きさの機械で逆探知したカスケード波の情報はすべて、映像として捜査本部に用意したパソコンに送られ、映像を繋いだスクリーンに今表示されている名古屋市の地図上に、赤い直線で描き出される。

 名古屋市内に何人カスケード使いが潜んでいるかはわからないが、64の直線のうちの二本でも交差する場所がカスケード使いの現在位置だ。

 最低でも五人はいるだろうというのが、捜査本部の共通の見解だった。

 逆探知には時間がかかる。


「なぁ戸田、最初の連続殺人で生首を切断されて遺棄された少女たちの体は、なんで見つからないんだろうな」

 俺はゲロにそう言った。

 首のない遺体もどこかに遺棄されている可能性を捜査本部はいまだ捨てておらず、捜査員の一部はこの一ヶ月必死の捜索を続けていたが、いまだ見つかってはいなかった。

「首のない遺体をいつまでも大事にとっておくわけがないとは思わないか」

「さぁ、マグロ女が好きな奴なんじゃないですか」

「死体とやってるってか。首なし死体は少しマグロすぎやしないか」

 ゲロと、俺たちの話に聞き耳を立てていたキャリアが笑った。頭のいい奴は不謹慎な奴が多い。

 監理官だけが、真摯なまなざしでスクリーンを見つめていた。

 64本の直線が浮かびあがる。

 ここにいる誰もが目の前にある事実を、受け入れることができなかった。

 交点はひとつだけだった。

「え、これって……」

 ゲロが間の抜けた声で、そう言った。

 64本の直線は要雅雪の家で交わっていた。

 一人目の犠牲者だった大塚愛子の教師であり元恋人であったことから、捜査本部が最初に容疑者だと睨んだが、すぐに違うと判断を下した男だった。

 俺とゲロは向かいの藤堂という家の中二階で、十日間も張り込みしたが、しかし結局要の顔を拝むこともできなかった。

 要の張り込みは物の怪が呼んだ探偵が続けているはずだ。

「爺さん」

 俺たちと捜査本部にいた物の怪の腕を俺は掴んだ。

「やっぱり要が犯人だったんだ。要はカスケード使いだったんだ。
 なぁ、爺さん、硲とかいうあの探偵からは何の連絡もないのかよ」

 物の怪の顔は青ざめていた。

「それが昨日から電話が繋がらないんだ。助手のサトシ少年にも繋がらない。
 今朝差し入れを持っていったんだが、ふたりともいなかった。
 買い物にでも出かけているのではないかと思ったが、まさか……」

「殺されてるな、ふたりとも。恐らく張り込みに気づかれたか、無謀にも侵入を試みたといったところだろう」

 監理官が口を挟む。俺はその胸ぐらを掴んだ。しかしその背広で携帯が鳴った。

 奴は俺を鼻で笑って、電話に出た。

「あれ? ねぇ、コープさん、なんかカスケード波が何本か少なくなってませんか? ぼくの気のせいかな」

 ゲロがスクリーンを指さして俺に言う。

 その横で監理官の顔が青ざめていた。

「あれ、どうかしたんですか? 父さん」

「××区に配置した四人の少女がたった今殺されたらしい。
 CRTが今、逃げた犯人を追跡している」


 どういうことだ? 複数犯なのか?

 それともこの事件はそもそもカスケード犯罪ではなかったのか?」
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