あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。完全版 (旧題・夏雲 女子高生売春強要事件)

雨野 美哉(あめの みかな)

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スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」

第3章 名古屋マユミ(真性M嬢)②

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 職場の後輩で、社長(警視総監)の娘と結婚を前提に付き合うようなエリートが、遊びで付き合っている女の子が、昔自分が娘のようにかわいがっていた近所に住む女の子で、その子は16歳になっていて、体だけはしっかり大人の女に成長して、18だと偽って風俗で働いていて、そして彼女の初恋の人が自分であったと知ったら、あんたならどうする?

 俺は今日、三日前マユにもらった名刺に書かれていた風俗店を訪ねていた。SM専門の風俗店だった。

 店の女の子たちは女王様と奴隷に分かれているらしく、店の受付の壁にはマユの写真が貼られており、彼女はMの方なのだとわかった。

 首輪に繋がれたマユは、当店ナンバーワン真性M嬢、と紹介されていた。

 マユを指名すると、彼女は指名中らしく一時間ほど待たされた。

 待合室にはテレビゲームがあった。

 当店のオリジナルゲーム、とあるが、店の水着姿の女の子たちを裸にするだけのブロック崩しで遊ぶ気にはなれなかった。

 風俗ははじめてではない。

 恋人を作らない代わりに、電話帳のように厚い名古屋の風俗情報誌を見ては、俺は非番のたびに風俗に通っていた。しかしSM専門店というのははじめてで、知り合いを訪ねるのもはじめてだった。

 俺は緊張していたのかもしれない。

 その一時間は十日間の張り込みより長く感じた。待ち時間で日付が変わった。

 名前を呼ばれて、部屋に案内されると、マユはイソジンでうがいをしている。

 俺はマユにこの仕事をやめさせるためにここに来たわけではなかった。





 だけど、起たなかった。

 繋いだばかりの首輪を外して、マユをベッドに座らせ、その横に俺は座った。

 マユのいかにも安そうな生地のメイド服は部屋の隅に置かれていたが、俺は背広をマユの肩にかけてやった。まだ一言もマユとは話していなかった。

 マユはドアを開けた俺の顔を見て嬉しそうに笑って、そして俺をベッドに押し倒すと唇を奪った。

 真性M嬢というのはこの店での彼女の役柄に過ぎず、こちらが彼女の本当の顔なのだろう。

 マユは俺の服を脱がそうとした。

 俺はそれを拒絶して、メイド服を脱がせると首輪に繋いだ。

 マユのまわりを歩き、舐めるように彼女の体を観察した。

 大人の女の体だ。

 観察に飽きると俺は乳房を掴み、指で乳首を転がした。

 マユはわざとらしい声を上げて、息をすぐに荒くした。

 濡れ始めた股間に指を差し入れると、演技ではない声で喘いで、五分も触り続けただろうか、マユは悲鳴のような声を上げた。

 膣が痙攣しているのを俺の指が感じる。

 バイブを手にとり、痙攣する膣に押し込もうとしたとき、なんだか悲しくなってしまった。

 俺は妙に覚めていた。

 少年の頃からずっと女を喜ばせることが俺の興奮に繋がるはずだったが、今日はそれもない。


 そして今に至る。


 沈黙を破ったのはマユだった。

「おじさんが本当に会いに来てくれるなんて思わなかった」

 俺は死に別れた妻と、生まれなかった娘を思い出していた。

「マユね、こんな仕事してるけど、まだ処女なんだよ。
 バイブを入れられたりしてるから、処女膜はもうないけど、ゲロくんにだって入れられたりしてない。
 ゲロくんは口でされるのが好きだし。
 だけど、おじさんがマユの初恋の人だってこないだ話したよね。
 だからね、マユはおじさんとだったらエッチしてもいいって思うよ。
 死んじゃったおばさんのかわりでもいいよ。ねぇ、マユとしてよ」


 俺はマユに跨られ、騎上位でもてあそばれながら、死んだ妻と生まれてこれなかった娘のことを考えていた。

 妹の事件のあと、俺は妹を狂わせた東京の街にはもう住むことはできず、すぐに大学をやめて愛知へと帰り、翌年の春、アルバイトと正社員の間のような待遇でコープに入社した。

 死んだ妻はコープの正社員で、俺と妻は知り合ってすぐに恋に落ちて、そしてすぐにこどもが出来て、彼女の両親から彼女が縁を切られる形で結婚した。

 当時はまだ今日のようにできちゃった結婚は当たり前のものではなかった。

 腹が目立つようになると妻は産休をとり、バブルの時代であったから、産休にあわせて妻を気にいっていた上司が気をきかせてくれて、俺は正社員に格上げになった。

 その上司というのが、マユの父親の名古屋さんだった。

 元はといえばあの時代にはまだあった近所のよしみというやつで名古屋さんは俺をコープに入社させてくれた人でもある。

 3、4歳のマユとよく遊んだのはその頃だった。

 妹は狂ってしまったのに、俺だけが幸福になる、そんなことが許されるわけがないことはわかっていた。

 しかし俺は妻に愛され、間もなく愛すべきこどもが生まれるという幸福にあらがうことはできなかった。

 浮かれていたのかもしれない。

 再びカスケードが俺の幸福を破壊するなんて俺は思いもしなかった。

 新宿アルタ前のあの日から1年と少しが過ぎた87年の暮れ、妹が病院を脱走した。

 妹は病室を抜け出して、オペ室に忍び込み、夕方からのオペの準備をしていたナースを襲い、メスを奪って逃走した。

 職場でその連絡を受けた俺は、名古屋さんの許可をもらって早退し、病院に駆けつけた。

 しかし病院関係者や警官たちに行き先の心当たりを聞かれたところで妹はもはや俺の知る妹ではない。

 わかるわけはなかった。

 俺にできることなどありはしなくて、仕方なく家に帰ると、家の鍵が開いていた。

 キッチンで夕飯の下拵えをしているだろう妻を呼び、不用心を注意しようと思ったとき、玄関に充満する生臭いにおいに気づいた。

 そして、汚れた小さな足跡が玄関からキッチンのある奥にまで続いているのを見た。

 そのときにはもう、この奥に一体どんな光景が待ち受けているか、俺はすべてわかっていた。

 おそるおそる、靴を脱ぎ、家に上がった。

 奥へ向かうほど生臭いにおいは強くなる。

 キッチンで妻が腹を引き裂かれて死んでいた。

 その横で俺が誕生日に買ってやった一番お気に入りのロリ服を着た妹が、体育座りをして俺の娘を喰らっていた。

 コープをやめて刑事になろうと思ったのは、その事件の直後だ。

 俺は、マユの子宮に種を植え付けたいと考えながら、果てた。

 マユは繋がったまま俺の上に覆い被さり、嬉しそうに胸に頬を置き乳首を舐め、そのまま舌を這わせながら俺の唇をもう一度だけ奪った。

 そして、

「マユと結婚して」

 と言った。

「マユが呉羽のこどもを産んであげる」

 久しぶりに俺は俺の名前を聞いた。安田呉羽。

 それが俺の名前だ。もう二度と呼ばれることはないような気がしていた名前だった。
 今まで忘れていたような気さえする。

「パパがいつも言ってたの。呉羽みたいな男の人と結婚しなさいって。
 マユはあの頃からずっと呉羽のことが好きだし、マユが呉羽と結婚したらパパ、すごく喜ぶと思うんだ」

 それも悪くないかもしれない。

 俺とマユは今日籍を入れた。



 ゲロと俺の推理は的中し、16人の少女たちのうち最初の犠牲者であった大塚愛子他7人は精神科に通院して境界性人格障害と診断されており、リストカットを繰り返していたし、ロリータファッションで診察に訪れていた。

 残りの9人の家族は娘の気狂いをひたかくしにしていたが、娘たちの部屋からはルミノール反応でリストカットの際のものと思われる多数の血痕と、そして何着ものロリ服が見つかった。それで十分だった。

 犯人はカスケード使いだ。間違いない。

 しかし、生首が遺体発見現場に再び置かれることはなかった。

 ゲロが監理官に呼ばせた警視庁科学捜査研究所カスケード・リターン班の調査により、少女たちの生首からはすでに何の電波も発信されていないことが判明したからだった。

 カスケード・リターン班とは、主にカスケードの被害者の脳からカスケード使いの脳へと発信される微弱な電波カスケード波を感知し増幅、そして追跡、カスケード使いを特定することを目的に、1998年8月16日極秘裏に設立された組織だ。

 唯一最後の犠牲者となった吉本虹の脳からは微弱すぎる電波が確認できたが、直進するのみというカスケード波の性質上、犯人の現在地の方角は愛知県警の北北東であることがわかっただけだった。

 生首がもうひとつ、カスケード波を出してくれていれば犯人を逮捕することができたはずだった。

 動機が不十分だろうが、犯行時間にアリバイがあろうが、凶器が見つからないとしても、そんなものは時間さえあれば突き崩すことができるだろう。

 カスケード波という状況証拠は、まだ法律上証拠として機能はしないものの、重要参考人として拘束し取り調べることは証拠などなくても可能だ。

 カスケード犯罪禁止法案は数年前から国会で審議されているがなかなか通過できないでいる。

 今のままではカスケードはただの呪術でしかないし、たとえ可決し施行されても妹をあんな風にした奴を逮捕することは永遠にできないが、しかし今回、カスケード使いは首を切断するという形で殺人を犯している。

 カスケード犯罪禁止法がなくとも逮捕し死刑台に送ることができるはずだった。

 だが、すべては遅すぎたのだ。

 俺はゲロの胸ぐらを掴み、怒鳴りつけることしかできなかった。

「おまえはいつこの事件がカスケード犯罪だって気づいていたんだ。どうしてすぐに上に報告しなかった?」

「だって、最初気づいたときすぐにコープさんに話したら、ぜんぜん聞く耳持たないって感じだったじゃないですか。だから上に話しても相手にされないと思って……」

 俺のミスなのか?

 なぜ、俺はあの時、カスケードという言葉を無意識に拒絶してしまったんだろう。妹をあんな目にあわされて、憎くてたまらなかったはずじゃないか。

「もういいじゃないですか。手、離してくださいよ。こんなことしてる暇があるなら次の手を考えましょうよ」

 ゲロのその言葉に俺は激昂して、ゲロを殴りつけた。

 畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、

 俺は怖かったんだ。

 妹のようになりたくなかったんだ。

 だからカスケード犯罪じゃないように信じたこともない神に祈っていたんだ。


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