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スピンオフ 安田呉羽×戸田ナツ夫「少女ギロチン」

第3章 名古屋マユミ(真性M嬢)①

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「えへへ、ゲロくん、来ちゃった」

 と、その少女はペロリと舌を出して笑った。ゲロはあわてて立ち上がり、

「マユちゃん、職場にも来たらだめだって言ったでしょう」

 少女を外に連れだそうとする。

「だって、マユ、お店では18で高卒だって言ってるけど、本当は16で不登校なんだもん。今朝の新聞にマユの名前と顔写真が載ってたよ」

「嘘つくな。そんな話聞いたことないよ」

「確かにゲロくんにも18だって嘘ついてたけど、でも普通リストにマユの名前と写真があったら気づくでしょう?」

「マユちゃんの本名、なんだっけ」

「ひどーい、なんで彼氏なのにマユの本名知らないわけ? サイテー。名古屋マユミだ、こらー、文句あんのかー」

 冗談みたいな名前だが、名古屋という苗字はある。

 俺の家の近所にも名古屋さんはいて、コープに勤めていた頃は家族ぐるみの付き合いをして、よくこどもと遊んであげたことがあったっけ。

 あの子も確か今年16になっているはずだ。


名古屋マユミ……名古屋マユミ……あった、本当だ、16歳、まじかよー」

 ゲロはリストを片手に嘆く。

「ねぇ、いつも話してくれてる刑事さんはこのふたり? どっちがコープさんで、どっちが物の怪さんなの?」

「コープは俺、物の怪はそこの爺さん」

 ゲロはマユを早く連れ出したくて仕方がないようなので、俺が応えた。

 爺さんと呼ばれた物の怪が俺を睨んだ。

「ふうん、でもなんで三人ともなかよくゲームなんかしてたの?
 っていうかコープさんってマユのクレパスおじさんに似てるね?」

「誰だよ、そいつ」

 ゲロが問う。

「マユの初恋の人。
 近所に住んでいて、遊びにいくといつもクレヨンじゃなくてクレパスを一本ずつくれるの。
 直接くれるんじゃなくてマユが家に帰るとスカートのポケットの中に一本ずつ入ってたの」

 それはおまえが勝手に持ち帰ってたんじゃないか、と俺は当たり前のように思い、そして気づき、認めた。

 マユのクレパスおじさんは俺だった。





 そして今日、市民会館のロビーにある講習会受け付けには、俺とゲロと物の怪と、そしてマユがいた。マユはゲロに渡されたネオジオポケットにはすぐに飽きて、ゲロではなく俺の膝の上に座って、昔のようにクレパスで絵を描いた。

「なぁ、この事件はカスケード犯罪かもしれないっておまえ前に言ってだろ。あれ詳しく教えろよ」

 俺はマユと画用紙にクレパスで絵を描きながら、ゲロに言った。

 マユは切断された少女の生首を描いていた。

 俺はその生首に体を描いた。

 物の怪は便所に行っていた。

「ただしじいさんが戻ってくるまでだ。あの爺さんにかかっちまうとカスケードも幽霊の仕業になっちまうからな」

 ゲロはマユから画用紙を奪うと、

「あー何すんだこのやろーゲロー」

 裏返して、何かを描き始めた。

「聞いてるのかよ」

「聞いてますよ」

 怒ったように言う。

 ゲロにとってマユはおそらくセックスフレンドなんだろうが、俺とマユが仲良くしているのは気に入らないんだろう。

 だが俺だっておまえがマユと寝てるのは気に入らねーんだよ。

 ゲロが書いたのは、16個の生首だった。

「いいですか、犠牲者は全部で16人。
 犯人は少女の選別と誘拐、殺人、そして死体遺棄、そのすべてを毎日平行して繰り返していました」

「だから何だっていうんだよ? ひとりじゃ大変だってか?」

「違いますよ。不登校の少女のリストアップをしていて思ったんです。
 街を歩いている少女たちが、不登校であるかそうでないかを判別するなんていうことは不可能です。
 名古屋市在住かどうかさえもわかりません。
 ぼくたちは何十人と動いて、何日もかけてこのリストを作りました。
 しかし犯人はそれをやってのけている。つまり」

「犯人のひとりは学校関係者ってことか?」

「それも違います。犯人は作り出しているんですよ」

「何をだよ? もったいつけるなよ」

「不登校の女生徒を、ですよ」

「どうやって作るんだ、そんなの。カスケードでできるのか?」

「一度でもカスケードの対象になった人間がその後どんな人生を歩むことになるか、コープさんが一番ご存じじゃないですか?」

「心が壊れるな。俺の妹みたいに」

 妹のことをゲロに話したことはなかった。

 同僚たちも誰一人知らないはずだ。

 誰にも話したことのない妹についてゲロが知っていたことが気味が悪かったが、顔には出さなかった。

「そして吸血鬼に血を吸われた人間のように、カスケード使いになる。
 心が砕けてしまっているから、自在に操れはしないし、与えられたカスケード能力そのものもたいしたものではありませんけどね」

「心が壊れてしまったから、不登校になってしまったと?」

「えぇ、そうです。ただ被害者の少女たちの中に精神科に通院している者はいませんでしたが」

「娘は気が狂ってましたとは言わないわな、普通。
 この国は、誘拐されたり殺されたりしただけで恥さらしだと親戚に罵られるような国だからな」

「調べてみないとわかりませんが、たぶん全員ではないにしても通院している者がいるはずです」

「俺たちがまだ気づいていないだけで、少女たちと犯人はこの一連の事件以前に何らかの接触があったわけか」

「犯人がぼくの推理通りカスケード使いであれば、おそらく。
 ただ、動機がまるでわからない。
 すでに心が壊れてしまっている少女を何故殺さなければいけないのか。
 16人に限定した理由もわかりません」

 マユが俺たちの顔を交互に見比べながら、にやにやと笑っている。

「どうした?」

 と訊ねると、

「ふたりとも刑事みたい」

 と言った。

『刑事だよ』

 俺とゲロの息がはじめてぴたりと揃った瞬間だった。





 1986年11月、日本犯罪史上はじめてカスケード犯罪と認定される事件が新宿アルタ前で起こった。

 犯人はいまだにわかっていないし、その事件がカスケード犯罪だと認定さるたのは何年か後の話だった。

 俺はそのとき21歳で東京の大学生だった。

 前日から高校生の妹が学校をさぼって東京に遊びにきて俺の部屋に泊まっていた。

 あの日、「笑っていいとも」のオープニングタイトルのバックに映りたいと駄々をこねられしかたなく俺は大学を休み妹を連れて、正午に俺と妹はあの事件に居合わせた。

 あの現場にいた何者かがカスケード能力を使って、何十人もの道行く女たちに自ら服を脱がせて、「いいとも」のタイトルバックに全裸で整列させた、という事件だった。

 妹も迷子にならないように繋いでいた手を離して服を脱ぎ始め、俺はそれをやめさせようと必死で妹を背中から抱きしめていたから、妹は全裸になることだけは免れた。

 カスケード犯罪だったと認定されたのはそこまでだが、しかし事件はそれだけではなかった。

 ノイローゼの男が運転する暴走車が整列した彼女たちを全員ひき殺すという、おそらくカスケード使いも予想していなかった事故が起きてしまったのだ。

 その頃はカスケードなんてものを信じていたのはムーの読者かネオナチくらいで、もちろん俺はカスケードを知らなかったし、だから目の前で一体何が起こっているのかまったく意味がわからなかった。

 俺はただ、俺の腕から逃れようとする妹の両腕や肋骨を何本か折ってしまうほど強く抱きしめながら、泣いていただけだった。

 女たちの死体を撮影していたカメラ小僧のガキが補導されていたが、たぶん無関係の通行人に過ぎないに違いなかった。

 すべてが終わってしまったあとで、街が騒がしさを忘れてしまったかのような、早朝のような静けさの中で、俺はようやく妹から体を放し、救急車を呼んだ。

 すでに駆けつけていた救急車はすべて女たちの遺体やまだ生きている者を病院へ運んだあとだった。

 女たちは皆死に、12年が過ぎた今も妹は精神病院に入院している。

 妹は日本初のカスケード犯罪被害者の唯一の生き残りだ。

 あの日を境に気が狂ってしまった妹の病名は境界性人格障害といって、妹はリストカットをこれまでに百回以上繰り返し、それまでまったく興味など示してはいなかったロリ服をパジャマ代わりに着るようにもなった。

「ゲロ、ついでに調べてもらいたいことがあるんだよ。
 犠牲者の少女たちの心が仮に壊れているなら、病名は境界性人格障害であったかどうかということ、それとリストカットを繰り返していたか、ロリータファッションを好んで着ていたかどうかだ」

 俺はこれから名古屋大学付属病院の精神科を訪ねると連絡してきたゲロにそう言った。

「それらの共通点があったとしたら何かわかることがあるんですか?」

「犯人はまず間違いなくカスケード使いだ。
 まだ犠牲者たちの生首が燃やされてないなら、監理官の親父に頼んで警視庁のカスケード・リターン班を呼んでもらえ。
 カスケード被害にあった人間の脳からはカスケード使いに向けて微弱な信号が送られている。確かカスケード波ってやつだ。
 16個の脳から送られるその信号が交わる場所が犯人の現在地だ」
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