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第二部 秋雨(あきさめ)
第21話
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小島ゆきの祖父、参議院議員金児陽三と広域指定暴力団五代目夏目組の癒着が新聞に大きく報じられた朝、マスコミの取材は金児陽三の個人事務所や彼が所属する政党の事務所だけでなく、ゆきが通う城戸女学園にもやってきた。
「こちらは金児陽三議員のお孫さんが通われている、横浜市内の名門私立高校です」
マスコミが、ゆきからインタビューを取ろうと考えるだろうことはあたしの思惑通りで、朝刊を見たゆきが学校に来ないだろうということもあたしにはわかっていた。
あたしにはゆきへのインタビューの代わりに、マスコミに取り上げてもらわなければいけないことがあった。
だからあたしは、この日のために用意したビラを、城戸女学園の屋上から草詰アリスに学園中に撒かせた。
あたしは家のリビングの50インチのテレビでその様子を眺めていた。
ビラには、夏目メイの顔写真と名前が書いてある。ゆきの祖父と癒着のあった夏目組の娘もまた城戸女学園に通う夏目メイであること、夏目メイが夏の終わりまで在籍していた緑南高校で起きた女子高生売春強要事件ならびにバスケットボール部の覚醒剤事件の主犯であることが書かれていた。
これだけの騒ぎが起きれば、小島ゆきはもう学校に来ることはないだろう。
屋上からビラを撒き続ける草詰アリスも、今はもうあたしの手のうちにあった。
何も知らず、いつも夏目メイにくっついて離れなかった草詰アリスに、あたしが真実を告げて、ある条件の代わりにその仕事を頼んだのは昨日のことだ。
あたしが淡々と話す真実に、最初は耳を傾けようとしなかったアリスも、次々と証拠を突きつけていくと次第に夏目メイに対して不信感を抱き始めていった。
二代目花房ルリヲのケータイ小説「夏雲」に、麻衣の名前だけでなく夏目メイの名前もしっかりと記されていたのが大きかった。
麻衣の名前が実名で小説に登場したのは、彼の小説のヒロインが常に加藤麻衣という名前であるからだったけれど、内藤美嘉や山汐凛、夏目メイの名前まで実名で書かれていたのは、彼女たちの名前が有名ケータイ小説家たちの名前と同じだったからだ。彼女たちの名前を実名で書くために、彼はその他の登場人物の名前もすべて有名ケータイ小説家からとっていた。
女の子同士の友情なんて脆いものだ。
そこからはもう簡単で、明日ある仕事をしてくれたら、アリスが一番欲しがっているものをあげるよ、とあたしは言って、彼女の目の前にごとりと、小さなガラスケースの中にホルマリン漬けにされた耳を置いた。
「シュウの耳」
あたしはそう言ったけれど、もちろんフェイクだった。
田所に頼んで、うちの組の人間の耳をちぎって、作ってもらったものだった。
本物のシュウという男の子の見付からない耳は、横浜駅の構内か新幹線の車輪の中できっともう干からびてる。あるいは鼠か何かに食べられて、もうどこにもないかもしれない。
けれどアリスはそれがシュウの耳であると簡単に信じた。
それはアリスが肌身離さず身に付けることができるように、首からかけられるように作ってあった。
あたしはそれをアリスの首にかけてやり、そしてアリスは首を縦に振った。
「アリスは何をすればいいの?」
夏目メイが麻衣にしたように、あたしは夏目メイからすべてを奪うつもりだった。
まずは友達から。
学校にももう来られなくする。
その次は家だ。
「こちら城戸女学園に来ております、東海林です。一体あれはなんでありますでしょうか? あちらをご覧ください。この学園の生徒と思われる少女が屋上から何かビラのようなものをばら蒔いています」
マスコミのカメラマンがビラを拾い、そのビラを生中継のテレビに大きく映し出した。
お昼や夜の報道ではモザイクがかかるだろうその映像は、しっかりと日本中に生中継された。
横浜女子高生売春強要事件の、そして緑南高校バスケットボール部の覚醒剤事件の真犯人、夏目メイの顔写真と名前が実名報道された瞬間だった。
草詰アリスはすぐに教師たちに取り押さえられた。教師たちの中には要雅雪の姿があり、あたしの胸はちくりと痛んだ。
彼は本当に良い教師だった。
願わくば、彼がテレビに映ってしまったことで、彼の過去の事件や事故がほじくり返されるようなことがありませんように。あたしはテレビの前で祈った。
アリスは一週間か二週間の停学になるかもしれないけれど、退学になることはまずないだろう。
どちらにしてもあたしにはもう関係のないことだった。
アリスは十分すぎるほど働いてくれたけれど、彼女の役目は終わった。あたしは彼女にもう何の用もなかった。
小島ゆきにももう用はない。
最初から友達になるつもりなんかなかった。利用するつもりもなかったけれど、夏目メイと決着をつけるためなら、利用できるものはすべて利用しないとだめだと思った。
たとえそれが夏目メイと同じやり方だったとしても。
あたしには友達はひとりいてくれたらそれで良かった。麻衣がいてくれたら良かった。
テレビを見ながら、あたしは笑いが止まらなかった。
夏目メイは今どこにいるんだろうか。
何も知らず学園の中で相変わらず良家の世間知らずなお嬢様を演じているのだろうか。
それとも何かが起きると察知して、家であたしのようにテレビでこの一部始終を見ているのだろうか。
だとしたら、夏目メイは今一体何を思い、考えているだろう。
すべてがあたしの仕業だということに気付かないような女じゃない。
あたしに対する憎悪で顔を歪めてくれているだろうか。
それはさぞかし醜い顔だろう。
けれどその顔こそが彼女の正体だ。
あたしは彼女の化けの皮を剥ぐためにここまでやってきたのだ。
きっかけはじいさんの命令だった。
夏目メイを殺せと命じられて、あたしは城戸女学園に編入した。
だけどいつからか、あたしはじいさんの命令なんて関係なく、夏目メイを殺そうと思うようになっていた。
だけど、殺すつもりはなかった。
殺す気でやらなければ逆にあたしが殺られる。それくらいの覚悟で、という意味だ。
だからあたしの目的は、夏目メイを殺すことではなく、夏目メイを社会的に抹殺すること。
彼女が産まれてきたことを後悔するくらいに、あたしは彼女を追い詰めなくちゃいけなかった。あたしのたったひとりの友達が彼女にそうされたように。
最初にあたしに命令したじいさんはもういない。
組は今、田所のものになり、あたしが自由に動かすことができるようになった。
田所から今朝早く、夏目組襲撃の準備が整ったと連絡があった。
「そろそろ決着をつけよう」
あたしは、同じようにテレビを見ているだろう夏目メイに、テレビ越しに話しかけた。
もちろん返事はなかった。
テレビの中では、屋上のアリスが教師たちから逃れようとして、フェンスを乗り越えていた。
アリスは足を踏み外した。
夏目メイの返事の代わりに、草詰アリスが地面に叩き付けられる音が響いた。
一瞬静寂が訪れてあちこちで悲鳴があがった。
アリスはずっとシュウという男の子のところへ行きたがっていた。
ずっとシュウを自殺に追いやってしまったことを気に病んでいて、彼女はリストカットを繰り返していた。あたしはずっと見ないふりをしていたけれど彼女の手首には何重ものためらい傷があった。
ずっと死にたがっていた。
だからあたしは彼女に死場所を与えてあげる代わりに、あたしのために仕事をさせた。
それがあたしとアリスの条件だった。
「皆さん、ご覧になられましたでしょうか? 先ほど、この城戸女学園の校舎のあちらの屋上からこのようなビラを撒いていた、この学園の生徒と思われる少女が、取り押さえようとした教師たちから逃れようと屋上のフェンスを乗り越え、足を滑らせて落下致しました」
学校にマスコミが押し掛けて、草詰アリスも屋上から飛び降りた。
すぐに駆け付けた救急車にアリスは担架で運ばれていった。
アリスの手足は、本来なら曲がらないはずの方に曲がっていた。
これだけの騒ぎが起きていても、夏目メイがテレビカメラの前に姿を現すことはなかった。
やはり、学内にはいないのだ。
ならば呼び出すまでのことだ。
呼び出して、夏目メイと最後の決着をつけるだけだ。
だけどその前にあたしにはしておかなければいけないことがあった。
夏目組襲撃の指示だ。
あたしは夏目メイからすべてを奪う。
友達はもう奪った。
だから次は家だ。
あたしがケータイに手を伸ばしたその矢先の出来事だった。
あたしはテレビの中に夏目メイの姿を見つけてしまった。
「屋上から落下した少女がばらまいていたビラがこちらです。夏目メイという、この学園の生徒の名前と顔写真が載っています」
悲鳴や怒声が今なお続く喧騒の中、夏目メイはひとり、テレビ画面の隅にいた。
はじめから彼女はそこにいた。
ずっとテレビに映っていた。
あたしが気付かなかっただけなのだ。
夏目メイは、まるであたしが彼女の存在に気付いたことに気付いたかのように、あたしに笑いかけた。
そしてテレビカメラに向かって歩き始めた。
一歩一歩彼女が歩を進める度に、テレビの中で彼女の姿が大きくなる。
「このビラによれば、この城戸女学園に通う夏目メイという少女の家は、金児陽三議員と癒着のあった広域指定暴力団五代目夏目組であるとのことです。
この少女は八月末に横浜市内で発覚した女子高生の売春強要事件の真犯人であり、私立緑南高校で起きたバスケットボール部の集団覚醒剤所持事件の真犯人でありながら……」
夏目メイはレポーターの女の横に並んだ。
まだ若い女性レポーターは、
「真、犯人で、ありながら、金児陽三議員が、警察に圧力をかけ、売春強要、事件、では、不起訴、処分に……」
隣に立つ少女とビラを何度も見比べながら、たどたどしいレポートを続けた。
無理もない。
そのビラに書かれている少女が今、自分の真横にいて、テレビカメラに向かって(たぶんあたしに向かって)手を振って笑っているのだ。
何ひとつ目の前の状況が理解できないでいるだろう。
「マイク、貸して」
夏目メイはレポーターに手を差し出した。
レポーターの視線がきょろきょろと世話しなく動く。
恐らく、クルーやディレクターにどうしたらいいのか指示をあおいでいるのだろう。
「いいから貸しなさいよ!」
夏目メイは張り裂けるような声を上げて、レポーターから強引にマイクを奪い、レポーターはそのあまりの迫力に、ひぃと悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。
そして夏目メイは、長い髪をかきあげた。
「まさかここまでやってくれるとは思わなかったわ。やっぱりあのときあんたを殺しておけばよかった。ゆきさえ邪魔しなかったら殺してたのに」
テレビカメラに向かって、あたしに向かって話し始めた。
「ゆきもゆきよ。この子が本当にあんたの邪魔になったら、あたしがこの子をあんたの前から消してあげる、なんて言ってたくせに肝心なときに役に立たないんだから。美嘉と同じね。
アリスも、大学教授の娘だっていうからもう少し頭が切れるかと思ったのに、あんたの口車に簡単に乗せられるなんて、ほんと最初から最後まで使えないなんて、凛と変わらないじゃない。
どいつも、こいつも、みんな、あたしの足を引っ張る!
あたしの言う通りにしていればいいのに、そしたら、あたしが見つけた玩具でずっと楽しく過ごせるのに、どうしてそれがわからないの?
どうしてみんなそんなに馬鹿ばっかりなの?
見てるんでしょ? 結衣。
そろそろ決着をつけましょ?」
やはり夏目メイはあたしがテレビを見ていることを知っていた。
望むところだと思った。
「場所は、そうね、麻衣のときと同じ場所がいいわね。あんた、麻衣の代わりの玩具だもんね。
保土ヶ谷の駅のすぐ近くに公園があるの。そこにこれから来なさいよ」
あたしに逆らったことを後悔させてあげるから。
「こちらは金児陽三議員のお孫さんが通われている、横浜市内の名門私立高校です」
マスコミが、ゆきからインタビューを取ろうと考えるだろうことはあたしの思惑通りで、朝刊を見たゆきが学校に来ないだろうということもあたしにはわかっていた。
あたしにはゆきへのインタビューの代わりに、マスコミに取り上げてもらわなければいけないことがあった。
だからあたしは、この日のために用意したビラを、城戸女学園の屋上から草詰アリスに学園中に撒かせた。
あたしは家のリビングの50インチのテレビでその様子を眺めていた。
ビラには、夏目メイの顔写真と名前が書いてある。ゆきの祖父と癒着のあった夏目組の娘もまた城戸女学園に通う夏目メイであること、夏目メイが夏の終わりまで在籍していた緑南高校で起きた女子高生売春強要事件ならびにバスケットボール部の覚醒剤事件の主犯であることが書かれていた。
これだけの騒ぎが起きれば、小島ゆきはもう学校に来ることはないだろう。
屋上からビラを撒き続ける草詰アリスも、今はもうあたしの手のうちにあった。
何も知らず、いつも夏目メイにくっついて離れなかった草詰アリスに、あたしが真実を告げて、ある条件の代わりにその仕事を頼んだのは昨日のことだ。
あたしが淡々と話す真実に、最初は耳を傾けようとしなかったアリスも、次々と証拠を突きつけていくと次第に夏目メイに対して不信感を抱き始めていった。
二代目花房ルリヲのケータイ小説「夏雲」に、麻衣の名前だけでなく夏目メイの名前もしっかりと記されていたのが大きかった。
麻衣の名前が実名で小説に登場したのは、彼の小説のヒロインが常に加藤麻衣という名前であるからだったけれど、内藤美嘉や山汐凛、夏目メイの名前まで実名で書かれていたのは、彼女たちの名前が有名ケータイ小説家たちの名前と同じだったからだ。彼女たちの名前を実名で書くために、彼はその他の登場人物の名前もすべて有名ケータイ小説家からとっていた。
女の子同士の友情なんて脆いものだ。
そこからはもう簡単で、明日ある仕事をしてくれたら、アリスが一番欲しがっているものをあげるよ、とあたしは言って、彼女の目の前にごとりと、小さなガラスケースの中にホルマリン漬けにされた耳を置いた。
「シュウの耳」
あたしはそう言ったけれど、もちろんフェイクだった。
田所に頼んで、うちの組の人間の耳をちぎって、作ってもらったものだった。
本物のシュウという男の子の見付からない耳は、横浜駅の構内か新幹線の車輪の中できっともう干からびてる。あるいは鼠か何かに食べられて、もうどこにもないかもしれない。
けれどアリスはそれがシュウの耳であると簡単に信じた。
それはアリスが肌身離さず身に付けることができるように、首からかけられるように作ってあった。
あたしはそれをアリスの首にかけてやり、そしてアリスは首を縦に振った。
「アリスは何をすればいいの?」
夏目メイが麻衣にしたように、あたしは夏目メイからすべてを奪うつもりだった。
まずは友達から。
学校にももう来られなくする。
その次は家だ。
「こちら城戸女学園に来ております、東海林です。一体あれはなんでありますでしょうか? あちらをご覧ください。この学園の生徒と思われる少女が屋上から何かビラのようなものをばら蒔いています」
マスコミのカメラマンがビラを拾い、そのビラを生中継のテレビに大きく映し出した。
お昼や夜の報道ではモザイクがかかるだろうその映像は、しっかりと日本中に生中継された。
横浜女子高生売春強要事件の、そして緑南高校バスケットボール部の覚醒剤事件の真犯人、夏目メイの顔写真と名前が実名報道された瞬間だった。
草詰アリスはすぐに教師たちに取り押さえられた。教師たちの中には要雅雪の姿があり、あたしの胸はちくりと痛んだ。
彼は本当に良い教師だった。
願わくば、彼がテレビに映ってしまったことで、彼の過去の事件や事故がほじくり返されるようなことがありませんように。あたしはテレビの前で祈った。
アリスは一週間か二週間の停学になるかもしれないけれど、退学になることはまずないだろう。
どちらにしてもあたしにはもう関係のないことだった。
アリスは十分すぎるほど働いてくれたけれど、彼女の役目は終わった。あたしは彼女にもう何の用もなかった。
小島ゆきにももう用はない。
最初から友達になるつもりなんかなかった。利用するつもりもなかったけれど、夏目メイと決着をつけるためなら、利用できるものはすべて利用しないとだめだと思った。
たとえそれが夏目メイと同じやり方だったとしても。
あたしには友達はひとりいてくれたらそれで良かった。麻衣がいてくれたら良かった。
テレビを見ながら、あたしは笑いが止まらなかった。
夏目メイは今どこにいるんだろうか。
何も知らず学園の中で相変わらず良家の世間知らずなお嬢様を演じているのだろうか。
それとも何かが起きると察知して、家であたしのようにテレビでこの一部始終を見ているのだろうか。
だとしたら、夏目メイは今一体何を思い、考えているだろう。
すべてがあたしの仕業だということに気付かないような女じゃない。
あたしに対する憎悪で顔を歪めてくれているだろうか。
それはさぞかし醜い顔だろう。
けれどその顔こそが彼女の正体だ。
あたしは彼女の化けの皮を剥ぐためにここまでやってきたのだ。
きっかけはじいさんの命令だった。
夏目メイを殺せと命じられて、あたしは城戸女学園に編入した。
だけどいつからか、あたしはじいさんの命令なんて関係なく、夏目メイを殺そうと思うようになっていた。
だけど、殺すつもりはなかった。
殺す気でやらなければ逆にあたしが殺られる。それくらいの覚悟で、という意味だ。
だからあたしの目的は、夏目メイを殺すことではなく、夏目メイを社会的に抹殺すること。
彼女が産まれてきたことを後悔するくらいに、あたしは彼女を追い詰めなくちゃいけなかった。あたしのたったひとりの友達が彼女にそうされたように。
最初にあたしに命令したじいさんはもういない。
組は今、田所のものになり、あたしが自由に動かすことができるようになった。
田所から今朝早く、夏目組襲撃の準備が整ったと連絡があった。
「そろそろ決着をつけよう」
あたしは、同じようにテレビを見ているだろう夏目メイに、テレビ越しに話しかけた。
もちろん返事はなかった。
テレビの中では、屋上のアリスが教師たちから逃れようとして、フェンスを乗り越えていた。
アリスは足を踏み外した。
夏目メイの返事の代わりに、草詰アリスが地面に叩き付けられる音が響いた。
一瞬静寂が訪れてあちこちで悲鳴があがった。
アリスはずっとシュウという男の子のところへ行きたがっていた。
ずっとシュウを自殺に追いやってしまったことを気に病んでいて、彼女はリストカットを繰り返していた。あたしはずっと見ないふりをしていたけれど彼女の手首には何重ものためらい傷があった。
ずっと死にたがっていた。
だからあたしは彼女に死場所を与えてあげる代わりに、あたしのために仕事をさせた。
それがあたしとアリスの条件だった。
「皆さん、ご覧になられましたでしょうか? 先ほど、この城戸女学園の校舎のあちらの屋上からこのようなビラを撒いていた、この学園の生徒と思われる少女が、取り押さえようとした教師たちから逃れようと屋上のフェンスを乗り越え、足を滑らせて落下致しました」
学校にマスコミが押し掛けて、草詰アリスも屋上から飛び降りた。
すぐに駆け付けた救急車にアリスは担架で運ばれていった。
アリスの手足は、本来なら曲がらないはずの方に曲がっていた。
これだけの騒ぎが起きていても、夏目メイがテレビカメラの前に姿を現すことはなかった。
やはり、学内にはいないのだ。
ならば呼び出すまでのことだ。
呼び出して、夏目メイと最後の決着をつけるだけだ。
だけどその前にあたしにはしておかなければいけないことがあった。
夏目組襲撃の指示だ。
あたしは夏目メイからすべてを奪う。
友達はもう奪った。
だから次は家だ。
あたしがケータイに手を伸ばしたその矢先の出来事だった。
あたしはテレビの中に夏目メイの姿を見つけてしまった。
「屋上から落下した少女がばらまいていたビラがこちらです。夏目メイという、この学園の生徒の名前と顔写真が載っています」
悲鳴や怒声が今なお続く喧騒の中、夏目メイはひとり、テレビ画面の隅にいた。
はじめから彼女はそこにいた。
ずっとテレビに映っていた。
あたしが気付かなかっただけなのだ。
夏目メイは、まるであたしが彼女の存在に気付いたことに気付いたかのように、あたしに笑いかけた。
そしてテレビカメラに向かって歩き始めた。
一歩一歩彼女が歩を進める度に、テレビの中で彼女の姿が大きくなる。
「このビラによれば、この城戸女学園に通う夏目メイという少女の家は、金児陽三議員と癒着のあった広域指定暴力団五代目夏目組であるとのことです。
この少女は八月末に横浜市内で発覚した女子高生の売春強要事件の真犯人であり、私立緑南高校で起きたバスケットボール部の集団覚醒剤所持事件の真犯人でありながら……」
夏目メイはレポーターの女の横に並んだ。
まだ若い女性レポーターは、
「真、犯人で、ありながら、金児陽三議員が、警察に圧力をかけ、売春強要、事件、では、不起訴、処分に……」
隣に立つ少女とビラを何度も見比べながら、たどたどしいレポートを続けた。
無理もない。
そのビラに書かれている少女が今、自分の真横にいて、テレビカメラに向かって(たぶんあたしに向かって)手を振って笑っているのだ。
何ひとつ目の前の状況が理解できないでいるだろう。
「マイク、貸して」
夏目メイはレポーターに手を差し出した。
レポーターの視線がきょろきょろと世話しなく動く。
恐らく、クルーやディレクターにどうしたらいいのか指示をあおいでいるのだろう。
「いいから貸しなさいよ!」
夏目メイは張り裂けるような声を上げて、レポーターから強引にマイクを奪い、レポーターはそのあまりの迫力に、ひぃと悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。
そして夏目メイは、長い髪をかきあげた。
「まさかここまでやってくれるとは思わなかったわ。やっぱりあのときあんたを殺しておけばよかった。ゆきさえ邪魔しなかったら殺してたのに」
テレビカメラに向かって、あたしに向かって話し始めた。
「ゆきもゆきよ。この子が本当にあんたの邪魔になったら、あたしがこの子をあんたの前から消してあげる、なんて言ってたくせに肝心なときに役に立たないんだから。美嘉と同じね。
アリスも、大学教授の娘だっていうからもう少し頭が切れるかと思ったのに、あんたの口車に簡単に乗せられるなんて、ほんと最初から最後まで使えないなんて、凛と変わらないじゃない。
どいつも、こいつも、みんな、あたしの足を引っ張る!
あたしの言う通りにしていればいいのに、そしたら、あたしが見つけた玩具でずっと楽しく過ごせるのに、どうしてそれがわからないの?
どうしてみんなそんなに馬鹿ばっかりなの?
見てるんでしょ? 結衣。
そろそろ決着をつけましょ?」
やはり夏目メイはあたしがテレビを見ていることを知っていた。
望むところだと思った。
「場所は、そうね、麻衣のときと同じ場所がいいわね。あんた、麻衣の代わりの玩具だもんね。
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