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第二部 秋雨(あきさめ)
第5話 ①
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翌日、あたしとハルは横浜駅で待ち合わせた。
横浜駅の4番線から京浜東北線に乗ると乗り換え無しで秋葉原駅に着く。
秋葉原駅で、あたしたちはナオと待ち合わせしていた。
待ち合わせ時刻は10時45分。
待ち合わせ場所は秋葉原駅の改札口。
ハルとふたり秋葉原へ向かう車中では、
「結衣さ、アニメとかって見るの?」
向かう場所が秋葉原だからか、ハルはそんなことをあたしに聞いた。
「んー、最近は全然見てないかな。
最後に見たのが、NANAとかハチクロとか。NANAはあんまりだったかな」
「え? じゃぁハルヒとか、らきすたとか見てないの?」
とても驚いた顔をしたハルの顔に、あたしは驚いた。
その当たり前のように飛び出してきた「ハルヒ」とか「らきすた」っていうのが何なのかあたしにはさっぱりわからなくて、あたしはそのときはじめて、ハルがちょっとオタク入ってることに気づいた。
「ハルさ、いつもゲーセンで挌闘ゲームばっかりやってるよね。家ではどんなゲームしてるの?」
試しにそんな質問をしてみると、
「んー、RPGが多いかなぁ。
就職してからあんまりやらなくなっちゃったけど。
去年は結構やったよ。年間40本プレイしたから」
全力で気持ち悪い回答が返ってきた。
「まぁ、でも全然多くないんだけどね」
その言葉に驚いたあたしに、
「あ、いや、一般人から見たら普通に気持ち悪いんだろうけど」
ハルはそう言った。
ハルは一般人から見たら普通に気持ち悪いけど、オタクの中ではまだまだヌルいオタクらしい。
あたしはなんだか複雑な気持ちにさせられた。
秋葉原駅で改札口を出てすぐの伝言板が待ち合わせ場所だった。
あたしたちが改札を出る頃、ナオからハルにメールが届いていた。
>ごめん!!
>ハヤテのごとくに熱中してしまい遅刻する……
ハルはケータイのメール画面をあたしに見せた。
>お嬢様には急な仕事でって言っておいてくれるか?
「ねぇ、ハヤテのごとくって何?」
「ハヤテのごとく」は、平凡な公立高校に通う普通の高校1年生綾崎ハヤテが、両親が博打や酒が好きで、しかも働こうとしないため、自ら生活費を稼ぐ必要がありアルバイト漬けの毎日を送っている、といういたたまれない家庭に育った女の子のアニメらしい。
しかし2004年のクリスマスイブ、両親は、博打で作った借金1億5680万4000円の弁済のため、ハヤテを借金取りの鬼武者ノ小路系ヤクザに売り渡し、失踪してしまった。
借金を取り立てようとするヤクザから逃げ出したハヤテは、行き着いた公園内の自動販売機前に偶然いた少女を営利誘拐して弁済資金を得ようと目論む。しかし、ハヤテが少女に対して誘拐宣言のつもりで言った言葉が微妙な言い回しであったため、少女は愛の告白だと勘違い。さらに、ハヤテがその場を離れた隙に現れた別の誘拐犯たちからハヤテが少女を劇的に救出したこともあって、少女はハヤテに一目惚れしてしまう。
大富豪の三千院家令嬢であるその少女、三千院ナギは、ハヤテを執事として雇うことを決め、借金も立て替え払いした。こうして、ナギを守るため、そしてナギに借金を返すため、借金執事・綾崎ハヤテの日々は始まった。
そんな物語らしい。
「それっておもしろいの?」
一応ヤクザの孫のあたしには、たぶん向いてないなと思った。
ナオは27歳のバツイチ。鬼頭建設の現場監督だ。
そんな人が、アニメに熱中してしまい遅刻する。
「オタクってそういうしょうがない生き物なんです」
なぜか、ハルが敬語でそう言った。
無事ハヤテのごとくに熱中してしまったナオと合流したあたしたちは、秋葉原の商店街を歩いた。
ナオとハルはお洒落な服屋の前を通るたびに「アウェーだ」と呟いては、その隣にあるフィギュア専門店に入っては「ここがぼくたちのホームだ」と笑いあった。
あたしにはまったく意味が理解できなかったのだけれど、「苺ましまろお泊り編5種セット1575円」という、どうやらガチャガチャのフィギュアを全種類セットにしたもの? を手にとるナオに、
「ナオさん、ボークスって知ってますか? 秋葉原で一番大きいフィギュア専門店なんですけど」
そう問いかけるハル。
「先生、そこに行けば、苺ましまろの水着編とかお風呂編のセットもありますか!?」
なぜかナオまで、ハルのことを先生と呼んだ。
「もちろんですよ! きっとありますよ! 師匠!!」
職場だけではわからない、「先生」「師匠」と呼び合うふたりの間柄をあたしは目の当たりにして言葉を失った。
その関係は、ダイの大冒険という漫画で魔法使いのポップが師アバンのことを先生と呼び、同じく師であるマトリフのことを師匠と呼ぶというところからきているとかきていないとか。
あたしには本当にどうでもいい話だった。
「じゃぁ、後でそこ連れてってください」
ナオは苺ましまろお泊り編5種セットを持ってレジへ向かった。
「これ、ほんとに全種類そろってるんですよね? ほんとに全種類そろってるんですよね?」
と彼は執拗に店員さんに確認し、苦笑いされていた。
ナオがお金を支払ったあと、あたしたちは店を後にした。
──ねぇ、今度ナオと三人で秋葉原に行かない?
数日前、そんな言葉を口にしてしまったことをあたしはだいぶ後悔していた。
ハルとナオ曰く、今日はあたしのために秋葉原ならではの3軒のカフェをはしごして、秋葉原のオタクスポットを満喫しようというものなのだそうだ。
1軒目のアリスカフェは、不思議の国のアリスの世界を再現したカフェだった。
そこは、小さな入り口のドア、それ以上に小さい非常口、大きめに作られたゆったりしたソファやテーブル、そしてアリスの格好をした店員さんたち、店内のすべてをアリス色に染めた、女の子が好きそうなカフェだった。
ナオさんはアフターヌーンティーセットを、あまりおなかがすいていないというハルはミルクティーを、あたしはランチメニューのプレートセットに食後のデザートをセットでつけてもらった。
ハルのミルクティーは600円もして、一口飲むたびにハルは、
「もうリプトンが飲めねぇ」
そんなことを呟き、
「もうリプトンが飲めねぇ」
繰り返していた。
そんな発作がようやく収まった頃のことだ。
「実は、お嬢様とハルにお話ししておかなければならないことがあるんですが……」
ナオは突然改まってあたしたちに話を始めた。
「実は、再婚を考えている相手がいるんです」
そう言った。
別にあたしは驚かなかった。
ナオはバツイチだったけれど、そこはやっぱりあたしの初恋の相手だけあって、背が高くてちゃんとお洒落もしていたし、27歳で鬼頭建設の現場監督を任されているナオは、年収はたぶん同い年のサラリーマンたちよりは多かった。
女の子がナオを放っておくわけがないと思った。
けれど、ハルはナオの突然の告白に目が点になっていた。
「え? こどもができちゃったとか……、そういうことですか?」
ハルがそう聞いた。
「いや、そういうわけじゃないんだけど、そろそろ結婚しちゃおうかなぁって」
「だって、相手まだ高校生じゃないですか!?」
さすがにそれには驚かされた。
「はい、彼女はお嬢様やハルと同い年で。
今、料理の勉強してて、留学したがってるんです。
留学の前に籍を入れておきたくて。
ぼく、大学行ってないじゃないですか」
矢継ぎ早に飛び出す言葉にあたしたちはただ、うなづくことしかできなかった。
「会社やめて、大学、行こうと思って。
今ぼくも勉強してるんです。
経済学部を志望してるんですけど、その、彼女が留学して料理の勉強をして日本に帰ってきたらお店を開きたいって言ってまして、いっしょにお店を開くために経済のこと勉強しとこうかなぁなんて。
講義もそういう関係のをとっていこうかなぁなんて、そんな風に考えてて……」
20代も折り返しにかかったものの、離婚してから女っ気がまるでなかったナオが、幸せそうに将来の夢を語るその姿を、あたしたちはただただ呆然と聞く他なかった。
「あ、彼女の写メありますけど見ますか?」
ナオのそんなお言葉に、
「見せてください。お願いします」
あたしたちは懇願するように、彼女の写メのご開帳をお願いした。
「嫁は、なごみっていうんですけど……」
横浜駅の4番線から京浜東北線に乗ると乗り換え無しで秋葉原駅に着く。
秋葉原駅で、あたしたちはナオと待ち合わせしていた。
待ち合わせ時刻は10時45分。
待ち合わせ場所は秋葉原駅の改札口。
ハルとふたり秋葉原へ向かう車中では、
「結衣さ、アニメとかって見るの?」
向かう場所が秋葉原だからか、ハルはそんなことをあたしに聞いた。
「んー、最近は全然見てないかな。
最後に見たのが、NANAとかハチクロとか。NANAはあんまりだったかな」
「え? じゃぁハルヒとか、らきすたとか見てないの?」
とても驚いた顔をしたハルの顔に、あたしは驚いた。
その当たり前のように飛び出してきた「ハルヒ」とか「らきすた」っていうのが何なのかあたしにはさっぱりわからなくて、あたしはそのときはじめて、ハルがちょっとオタク入ってることに気づいた。
「ハルさ、いつもゲーセンで挌闘ゲームばっかりやってるよね。家ではどんなゲームしてるの?」
試しにそんな質問をしてみると、
「んー、RPGが多いかなぁ。
就職してからあんまりやらなくなっちゃったけど。
去年は結構やったよ。年間40本プレイしたから」
全力で気持ち悪い回答が返ってきた。
「まぁ、でも全然多くないんだけどね」
その言葉に驚いたあたしに、
「あ、いや、一般人から見たら普通に気持ち悪いんだろうけど」
ハルはそう言った。
ハルは一般人から見たら普通に気持ち悪いけど、オタクの中ではまだまだヌルいオタクらしい。
あたしはなんだか複雑な気持ちにさせられた。
秋葉原駅で改札口を出てすぐの伝言板が待ち合わせ場所だった。
あたしたちが改札を出る頃、ナオからハルにメールが届いていた。
>ごめん!!
>ハヤテのごとくに熱中してしまい遅刻する……
ハルはケータイのメール画面をあたしに見せた。
>お嬢様には急な仕事でって言っておいてくれるか?
「ねぇ、ハヤテのごとくって何?」
「ハヤテのごとく」は、平凡な公立高校に通う普通の高校1年生綾崎ハヤテが、両親が博打や酒が好きで、しかも働こうとしないため、自ら生活費を稼ぐ必要がありアルバイト漬けの毎日を送っている、といういたたまれない家庭に育った女の子のアニメらしい。
しかし2004年のクリスマスイブ、両親は、博打で作った借金1億5680万4000円の弁済のため、ハヤテを借金取りの鬼武者ノ小路系ヤクザに売り渡し、失踪してしまった。
借金を取り立てようとするヤクザから逃げ出したハヤテは、行き着いた公園内の自動販売機前に偶然いた少女を営利誘拐して弁済資金を得ようと目論む。しかし、ハヤテが少女に対して誘拐宣言のつもりで言った言葉が微妙な言い回しであったため、少女は愛の告白だと勘違い。さらに、ハヤテがその場を離れた隙に現れた別の誘拐犯たちからハヤテが少女を劇的に救出したこともあって、少女はハヤテに一目惚れしてしまう。
大富豪の三千院家令嬢であるその少女、三千院ナギは、ハヤテを執事として雇うことを決め、借金も立て替え払いした。こうして、ナギを守るため、そしてナギに借金を返すため、借金執事・綾崎ハヤテの日々は始まった。
そんな物語らしい。
「それっておもしろいの?」
一応ヤクザの孫のあたしには、たぶん向いてないなと思った。
ナオは27歳のバツイチ。鬼頭建設の現場監督だ。
そんな人が、アニメに熱中してしまい遅刻する。
「オタクってそういうしょうがない生き物なんです」
なぜか、ハルが敬語でそう言った。
無事ハヤテのごとくに熱中してしまったナオと合流したあたしたちは、秋葉原の商店街を歩いた。
ナオとハルはお洒落な服屋の前を通るたびに「アウェーだ」と呟いては、その隣にあるフィギュア専門店に入っては「ここがぼくたちのホームだ」と笑いあった。
あたしにはまったく意味が理解できなかったのだけれど、「苺ましまろお泊り編5種セット1575円」という、どうやらガチャガチャのフィギュアを全種類セットにしたもの? を手にとるナオに、
「ナオさん、ボークスって知ってますか? 秋葉原で一番大きいフィギュア専門店なんですけど」
そう問いかけるハル。
「先生、そこに行けば、苺ましまろの水着編とかお風呂編のセットもありますか!?」
なぜかナオまで、ハルのことを先生と呼んだ。
「もちろんですよ! きっとありますよ! 師匠!!」
職場だけではわからない、「先生」「師匠」と呼び合うふたりの間柄をあたしは目の当たりにして言葉を失った。
その関係は、ダイの大冒険という漫画で魔法使いのポップが師アバンのことを先生と呼び、同じく師であるマトリフのことを師匠と呼ぶというところからきているとかきていないとか。
あたしには本当にどうでもいい話だった。
「じゃぁ、後でそこ連れてってください」
ナオは苺ましまろお泊り編5種セットを持ってレジへ向かった。
「これ、ほんとに全種類そろってるんですよね? ほんとに全種類そろってるんですよね?」
と彼は執拗に店員さんに確認し、苦笑いされていた。
ナオがお金を支払ったあと、あたしたちは店を後にした。
──ねぇ、今度ナオと三人で秋葉原に行かない?
数日前、そんな言葉を口にしてしまったことをあたしはだいぶ後悔していた。
ハルとナオ曰く、今日はあたしのために秋葉原ならではの3軒のカフェをはしごして、秋葉原のオタクスポットを満喫しようというものなのだそうだ。
1軒目のアリスカフェは、不思議の国のアリスの世界を再現したカフェだった。
そこは、小さな入り口のドア、それ以上に小さい非常口、大きめに作られたゆったりしたソファやテーブル、そしてアリスの格好をした店員さんたち、店内のすべてをアリス色に染めた、女の子が好きそうなカフェだった。
ナオさんはアフターヌーンティーセットを、あまりおなかがすいていないというハルはミルクティーを、あたしはランチメニューのプレートセットに食後のデザートをセットでつけてもらった。
ハルのミルクティーは600円もして、一口飲むたびにハルは、
「もうリプトンが飲めねぇ」
そんなことを呟き、
「もうリプトンが飲めねぇ」
繰り返していた。
そんな発作がようやく収まった頃のことだ。
「実は、お嬢様とハルにお話ししておかなければならないことがあるんですが……」
ナオは突然改まってあたしたちに話を始めた。
「実は、再婚を考えている相手がいるんです」
そう言った。
別にあたしは驚かなかった。
ナオはバツイチだったけれど、そこはやっぱりあたしの初恋の相手だけあって、背が高くてちゃんとお洒落もしていたし、27歳で鬼頭建設の現場監督を任されているナオは、年収はたぶん同い年のサラリーマンたちよりは多かった。
女の子がナオを放っておくわけがないと思った。
けれど、ハルはナオの突然の告白に目が点になっていた。
「え? こどもができちゃったとか……、そういうことですか?」
ハルがそう聞いた。
「いや、そういうわけじゃないんだけど、そろそろ結婚しちゃおうかなぁって」
「だって、相手まだ高校生じゃないですか!?」
さすがにそれには驚かされた。
「はい、彼女はお嬢様やハルと同い年で。
今、料理の勉強してて、留学したがってるんです。
留学の前に籍を入れておきたくて。
ぼく、大学行ってないじゃないですか」
矢継ぎ早に飛び出す言葉にあたしたちはただ、うなづくことしかできなかった。
「会社やめて、大学、行こうと思って。
今ぼくも勉強してるんです。
経済学部を志望してるんですけど、その、彼女が留学して料理の勉強をして日本に帰ってきたらお店を開きたいって言ってまして、いっしょにお店を開くために経済のこと勉強しとこうかなぁなんて。
講義もそういう関係のをとっていこうかなぁなんて、そんな風に考えてて……」
20代も折り返しにかかったものの、離婚してから女っ気がまるでなかったナオが、幸せそうに将来の夢を語るその姿を、あたしたちはただただ呆然と聞く他なかった。
「あ、彼女の写メありますけど見ますか?」
ナオのそんなお言葉に、
「見せてください。お願いします」
あたしたちは懇願するように、彼女の写メのご開帳をお願いした。
「嫁は、なごみっていうんですけど……」
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