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第一部 夏雲(なつぐも)
第13話
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ウリをしてる子は顔を見ればわかるよ。
十和という男の子はこの間アタシにそう言った。
それ以来、アタシは街に出る度に、行き交う人やすれちがう人の顔を気付かれないように盗み見るようになった。
人は、性格が顔に出る。
温厚そうに見えて、実はサディストなんて人もいるんだろうけれど、性格の悪い人は大抵その顔に性格の悪さが滲み出ている。
ウリをしている顔、しそうな顔もきっとあるんだろう、とアタシは思った。
そしてアタシは、結衣という女の子に出会った。
「ハニードロップ」という高くてアタシにはとても手を出せないブランドで、サングラスから洋服、靴まで、全身身を包んだ彼女は、駅前のアスファルトの上で体育座りをして、大きな夏の雲を見上げていた。
なぜだか自分でよくわからなかったけれど、一目で客待ちだとわかった。
きっとウリをしてる顔をしてるんだと思った。
サングラスをかけていても、きれいな顔をしているのがわかった。
結衣はじっと見つめていたアタシに気付くと、
「あんたも客待ち?」
と言った。
結衣も一目でアタシがウリをしてることに気付いた。
「やっぱりわかる?」
アタシは聞いた。
「うん。ウリをしてる子は顔を見ればわかるよ」
結衣は十和と同じ言葉を口にした。
「隣、いい?」
そう尋ねると、結衣はいいよと言って、サングラスを取って笑った。
アタシが言うのもなんだけど、結衣はまだあどけない顔をしていた。
アタシは彼女の隣に、同じように体育座りで座った。
「年、いくつ?」
そう聞かれて、
「もうすぐ十六」
とアタシは答えた。
口にしてはじめて、夏の終わりに生まれたアタシはもうすぐ誕生日だと気付いた。
「じゃあ、あたしとおんなじだね」
結衣は言った。
アタシたちはいっしょに夏の空の大きな雲を眺めた。
「あたし、夏の雲、好きなんだ」
結衣は言った。
「苦しいときもいつも見上げれば大っきな雲があってさ、あたしはそれに向かって歩いていくんだって、いつも自分を励ましてるんだ」
そう言った。
アタシは思わず笑ってしまった。
怪訝そうな顔をする結衣に、
「アタシも同じこと考えながらいつも空を見上げるんだ」
と言った。
アタシたちはとてもよく似ていた。
「あのね……」
なんでウリしてるの?
と、アタシは聞こうとして、やめた。
人にはいろんな理由がある。
ウリをしてる理由なんて、聞かれたくないに決まっていた。
けれど、
「なんでウリしてるの? って今聞こうとしたんだよね」
アタシたちはとてもよく似ていたから、結衣はアタシの考えていることがわかるみたいだった。
「じいさんにさせられてるんだ」
結衣は言った。
アタシは耳を疑った。
「あたしのじいさん、ヤクザでさ、組のためだって言ってさ、孫のあたしにあちこちのヤクザの相手をいろいろさせてるんだ」
そう言った。
「でもそのおかげでこんな高い服着たりできてるんだけどさ」
あんたは? と尋ねられて、アタシは、友達のケータイ番号を彼氏に頼まれて(今はもう元カレだけど、とアタシは付け加えた)彼の友達に教えたのがきっかけでウリをさせられることになったと話した。
「今は別の友達が妊娠しちゃって、その中絶費用のためにしてるんだ」
ふうん、と結衣は言った。
「お互い、なんか色々大変だね」
「そうだね」
とアタシは言って、アタシたちはもう一度、夏の空の大きな雲を見上げた。
もうすぐ沈む太陽が眩しかった。
太陽は、アタシにはまぶしすぎる気がした。
結衣はサングラスをかけて立ち上がった。
「あたし、もう行かなきゃ」
そう言って、遠くを指差して、
「あそこの、趣味の悪いスーツ着て、キョロキョロしてる男がたぶん今日の相手だから」
と言った。
そこには本当に趣味の悪い紫色のスーツを着た男の人がいて、アタシは思わず噴き出してしまった。
「ちょっと、笑わないでよ。あたし、これからあの男とするんだよ?」
そう言う結衣も笑っていた。
「ね、ケータイの番号教えてよ」
結衣は言った。
「うん、いいよ」
アタシたちはケータイの赤外線通信でお互いの番号を交換した。
お互いのケータイに登録していたプロフィールの名前で、アタシたちはそのときやっとお互いの名前を知った。
「名前まで似てる」
結衣は笑った。
「それじゃ、あたし行くね」
結衣はアタシに小さく手を振って歩き出した。
その顔は空に向かって向いていて、夏の雲を見上げているんだとわかった。
アタシはその背中に、
「何かあったら電話してね」
と声をかけた。
結衣は振り返らずに、手だけをアタシに振った。
ねぇ、結衣。
結衣に会ったのはそれっきりだったね。
アタシは結衣に会ったあの日から、客待ちをするときは結衣と同じでサングラスをかけるようにしたんだよ。アタシのはサマークラウドの安物だけどね。
夏が終わっても、結衣から電話は一度もかかってこなかったね。
十和という男の子はこの間アタシにそう言った。
それ以来、アタシは街に出る度に、行き交う人やすれちがう人の顔を気付かれないように盗み見るようになった。
人は、性格が顔に出る。
温厚そうに見えて、実はサディストなんて人もいるんだろうけれど、性格の悪い人は大抵その顔に性格の悪さが滲み出ている。
ウリをしている顔、しそうな顔もきっとあるんだろう、とアタシは思った。
そしてアタシは、結衣という女の子に出会った。
「ハニードロップ」という高くてアタシにはとても手を出せないブランドで、サングラスから洋服、靴まで、全身身を包んだ彼女は、駅前のアスファルトの上で体育座りをして、大きな夏の雲を見上げていた。
なぜだか自分でよくわからなかったけれど、一目で客待ちだとわかった。
きっとウリをしてる顔をしてるんだと思った。
サングラスをかけていても、きれいな顔をしているのがわかった。
結衣はじっと見つめていたアタシに気付くと、
「あんたも客待ち?」
と言った。
結衣も一目でアタシがウリをしてることに気付いた。
「やっぱりわかる?」
アタシは聞いた。
「うん。ウリをしてる子は顔を見ればわかるよ」
結衣は十和と同じ言葉を口にした。
「隣、いい?」
そう尋ねると、結衣はいいよと言って、サングラスを取って笑った。
アタシが言うのもなんだけど、結衣はまだあどけない顔をしていた。
アタシは彼女の隣に、同じように体育座りで座った。
「年、いくつ?」
そう聞かれて、
「もうすぐ十六」
とアタシは答えた。
口にしてはじめて、夏の終わりに生まれたアタシはもうすぐ誕生日だと気付いた。
「じゃあ、あたしとおんなじだね」
結衣は言った。
アタシたちはいっしょに夏の空の大きな雲を眺めた。
「あたし、夏の雲、好きなんだ」
結衣は言った。
「苦しいときもいつも見上げれば大っきな雲があってさ、あたしはそれに向かって歩いていくんだって、いつも自分を励ましてるんだ」
そう言った。
アタシは思わず笑ってしまった。
怪訝そうな顔をする結衣に、
「アタシも同じこと考えながらいつも空を見上げるんだ」
と言った。
アタシたちはとてもよく似ていた。
「あのね……」
なんでウリしてるの?
と、アタシは聞こうとして、やめた。
人にはいろんな理由がある。
ウリをしてる理由なんて、聞かれたくないに決まっていた。
けれど、
「なんでウリしてるの? って今聞こうとしたんだよね」
アタシたちはとてもよく似ていたから、結衣はアタシの考えていることがわかるみたいだった。
「じいさんにさせられてるんだ」
結衣は言った。
アタシは耳を疑った。
「あたしのじいさん、ヤクザでさ、組のためだって言ってさ、孫のあたしにあちこちのヤクザの相手をいろいろさせてるんだ」
そう言った。
「でもそのおかげでこんな高い服着たりできてるんだけどさ」
あんたは? と尋ねられて、アタシは、友達のケータイ番号を彼氏に頼まれて(今はもう元カレだけど、とアタシは付け加えた)彼の友達に教えたのがきっかけでウリをさせられることになったと話した。
「今は別の友達が妊娠しちゃって、その中絶費用のためにしてるんだ」
ふうん、と結衣は言った。
「お互い、なんか色々大変だね」
「そうだね」
とアタシは言って、アタシたちはもう一度、夏の空の大きな雲を見上げた。
もうすぐ沈む太陽が眩しかった。
太陽は、アタシにはまぶしすぎる気がした。
結衣はサングラスをかけて立ち上がった。
「あたし、もう行かなきゃ」
そう言って、遠くを指差して、
「あそこの、趣味の悪いスーツ着て、キョロキョロしてる男がたぶん今日の相手だから」
と言った。
そこには本当に趣味の悪い紫色のスーツを着た男の人がいて、アタシは思わず噴き出してしまった。
「ちょっと、笑わないでよ。あたし、これからあの男とするんだよ?」
そう言う結衣も笑っていた。
「ね、ケータイの番号教えてよ」
結衣は言った。
「うん、いいよ」
アタシたちはケータイの赤外線通信でお互いの番号を交換した。
お互いのケータイに登録していたプロフィールの名前で、アタシたちはそのときやっとお互いの名前を知った。
「名前まで似てる」
結衣は笑った。
「それじゃ、あたし行くね」
結衣はアタシに小さく手を振って歩き出した。
その顔は空に向かって向いていて、夏の雲を見上げているんだとわかった。
アタシはその背中に、
「何かあったら電話してね」
と声をかけた。
結衣は振り返らずに、手だけをアタシに振った。
ねぇ、結衣。
結衣に会ったのはそれっきりだったね。
アタシは結衣に会ったあの日から、客待ちをするときは結衣と同じでサングラスをかけるようにしたんだよ。アタシのはサマークラウドの安物だけどね。
夏が終わっても、結衣から電話は一度もかかってこなかったね。
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