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第一部 夏雲(なつぐも)
第9話 ③
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そのワンピースは、アタシの一番のお気に入りだった。
yoshiとのはじめてのデートのために、ハーちゃんに選んでもらったワンピースだった。
ハーちゃんが、アタシにはじめて彼氏ができたことをとても喜んでくれて、買ってくれたワンピースだった。
yoshiが顔を真っ赤にしてかわいいねって誉めてくれたワンピースだった。
アタシの大切な宝物だった。
今日だって、またあのyoshiの照れ臭そうな顔が見たくて着てきたんだ。
バスケ部の先輩たちに引き裂かれるために着てきたわけじゃなかった。
「すげーな。なぁ見てみろよ、おい。小ぶりだけどいいおっぱいしてるぜ」
「ほんとだ。乳首すっげーきれいなピンク色してる。
あそこもきれいなのかなー」
アタシは脚をつかまれて、広げられた。
「あははっ。めちゃくちゃガキっぽいパンツはいてるよ」
「yoshiの趣味なんじゃないのー」
信じられなかったのはyoshiだけじゃなかった。
この先輩たちもとてもいい人たちだったはずだった。
優しくて、面倒見がよくて、かっこよくて、バスケ部の先輩たちは学校中の女の子たちの憧れだった。
「いやっ、やめて。こないで」
そんな人たちがクスリをやっていて、今はあたしを輪姦(まわ)そうとしていた。
アタシは何度もyoshiの名前を呼んだ。
yoshiはドアの向こうにいて、アタシが呼んだらきっと助けてきてくれるはずだった。
だけど何度呼んでも助けにきてはくれなかった。
yoshiはいっしょに選んだ銀色のバッシュで、ドン、ドンとドアを蹴るだけだった。
まるでアタシが名前を呼ぶことさえいけないことのように。
「まだわかんないの? お前、yoshiに捨てられたんだよ」
先輩がアタシの胸に顔をうずめて言った。
「こういうの乳臭いっていうのかな。ミルクみたいなすっげーいいにおいがする」
桜川先輩というバスケ部のキャプテンだった。
「あいつ、新しい彼女、できたみたいだしねー」
唐沢という先輩が言った。
「嘘。そんなはずない」
だって、アタシとyoshiは今日、キスだってしたし、お揃いのストラップだって買ったばかりだった。
アタシがそう言うと、
「嘘じゃねーよー。
なあ、yoshi。新しい彼女できたんだよなー」
唐沢はドアの向こうにいるyoshiにも聞こえるように言った。
yoshiからの返事はなかった。
「なぁなぁ、この子、ケータイに変なストラップつけてるぜ。Y、M、Oだって。ははは、なんでいまどきYMOなんだよ」
だって、そのストラップは、
――yoshiは麻衣(mai)をおばさん(obasan)になっても愛してるの略。
yoshiからのプロポーズの言葉だと思ったのに。
「どうせyoshiとお揃いのストラップだろ。かわいそうだからとってやりな」
アタシはなんとかしてケータイを取り返そうとしたけれど、アタシの新しい宝物になったばかりのストラップは、簡単に引き千切られてしまった。
ストラップはばらばらになって、床に転がった。
アタシをはがいじめにしているのはふたりだけじゃなかった。
椎名先輩も、貞次先輩も、蓮先輩も、血走った目をとろんとさせて、アタシが抵抗できないように腕や脚を押さえ付けていた。
「メイって子だよ」
桜川の言葉にアタシは耳を疑った。
「知ってるだろ、夏目メイ。
yoshiと同じクラスの子らしいから、お前とも同じクラスだろ」
「昨日、告白されたんだってさー。
だからお前とはもう別れるんだってさー」
唐沢はアタシの腕をとって言った。
「嘘でしょ、yoshi。ねぇ、yoshi、yoshiったら」
メイがyoshiのこと好きだったなんて、アタシ知らなかった。
「お前、ちょっとうるさいよ。唐沢、早くこいつ静かにさせろよ」
「わかってるって。
麻衣ちゃん、ちょっとチクッてするけど、すっげー気持ちよくなっからさ、ちょっと我慢な」
唐沢は注射器を手にしていた。
天井に向けられた針からぴゅぴゅっと液体が飛んだ。
クスリだった。
「いや、いやー」
アタシは叫んだ。
桜川がそんなアタシの顔を殴った。
「だからうるせーっつってんだろ。せっかくのムードが台無しじゃねーか」
そう言った。
「はははっ。何だよ、それ。どんなムードだよ」
唐沢がアタシの腕に注射針を刺した。
笑う唐沢の顔がぐにゃりと歪んで、アタシの意識は遠のいていった。
「やっべ、白眼剥いてる」
「お前なぁ、クスリの量間違えたんじゃないのか? 死んだりしないだろうな」
「ま、いいんじゃない? 下手に騒がれたら誰か来るかもしれないし」
薄れゆく意識の中で、アタシはそんな声を聞いた。
その翌日、新聞に大きく緑南高校の不祥事が報じられた。
「スポーツの名門、神奈川県立緑南高校バスケットボール部員、覚醒剤所持で逮捕」
とあった。
記事には、
「同校の女子生徒に性的暴行をし8日に逮捕されたバスケットボール部員(=ナナセのことだ)から、覚醒剤の陽性反応が検出されたため、入手経路を事情聴取していたところ、部の先輩からもらったと自供したため警察の捜査が同校バスケットボール部に入った」
と書かれていた。
「部室からは大量の覚醒剤が押収され、警察は部員全員を任意同行し事情を聞き、部員全員から陽性反応が検出されたため逮捕した」
とあった。
yoshiも逮捕された。
夏休み中にも関わらず、学校は緊急記者会見を開き、ワイドショーでその映像が生中継された。
校長先生や教頭先生、バスケ部の顧問の先生が、この度はお騒がせして大変すみませんと頭を下げていた。
記者会見は学校の多目的ホールで行われていて、棗先生もかりだされていたらしく、一瞬だけテレビに映っていた。
学校はバスケ部を廃部とすることにし、バスケ部員全員を退学処分することにした。
yoshiも退学処分された。
「麻衣の彼、バスケ部じゃなかった?」
いっしょにテレビを見ていたハーちゃんが慌てふためいてアタシにそう聞いた。
「ううん、違うよ」
だけどアタシにはもう、関係のない話だった。
体中に走る痛みにアタシがバスケ部の部室で目を覚ましたとき、アタシの顔にはたぶん何人分もの精液がかかっていて、それはまぶたや睫毛の上にもかかっていて、とても目を開けることができなかった。
精液は鼻の中にも入っていて、アタシは口だけで呼吸した。
その口の中にも精液がいっぱいで、あたしはその生臭いにおいに耐えられずに何度ももどした。
体中が重たかった。
胸にも、お腹にも、全身に精液がかかっているのがわかった。
中出し、されていた。
アタシは手探りで引き裂かれたワンピースを探して、顔や体を拭いた。鼻もかんだ。
ようやく目が開けられるようになると、窓の外は真っ暗で、部室にはもう誰もいなかった。
yoshiもいなかった。
部室の明かりをつけると、壁にかけられた丸い時計が真夜中を示していた。
一番お気に入りの宝物だったワンピースが、もう宝物とは呼べないものになっていて、アタシはハーちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
アタシは確か部室棟にはシャワー室があったことを思い出して、裸のまま部室を出た。
部室のドアの外にもやっぱりyoshiはいなかった。
シャワー室の鍵は、誰かが鍵をかけわすれたのか、不用心にも開いていた。
体中にかけられていた精液はほとんどワンピースで拭いていたけれど、体にお湯がかかると拭き取りきれてなかった精液が、お湯がかかる前はドロリとしていたのにヌルヌルしたものに変わった。
それはとても気持ちが悪かった。
アタシは石鹸で何度も体中を洗った。
髪についた精液がなかなかとれなかった。
精液のにおいは何度体をあらってもとれなかった。
アタシは泣きながら体を洗った。
シャワーを出しっぱなしにして、小さな個室の中でかがんで膝を両腕で抱きしめるようにして、溢れる涙が止まるまで声を出して泣き続けた。
濡れた体のまま裸でシャワー室を出ると、そこにメイがいた。
腕にクスリを打たれて気を失って輪姦される前に、アタシはバスケ部の部員たちから、yoshiには新しい彼女がいる、それがメイだと聞かされた。
アタシは、その小さく笑みを浮かべた顔を見るのも嫌だった。
けれど、合ってしまった目をそらすのも嫌だった。
目をそらしてしまったら、負けてしまうと思った。
だからアタシは真っ直ぐ、メイの顔を睨みつけた。
メイはそんなアタシにタオルを投げつけた。
「そんな怖い顔しないでよ。yoshiに頼まれて、着替え持ってきてあげたんだから」
メイはそう言って、アタシにサマークラウドの紙袋を差し出した。
「秋物の新作。まだ夏だけどね。下着とか靴下とか靴も買っておいてあげたから」
あんたBカップでよかったよね?
アタシはその紙袋を受け取る気にはならなかった。
メイは差し出した紙袋から手を放して、部室棟の土で汚れたコンクリートの床の上に袋は落ちた。
「あんたにはいっぱいお金稼いでもらったからさ、そのお礼だよ」
メイは紙袋をアタシに蹴って寄越した。
「裸で家まで帰る気? この辺、暑いから頭がおかしくなっちゃった変質者もいるみたいだし、またレイプされちゃうよ?」
メイは笑ってそう言った。
「良かったね、目が覚めて。バスケ部のバカがクスリの量間違えたんだってね。
あんたが目を覚まさなくなったってyoshiが電話してきたときは、また友達がひとり減っちゃうかもって、あたし心配したんだけど」
また友達がひとり減る?
また、というのは、わたしは二人目で、一人目は美嘉のことだ。
「人の男とっておいて友達面しないでよ」
「美嘉さ、もう駄目みたいね。今日お見舞い行ったんだけど、ずっと薬で眠らされてた」
メイはアタシの言葉に答える代わりにそんなことを言った。
「ナナセをけしかけて、美嘉にあんなことさせたのあんたと凛でしょ。
あたしが『美嘉の部屋』のこと知らないとでも思った?」
知らないと思っていた。気付かれていないと思ってた。
だけどあの日、アタシを抱かなかったまだ若い作家から、美嘉を操ってアタシにウリをさせていたのはたぶんメイだと言われて、アタシはまさかと思った。
だけどナナセと入れ違いに「美嘉の部屋」に現れたメイを見て、メイが美嘉に何かを囁きかけて、美嘉がyoshiにアタシがウリをしてたことを電話で話したとき、アタシは理解した。
彼の言う通りだったと。
「美嘉は何にも知らないみたいだったけどね。
ナナセにあそこまでやらせるなんて、あんたたちよっぽど美嘉が憎かったんだね」
メイは言葉とは裏腹に楽しそうに笑いながらそう言った。
そして、
「まだ夏休みは終わってないよ、麻衣」
メイは言った。
「楽しい夏休みにしようね」
yoshiとのはじめてのデートのために、ハーちゃんに選んでもらったワンピースだった。
ハーちゃんが、アタシにはじめて彼氏ができたことをとても喜んでくれて、買ってくれたワンピースだった。
yoshiが顔を真っ赤にしてかわいいねって誉めてくれたワンピースだった。
アタシの大切な宝物だった。
今日だって、またあのyoshiの照れ臭そうな顔が見たくて着てきたんだ。
バスケ部の先輩たちに引き裂かれるために着てきたわけじゃなかった。
「すげーな。なぁ見てみろよ、おい。小ぶりだけどいいおっぱいしてるぜ」
「ほんとだ。乳首すっげーきれいなピンク色してる。
あそこもきれいなのかなー」
アタシは脚をつかまれて、広げられた。
「あははっ。めちゃくちゃガキっぽいパンツはいてるよ」
「yoshiの趣味なんじゃないのー」
信じられなかったのはyoshiだけじゃなかった。
この先輩たちもとてもいい人たちだったはずだった。
優しくて、面倒見がよくて、かっこよくて、バスケ部の先輩たちは学校中の女の子たちの憧れだった。
「いやっ、やめて。こないで」
そんな人たちがクスリをやっていて、今はあたしを輪姦(まわ)そうとしていた。
アタシは何度もyoshiの名前を呼んだ。
yoshiはドアの向こうにいて、アタシが呼んだらきっと助けてきてくれるはずだった。
だけど何度呼んでも助けにきてはくれなかった。
yoshiはいっしょに選んだ銀色のバッシュで、ドン、ドンとドアを蹴るだけだった。
まるでアタシが名前を呼ぶことさえいけないことのように。
「まだわかんないの? お前、yoshiに捨てられたんだよ」
先輩がアタシの胸に顔をうずめて言った。
「こういうの乳臭いっていうのかな。ミルクみたいなすっげーいいにおいがする」
桜川先輩というバスケ部のキャプテンだった。
「あいつ、新しい彼女、できたみたいだしねー」
唐沢という先輩が言った。
「嘘。そんなはずない」
だって、アタシとyoshiは今日、キスだってしたし、お揃いのストラップだって買ったばかりだった。
アタシがそう言うと、
「嘘じゃねーよー。
なあ、yoshi。新しい彼女できたんだよなー」
唐沢はドアの向こうにいるyoshiにも聞こえるように言った。
yoshiからの返事はなかった。
「なぁなぁ、この子、ケータイに変なストラップつけてるぜ。Y、M、Oだって。ははは、なんでいまどきYMOなんだよ」
だって、そのストラップは、
――yoshiは麻衣(mai)をおばさん(obasan)になっても愛してるの略。
yoshiからのプロポーズの言葉だと思ったのに。
「どうせyoshiとお揃いのストラップだろ。かわいそうだからとってやりな」
アタシはなんとかしてケータイを取り返そうとしたけれど、アタシの新しい宝物になったばかりのストラップは、簡単に引き千切られてしまった。
ストラップはばらばらになって、床に転がった。
アタシをはがいじめにしているのはふたりだけじゃなかった。
椎名先輩も、貞次先輩も、蓮先輩も、血走った目をとろんとさせて、アタシが抵抗できないように腕や脚を押さえ付けていた。
「メイって子だよ」
桜川の言葉にアタシは耳を疑った。
「知ってるだろ、夏目メイ。
yoshiと同じクラスの子らしいから、お前とも同じクラスだろ」
「昨日、告白されたんだってさー。
だからお前とはもう別れるんだってさー」
唐沢はアタシの腕をとって言った。
「嘘でしょ、yoshi。ねぇ、yoshi、yoshiったら」
メイがyoshiのこと好きだったなんて、アタシ知らなかった。
「お前、ちょっとうるさいよ。唐沢、早くこいつ静かにさせろよ」
「わかってるって。
麻衣ちゃん、ちょっとチクッてするけど、すっげー気持ちよくなっからさ、ちょっと我慢な」
唐沢は注射器を手にしていた。
天井に向けられた針からぴゅぴゅっと液体が飛んだ。
クスリだった。
「いや、いやー」
アタシは叫んだ。
桜川がそんなアタシの顔を殴った。
「だからうるせーっつってんだろ。せっかくのムードが台無しじゃねーか」
そう言った。
「はははっ。何だよ、それ。どんなムードだよ」
唐沢がアタシの腕に注射針を刺した。
笑う唐沢の顔がぐにゃりと歪んで、アタシの意識は遠のいていった。
「やっべ、白眼剥いてる」
「お前なぁ、クスリの量間違えたんじゃないのか? 死んだりしないだろうな」
「ま、いいんじゃない? 下手に騒がれたら誰か来るかもしれないし」
薄れゆく意識の中で、アタシはそんな声を聞いた。
その翌日、新聞に大きく緑南高校の不祥事が報じられた。
「スポーツの名門、神奈川県立緑南高校バスケットボール部員、覚醒剤所持で逮捕」
とあった。
記事には、
「同校の女子生徒に性的暴行をし8日に逮捕されたバスケットボール部員(=ナナセのことだ)から、覚醒剤の陽性反応が検出されたため、入手経路を事情聴取していたところ、部の先輩からもらったと自供したため警察の捜査が同校バスケットボール部に入った」
と書かれていた。
「部室からは大量の覚醒剤が押収され、警察は部員全員を任意同行し事情を聞き、部員全員から陽性反応が検出されたため逮捕した」
とあった。
yoshiも逮捕された。
夏休み中にも関わらず、学校は緊急記者会見を開き、ワイドショーでその映像が生中継された。
校長先生や教頭先生、バスケ部の顧問の先生が、この度はお騒がせして大変すみませんと頭を下げていた。
記者会見は学校の多目的ホールで行われていて、棗先生もかりだされていたらしく、一瞬だけテレビに映っていた。
学校はバスケ部を廃部とすることにし、バスケ部員全員を退学処分することにした。
yoshiも退学処分された。
「麻衣の彼、バスケ部じゃなかった?」
いっしょにテレビを見ていたハーちゃんが慌てふためいてアタシにそう聞いた。
「ううん、違うよ」
だけどアタシにはもう、関係のない話だった。
体中に走る痛みにアタシがバスケ部の部室で目を覚ましたとき、アタシの顔にはたぶん何人分もの精液がかかっていて、それはまぶたや睫毛の上にもかかっていて、とても目を開けることができなかった。
精液は鼻の中にも入っていて、アタシは口だけで呼吸した。
その口の中にも精液がいっぱいで、あたしはその生臭いにおいに耐えられずに何度ももどした。
体中が重たかった。
胸にも、お腹にも、全身に精液がかかっているのがわかった。
中出し、されていた。
アタシは手探りで引き裂かれたワンピースを探して、顔や体を拭いた。鼻もかんだ。
ようやく目が開けられるようになると、窓の外は真っ暗で、部室にはもう誰もいなかった。
yoshiもいなかった。
部室の明かりをつけると、壁にかけられた丸い時計が真夜中を示していた。
一番お気に入りの宝物だったワンピースが、もう宝物とは呼べないものになっていて、アタシはハーちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
アタシは確か部室棟にはシャワー室があったことを思い出して、裸のまま部室を出た。
部室のドアの外にもやっぱりyoshiはいなかった。
シャワー室の鍵は、誰かが鍵をかけわすれたのか、不用心にも開いていた。
体中にかけられていた精液はほとんどワンピースで拭いていたけれど、体にお湯がかかると拭き取りきれてなかった精液が、お湯がかかる前はドロリとしていたのにヌルヌルしたものに変わった。
それはとても気持ちが悪かった。
アタシは石鹸で何度も体中を洗った。
髪についた精液がなかなかとれなかった。
精液のにおいは何度体をあらってもとれなかった。
アタシは泣きながら体を洗った。
シャワーを出しっぱなしにして、小さな個室の中でかがんで膝を両腕で抱きしめるようにして、溢れる涙が止まるまで声を出して泣き続けた。
濡れた体のまま裸でシャワー室を出ると、そこにメイがいた。
腕にクスリを打たれて気を失って輪姦される前に、アタシはバスケ部の部員たちから、yoshiには新しい彼女がいる、それがメイだと聞かされた。
アタシは、その小さく笑みを浮かべた顔を見るのも嫌だった。
けれど、合ってしまった目をそらすのも嫌だった。
目をそらしてしまったら、負けてしまうと思った。
だからアタシは真っ直ぐ、メイの顔を睨みつけた。
メイはそんなアタシにタオルを投げつけた。
「そんな怖い顔しないでよ。yoshiに頼まれて、着替え持ってきてあげたんだから」
メイはそう言って、アタシにサマークラウドの紙袋を差し出した。
「秋物の新作。まだ夏だけどね。下着とか靴下とか靴も買っておいてあげたから」
あんたBカップでよかったよね?
アタシはその紙袋を受け取る気にはならなかった。
メイは差し出した紙袋から手を放して、部室棟の土で汚れたコンクリートの床の上に袋は落ちた。
「あんたにはいっぱいお金稼いでもらったからさ、そのお礼だよ」
メイは紙袋をアタシに蹴って寄越した。
「裸で家まで帰る気? この辺、暑いから頭がおかしくなっちゃった変質者もいるみたいだし、またレイプされちゃうよ?」
メイは笑ってそう言った。
「良かったね、目が覚めて。バスケ部のバカがクスリの量間違えたんだってね。
あんたが目を覚まさなくなったってyoshiが電話してきたときは、また友達がひとり減っちゃうかもって、あたし心配したんだけど」
また友達がひとり減る?
また、というのは、わたしは二人目で、一人目は美嘉のことだ。
「人の男とっておいて友達面しないでよ」
「美嘉さ、もう駄目みたいね。今日お見舞い行ったんだけど、ずっと薬で眠らされてた」
メイはアタシの言葉に答える代わりにそんなことを言った。
「ナナセをけしかけて、美嘉にあんなことさせたのあんたと凛でしょ。
あたしが『美嘉の部屋』のこと知らないとでも思った?」
知らないと思っていた。気付かれていないと思ってた。
だけどあの日、アタシを抱かなかったまだ若い作家から、美嘉を操ってアタシにウリをさせていたのはたぶんメイだと言われて、アタシはまさかと思った。
だけどナナセと入れ違いに「美嘉の部屋」に現れたメイを見て、メイが美嘉に何かを囁きかけて、美嘉がyoshiにアタシがウリをしてたことを電話で話したとき、アタシは理解した。
彼の言う通りだったと。
「美嘉は何にも知らないみたいだったけどね。
ナナセにあそこまでやらせるなんて、あんたたちよっぽど美嘉が憎かったんだね」
メイは言葉とは裏腹に楽しそうに笑いながらそう言った。
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「まだ夏休みは終わってないよ、麻衣」
メイは言った。
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