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第一部 夏雲(なつぐも)
第9話 ②
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ショッピングモールの中にあるファミレスでランチを食べた後、アタシたちは雑貨屋さんに入った。
「ねぇyoshi、何かyoshiとお揃いのものがほしいな」
アタシはyoshiの細く長い腕に腕をからませて言った。
「持ってるじゃん。パンダの」
yoshiは呆れたように言った。
パンダの、というのは、アタシたちが学校指定の鞄につけている、アタシのはフツーのパンダの、yoshiのは白と黒が逆になったパンダの小さなぬいぐるみだった。
「だって今夏休みだし。学校の鞄なんて持ち歩かないでしょ」
ケータイのストラップとか、ペアリングとか、ネックレスとか、何かそういうお互いにいつも身に付けていられるものがアタシはほしかった。
「じゃあ、これでいいじゃん」
yoshiは雑貨屋さんのレジのすぐそばにあった、アルファベットを一文字ずつ買って繋げて作るストラップを指差した。
yoshiとmai、お互いに相手の名前をアルファベットで繋げて、ケータイにつける。
そういうことなのだと思った。
なんだか嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな、とアタシは思った。
でもyoshiは、アタシたちのイニシャルのYとMの字だけを手にとった。
「それからOかな」
と言って、今度はOの字を手にとった。
「O? なんで?」
とアタシが聞くと、
「yoshiは麻衣(mai)がおばさん(obasan)になっても愛してる、の略」
とyoshiは顔を真っ赤にしながら言ったので、
「ばっかじゃないの?」
アタシはおかしくて、笑いすぎてお腹が痛かった。
おまけに並べてみたらYMOになったし、アタシの頭の中にはテクノミュージックが流れて、何か悪いキノコでも食べたみたいに笑った。
「いいよ。それにしよう」
アタシは、それがyoshiからのプロポーズのように思えて、うれしかった。
アタシたちは雑貨屋さんを出るとすぐに、ショッピングモールを行き交う人たちの邪魔にならないような場所に座りこんで、買ったばかりの小さな袋を開けた。
YとMとOを一文字ずつ手にとって繋ぎあわせる。
「お前、意外と無器用だな」
簡単に繋ぎあわせてケータイに吊したyoshiが、まだYとMを繋げられないでいたアタシに言った。
「違うよ、yoshiが器用なんだよ」
yoshiはアタシの手から三文字のアルファベットをとった。
そのとき、たった今まで何ともなかったはずのその手が震えていて、アタシのMの字が、彼の手からこぼれて落ちて床に転がった。
「悪い。ちょっと、トイレ、行ってくる」
yoshiは転がったMの字には見向きもせずに、YとOの字をアタシに返した。
「う、うん、行ってらっしゃい」
震える右手を左手で押さえながら、鞄をだきかかえてトイレに向かった。
アタシはMの字を拾って、もう一度三文字を繋ぎあわせようと指先の格闘をはじめた。
10分ほどして、
「なんだ。まだ出来てないのかよ」
トイレから戻ってきたyoshiは、やっぱり無器用だ、と笑って、アタシの隣に腰を降ろした。
「長かったね。お腹痛いの?」
アタシは聞いた。
「ああ、なんかわかんないけど試合に負けた次の日は必ず腹下しちゃうんだ」
yoshiはそう言って、
「繊細なんだね、yoshiは」
もう一度アタシの手から三文字のアルファベットを指でつまんだ。
「こうやって、ここはこう、ほら出来た」
あっという間にストラップを作ってしまった。
「ケータイ貸して。どうせお前、この穴に紐通すのも苦手だろ」
図星だった。
あたしは素直にケータイをyoshiに差し出した。
「なぁ」
yoshiがストラップの紐をアタシのケータイに通しながら言った。
その腕の、いくつかある注射針の痕のようなものがひとつ、ついさっき刺したばかりのような血の滲んだ痕が増えているのが見えた。
「お前さ、俺に隠し事とかしてないよな?」
どきりとした。
「ど、ど、どうしたの? 急に」
アタシは、平静を装おうとして、余計に心を乱してしまった。
一瞬で、喉がからからに渇いた。
ワンピースの背中が一気に汗ばむのがわかった。
「一昨日さ、美嘉ちゃんから電話があったんだ。お前がさ、その、なんていうか」
yoshiはとても言いづらそうにして、
「やっぱりいい。なんでもない」
とてもきれいな両の瞳でアタシをまっすぐに見つめた。
yoshiはやっぱり一昨日美嘉から聞かされた言葉を気にしていた。
アタシを信じようとして、平静を装おってはいたけれど、繊細な彼は手が震えたりお腹を下したりするくらい、追い詰められていた。
ひょっとしたら昨日試合に負けてしまったのだって、ナナセがいなかったからだけじゃなくて、アタシのせいでyoshiが実力を出せなかったからかもしれなかった。
信じてくれていたけど、聞かずにはいられなかったんだと思う。
隠し事なんてしてないよ。
そう言って笑ってあげることができたら、どんなに楽だったろう。
本当にyoshiに隠し事なんて何ひとつなかったら、どんなに幸せだっただろう。
だけどアタシにはyoshiに隠し事があって、yoshiをこれ以上騙していくことなんてできなかった。
返事の代わりに涙が流れた。
「ごめん……ごめんなさい」
涙が止まらなくて、アタシはそう言うのがやっとだった。
「yoshi、アタシ……アタシね」
「聞きたくない」
yoshiは言った。
「お前の口からお前が何してたか聞いたら、俺頭おかしくなっちゃうよ」
yoshiは優しく、アタシを抱き締めてくれた。
「アタシ、もうしないから。yoshiを裏切るような真似、もう絶対しないから」
泣きじゃくるアタシの頭をyoshiは優しく撫でてくれた。
アタシが泣きやむまでずっと、yoshiはアタシの頭を撫でてくれた。
「先輩たちがさ……」
今夜、バスケ部敗退の残念会をやろうって。麻衣も連れておいでって言ってくれてるんだ、yoshiは続けた。
アタシはどうして自分が誘われてるかわからなくて、ぽかんとした。
「麻衣はうちの部のマネージャーみたいなもんだろ」
yoshiはアタシの頭をくしゃくしゃっとして、八重歯を覗かせて笑った。
「うん。行く」
アタシはyoshiに抱きついた。
アタシたちは、ショッピングモールを手を繋いで歩いた。
このときアタシは、このまま前みたいなフツーの女の子に戻れるような気がしてたんだ。
yoshiはなぜアタシがウリをしていたのか聞かなかった。
アタシはほっとしていた。
聞かれたらアタシは、yoshiに頼まれてナナセに美嘉のケータイ番号を教えたせいで、ウリをさせられることになったと言わなくちゃいけなくなる。
そしたらyoshiはきっと自分を責めるだろう。
ナナセのこと、美嘉のこと、そしてアタシのことでyoshiはもう十分すぎるくらい傷付いていた。
アタシはもうこれ以上yoshiを傷つけたくなかった。
「残念会ってどこでやるの」
「んー、部室」
アタシはてっきり、育ち盛りの運動部の男の子たちだから、焼き肉でもするのかと思っていた。
「引退する先輩もいるからさ、最後はやっぱり部室でってことになったんだ」
アタシはバスケ部の部室に入ったことはなかった。
練習はいつも体育館だけれど、きっと体育館だけじゃなくて、部室にもいろんな思い出があるんだとアタシは思った。
ケンカしたり、仲直りしたり、友情を深めあったり。
部活に入ってないアタシにはわからないようなことが、きっといっぱいあるんだと思った。
「アタシも何か部活に入ろうかな」
yoshiはもう「マネージャーになれば?」とは言ってくれなかった。
ショッピングモールのスーパーでyoshiとアタシは残念会の食材を買った。
やきそばの麺やキムチ鍋の素、それからお肉、yoshiは次々と食材をカゴに放り込んだ。
「お鍋なんて部室でできるの?」
と尋ねると、お鍋もガスコンロもホットプレートも、調理器具はみんな、きっと今頃先輩たちが家庭科室から調達してる頃だと言った。
楽しそうだな、とアタシは思った。
「麻衣って料理できたっけ?」
そう尋ねられて、
「うん、少しね」
とアタシは返事をしたけれど、アタシは学校の家庭科の授業以外で包丁を握ったことがなかった。
「それは楽しみだ」
とyoshiは笑って、アタシは苦笑いした。
ショッピングモールから学校まで、アタシは一学期のようにyoshiの銀色の自転車の後ろに乗せてもらった。
yoshiははじめてアタシを後ろに乗せてくれたときより少し背が伸びていた。
体に腕をまわすと、はじめてアタシを後ろに乗せてくれたときよりがっしりしているように感じた。
男の人の背中だった。
アタシはその背中にずっと頬をくっつけていた。
ずっとこうしていられたらいいのに、とアタシは思った。
yoshiのことが大好きだった。
だからアタシはもうyoshiを裏切らない。
バスケ部の部室は、部室棟の二階にあった。
yoshiは自転車を部室棟のすぐそばに停めると、
「俺、自転車、駐輪場に置いてくるからさ。先に部室行ってて。先輩たちもういると思うから」
カゴから食材のたくさん入ったスーパーの袋を持ち上げてアタシに渡した。
「うん、わかった」
アタシはそう返事をして、部室棟の階段を登った。
野球部、サッカー部、ラグビー部、テニス部、部室棟には当たり前だけどいろんな部の部室が並んでいて、アタシはバスケ部の部室のドアをコンコンとノックした。
「入ってまーす」
と中から聞き覚えのある先輩の声がして、みんながどっと笑う声が漏れていた。
「こ、こんにちは」
アタシはドアを開けて部室の中に入った。
そして目の前に広がる光景に愕然とした。
部室の中には十人くらいの先輩たちがいて、彼らは皆、ライターの火であぶった筒状にしたアルミホイルで何かを吸っていたり、お互いに注射器で腕に何かを注射していたりした。
「やあ、麻衣ちゃんだっけ?」
と、先ほどの声の先輩が塞がっていない手をひらひらさせながらアタシに言った。
yoshiの腕にはたくさんの注射針の痕があって、デートの途中で手が震えだして、トイレに行くと言ってしばらく戻ってこなかった。
戻ってきたとき、yoshiの手の震えはおさまっていた。
yoshiは銀色が大好きで、身に付けるもの全部銀色にしたがっていた。
美嘉をレイプして逮捕されたナナセの体からは、クスリの陽性反応が出た。
クスリをやっている人の中には特定の色に執着をする人がいる。
アタシの頭の中ではいろいろなことが思い出されて、それらはアタシが一番知りたくなかったことに結びつこうとしていた。
だけどアタシは目の前に広がる光景がまだ信じられなくて、ただ目を奪われていた。
どれくらいそうしていたかわからない。
アタシの後ろでがちゃりと音がした。
振り返るとyoshiがドアを開けて立っていた。
「よぉ、yoshi、簡単にやらせてくれるヤリマンの女連れてくるって言ってたけど、この子か?」
先輩はyoshiにそう言った。
「あはははは、自分の彼女連れてくるかフツー。ありえねー」
別の先輩がおかしそうにわらった。
「別に、彼女じゃないです、こんな女」
アタシの背中でyoshiはそう言って、耳を疑ったアタシの背中を突き飛ばした。
部室の真ん中に倒れこんだアタシは、何がなんだかわからなくて救いを求めるように顔をyoshiに向けた。
「彼女じゃないです」
yoshiはもう一度そう言った。
「俺、外で見張ってますから、先輩たちはその女で好きなだけ遊んでてください」
アタシはもう一度耳を疑った。
何かの冗談だと思いたかった。
だけど、yoshiが部室を出た途端、先輩たちはアタシのワンピースを力任せに引き裂いて、アタシはそれが冗談でもなんでもないと気付いた。
「ねぇyoshi、何かyoshiとお揃いのものがほしいな」
アタシはyoshiの細く長い腕に腕をからませて言った。
「持ってるじゃん。パンダの」
yoshiは呆れたように言った。
パンダの、というのは、アタシたちが学校指定の鞄につけている、アタシのはフツーのパンダの、yoshiのは白と黒が逆になったパンダの小さなぬいぐるみだった。
「だって今夏休みだし。学校の鞄なんて持ち歩かないでしょ」
ケータイのストラップとか、ペアリングとか、ネックレスとか、何かそういうお互いにいつも身に付けていられるものがアタシはほしかった。
「じゃあ、これでいいじゃん」
yoshiは雑貨屋さんのレジのすぐそばにあった、アルファベットを一文字ずつ買って繋げて作るストラップを指差した。
yoshiとmai、お互いに相手の名前をアルファベットで繋げて、ケータイにつける。
そういうことなのだと思った。
なんだか嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな、とアタシは思った。
でもyoshiは、アタシたちのイニシャルのYとMの字だけを手にとった。
「それからOかな」
と言って、今度はOの字を手にとった。
「O? なんで?」
とアタシが聞くと、
「yoshiは麻衣(mai)がおばさん(obasan)になっても愛してる、の略」
とyoshiは顔を真っ赤にしながら言ったので、
「ばっかじゃないの?」
アタシはおかしくて、笑いすぎてお腹が痛かった。
おまけに並べてみたらYMOになったし、アタシの頭の中にはテクノミュージックが流れて、何か悪いキノコでも食べたみたいに笑った。
「いいよ。それにしよう」
アタシは、それがyoshiからのプロポーズのように思えて、うれしかった。
アタシたちは雑貨屋さんを出るとすぐに、ショッピングモールを行き交う人たちの邪魔にならないような場所に座りこんで、買ったばかりの小さな袋を開けた。
YとMとOを一文字ずつ手にとって繋ぎあわせる。
「お前、意外と無器用だな」
簡単に繋ぎあわせてケータイに吊したyoshiが、まだYとMを繋げられないでいたアタシに言った。
「違うよ、yoshiが器用なんだよ」
yoshiはアタシの手から三文字のアルファベットをとった。
そのとき、たった今まで何ともなかったはずのその手が震えていて、アタシのMの字が、彼の手からこぼれて落ちて床に転がった。
「悪い。ちょっと、トイレ、行ってくる」
yoshiは転がったMの字には見向きもせずに、YとOの字をアタシに返した。
「う、うん、行ってらっしゃい」
震える右手を左手で押さえながら、鞄をだきかかえてトイレに向かった。
アタシはMの字を拾って、もう一度三文字を繋ぎあわせようと指先の格闘をはじめた。
10分ほどして、
「なんだ。まだ出来てないのかよ」
トイレから戻ってきたyoshiは、やっぱり無器用だ、と笑って、アタシの隣に腰を降ろした。
「長かったね。お腹痛いの?」
アタシは聞いた。
「ああ、なんかわかんないけど試合に負けた次の日は必ず腹下しちゃうんだ」
yoshiはそう言って、
「繊細なんだね、yoshiは」
もう一度アタシの手から三文字のアルファベットを指でつまんだ。
「こうやって、ここはこう、ほら出来た」
あっという間にストラップを作ってしまった。
「ケータイ貸して。どうせお前、この穴に紐通すのも苦手だろ」
図星だった。
あたしは素直にケータイをyoshiに差し出した。
「なぁ」
yoshiがストラップの紐をアタシのケータイに通しながら言った。
その腕の、いくつかある注射針の痕のようなものがひとつ、ついさっき刺したばかりのような血の滲んだ痕が増えているのが見えた。
「お前さ、俺に隠し事とかしてないよな?」
どきりとした。
「ど、ど、どうしたの? 急に」
アタシは、平静を装おうとして、余計に心を乱してしまった。
一瞬で、喉がからからに渇いた。
ワンピースの背中が一気に汗ばむのがわかった。
「一昨日さ、美嘉ちゃんから電話があったんだ。お前がさ、その、なんていうか」
yoshiはとても言いづらそうにして、
「やっぱりいい。なんでもない」
とてもきれいな両の瞳でアタシをまっすぐに見つめた。
yoshiはやっぱり一昨日美嘉から聞かされた言葉を気にしていた。
アタシを信じようとして、平静を装おってはいたけれど、繊細な彼は手が震えたりお腹を下したりするくらい、追い詰められていた。
ひょっとしたら昨日試合に負けてしまったのだって、ナナセがいなかったからだけじゃなくて、アタシのせいでyoshiが実力を出せなかったからかもしれなかった。
信じてくれていたけど、聞かずにはいられなかったんだと思う。
隠し事なんてしてないよ。
そう言って笑ってあげることができたら、どんなに楽だったろう。
本当にyoshiに隠し事なんて何ひとつなかったら、どんなに幸せだっただろう。
だけどアタシにはyoshiに隠し事があって、yoshiをこれ以上騙していくことなんてできなかった。
返事の代わりに涙が流れた。
「ごめん……ごめんなさい」
涙が止まらなくて、アタシはそう言うのがやっとだった。
「yoshi、アタシ……アタシね」
「聞きたくない」
yoshiは言った。
「お前の口からお前が何してたか聞いたら、俺頭おかしくなっちゃうよ」
yoshiは優しく、アタシを抱き締めてくれた。
「アタシ、もうしないから。yoshiを裏切るような真似、もう絶対しないから」
泣きじゃくるアタシの頭をyoshiは優しく撫でてくれた。
アタシが泣きやむまでずっと、yoshiはアタシの頭を撫でてくれた。
「先輩たちがさ……」
今夜、バスケ部敗退の残念会をやろうって。麻衣も連れておいでって言ってくれてるんだ、yoshiは続けた。
アタシはどうして自分が誘われてるかわからなくて、ぽかんとした。
「麻衣はうちの部のマネージャーみたいなもんだろ」
yoshiはアタシの頭をくしゃくしゃっとして、八重歯を覗かせて笑った。
「うん。行く」
アタシはyoshiに抱きついた。
アタシたちは、ショッピングモールを手を繋いで歩いた。
このときアタシは、このまま前みたいなフツーの女の子に戻れるような気がしてたんだ。
yoshiはなぜアタシがウリをしていたのか聞かなかった。
アタシはほっとしていた。
聞かれたらアタシは、yoshiに頼まれてナナセに美嘉のケータイ番号を教えたせいで、ウリをさせられることになったと言わなくちゃいけなくなる。
そしたらyoshiはきっと自分を責めるだろう。
ナナセのこと、美嘉のこと、そしてアタシのことでyoshiはもう十分すぎるくらい傷付いていた。
アタシはもうこれ以上yoshiを傷つけたくなかった。
「残念会ってどこでやるの」
「んー、部室」
アタシはてっきり、育ち盛りの運動部の男の子たちだから、焼き肉でもするのかと思っていた。
「引退する先輩もいるからさ、最後はやっぱり部室でってことになったんだ」
アタシはバスケ部の部室に入ったことはなかった。
練習はいつも体育館だけれど、きっと体育館だけじゃなくて、部室にもいろんな思い出があるんだとアタシは思った。
ケンカしたり、仲直りしたり、友情を深めあったり。
部活に入ってないアタシにはわからないようなことが、きっといっぱいあるんだと思った。
「アタシも何か部活に入ろうかな」
yoshiはもう「マネージャーになれば?」とは言ってくれなかった。
ショッピングモールのスーパーでyoshiとアタシは残念会の食材を買った。
やきそばの麺やキムチ鍋の素、それからお肉、yoshiは次々と食材をカゴに放り込んだ。
「お鍋なんて部室でできるの?」
と尋ねると、お鍋もガスコンロもホットプレートも、調理器具はみんな、きっと今頃先輩たちが家庭科室から調達してる頃だと言った。
楽しそうだな、とアタシは思った。
「麻衣って料理できたっけ?」
そう尋ねられて、
「うん、少しね」
とアタシは返事をしたけれど、アタシは学校の家庭科の授業以外で包丁を握ったことがなかった。
「それは楽しみだ」
とyoshiは笑って、アタシは苦笑いした。
ショッピングモールから学校まで、アタシは一学期のようにyoshiの銀色の自転車の後ろに乗せてもらった。
yoshiははじめてアタシを後ろに乗せてくれたときより少し背が伸びていた。
体に腕をまわすと、はじめてアタシを後ろに乗せてくれたときよりがっしりしているように感じた。
男の人の背中だった。
アタシはその背中にずっと頬をくっつけていた。
ずっとこうしていられたらいいのに、とアタシは思った。
yoshiのことが大好きだった。
だからアタシはもうyoshiを裏切らない。
バスケ部の部室は、部室棟の二階にあった。
yoshiは自転車を部室棟のすぐそばに停めると、
「俺、自転車、駐輪場に置いてくるからさ。先に部室行ってて。先輩たちもういると思うから」
カゴから食材のたくさん入ったスーパーの袋を持ち上げてアタシに渡した。
「うん、わかった」
アタシはそう返事をして、部室棟の階段を登った。
野球部、サッカー部、ラグビー部、テニス部、部室棟には当たり前だけどいろんな部の部室が並んでいて、アタシはバスケ部の部室のドアをコンコンとノックした。
「入ってまーす」
と中から聞き覚えのある先輩の声がして、みんながどっと笑う声が漏れていた。
「こ、こんにちは」
アタシはドアを開けて部室の中に入った。
そして目の前に広がる光景に愕然とした。
部室の中には十人くらいの先輩たちがいて、彼らは皆、ライターの火であぶった筒状にしたアルミホイルで何かを吸っていたり、お互いに注射器で腕に何かを注射していたりした。
「やあ、麻衣ちゃんだっけ?」
と、先ほどの声の先輩が塞がっていない手をひらひらさせながらアタシに言った。
yoshiの腕にはたくさんの注射針の痕があって、デートの途中で手が震えだして、トイレに行くと言ってしばらく戻ってこなかった。
戻ってきたとき、yoshiの手の震えはおさまっていた。
yoshiは銀色が大好きで、身に付けるもの全部銀色にしたがっていた。
美嘉をレイプして逮捕されたナナセの体からは、クスリの陽性反応が出た。
クスリをやっている人の中には特定の色に執着をする人がいる。
アタシの頭の中ではいろいろなことが思い出されて、それらはアタシが一番知りたくなかったことに結びつこうとしていた。
だけどアタシは目の前に広がる光景がまだ信じられなくて、ただ目を奪われていた。
どれくらいそうしていたかわからない。
アタシの後ろでがちゃりと音がした。
振り返るとyoshiがドアを開けて立っていた。
「よぉ、yoshi、簡単にやらせてくれるヤリマンの女連れてくるって言ってたけど、この子か?」
先輩はyoshiにそう言った。
「あはははは、自分の彼女連れてくるかフツー。ありえねー」
別の先輩がおかしそうにわらった。
「別に、彼女じゃないです、こんな女」
アタシの背中でyoshiはそう言って、耳を疑ったアタシの背中を突き飛ばした。
部室の真ん中に倒れこんだアタシは、何がなんだかわからなくて救いを求めるように顔をyoshiに向けた。
「彼女じゃないです」
yoshiはもう一度そう言った。
「俺、外で見張ってますから、先輩たちはその女で好きなだけ遊んでてください」
アタシはもう一度耳を疑った。
何かの冗談だと思いたかった。
だけど、yoshiが部室を出た途端、先輩たちはアタシのワンピースを力任せに引き裂いて、アタシはそれが冗談でもなんでもないと気付いた。
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