マスカレイドアバター ~ひきこもりニート30歳童貞の俺が、魔法使いじゃなくて変身ヒーローになってしまった件。~

雨野 美哉(あめの みかな)

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最終話 前編

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 ベルセルクに変身しても蓮治はミサにまるでかなわなかった。ミサは変身すらしていないというのに。 
 彼はマスカレイドアバターシステムのコアとなるイエスの部位をミサに奪われており、彼女はそのすべての部位を手にしていた。 
 左手の大剣は軽々とかわされ、右手の飛び道具も当たらない。 
 逆にミサの繰り出す拳は重く早く、一撃で蓮治の仮面にひびが入るほどの威力だった。 
 圧倒的な戦力差だった。 
 一瞬ミサの姿が消えた。かと思えば、次の瞬間には蓮治はもう立ってはいられないほど痛めつけられていた。加速装置の機能だ。今のミサは人間の姿のままでそれを行うことができるのだ。 
「コアを奪われたあなたがすべてのコアを手に入れたわたしにかなうと思っているの?」 
 ミサは蓮治を鼻で笑い、軽く足で小突いた。しかしそれだけで蓮治の体はラブホテルの外壁に叩きつけられていた。 
「ちっくしょ、やっぱり今の俺じゃかなわねぇか。あれしかないか……イズミさん頼む!」 
 蓮治は叫んだ。 
 いつの間にか学の後ろに女がいた。蓮治が呼んだ通りイズミという名前なのだろうその女は、以前のミサと同じ格好をしており、組織の人間だと一目でわかった。学がミサの管理下にあったように、蓮治には彼女の存在があったのだ。 
「暴走はもう不可能よ」 
 イズミは言った。 
「覚醒も暴走もコアとなる部位があってはじめてなしうることができるものだから。今のあなたはマスカレイドアバターに変身こそしているけれど、その力は機械仕掛けのあなたの体とほとんどかわらない」 
「それでもこいつをやらなきゃいけないんだろ」 
「その通りよ。あなたの命をかけてでもね」 
「命ね……」 
 蓮治は左胸、心臓に手を当てて、 
「改造人間にしてくれたことを感謝してるぜ」 
 そう言った。 
「何をする気か知らないけれど、あなたに勝機なんてもうないわ」 
 ミサがとどめの一撃を蓮治に食らわせようと拳を振り上げた。 
「そうとは限らないぜ……。13評議会の一員だったあんたならわかってるだろうが、俺の心臓は今やちょっとした原発なんでね」 
 蓮治はそう言って笑った。 
「……あとはまかせたぜ、加藤学。いや、マスカレイドアバターディス!」 
「あなた、一体……何をするつもり!?」 
 ミサが驚愕の表情を浮かべた。 
「こうするのさ」 
 蓮治は、胸を叩いた。 
 心臓である核融合炉を爆発させ、核爆発を起こそうとしたのだ。 
 しかし、一瞬早くミサが蓮治の心臓を手刀で貫いた。 
「ぐはっ」 
 彼の体を貫通したミサの手には核融合炉の心臓が握られていた。 
「ごめんなさいね」 
 ミサは冷たい声で言った。 
「今の私が核爆発に耐えられるかどうか試してみてもいいのだけれど、この町はわたしとイエスにとって大事な場所なの。それに加藤学が巻き添えをくらってしまっては困るわ。彼は私の夫、この世界の王になる人なのだから。もっとも傀儡の王だけれど」 
 割れた仮面の下で蓮治はにやりと笑った。 
 その瞬間、蓮治の体が四散した。 
「あっけない子。やっぱりわたしの伴侶にふさわしいのはあなただけのようね、加藤学」 
 学は無力感にさいなまれていた。また何もできなかった。目の前で二度も蓮治を死なせてしまった。 
 だが、四散した蓮治の体は形状を変え、様々な武器となって、ミサを貫いた。 
「なんですって!?」 
 ミサが驚きの声を上げた。 
 全身を武器となった蓮治の体に貫かれても、ミサは一滴の血も流すことはなかった。自分は無から作られたと、以前彼女は言っていた。どこからどう見ても人間にしか見えなかったが、その体はアンドロイドのようなものなのかもしれなかった。 
「悪いね、あんたをどうしても殺したい13評議会の連中が、俺の体に一〇八個の武器を仕込んでくれててね」 
 学の足元に転がっていた蓮治の生首がしゃべっていた。 
「ひとつひとつが核兵器並の威力を持ってるらしいぜ。マスカレイドアバターは所詮、米軍の劣化ウラン装甲の戦車一個師団分の力。それが四八個集まったところで、一〇八個の核兵器にかなうと思うか?」 
 ミサを貫いた一〇八の武器は再び蓮治の体を形作り、しゃべる生首を拾った。 
「あんたの負けだよ」 
 蓮治は首を元の場所に戻しながら言った。 
「馬鹿な……このわたしがコアも持たないあなたなんかに……」 
 ミサの穴だらけになった体がその場に崩れ落ちる。 
「コア? そんなもん人間だったらみんな持ってるだろうが」 
 蓮治は胸に手をあてた。 
「ここによ」 
 心臓のことではなかった。心だ。 
「もっとも無から作られたあんたにはないのかもしれないけどな」 
 ミサは腕を空に伸ばした。まるで太陽をつかもうとするかのように。 
「ならば……イエスは……キリストは……なぜわたしを……作ったのだ……」 
 しかし、その手が太陽をつかむことはなかった。だらりと力なく地面に落ちた。 
「いつかどこかで会ったら聞いといてやるよ。もっとも、聞かなくてもあんたは答えを知ってるだろうけどな」 
 蓮治がそう言い、 
「すべては、メシアのお戯れか……」 
 ミサはすべてを悟ったような顔で言った。 
「そういうこと。聖人も、所詮人の子ってわけさ」 
「あははははははははははははははははは」 
 ミサは笑い声を上げ、 
「何も持たずに生まれてきたわたしは結局、何も得ることができないというわけね」 
 泣きながらそう叫んだ。 
「俺の役目は終わった。あとはお前の番だぜ、加藤学。何をすればいいかわかってるよな?」 
 学は、落ちていたベルセルクの大剣を手に取り、ミサに歩み寄った。 
「ミサ……、まだ一度も礼を言ってなかったよな……。親父やお袋には言えず仕舞いだったから、代わりにあんたに言うよ」 
 ありがとう。 
 俺をマスカレイドアバターにしてくれて。 
 あの部屋から連れ出してくれて。 
 学はそう言った。 
「あなたのためにしたことじゃないわ」 
「わかってる……。でも、それでも感謝してる。本当にありがとう。さよなら、ミサ」 
 学は、大剣でミサの体を貫いた。 
 彼女は最期に一筋の涙を流し、そしてもう動かなくなった。 
 学の腰には変身ベルトが現れた。ディスのプロトタイプベルトに今すべてのコアが集まった。 
「やったな……」 
 蓮治が言った。 
 しかし、学がそれに答えることはなかった。 
 ミサが持っていたイエスの四八の部位、それらが今すべて学の中にあった。 
 それはとても奇妙な感覚だった。 
 自分が自分でなくなる、いや、自分が宇宙と同化するような、宇宙が自分であるかのような、不思議な感覚。 
「加藤学……?」 
「不思議だ……」 
 学は言った。 
「今、世界の、宇宙のすべてがわかった気がする……。そうか……、俺たちはそのために作られたのか……」 
「何を言ってるんだ?」 
 蓮治には学の言っている意味がまるでわからなかった。 
「君にはわからない話さ」 
 少年の声がした。 
 空間が歪み、その歪みから日向葵が現れた。 
「!? お前は……」 
「タイプゼロ……」 
 日向葵はミサの死体を踏みつけて学に歩み寄ると、 
「そうだよ」 
 と言った。 
 学はベルトを腰から外した。 
 そして、膝まづき、 
「あなた様のすべてが今ここに……」 
 日向葵にベルトを差し出した。 
 日向葵は笑って、 
「そうだね。ありがとう」 
 そのベルトを受け取った。 
「……? どうしちまったんだ? そいつにマスカレイドアバターの力を全部渡すっていうのか? おい……!」 
 蓮治の言葉は学には届いていないようだった。 
「ぼくはこの手を汚したくない。だから、わかっているよね?」 
「ええ……」 
 学はうなづくと、モラトリアムトリガーをその手に召喚した。その銃口を自分のこめかみに向ける。 
「モラトリアムトリガー! 
 キュイキュイキュイキュイ!」 
「そう、それでいい」 
 日向葵は満足げにうなづいた。 
 しかし、彼のいつも作り物の笑顔を絶やさない顔が驚愕の表情に変わった。 
「がはっ。な……、なんで……」 
 蓮治が左手に持った大剣で彼を貫いていた。 
 右手は、改造人間である彼の腕から離れ、モラトリアムトリガーを掴んでいた。 
「お前の好きにさせるかよ」 
 空に向けてサマーサンシャインバーストが放たれる。 
「馬鹿な……、ぼくが死んでしまったら世界は……」 
「二千年も昔からこの国の歴史を操り続けてきた? だからなんだ? お前をマスカレイドアバターとして覚醒させるためだけに俺たちが生まれてきた? 知るか畜生。目を覚ませ、加藤学!!」 
 蓮治は叫び、日向葵を貫いた大剣をひねった。 
「うぐううううう……」 
 日向葵がうめき声を上げた。 
「貴様、わかっているのか……。ぼくが覚醒しなければ、来るべき約束の時に人類が生き残ることができないんだぞ。来るぞ……。彼らが……。もうすぐそこまで……」 
 そう言って、日向葵は息絶えた。 
「所詮クローンはクローンか。あんたはイエス様とやらにそっくりだな。お戯れが過ぎた。その来るべき約束の時のために行動するつもりだったなら、最初から俺たちすべてをあんたが殺すべきだった」 
 蓮治は大剣を引き抜くと、学を見た。 
「……うぅ……」 
 学は我を取り戻し、 
「俺は一体……」 
 辺りを見回した。ミサと、日向葵の死体が地面に転がっていた。なぜ日向葵がここに? 学にはミサを倒した後の記憶がなかった。 
「目が覚めたか、もうちょっとで危ないところだったんだぜ」 
 しかし蓮治が助けてくれたことだけはわかった。 
「……すまない」 
 だからそう言った。 
 その瞬間、巨大な陰が街を覆った。 
「!?」 
 学と蓮治は空を見上げた。 
 上空、はるか宇宙に、超巨大宇宙戦艦としか言い様のないものが浮かんでいた。 
「なんだあれは……」 
「来るべき約束の時……」 
 すべてを手にし、マスカレイドアバターとして覚醒しつつあった学にはそれが何かわかっていた。 
「マザーだ」 
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