マスカレイドアバター ~ひきこもりニート30歳童貞の俺が、魔法使いじゃなくて変身ヒーローになってしまった件。~

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
13 / 23

第五話

しおりを挟む
 麻衣は自宅の電話の留守番電話を再生した。 
「一件の留守番電話メッセージを再生します」 
 ピーという電子音の後、母の声が聞こえはじめた。 
「お母さんです。麻衣、元気にしていますか? 長く家を空けてごめんなさい。今日の夜の便でお父さんといっしょに帰ります。帰りは夜中になると思うから晩御飯はひとりで食べてね」 
 お兄ちゃんは? と、麻衣は思った。学には聞かせられない、そう思った麻衣はそのメッセージをすぐに消去した。 

 学は居間でソファに寝転び、ぼーっと天井を見つめていた。 
 学の顔を覗き込む顔があった。麻衣だった。 
「どうしたの? お兄ちゃん。昨日からずっと浮かない顔」 
 学は体を起こして、 
「いや……なんでもない……よ」 
 と言った。 
「マスカレイドアバター? だっけ? あの変なコスプレみたいなの。あのことで悩んでるの?」 
「いや、それは別にもういいんだ」 
「そう……なんだ……」 
 麻衣はとても心配そうな顔をしていた。大事な妹にそんな顔をさせちゃいけない、そう思った学は話題を変えることにした。 
「なぁ麻衣」 
「なあに?」 
「高校、楽しいか?」 
 しかし、その話題も麻衣の表情を明るくすることはなかった。 
「うーん、去年までは楽しかったんだけどね。Ⅲ年生になってからはもう受験一色って感じで。麻衣はもう推薦で大学決まっちゃったからいいんだけど……。だから今は逆に居辛いかな……」 
「そっか……」 
 高校生もいろいろ大変なんだな、と思った。 
「どうしたの? 急に」 
 麻衣の疑問ももっともだった。だから学は答えた。 
「ん……、俺も高校くらいは行っておいた方がいいのかなって思ってさ。夜間か通信か・・・とにかく働きながら高校に行って、できれば大学にもさ。うちはどちらかと言えば裕福な家庭だろ? 三一になる長男が働きもしないで部屋にひきこもってても、全然やっていけるくらいにさ。でも、いつまでもそういうわけにはいかないよな。親父もお袋ももう年だし、お前もいつか嫁に行くし」 
「麻衣はお嫁になんか行かないよ?」 
 麻衣は、そう言って、 
「麻衣はお兄ちゃんとずっといっしょにいる」 
 学を後ろから抱きしめた。 
「……麻衣」 
「だからお兄ちゃんもずっと麻衣のそばにいてね?」 
「……ああ」 
 ずっとこんな暮らしが続けばいいのに、と学は思った。けれどそう長くは続かないということを学は悟っていた。自分はもうただの人間じゃない。マスカレイドアバターなのだ。 
「そうだ! さっきお母さんから留守電はいってたの! お父さんとお母さん今夜帰ってくるんだって! お兄ちゃんがお部屋から出られるようになったこと知ったらきっと喜ぶね!」 
 麻衣の顔がぱーっと明るくなった。 
「……喜ぶかなぁ」 
「絶対喜ぶよ! あ、サプライズでパーティーする? 麻衣、ケーキ作るよ!」 
 学と麻衣は、笑いあった。 
 けれど、すぐに学の表情は曇った。 



 野中を殴り殺した学は、 
「はぁ、はぁ、はぁ」 
 肩で息をしながら変身を解除した。 
「これで……いいのか?」 
「ええ、合格よ」 
 ミサは言った。 
「教えてくれ、マスカレイドアバターがあんたの言う通りのものだったら、なんで俺がマスカレイドアバターに選ばれたんだ?」 
 それが不思議でならなかった。学はテレビの特撮ヒーローの主人公のように正義感なんてものを持ち合わせていなかったし、人と争うことが何より苦手だった。マスカレイドアバターとして何と戦うことになるのかすら彼にはわからなかったが、戦争に駆り出されるのだけはごめんだと思った。 
 しかしミサは言う。 
「それはあなたが誰にも必要とされていないからよ」 
「なんだと……」 
 その言葉には愕然とするしかなかった。 
「この国のひきこもりの人数はおよそ一六三万六千人、十五歳から三四歳までの若年者の無業者、いわゆるニートは六〇万人。あなたのようなひきこもりのニートの増加によって、この国にはまもなく終末が訪れようとしている。政府は国民に背番号をふりわけ、DNAレベルで管理し、あなたたちを間引きすることを一度は考えた」 
「俺たちは生きる価値もないってわけか。別に産んでくれなんて頼んだ覚えもないんだけどな」 
「すでに、現在ひきこもりやニートである者、将来ひきこもりやニートになる可能性のある赤ん坊を持つ人間の間引きが極秘裏に進められているわ」 
「なんだって……」 
 そんなこと許されるはずがなかった。 
「けれど、城南大学のある教授が、あなたたちのような人間にもまだ利用価値があると、政府に進言したの。あなたたちを使ってマスカレイドアバターシステムの起動実験を行えばいい、とね」 
「その城南大学の教授っていうのはまさか……」 
「あなたのお父様よ。かわいい息子を間引きから救うための方便だったんでしょうけれど」 
「俺は親父に生かされたのか……。待ってくれ。じゃ、マスカレイドアバターはまさか」 
 ミサのいう、あなたたちという言葉に気になった。 
「ええ、あなただけじゃないわ。百六十万人以上の人間の中から、この八十三町に在住するあなたをはじめとする四八人が適格者として選ばれた」 
 ミサ、数人のマスカレイドアバター適格者の写真や資料を学に差し出した。 
 学は気づかなかったが、それらの資料は八十三オレンジの会にいた少年少女たちだった。 
「マスカレイドアバターが俺以外にもいたのか」 
「ええ、マスカレイドアバターの適格者たる条件は、誰からも必要とされていない者であること。そんな人間はこの国に腐るほどいるわ。そして、力を手にした彼らは、これまであなたがしてきたような、くだらない復讐劇を繰り返している。ある程度予想されていたことだったけれど、少しはその後始末をするわたしたちの気になってほしいものね」 
「じゃあ、俺が高志くんや中北たちを殺したのに事件にならなかったのは……」 
「そして、この野中良成くんもね。私の部下に感謝することね」 
 ミサはそう言うと、屈強な男たちが再び現れ、ペンライトのようなもので野中の死体に光を当てた。 
 すると、みるみるうちに野中の死体が消えていく。 
「何をしてるんだ?」 
「原子還元処理よ。死体を原子・分子レベルに戻してこの世から完全消滅させる、わたしの所属する組織の廃棄物の処理法」 
 ペンライトのようなものは携帯型の溶鉱炉だという。 
「別にあなたに感謝してもらおうと思ってこんな話をしてるわけじゃないのよ」 
 ミサは言った。 
「適格者の中で、暴走を始めた者が現れたの」 
「暴走……?」 
 廃屋の壁をスクリーンにして、映像が映し出された。街の監視カメラの映像のようだった。 
 右手首のないマスカレイドアバターが、左手に持った大剣を振りかざし、無差別殺人事件を起こしていた。 
 そののデザインは秋月蓮治から見せられたものとまるで同じだった。 
「これは……あいつの……なんで……」 
 呆然とする学にミサは言った。 
「彼のマスカレイドアバターとしての名はベルセルク。彼は今、見ての通り無差別な殺戮を繰り返しているわ」 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

処理中です...