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第四話 ②
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学は毎日麻衣を学校まで送り迎えすることにした。
たったそれだけのことだったけれど、麻衣はとても喜んでくれた。
夕方、八十三高校の正門のあたりで学は麻衣を待っていた。待っている間、携帯電話に秋月蓮治に頼まれた映画のシナリオを打ち込んでいた。
携帯電話は時間も場所を選ばずに思いついたことをその場で打ち込める。パソコンにメールで送っておき、あとでそれをちゃんとした形にまとめる、それが学の小説の書き方だった。パソコンにずっと向かっていると疲れるから、それが彼にはよく合っていた。
部活動の時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、
「もうそろそろかな……」
高校の校舎を見上げる学のすぐそばに、黒塗りの大きな車が止まった。
ドアが開き、一斉に出てきた黒いスーツ姿にサングラスをかけた、メンインブラックを彷彿とさせる屈強な男たちが数人、学を取り囲んだ。
「おい、なんだよ、やめろ!」
学は男たちにその車の中にひきずりこまれてしまった。
「一体、なんだってんだよ!?」
車が発進する。
「はじめまして、加藤学」
声がした後部座席を振り返ると、女が座っていた。車はVIP御用達のワインセラーがあるような高級車で、学がひきずりこまれたのは、運転席と後部座席の間だった。
「あんた、誰だ?」
「ミサ、とだけ名乗っておこうかしら」
ミサと名乗ったその女は、金髪の童顔で小柄な女で、まるで人形のようだった。少女のようだが、高級そうなスーツを着ていた。どこか麻衣に似ている気がした。
「ミサ……? 俺を知ってるのか……?」
「えぇ、よく知っているわ。ずっとあなたを見ていたから」
「ずっと?」
学が不思議そうな顔をすると、
「ベルトの扱い方にはもう慣れたかしら?」
と、ミサは言った。
学は驚きを隠せなかった。なぜこんな見知らぬ女があのベルトのことを知っているのだろう。
「ここ数日で、あなたが卒業した八十三町立八十三中学校、平成八年度の卒業生が八人、それも全員あなたが所属していたソフトテニス部の部員が行方不明になっているのをご存知かしら?」
ミサはそう言って、
「もちろん知っているわよね。あなたの仕業だもの」
と言った。
「もう少し賢い使い方をしてほしいところだけれど、ひきこもりのニートのあなたにできることなんて、所詮昔自分をいじめた人間に復讐することくらいだものね。随分派手にやってくれたみたいね。後始末が大変だったって私の部下が嘆いていたわ」
「あんた警察、ってわけじゃなさそうだな……」
そう言うのがやっとだった。驚きの連続で聞きたいことは山ほどあったが、言葉がうまくまとまらない。
「この国の歴史をずっと操り続けてきた組織の人間とだけ言っておくわ」
「全部あんたたちの仕業ってわけか……」
学はもう何人もの人間、いや化け物だ、をその手にかけてきた。高志の死体をどこかへやったのも、中北や平井といった連中を殺しても事件にならなかったのも、すべてこの女たちの仕業だったのだ。
「俺をどこへ連れていく気だ?」
すべてこの女たちの仕業だったのだ。彼がマスカレイドアバターになってしまったことも。
高校前で麻衣と雪は学を探していた。
「あれー? お兄ちゃん、どこー?」
生徒会室では、窓から学が拉致される一連の流れを見ていた様子の日向葵は笑っていた。
生徒会長の柳葉魚が、
「日向、どうしたの?」
と、笑っている彼に声をかけた。
「ん? 別に」
とだけ、彼は答えて、カーテンを閉めると、
「さ、今度の生徒議会の準備をしようか」
そう言って笑った。
学が連れてこられたのは八十三町のはずれにある廃屋だった。
屈強な男たちの姿はなく、廃屋には学とミサのふたりきりだった。
「こんなところで一体何をするつもりだ?」
手足を拘束されているわけではなかった。逃げようと思えばいつでも逃げられそうだった。けれど、そうしようとした瞬間、殺されるかもしれない、と学は思った。この女の言う通りにしていた方がよさそうだ。
「そうね、あなたがベルトをどれだけ使いこなしているか見せてもらおうかしら。とりあえず変身してくれる? ベルトは持っているわね?」
「はいはい」
学は、鞄からベルトを取り出すと、腰に巻いた。いつでも変身できるように、ベルトは常に持ち歩いていた。
「システム起動、ディスリスペクト・トランスフォーム」
ベルトから機械的な男性の声が流れ、学はゲーム機を手に前にかざすと、
「変身」
バックルにはめ込んだ。
「マスカレイドアバター!」
学はマスカレイドアバターに変身した。
「これでいいのか?」
そう言う学をあざ笑うように、ミサはゆっくりと拍手をした。
「で、どうするんだ?」
「まずはあなたの新しい名前を教えてあげる」
ミサはそう言って、
「ディス」
と短い単語を言葉にした。
「ディス?」
「そう、それがあなたの新しい名前。ディスるっていうスラングがあるでしょう? ディスリスペクトという言葉の略よ」
それは軽蔑、無礼という意味の言葉だった。respect(尊敬)に反意語を意味する接頭辞「dis」をつけた単語。ヒップホッパーで人種差別や貧富の差の不満をリズムに乗せて歌われていたことから始まったと言われていると聞いたことがあった。自身の実力を見せ付けるためにディスったり、ディスり返したりすることもある。ヒップホップシーンでは大小さまざまなbeef(論争)が発生し、互いをディスりながら拡大・成長しているとも聞いていた。
彼は廃屋内の割れた無数の鏡に映る自分の姿を見て、
「この格好、まるでマスカレイドアバターだよな」
と言った。
ミサはうなづき、
「あなたはマスカレイドアバターディス。あなたが知っているマスカレイドアバターはただのテレビヒーローかもしれないけれど、実は日本国政府による半世紀に及ぶプロパガンダだったのよ。第3次世界大戦、いえ、世界最終戦争、ハルマゲドンのためのね」
そう言った。
「マスカレイドアバターとは、日本国政府が四〇年以上前から開発に着手していたパワードスーツの総称。この国は戦争をしないと言いながら、実は極秘裏に核を保有し、復興支援と称しては自衛隊は本物の戦場でマスカレイドアバターの起動実験を行ってきたの。そして、ようやくマスカレイドアバターは完成した。それがあなた、マスカレイドアバターディスなのよ」
「まさかとは思っていたけど、本当にマスカレイドアバターだったのか……」
正直なところ、あまり驚きはしなかった。モラトリアムトリガーの威力や、加速装置とでも呼ぶべきスーツの機能は、テレビヒーローのマスカレイドアバターそのものだったからだ。
「で、俺は何をすればいい? 世界征服をたくらむ悪の秘密結社とでも戦えばいいのか?」
学が言うと、
「そうね」
ミサは携帯電話をとりだし、
「彼をここへ」
通話相手にそう伝えた。
ミサの部下らしき学を拉致した屈強な男たちが、ひとりのスーツ姿の男を連れてくる。
「なんなんだよ! 離せ! 離してくれ!」
その男の顔に学は見覚えがあった。
「彼が誰だかわかるわよね?」
忘れるわけがなかった。
「野中……」
中学時代、学をいじめていた連中のリーダーだった。
「そう、彼は野中良成。あなたのいじめの首謀者だった男よ」
ミサはそう言うと、
「はじめまして野中さん。あなたは彼が誰だかわかるかしら?」
と、野中に問いかけた。
「知らない……。知りたくもない。早く帰してくれないか? 俺は忙しいんだ。仕事が残ってる」
野中はそう答えた。
不思議だった。
学には野中が化け物に見えなかったからだった。中北も平井も、高志も、町の通行人でさえ化け物に見えたというのに。野中は人間の姿のままだった。学がマスカレイドアバターであるとき、化け物に見えないのは麻衣だけだった。
「彼を最後に残しておくなんて、あなたは好きなものを最後にとっておくタイプかしら?」
ミサが笑った。
「あんた、ミサって言ったよな。どうしてこいつは化け物に見えないんだ?」
学は当然の疑問を口にした。
「これまであなたの目に化け物に映ってきた人間……、彼らはみんなあなたに敵意や悪意を向けてきた人間たちだった。マスカレイドアバターシステムはそういった相手を化け物に見せる作用があるの」
ミサが答え、
「だったら!」
学は反論した。
今まで学が殺してきた化け物は、本当は化け物ではなくただの人間だったということになる。信じたくなかった。学がしてきたことは化け物退治ではなく、ただの人殺しだということなのだ。
それに、学の人生で一番の敵意や悪意を向けてきたのは、目の前にいる野中という男だった。それなのに、なぜ彼が化け物に見えないのか。
しかしミサは言う。
「あなたの目に彼は化け物には映らない。だって彼はあなたのことなんてとっくに忘れて、何の敵意も悪意も持っていないのだから。彼はあなたにひとかけらの興味もないのよ」
彼女が言っている意味がよくわからなかった。
「あんたら何なんだ? いきなり俺を拉致して監禁したかと思えば、ヒーローショーなんか始めて。早く帰してくれよ。家で妻とこどもが待ってるんだ」
野中が言った。
「妻とこども……?」
「そう、彼は十年も前に結婚して、今は二児の父親」
「人の人生をめちゃくちゃにしておいて、自分は何もかも忘れて幸せになってるっていうのか……」
許せなかった。
「お前、俺を知ってるのか? 一体何なんだよ、何がしたいんだよあんたら」
めちゃくちゃにしてやりたかった。
「化け物に見えなくてもあなたに彼を殺せるかしら?」
ミサが言った。
「……殺せるさ」
学は野中ににじり寄った。
「おいおい、冗談だろ……。なんで俺が殺されなきゃならないんだ? 俺がお前に何したって言うんだよ!?」
学はモラトリアムトリガーを野中に向けた。
「モラトリアムトリガー!」
キュイキュイキュイキュイキュイ!
サマーサンシャイン……」
しかし学は銃に挿されたディスクを引き抜き、投げ捨てた。
「やっぱり、あなたには無理だったかしら」
ミサがため息まじりにそう言った瞬間、学は野中を殴りつけていた。
野中は激しく吹き飛び、廃屋の壁に体をしたたかに打ちつけた。
驚くミサに学は言った。
「いや……、あんな銃じゃ物足りないと思ってさ。こいつが死ぬまで、この拳で殴り続けてやる」
学は野中に馬乗りになり、何度も何度も殴りつけた。
「そう、それでいいのよ」
ミサはうれしそうに笑った。
たったそれだけのことだったけれど、麻衣はとても喜んでくれた。
夕方、八十三高校の正門のあたりで学は麻衣を待っていた。待っている間、携帯電話に秋月蓮治に頼まれた映画のシナリオを打ち込んでいた。
携帯電話は時間も場所を選ばずに思いついたことをその場で打ち込める。パソコンにメールで送っておき、あとでそれをちゃんとした形にまとめる、それが学の小説の書き方だった。パソコンにずっと向かっていると疲れるから、それが彼にはよく合っていた。
部活動の時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、
「もうそろそろかな……」
高校の校舎を見上げる学のすぐそばに、黒塗りの大きな車が止まった。
ドアが開き、一斉に出てきた黒いスーツ姿にサングラスをかけた、メンインブラックを彷彿とさせる屈強な男たちが数人、学を取り囲んだ。
「おい、なんだよ、やめろ!」
学は男たちにその車の中にひきずりこまれてしまった。
「一体、なんだってんだよ!?」
車が発進する。
「はじめまして、加藤学」
声がした後部座席を振り返ると、女が座っていた。車はVIP御用達のワインセラーがあるような高級車で、学がひきずりこまれたのは、運転席と後部座席の間だった。
「あんた、誰だ?」
「ミサ、とだけ名乗っておこうかしら」
ミサと名乗ったその女は、金髪の童顔で小柄な女で、まるで人形のようだった。少女のようだが、高級そうなスーツを着ていた。どこか麻衣に似ている気がした。
「ミサ……? 俺を知ってるのか……?」
「えぇ、よく知っているわ。ずっとあなたを見ていたから」
「ずっと?」
学が不思議そうな顔をすると、
「ベルトの扱い方にはもう慣れたかしら?」
と、ミサは言った。
学は驚きを隠せなかった。なぜこんな見知らぬ女があのベルトのことを知っているのだろう。
「ここ数日で、あなたが卒業した八十三町立八十三中学校、平成八年度の卒業生が八人、それも全員あなたが所属していたソフトテニス部の部員が行方不明になっているのをご存知かしら?」
ミサはそう言って、
「もちろん知っているわよね。あなたの仕業だもの」
と言った。
「もう少し賢い使い方をしてほしいところだけれど、ひきこもりのニートのあなたにできることなんて、所詮昔自分をいじめた人間に復讐することくらいだものね。随分派手にやってくれたみたいね。後始末が大変だったって私の部下が嘆いていたわ」
「あんた警察、ってわけじゃなさそうだな……」
そう言うのがやっとだった。驚きの連続で聞きたいことは山ほどあったが、言葉がうまくまとまらない。
「この国の歴史をずっと操り続けてきた組織の人間とだけ言っておくわ」
「全部あんたたちの仕業ってわけか……」
学はもう何人もの人間、いや化け物だ、をその手にかけてきた。高志の死体をどこかへやったのも、中北や平井といった連中を殺しても事件にならなかったのも、すべてこの女たちの仕業だったのだ。
「俺をどこへ連れていく気だ?」
すべてこの女たちの仕業だったのだ。彼がマスカレイドアバターになってしまったことも。
高校前で麻衣と雪は学を探していた。
「あれー? お兄ちゃん、どこー?」
生徒会室では、窓から学が拉致される一連の流れを見ていた様子の日向葵は笑っていた。
生徒会長の柳葉魚が、
「日向、どうしたの?」
と、笑っている彼に声をかけた。
「ん? 別に」
とだけ、彼は答えて、カーテンを閉めると、
「さ、今度の生徒議会の準備をしようか」
そう言って笑った。
学が連れてこられたのは八十三町のはずれにある廃屋だった。
屈強な男たちの姿はなく、廃屋には学とミサのふたりきりだった。
「こんなところで一体何をするつもりだ?」
手足を拘束されているわけではなかった。逃げようと思えばいつでも逃げられそうだった。けれど、そうしようとした瞬間、殺されるかもしれない、と学は思った。この女の言う通りにしていた方がよさそうだ。
「そうね、あなたがベルトをどれだけ使いこなしているか見せてもらおうかしら。とりあえず変身してくれる? ベルトは持っているわね?」
「はいはい」
学は、鞄からベルトを取り出すと、腰に巻いた。いつでも変身できるように、ベルトは常に持ち歩いていた。
「システム起動、ディスリスペクト・トランスフォーム」
ベルトから機械的な男性の声が流れ、学はゲーム機を手に前にかざすと、
「変身」
バックルにはめ込んだ。
「マスカレイドアバター!」
学はマスカレイドアバターに変身した。
「これでいいのか?」
そう言う学をあざ笑うように、ミサはゆっくりと拍手をした。
「で、どうするんだ?」
「まずはあなたの新しい名前を教えてあげる」
ミサはそう言って、
「ディス」
と短い単語を言葉にした。
「ディス?」
「そう、それがあなたの新しい名前。ディスるっていうスラングがあるでしょう? ディスリスペクトという言葉の略よ」
それは軽蔑、無礼という意味の言葉だった。respect(尊敬)に反意語を意味する接頭辞「dis」をつけた単語。ヒップホッパーで人種差別や貧富の差の不満をリズムに乗せて歌われていたことから始まったと言われていると聞いたことがあった。自身の実力を見せ付けるためにディスったり、ディスり返したりすることもある。ヒップホップシーンでは大小さまざまなbeef(論争)が発生し、互いをディスりながら拡大・成長しているとも聞いていた。
彼は廃屋内の割れた無数の鏡に映る自分の姿を見て、
「この格好、まるでマスカレイドアバターだよな」
と言った。
ミサはうなづき、
「あなたはマスカレイドアバターディス。あなたが知っているマスカレイドアバターはただのテレビヒーローかもしれないけれど、実は日本国政府による半世紀に及ぶプロパガンダだったのよ。第3次世界大戦、いえ、世界最終戦争、ハルマゲドンのためのね」
そう言った。
「マスカレイドアバターとは、日本国政府が四〇年以上前から開発に着手していたパワードスーツの総称。この国は戦争をしないと言いながら、実は極秘裏に核を保有し、復興支援と称しては自衛隊は本物の戦場でマスカレイドアバターの起動実験を行ってきたの。そして、ようやくマスカレイドアバターは完成した。それがあなた、マスカレイドアバターディスなのよ」
「まさかとは思っていたけど、本当にマスカレイドアバターだったのか……」
正直なところ、あまり驚きはしなかった。モラトリアムトリガーの威力や、加速装置とでも呼ぶべきスーツの機能は、テレビヒーローのマスカレイドアバターそのものだったからだ。
「で、俺は何をすればいい? 世界征服をたくらむ悪の秘密結社とでも戦えばいいのか?」
学が言うと、
「そうね」
ミサは携帯電話をとりだし、
「彼をここへ」
通話相手にそう伝えた。
ミサの部下らしき学を拉致した屈強な男たちが、ひとりのスーツ姿の男を連れてくる。
「なんなんだよ! 離せ! 離してくれ!」
その男の顔に学は見覚えがあった。
「彼が誰だかわかるわよね?」
忘れるわけがなかった。
「野中……」
中学時代、学をいじめていた連中のリーダーだった。
「そう、彼は野中良成。あなたのいじめの首謀者だった男よ」
ミサはそう言うと、
「はじめまして野中さん。あなたは彼が誰だかわかるかしら?」
と、野中に問いかけた。
「知らない……。知りたくもない。早く帰してくれないか? 俺は忙しいんだ。仕事が残ってる」
野中はそう答えた。
不思議だった。
学には野中が化け物に見えなかったからだった。中北も平井も、高志も、町の通行人でさえ化け物に見えたというのに。野中は人間の姿のままだった。学がマスカレイドアバターであるとき、化け物に見えないのは麻衣だけだった。
「彼を最後に残しておくなんて、あなたは好きなものを最後にとっておくタイプかしら?」
ミサが笑った。
「あんた、ミサって言ったよな。どうしてこいつは化け物に見えないんだ?」
学は当然の疑問を口にした。
「これまであなたの目に化け物に映ってきた人間……、彼らはみんなあなたに敵意や悪意を向けてきた人間たちだった。マスカレイドアバターシステムはそういった相手を化け物に見せる作用があるの」
ミサが答え、
「だったら!」
学は反論した。
今まで学が殺してきた化け物は、本当は化け物ではなくただの人間だったということになる。信じたくなかった。学がしてきたことは化け物退治ではなく、ただの人殺しだということなのだ。
それに、学の人生で一番の敵意や悪意を向けてきたのは、目の前にいる野中という男だった。それなのに、なぜ彼が化け物に見えないのか。
しかしミサは言う。
「あなたの目に彼は化け物には映らない。だって彼はあなたのことなんてとっくに忘れて、何の敵意も悪意も持っていないのだから。彼はあなたにひとかけらの興味もないのよ」
彼女が言っている意味がよくわからなかった。
「あんたら何なんだ? いきなり俺を拉致して監禁したかと思えば、ヒーローショーなんか始めて。早く帰してくれよ。家で妻とこどもが待ってるんだ」
野中が言った。
「妻とこども……?」
「そう、彼は十年も前に結婚して、今は二児の父親」
「人の人生をめちゃくちゃにしておいて、自分は何もかも忘れて幸せになってるっていうのか……」
許せなかった。
「お前、俺を知ってるのか? 一体何なんだよ、何がしたいんだよあんたら」
めちゃくちゃにしてやりたかった。
「化け物に見えなくてもあなたに彼を殺せるかしら?」
ミサが言った。
「……殺せるさ」
学は野中ににじり寄った。
「おいおい、冗談だろ……。なんで俺が殺されなきゃならないんだ? 俺がお前に何したって言うんだよ!?」
学はモラトリアムトリガーを野中に向けた。
「モラトリアムトリガー!」
キュイキュイキュイキュイキュイ!
サマーサンシャイン……」
しかし学は銃に挿されたディスクを引き抜き、投げ捨てた。
「やっぱり、あなたには無理だったかしら」
ミサがため息まじりにそう言った瞬間、学は野中を殴りつけていた。
野中は激しく吹き飛び、廃屋の壁に体をしたたかに打ちつけた。
驚くミサに学は言った。
「いや……、あんな銃じゃ物足りないと思ってさ。こいつが死ぬまで、この拳で殴り続けてやる」
学は野中に馬乗りになり、何度も何度も殴りつけた。
「そう、それでいいのよ」
ミサはうれしそうに笑った。
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