マスカレイドアバター ~ひきこもりニート30歳童貞の俺が、魔法使いじゃなくて変身ヒーローになってしまった件。~

雨野 美哉(あめの みかな)

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第二話 ②

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 一体何が起きているのかわからなかった。 
 どうしてマスカレイドアバターになってしまったのか。 
 どうして高志や町中の人々が化け物に見えたのか。 
 家に帰ると高志の死体はなかった。 
 まるで悪い夢を見ていたかのようだった。 

 学はその夜、風呂場で麻衣に髪の毛を切ってもらった。麻衣は器用に、流行の髪形にしてくれた。 
 麻衣は携帯電話で髪型を調べてくれた。 
「刈り上げマッシュショートっていうのが今年の流行みたいだよ」 
「何それ?」 
「爽やかなイメージのツーブロックショートだって」 
「全然意味わかんないけど、じゃ、それで」 
 洗面所でひげを剃る学の頭を、麻衣がスタイリングしてくれた。 
「こうやって、全体にソフトワックスをなじませたら、真ん中に軽く集めるように整えたら完成」 
 麻衣は美容師になれるんじゃないかというくらい器用だった。 
「麻衣ね、大学の推薦決まったんだ」 
 インターネットの通販サイトで学の服を選んでくれながら、麻衣が言った。アニメのTシャツはやめてほしい、かわいい妹にそう言われたら断れるはずがなかった。 
「そっか、おめでとう。どこの大学?」 
「城南大学」 
「父さんの……」 
 ふたりの父親は城南大学の生化学研究室に所属する優秀な科学者だった。 
「うん、いろいろ悩んだんだけどね、お父さんの研究室に入って、お父さんの研究のお手伝いしたいなって」 
「そっか……。本当だったら俺がそうならなきゃいけなかったんだよな、ごめんな。俺は父さんの期待に俺は答えられなかったから」 
 立派な父親を持つ学は、物心つく前から神童と呼ばれるだけの頭脳を持っていた。両親はもちろん、教師たちからの期待も大きかった。けれど高校受験に失敗して、彼はひきこもりになってしまった。だから麻衣が自分の代わりに自分が歩むはずだった道を選んだのだと思った。 
「ううん、お兄ちゃんのせいじゃないよ。麻衣は自分の意思で決めたんだ。だからお兄ちゃんはお兄ちゃんの好きなように生きたらいいと思う。せっかく部屋から出られたんだし」 
「ありがとう」 
 涙が出そうだった。 

 けれど、 
「俺の好きなようにか……」 
 学は自分の部屋に戻ると、ひとり足元に転がるベルトを見つめた。 
 高志や警察官たちをその手で殺した瞬間のシーンがフラッシュバックした。 
 学にはしたいことなんて、ひとつしかなかった。 

 翌朝、学は学校へ出かける妹を玄関先で見送った。 
「じゃ、行ってきます」 
「行ってらっしゃい。車に気をつけるんだよ」 
 学は自室へと戻ると、ベルトを鞄に詰め込み、本棚から中学校の卒業アルバムを探した。 
 テニス部員の集合写真を学は見つめた。中学時代の彼の姿があった。 
 その写真を見ると、十六年もの歳月が経ったことがまるで嘘のように、当時の部室での部員たちの声が聞こえた。 
「白ブタ?」 
「そ。あいつ色白で太ってるだろ。だから白ブタってわけ。みんな明日からあいつのこと白ブタって呼べよ」 
「みんな野中さんの言う通りにしろよ」 
「あは、白ブタかぁ。いいね。俺、前から思ってたんだけど、テニスって紳士淑女のスポーツじゃん? 白ブタみたいなデブがやっちゃいけないよね」 
「まぁそんなこと言ったら佐藤みたいなワキガもテニスやったらだめだけど。あいついじめんのも、もういい加減飽きてきたからなぁ」 
「佐藤のこと、ちょっとかわいそうになってきたし。佐藤、もうワキガとか言っていじめたりしないから安心しろよ」 
「おい、佐々木、わかってんだろうな。お前もやるんだぜ」 
「お前と加藤、友達みたいだけど、野中さんに逆らったらどうなるかくらい、お前だってわかるだろ?」 
「いいか、みんな、白ブタがこの部やめるまで追い詰めてやろうぜ。なんなら自殺するまでやってもいい。俺、一度でいいから人殺してみたかったんだよ。ははは」 
 色白で太っていた学は部活動で白ブタと呼ばれ、いじめられていた。いじめのリーダーは野中という男で、平井、中北といった連中が野中の手下で、野中自身がいじめに手をくだすことはほとんどなく、彼らが率先して学をいじめた。 
 部活動でのあだ名がクラスや学年に浸透してしまうまで、そんなに時間はかからなかった。顔も名前も知らないような他の学年の生徒から白ブタと呼ばれることもあった。 
 だから、高校受験のときに考えたのは、同じ学校の連中が誰も行かないような学校へ行くことだった。 
 そんな学校は県でトップの朝日ヶ丘高校しかなかった。麻衣が今通っている高校だ。 
 学は神童と呼ばれてはいたが、国語・数学・英語・理科・社会の主要五教科の成績は良くても、体育や美術、技術家庭、音楽などがテストの成績はいいのだが実技が伴わず、内申点的にギリギリだった。受験では一問のミスも許されない、全教科満点を取らなければ合格できない、そんな状況だった。それなのに試験中に部員たちが彼をあざ笑う声が聞こえはじめ、それが止むことはなく、彼はケアレスミスを連発した。 
 そうして学は受験に失敗し、滑り止めの私立高校には合格していたが、そこは彼が望んだ同じ学校の連中が誰も行かないような学校ではなかった。高校には三日しか通うことができなかった。今日から授業が始まるという四日目に、学はまたいじめられるという恐怖から部屋から一歩も動くことができず、ひきこもりになった。 
 夕方には前日麻衣が注文した服が届いた。ダッフルコートとシャツとサルエルパンツとブーツだった。 
 学はそれに着替えると、ダッフルコートのフードを目深にかぶって家を出た。 
 会社から帰宅途中のスーツ姿の男、彼をいじめていたうちのひとり、中北智道の後を尾行した。 
 部員たちの現状、勤めている会社などはSNSサイトで簡単に知ることができた。中学生時代から鉄道オタクだった彼はJRの職員になりたかったらしいが、夢はかなわず中小企業の営業マンをしていた。 
「中北!」 
 学は人目につかない路地で、中北を呼び止めた。 
 中北が振り返ったときには学はマスカレイドアバターに変身していた。 
「なんだお前? その格好、頭わいてんのか?」 
 学には中北が化け物に見えた。ハエ男だった。いじめの首謀者だった野中のまわりをぶんぶん飛び回っていた彼にふさわしい姿だと思った。 
「……まったく、ありがたいよ。お前も化け物で」 
 学はベルトのバックルのゲーム機についた四つのボタンのうちのひとつを押した。 
 それはSF小説なんかに出てくる加速装置と呼ばれる高速運動をもたらすものだった。学は麻衣が学校に行っている間に何度も変身し、その性能と機能を把握しつつあった。 
 一瞬で、背後にまわった謎のコスプレ変身ヒーローに、 
「え?」 
 中北は驚き、振り返った。その額に学はモラトリアムトリガーの銃口を向けた。 
「モラトリアムトリガー! 
 キュイキュイキュイキュイキュイ! 
 サマーサンシャインバースト!」 
 ゼロ距離射撃だった。 
 頭部が吹き飛び、血飛沫を上げるハエ男に学は言った。 
「おかげでためらいなく殺せるよ」 

 その日から、中学校の卒業アルバムのテニス部員の集合写真には、部員たちの顔に次々と赤ペンで×がつけられていった。 



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