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第一話 ③
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部屋に高志を上げるわけにはいかなかった。
ゴミだめで足の踏み場もなく、小便の入ったペットボトルが並んでいるから、というのももちろんあったが、あの場所は自分だけの場所だった。誰にも入って欲しくなかった。
高志にはリビングに上がってもらった。十畳ほどの広さのその部屋は、母の趣味のフラワーアレンジメントが飾られており、小奇麗にまとまっていた。
冬はこたつになるテーブルに、学と高志は向かい合って座っていた。
「茶ぁくらい出せよ、客だぞ」
そう言った高志の姿は、学の目には化け物に変わったり、人間に戻ったりを繰り返していた。どうやら気のせいではないようだ。本当に化け物なのかもしれない。
「ご、ごめん……」
言われるまで気がつかず、慌てて何か飲み物を用意しようとしたが、
「あぁいいって、もう」
高志はそう言って、学を引き止めた。
「お前、まだ引きこもってるんだってな。この間、ばあさんの法事で聞いてびっくりしたよ」
高志が言った。こどもの頃から、学は高志が苦手だった。それは大人になってからより一層深くなった気がする。
「お前のお袋に泣いて頼まれちゃってよ~、お前を部屋から連れ出してくれって。んで、今日俺仕事休みだったからよ、どうせお前童貞だろうから風俗でも連れてってやろうって、来てやったんだけどよ……」
トラックの運転手というのはきっと儲かるのだろう。高志は高級そうな車で学の家にやってきていた。首や腕には高級そうだが、下品にも見える金のネックレスや時計をかけていた。
「お前もう三一だろ。いい年して何やってんだよ? それ、コスプレか?」
高志は学の格好をまじまじと見て言った。学の姿はまだマスカレイドアバターのままだった。
「あ、いや、ちが……」
学は否定の言葉を紡ごうとしたが、
「いつまでもよぉ、ガキみたいなことやってないで働けよ」
高志は学のその格好を完全にコスプレだと決め付けており、頭ごなしにそう言った。学は高志が苦手だった理由を思い出していた。
「あ、お前高校行ってなかったな。働きながら高校行け。外からお前の部屋見たけどよ、日曜の朝からカーテン締め切って何やってんだよ。そんな空気の悪い部屋にいつまでもひきこもっててもしょうがねぇだろ。それで、結婚して、こども作って……。そういう普通の人生も悪くないと思うぞ」
高志は昔からこういう男だった。ひとつ年上だから、内孫だから、学が気が小さいから威張っていて、いつも気に入らなかった。
「なぁ聞いてんのかお前。いい加減脱げよそれ。俺今まじめな話してんだろが」
そう言った瞬間、高志の姿は完全に化け物になった。
蜘蛛だ。
蜘蛛男だった。スパイダーマンなんてかっこいいものじゃなかった。化け物と呼ぶにふさわしいグロテスクな蜘蛛男だった。
「うわああ!!」
学は悲鳴を上げて、部屋の隅に逃げた。
「なんだよ突然でかい声だして。びっくりさせんなよ。ま、今日はよ、昔みたいにふたりでいとこ同士遊ぼうぜ」
蜘蛛男はそう言って、学に近づいてきた。
「くるな!」
学は叫んだ。
それがいけなかった。高志の、蜘蛛男の逆鱗に触れてしまった。
「お前、俺のこと舐めてんだろ」
蜘蛛男は学の肩をつかみ、握り締めた拳をかかげた。
殺される!
学は思った。
「こないでよ……お願いだから……」
だから、仕方がなかった。
「モラトリアムトリガー!」
気づくと、腰の銃を高志に向けていた。キュイキュイキュイキュイ! 引き金を引いてしまった。
「サマーサンシャインバースト!」
銃に内蔵された男の声が高らかに必殺技の名前を叫んだ。
「お前、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
それが高志の最期の言葉となった。
ゴミだめで足の踏み場もなく、小便の入ったペットボトルが並んでいるから、というのももちろんあったが、あの場所は自分だけの場所だった。誰にも入って欲しくなかった。
高志にはリビングに上がってもらった。十畳ほどの広さのその部屋は、母の趣味のフラワーアレンジメントが飾られており、小奇麗にまとまっていた。
冬はこたつになるテーブルに、学と高志は向かい合って座っていた。
「茶ぁくらい出せよ、客だぞ」
そう言った高志の姿は、学の目には化け物に変わったり、人間に戻ったりを繰り返していた。どうやら気のせいではないようだ。本当に化け物なのかもしれない。
「ご、ごめん……」
言われるまで気がつかず、慌てて何か飲み物を用意しようとしたが、
「あぁいいって、もう」
高志はそう言って、学を引き止めた。
「お前、まだ引きこもってるんだってな。この間、ばあさんの法事で聞いてびっくりしたよ」
高志が言った。こどもの頃から、学は高志が苦手だった。それは大人になってからより一層深くなった気がする。
「お前のお袋に泣いて頼まれちゃってよ~、お前を部屋から連れ出してくれって。んで、今日俺仕事休みだったからよ、どうせお前童貞だろうから風俗でも連れてってやろうって、来てやったんだけどよ……」
トラックの運転手というのはきっと儲かるのだろう。高志は高級そうな車で学の家にやってきていた。首や腕には高級そうだが、下品にも見える金のネックレスや時計をかけていた。
「お前もう三一だろ。いい年して何やってんだよ? それ、コスプレか?」
高志は学の格好をまじまじと見て言った。学の姿はまだマスカレイドアバターのままだった。
「あ、いや、ちが……」
学は否定の言葉を紡ごうとしたが、
「いつまでもよぉ、ガキみたいなことやってないで働けよ」
高志は学のその格好を完全にコスプレだと決め付けており、頭ごなしにそう言った。学は高志が苦手だった理由を思い出していた。
「あ、お前高校行ってなかったな。働きながら高校行け。外からお前の部屋見たけどよ、日曜の朝からカーテン締め切って何やってんだよ。そんな空気の悪い部屋にいつまでもひきこもっててもしょうがねぇだろ。それで、結婚して、こども作って……。そういう普通の人生も悪くないと思うぞ」
高志は昔からこういう男だった。ひとつ年上だから、内孫だから、学が気が小さいから威張っていて、いつも気に入らなかった。
「なぁ聞いてんのかお前。いい加減脱げよそれ。俺今まじめな話してんだろが」
そう言った瞬間、高志の姿は完全に化け物になった。
蜘蛛だ。
蜘蛛男だった。スパイダーマンなんてかっこいいものじゃなかった。化け物と呼ぶにふさわしいグロテスクな蜘蛛男だった。
「うわああ!!」
学は悲鳴を上げて、部屋の隅に逃げた。
「なんだよ突然でかい声だして。びっくりさせんなよ。ま、今日はよ、昔みたいにふたりでいとこ同士遊ぼうぜ」
蜘蛛男はそう言って、学に近づいてきた。
「くるな!」
学は叫んだ。
それがいけなかった。高志の、蜘蛛男の逆鱗に触れてしまった。
「お前、俺のこと舐めてんだろ」
蜘蛛男は学の肩をつかみ、握り締めた拳をかかげた。
殺される!
学は思った。
「こないでよ……お願いだから……」
だから、仕方がなかった。
「モラトリアムトリガー!」
気づくと、腰の銃を高志に向けていた。キュイキュイキュイキュイ! 引き金を引いてしまった。
「サマーサンシャインバースト!」
銃に内蔵された男の声が高らかに必殺技の名前を叫んだ。
「お前、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
それが高志の最期の言葉となった。
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