ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
122 / 123

最終章 第11´話(レインルート)

しおりを挟む
 タカミは、眠れないまま朝を迎えた。

 ユワの言う通り、彼はレインに、機械の翼以外は生身のままでいてほしいと思っていた。
 純粋な人類と呼べる人は、タカミが知る限りもう彼女しか残されていなかったからだ。

 それは、世界にただひとり残されながらも、人類の枠組みから外れてしまった男の、最後の願いだった。

 だが、タカミは彼女に千年細胞を分け与えることを決めた。

 人類の新たな始祖になるためではなかった。
 レインに死んでほしくなかったからだった。

 レインはなかなか部屋から出て来なかった。起きてこなかった。

 タカミとユワが彼女の部屋を訪ねると、彼女はまだ眠っていた。
 ひどく汗をかいており、うなされていた。翼が生えた背中だけでなく首や胸をかきむしってもいた。
 額に手を当てると、そのまま死んでしまってもおかしくないほどの高熱を出していた。

 彼女の身体はユワが言った以上に、深刻な状態にあったのだ。
 とうに限界を超えており、死にかけた身体を気力だけで何とか動かしている、そんな状態だった。

 起きているときは平然としていたが、レインは二年あまりもの間、毎晩こんな風に苦しんでいたのかもしれなかった。
 タカミが生きていたことがわかり、彼とユワが再会を果たしたことで、レインはずっと張り詰めていた糸が切れてしまったのかもしれない。

 タカミは右手の人差し指の先を刀の刃で少しだけ切り、傷口が再生してしまわないうちに彼女の唇に近づけ、指先ににじんだ血を彼女に舐めさせた。

「これでもう大丈夫だと思う」

「わかった。あとはわたしが看てるから。お兄ちゃんはゆっくり休んで」

 ユワにレインのことをまかせ、タカミは部屋に戻ると気を失うように眠った。


 タカミの血液から千年細胞を得たレインは、それから丸3日間、一度も目を覚ますことなく眠り続けた。
 タカミは、前にも彼女がこんな風に眠り続けたことがあったな、と思い出し、懐かしく思った。

 レインが目を覚ましたとき、彼女の身体中の細胞は千年細胞に入れ替わっていた。
 金属アレルギーをはじめ、機械の翼を持ってしまったことで彼女の身体に起きていた様々な異変はすべて治っていた。

 それから数年の時間をかけて、タカミとユワとレインの3人は世界中を旅した。
 どこかに生き残っている人がいないか探す旅だった。

 旅の中で、タカミはエーテルを結晶化させ、その形を変えることで、パワードスーツのような甲冑「紅薔薇(べにばら)」の左腕に収まるサイズの小さなパソコンを作った。
 パソコンやスマホの内部構造は理解していたし、どこをどうすればより小さくより高性能なものを作ることができるのかを知っていたから、作ること自体はとても簡単だった。
 ユワやレインは驚いていたが、彼から見れば半導体から何もかも作れてしまうエーテルの方が、はるかにすごいものだった。
 OSのプログラムも理解していたから、彼のパソコンは2022年の災厄の時代の到来前に発売された最新モデルより、はるかに優れたものができた。

 パソコンが完成すると、ハッキングを仕掛ける前に人工衛星の方から通信が入った。

「ハロー、タカミ。ハロー、ユワ。ハロー、レイン」

 雨野市と共に消滅した彼のパソコンの中にあったはずのハッキングプログラム「機械仕掛けの魔女ディローネ」からの通信だった。

 レインがユワの記録を機械の身体に移した際に、ディローネを人工衛星に移していたのだという。

 ディローネからの映像で、数十人から100人程度の集落が世界中にいくつかあることが判明すると、3人は旅を終え、一番近くにあった小さな集落の中に混ざり3人で生活を始めた。

 レインはショウゴのことを、タカミは小久保ハルミのことを次第に忘れていった。

 ふたりはもはや人類の新たな始祖となる必要はなかった。
 だが、レインはタカミの子を産みたいと思うようになり、彼もまた彼女の気持ちに答えた。

 レインが子を授かり、しばらくした頃、ユワは行方をくらませた。
 置き手紙などもなく、ディローネをはじめとする人工衛星は破壊されてしまっていた。

 身重のレインを連れてユワを探す旅に出ることは困難だった。だからといってレインをひとり集落に残していくわけにもいかなかった。

 産まれた子は死産だった。
 1人目だけでなく、2人目の子もまた。
 ふたりが何度子を授かっても、結果は同じだった。

 それから何千年何万年という時を、タカミとレインはふたりで過ごした。

 ふたりの間に子が産まれることはついになかった。
 男女共に千年細胞を持つ夫婦は、子を産むことができなくなってしまうのだ。

 ユワも帰って来なかった。

 ある日の朝、世界中の荒野が一晩で、この星が本来あるべき姿に戻っていた。

 きっとユワのおかげだとふたりは思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

小夜中に眠る物語 ~眠れない夜に不思議な話でもいかがですか?~

神原オホカミ【書籍発売中】
ホラー
体験談なのか、フィクションなのかはご想像にお任せします。 不思議なお話をまとめます。 寝る前のほんのちょっとの時間、不思議なお話をどうぞ。 すみませんが不定期更新ですm(__)m ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆内容が無理な人はそっと閉じてネガティヴコメントは控えてください、お願いしますm(_ _)m ◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載します。 〇執筆投稿:2025年

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

【完結済】夜にも奇妙な怖い話を語ろう

野花マリオ
ホラー
作者が体験(?)した怖い話や聞いた噂話を語ります。 一部創作も含まれますのでご了承ください。 表紙は生成AI

視える私と視えない君と

赤羽こうじ
ホラー
前作の海の家の事件から数週間後、叶は自室で引越しの準備を進めていた。 「そろそろ連絡ぐらいしないとな」 そう思い、仕事の依頼を受けていた陸奥方志保に連絡を入れる。 「少しは落ち着いたんで」 そう言って叶は斗弥陀《とみだ》グループが買ったいわく付きの廃病院の調査を引き受ける事となった。 しかし「俺達も同行させてもらうから」そう言って叶の調査に斗弥陀の御曹司達も加わり、廃病院の調査は肝試しのような様相を呈してくる。 廃病院の怪異を軽く考える御曹司達に頭を抱える叶だったが、廃病院の怪異は容赦なくその牙を剥く。 一方、恋人である叶から連絡が途絶えた幸太はいても立ってもいられなくなり廃病院のある京都へと向かった。 そこで幸太は陸奥方志穂と出会い、共に叶の捜索に向かう事となる。 やがて叶や幸太達は斗弥陀家で渦巻く不可解な事件へと巻き込まれていく。 前作、『夏の日の出会いと別れ』より今回は美しき霊能者、鬼龍叶を主人公に迎えた作品です。 もちろん前作未読でもお楽しみ頂けます。 ※この作品は他にエブリスタ、小説家になろう、でも公開しています。

処理中です...