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最終章 第11´話(レインルート)
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タカミは、眠れないまま朝を迎えた。
ユワの言う通り、彼はレインに、機械の翼以外は生身のままでいてほしいと思っていた。
純粋な人類と呼べる人は、タカミが知る限りもう彼女しか残されていなかったからだ。
それは、世界にただひとり残されながらも、人類の枠組みから外れてしまった男の、最後の願いだった。
だが、タカミは彼女に千年細胞を分け与えることを決めた。
人類の新たな始祖になるためではなかった。
レインに死んでほしくなかったからだった。
レインはなかなか部屋から出て来なかった。起きてこなかった。
タカミとユワが彼女の部屋を訪ねると、彼女はまだ眠っていた。
ひどく汗をかいており、うなされていた。翼が生えた背中だけでなく首や胸をかきむしってもいた。
額に手を当てると、そのまま死んでしまってもおかしくないほどの高熱を出していた。
彼女の身体はユワが言った以上に、深刻な状態にあったのだ。
とうに限界を超えており、死にかけた身体を気力だけで何とか動かしている、そんな状態だった。
起きているときは平然としていたが、レインは二年あまりもの間、毎晩こんな風に苦しんでいたのかもしれなかった。
タカミが生きていたことがわかり、彼とユワが再会を果たしたことで、レインはずっと張り詰めていた糸が切れてしまったのかもしれない。
タカミは右手の人差し指の先を刀の刃で少しだけ切り、傷口が再生してしまわないうちに彼女の唇に近づけ、指先ににじんだ血を彼女に舐めさせた。
「これでもう大丈夫だと思う」
「わかった。あとはわたしが看てるから。お兄ちゃんはゆっくり休んで」
ユワにレインのことをまかせ、タカミは部屋に戻ると気を失うように眠った。
タカミの血液から千年細胞を得たレインは、それから丸3日間、一度も目を覚ますことなく眠り続けた。
タカミは、前にも彼女がこんな風に眠り続けたことがあったな、と思い出し、懐かしく思った。
レインが目を覚ましたとき、彼女の身体中の細胞は千年細胞に入れ替わっていた。
金属アレルギーをはじめ、機械の翼を持ってしまったことで彼女の身体に起きていた様々な異変はすべて治っていた。
それから数年の時間をかけて、タカミとユワとレインの3人は世界中を旅した。
どこかに生き残っている人がいないか探す旅だった。
旅の中で、タカミはエーテルを結晶化させ、その形を変えることで、パワードスーツのような甲冑「紅薔薇(べにばら)」の左腕に収まるサイズの小さなパソコンを作った。
パソコンやスマホの内部構造は理解していたし、どこをどうすればより小さくより高性能なものを作ることができるのかを知っていたから、作ること自体はとても簡単だった。
ユワやレインは驚いていたが、彼から見れば半導体から何もかも作れてしまうエーテルの方が、はるかにすごいものだった。
OSのプログラムも理解していたから、彼のパソコンは2022年の災厄の時代の到来前に発売された最新モデルより、はるかに優れたものができた。
パソコンが完成すると、ハッキングを仕掛ける前に人工衛星の方から通信が入った。
「ハロー、タカミ。ハロー、ユワ。ハロー、レイン」
雨野市と共に消滅した彼のパソコンの中にあったはずのハッキングプログラム「機械仕掛けの魔女ディローネ」からの通信だった。
レインがユワの記録を機械の身体に移した際に、ディローネを人工衛星に移していたのだという。
ディローネからの映像で、数十人から100人程度の集落が世界中にいくつかあることが判明すると、3人は旅を終え、一番近くにあった小さな集落の中に混ざり3人で生活を始めた。
レインはショウゴのことを、タカミは小久保ハルミのことを次第に忘れていった。
ふたりはもはや人類の新たな始祖となる必要はなかった。
だが、レインはタカミの子を産みたいと思うようになり、彼もまた彼女の気持ちに答えた。
レインが子を授かり、しばらくした頃、ユワは行方をくらませた。
置き手紙などもなく、ディローネをはじめとする人工衛星は破壊されてしまっていた。
身重のレインを連れてユワを探す旅に出ることは困難だった。だからといってレインをひとり集落に残していくわけにもいかなかった。
産まれた子は死産だった。
1人目だけでなく、2人目の子もまた。
ふたりが何度子を授かっても、結果は同じだった。
それから何千年何万年という時を、タカミとレインはふたりで過ごした。
ふたりの間に子が産まれることはついになかった。
男女共に千年細胞を持つ夫婦は、子を産むことができなくなってしまうのだ。
ユワも帰って来なかった。
ある日の朝、世界中の荒野が一晩で、この星が本来あるべき姿に戻っていた。
きっとユワのおかげだとふたりは思った。
ユワの言う通り、彼はレインに、機械の翼以外は生身のままでいてほしいと思っていた。
純粋な人類と呼べる人は、タカミが知る限りもう彼女しか残されていなかったからだ。
それは、世界にただひとり残されながらも、人類の枠組みから外れてしまった男の、最後の願いだった。
だが、タカミは彼女に千年細胞を分け与えることを決めた。
人類の新たな始祖になるためではなかった。
レインに死んでほしくなかったからだった。
レインはなかなか部屋から出て来なかった。起きてこなかった。
タカミとユワが彼女の部屋を訪ねると、彼女はまだ眠っていた。
ひどく汗をかいており、うなされていた。翼が生えた背中だけでなく首や胸をかきむしってもいた。
額に手を当てると、そのまま死んでしまってもおかしくないほどの高熱を出していた。
彼女の身体はユワが言った以上に、深刻な状態にあったのだ。
とうに限界を超えており、死にかけた身体を気力だけで何とか動かしている、そんな状態だった。
起きているときは平然としていたが、レインは二年あまりもの間、毎晩こんな風に苦しんでいたのかもしれなかった。
タカミが生きていたことがわかり、彼とユワが再会を果たしたことで、レインはずっと張り詰めていた糸が切れてしまったのかもしれない。
タカミは右手の人差し指の先を刀の刃で少しだけ切り、傷口が再生してしまわないうちに彼女の唇に近づけ、指先ににじんだ血を彼女に舐めさせた。
「これでもう大丈夫だと思う」
「わかった。あとはわたしが看てるから。お兄ちゃんはゆっくり休んで」
ユワにレインのことをまかせ、タカミは部屋に戻ると気を失うように眠った。
タカミの血液から千年細胞を得たレインは、それから丸3日間、一度も目を覚ますことなく眠り続けた。
タカミは、前にも彼女がこんな風に眠り続けたことがあったな、と思い出し、懐かしく思った。
レインが目を覚ましたとき、彼女の身体中の細胞は千年細胞に入れ替わっていた。
金属アレルギーをはじめ、機械の翼を持ってしまったことで彼女の身体に起きていた様々な異変はすべて治っていた。
それから数年の時間をかけて、タカミとユワとレインの3人は世界中を旅した。
どこかに生き残っている人がいないか探す旅だった。
旅の中で、タカミはエーテルを結晶化させ、その形を変えることで、パワードスーツのような甲冑「紅薔薇(べにばら)」の左腕に収まるサイズの小さなパソコンを作った。
パソコンやスマホの内部構造は理解していたし、どこをどうすればより小さくより高性能なものを作ることができるのかを知っていたから、作ること自体はとても簡単だった。
ユワやレインは驚いていたが、彼から見れば半導体から何もかも作れてしまうエーテルの方が、はるかにすごいものだった。
OSのプログラムも理解していたから、彼のパソコンは2022年の災厄の時代の到来前に発売された最新モデルより、はるかに優れたものができた。
パソコンが完成すると、ハッキングを仕掛ける前に人工衛星の方から通信が入った。
「ハロー、タカミ。ハロー、ユワ。ハロー、レイン」
雨野市と共に消滅した彼のパソコンの中にあったはずのハッキングプログラム「機械仕掛けの魔女ディローネ」からの通信だった。
レインがユワの記録を機械の身体に移した際に、ディローネを人工衛星に移していたのだという。
ディローネからの映像で、数十人から100人程度の集落が世界中にいくつかあることが判明すると、3人は旅を終え、一番近くにあった小さな集落の中に混ざり3人で生活を始めた。
レインはショウゴのことを、タカミは小久保ハルミのことを次第に忘れていった。
ふたりはもはや人類の新たな始祖となる必要はなかった。
だが、レインはタカミの子を産みたいと思うようになり、彼もまた彼女の気持ちに答えた。
レインが子を授かり、しばらくした頃、ユワは行方をくらませた。
置き手紙などもなく、ディローネをはじめとする人工衛星は破壊されてしまっていた。
身重のレインを連れてユワを探す旅に出ることは困難だった。だからといってレインをひとり集落に残していくわけにもいかなかった。
産まれた子は死産だった。
1人目だけでなく、2人目の子もまた。
ふたりが何度子を授かっても、結果は同じだった。
それから何千年何万年という時を、タカミとレインはふたりで過ごした。
ふたりの間に子が産まれることはついになかった。
男女共に千年細胞を持つ夫婦は、子を産むことができなくなってしまうのだ。
ユワも帰って来なかった。
ある日の朝、世界中の荒野が一晩で、この星が本来あるべき姿に戻っていた。
きっとユワのおかげだとふたりは思った。
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