116 / 123
最終章 第7話
しおりを挟む
タカミは医療ポッドで目覚めてから、もう何週間も、一度も食事や水分補給をしていなかった。
見渡す限り荒野が続くだけの旅路の中で、食糧になるものや水が見つからなかったということもあるが、それ以前に腹が減ることもなければ、喉が渇くこともなかったのだ。
体は疲れるし、睡眠も必要ではあったが、全身の細胞が千年細胞に入れ替わってしまった自分もまた、機械の体になってしまったユワと同じような存在になっているのかもしれなかった。
今のタカミとユワは、一方は有機物を利用して人工的に進化を遂げた存在であり、もう一方は無機物を利用して人工的に進化を遂げた存在だ。
進化の方法こそ異なっていたが、どちらも大気中にエーテルが存在さえすれば、永遠に生きていけてしまうという意味では同じだった。
明け方、タカミが眠れないでいると、部屋のドアを誰かがノックした。
ユワだろうか。それともレインだろうか。
「起きてらっしゃいますか?」
レインだった。
「少しだけ、タカミさんとお話ししたいことがあるのですが、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」と、タカミはドアを開けると、
「ちょうどぼくも君に聞きたいことがあったんだ。
夜中に君の部屋を訪ねようかと思ってたんだけど、ユワがずっとリビングにいたから、何となく気が引けちゃってね」
そう言って、彼女を部屋に招き入れた。
「タカミさんは本当にユワさんを大事に思ってらっしゃるんですね」
彼女はそう微笑むと、
「タカミさんとユワさんが実際に一緒にいらっしゃるのを見るのは今日がはじめてでしたが、アンナと過ごした日々を久しぶりに思い出しましたわ」
懐かしそうに、そして寂しそうに、彼女は言った。
アンナもまた、アリステラの女王の末裔、女王になる資格を持っていた者として、この世界のどこかで魔導人工頭脳と魔操躯を与えられているはずだった。
ふたりはまだ出会えていないのだろうか。早く出会えるといいな、とタカミは思った。
「ユワさんのことを想うなら、わたくしとはあまり仲良くしない方がいいかもしれませんね」
彼女は何故かそんなことを言った。
タカミにはその言葉の真意がよくわからなかったが、聞くのはたぶん野暮だなと思ったからやめることにした。
タカミはレインをアームチェアに座るよう促し、自分はベッドに腰を下ろした。
膨大な量のエーテルを結晶化させ、ログハウスを作ってくれた彼女には感謝しかなかったし、家具までも用意してくれた彼女のエーテルの扱いの細やかさには脱帽するしかなかった。
「タカミさんには、この世界の現状をお伝えしておかなければいけないと思いまして。
本当は、再会してすぐにでもお話ししておくべきだったのですが」
レインは申し訳なさそうにそう言った。
「今は2029年で、ぼくがあの城塞戦車での戦いで死んでから、もう3年も経ってるんだってね。ユワからさっき聞いて驚いたよ」
「はい、あれからもう3年が経過しています。
それから、タカミさんは西の方から歩いて来られたと仰っていましたが、正確には北西になるかと思います。
わたしたちが知る限り、7翼のアシーナが率いる部隊の基地はロシア方面にありましたから」
3年前、タカミが新生アリステラの魔導人工頭脳を初期化したことで、どうやらすべての飛翔艇が活動を停止し、ゆっくりと市街地に落下していったたらしい。
落下地点ではきっと多くの人々が犠牲になったことだろう。
だが、新生アリステラの人々だけでは飛翔艇の再浮上は行えなかったらしかった。
より多くの犠牲を生まずに済んだことを良かったとするべきなのだろう。
アリステラの歴代の女王たちは、人類との共存を望む奇数翼の穏健派と、人類をすべて抹殺する偶数翼の強硬派のふたつの派閥に分かれた。
歴代の女王の数では奇数翼が勝っていたが、偶数翼には10万年に及ぶ長い歴史の中で差別や虐殺を受けてきた女王の末裔たちが数多く与し、さらにそこに新生アリステラの残党が加わったことで、その戦力差は数十倍から100倍近くあったという。
7翼のアシーナたちも、医療ポッドの中にいたタカミのそばで、そんな話をしていたような気がした。
見渡す限り荒野が続くだけの旅路の中で、食糧になるものや水が見つからなかったということもあるが、それ以前に腹が減ることもなければ、喉が渇くこともなかったのだ。
体は疲れるし、睡眠も必要ではあったが、全身の細胞が千年細胞に入れ替わってしまった自分もまた、機械の体になってしまったユワと同じような存在になっているのかもしれなかった。
今のタカミとユワは、一方は有機物を利用して人工的に進化を遂げた存在であり、もう一方は無機物を利用して人工的に進化を遂げた存在だ。
進化の方法こそ異なっていたが、どちらも大気中にエーテルが存在さえすれば、永遠に生きていけてしまうという意味では同じだった。
明け方、タカミが眠れないでいると、部屋のドアを誰かがノックした。
ユワだろうか。それともレインだろうか。
「起きてらっしゃいますか?」
レインだった。
「少しだけ、タカミさんとお話ししたいことがあるのですが、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」と、タカミはドアを開けると、
「ちょうどぼくも君に聞きたいことがあったんだ。
夜中に君の部屋を訪ねようかと思ってたんだけど、ユワがずっとリビングにいたから、何となく気が引けちゃってね」
そう言って、彼女を部屋に招き入れた。
「タカミさんは本当にユワさんを大事に思ってらっしゃるんですね」
彼女はそう微笑むと、
「タカミさんとユワさんが実際に一緒にいらっしゃるのを見るのは今日がはじめてでしたが、アンナと過ごした日々を久しぶりに思い出しましたわ」
懐かしそうに、そして寂しそうに、彼女は言った。
アンナもまた、アリステラの女王の末裔、女王になる資格を持っていた者として、この世界のどこかで魔導人工頭脳と魔操躯を与えられているはずだった。
ふたりはまだ出会えていないのだろうか。早く出会えるといいな、とタカミは思った。
「ユワさんのことを想うなら、わたくしとはあまり仲良くしない方がいいかもしれませんね」
彼女は何故かそんなことを言った。
タカミにはその言葉の真意がよくわからなかったが、聞くのはたぶん野暮だなと思ったからやめることにした。
タカミはレインをアームチェアに座るよう促し、自分はベッドに腰を下ろした。
膨大な量のエーテルを結晶化させ、ログハウスを作ってくれた彼女には感謝しかなかったし、家具までも用意してくれた彼女のエーテルの扱いの細やかさには脱帽するしかなかった。
「タカミさんには、この世界の現状をお伝えしておかなければいけないと思いまして。
本当は、再会してすぐにでもお話ししておくべきだったのですが」
レインは申し訳なさそうにそう言った。
「今は2029年で、ぼくがあの城塞戦車での戦いで死んでから、もう3年も経ってるんだってね。ユワからさっき聞いて驚いたよ」
「はい、あれからもう3年が経過しています。
それから、タカミさんは西の方から歩いて来られたと仰っていましたが、正確には北西になるかと思います。
わたしたちが知る限り、7翼のアシーナが率いる部隊の基地はロシア方面にありましたから」
3年前、タカミが新生アリステラの魔導人工頭脳を初期化したことで、どうやらすべての飛翔艇が活動を停止し、ゆっくりと市街地に落下していったたらしい。
落下地点ではきっと多くの人々が犠牲になったことだろう。
だが、新生アリステラの人々だけでは飛翔艇の再浮上は行えなかったらしかった。
より多くの犠牲を生まずに済んだことを良かったとするべきなのだろう。
アリステラの歴代の女王たちは、人類との共存を望む奇数翼の穏健派と、人類をすべて抹殺する偶数翼の強硬派のふたつの派閥に分かれた。
歴代の女王の数では奇数翼が勝っていたが、偶数翼には10万年に及ぶ長い歴史の中で差別や虐殺を受けてきた女王の末裔たちが数多く与し、さらにそこに新生アリステラの残党が加わったことで、その戦力差は数十倍から100倍近くあったという。
7翼のアシーナたちも、医療ポッドの中にいたタカミのそばで、そんな話をしていたような気がした。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ラヴィ
山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。
現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。
そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。
捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。
「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」
マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。
そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。
だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。
神送りの夜
千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。
父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。
町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる