ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

雨野 美哉(あめの みかな)

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最終章 第7話

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 タカミは医療ポッドで目覚めてから、もう何週間も、一度も食事や水分補給をしていなかった。
 見渡す限り荒野が続くだけの旅路の中で、食糧になるものや水が見つからなかったということもあるが、それ以前に腹が減ることもなければ、喉が渇くこともなかったのだ。

 体は疲れるし、睡眠も必要ではあったが、全身の細胞が千年細胞に入れ替わってしまった自分もまた、機械の体になってしまったユワと同じような存在になっているのかもしれなかった。

 今のタカミとユワは、一方は有機物を利用して人工的に進化を遂げた存在であり、もう一方は無機物を利用して人工的に進化を遂げた存在だ。
 進化の方法こそ異なっていたが、どちらも大気中にエーテルが存在さえすれば、永遠に生きていけてしまうという意味では同じだった。

 明け方、タカミが眠れないでいると、部屋のドアを誰かがノックした。
 ユワだろうか。それともレインだろうか。

「起きてらっしゃいますか?」

 レインだった。

「少しだけ、タカミさんとお話ししたいことがあるのですが、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」と、タカミはドアを開けると、

「ちょうどぼくも君に聞きたいことがあったんだ。
 夜中に君の部屋を訪ねようかと思ってたんだけど、ユワがずっとリビングにいたから、何となく気が引けちゃってね」

 そう言って、彼女を部屋に招き入れた。

「タカミさんは本当にユワさんを大事に思ってらっしゃるんですね」

 彼女はそう微笑むと、

「タカミさんとユワさんが実際に一緒にいらっしゃるのを見るのは今日がはじめてでしたが、アンナと過ごした日々を久しぶりに思い出しましたわ」

 懐かしそうに、そして寂しそうに、彼女は言った。

 アンナもまた、アリステラの女王の末裔、女王になる資格を持っていた者として、この世界のどこかで魔導人工頭脳と魔操躯を与えられているはずだった。
 ふたりはまだ出会えていないのだろうか。早く出会えるといいな、とタカミは思った。

「ユワさんのことを想うなら、わたくしとはあまり仲良くしない方がいいかもしれませんね」

 彼女は何故かそんなことを言った。
 タカミにはその言葉の真意がよくわからなかったが、聞くのはたぶん野暮だなと思ったからやめることにした。

 タカミはレインをアームチェアに座るよう促し、自分はベッドに腰を下ろした。
 膨大な量のエーテルを結晶化させ、ログハウスを作ってくれた彼女には感謝しかなかったし、家具までも用意してくれた彼女のエーテルの扱いの細やかさには脱帽するしかなかった。

「タカミさんには、この世界の現状をお伝えしておかなければいけないと思いまして。
 本当は、再会してすぐにでもお話ししておくべきだったのですが」

 レインは申し訳なさそうにそう言った。

「今は2029年で、ぼくがあの城塞戦車での戦いで死んでから、もう3年も経ってるんだってね。ユワからさっき聞いて驚いたよ」

「はい、あれからもう3年が経過しています。
 それから、タカミさんは西の方から歩いて来られたと仰っていましたが、正確には北西になるかと思います。
 わたしたちが知る限り、7翼のアシーナが率いる部隊の基地はロシア方面にありましたから」

 3年前、タカミが新生アリステラの魔導人工頭脳を初期化したことで、どうやらすべての飛翔艇が活動を停止し、ゆっくりと市街地に落下していったたらしい。
 落下地点ではきっと多くの人々が犠牲になったことだろう。
 だが、新生アリステラの人々だけでは飛翔艇の再浮上は行えなかったらしかった。
 より多くの犠牲を生まずに済んだことを良かったとするべきなのだろう。

 アリステラの歴代の女王たちは、人類との共存を望む奇数翼の穏健派と、人類をすべて抹殺する偶数翼の強硬派のふたつの派閥に分かれた。
 歴代の女王の数では奇数翼が勝っていたが、偶数翼には10万年に及ぶ長い歴史の中で差別や虐殺を受けてきた女王の末裔たちが数多く与し、さらにそこに新生アリステラの残党が加わったことで、その戦力差は数十倍から100倍近くあったという。

 7翼のアシーナたちも、医療ポッドの中にいたタカミのそばで、そんな話をしていたような気がした。
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