ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
112 / 123

最終章 第3話

しおりを挟む
 レインが死ねば、タカミのハッキングプログラム「機械仕掛けの魔女ディローネ」が、彼のパソコンに保存されたレインの記録を元に、機械の体を持つ新たな彼女を産み出すようになっていた。
 だが、肝心の機械の体も魔導人工頭脳も、もはや世界中のどこにも存在しない。
 たとえ存在していたとしても、機械の体に新たに産まれる自分は、自分であって自分ではない。
 同じ知識や記憶、経験の記録を持ち、同じ人格を持っていても、それはレインの人格とイコールの存在ではなく、あくまでニアリーイコールの別の存在だ。
 新たな自分がユワを相手にどんなにつらい思いをしようが、死んでしまった自分がそれを体験するわけではない。自分にはもはや関係のないことだ。

 レインはそんな風に考えてしまうほど疲れはてていた。
 だからタカミの声を聞き、その姿を見たとき、諦めなくてよかった、と心から思った。


「お兄ちゃん、今までどこにいたの?」

 ユワもまた、タカミが知る彼女とはニアリーイコールの別の存在だ。
 だが彼女は、全くそれを気にしている様子はなかった。
 生前の彼女の顔に限りなく似せた機械の顔で、レインが彼女の生前の記録でしか知らない顔を、タカミに見せていた。

「どこだろう? よくわからないんだ。ここがどこかもわからないくらいなんだよ」

 タカミは、向こうの方かな、と西の方角を指差した。

 レインはふと、アンナのことを思い出した。
 人には家族や友人や恋人といった大切な人にしか見せない顔がある。
 自分もきっとアンナの前ではあんな顔を見せていたのだろう。
 アンナに無性に会いたくなってしまった。彼女も機械の体を手に入れていたはずだったが、生身ゆえに情報の並列化ができなかったレインには、彼女の居場所を知ることはできず、再会できないまま世界に終末が訪れてしまった。
 ニアリーイコールの別の存在であっても、レインにとってアンナはアンナだった。だから会いたかった。
 そんな大切なことを、彼女はいつの間にか忘れてしまっていた。

 タカミはそれを理解しているから、生前のユワに対するのと全く変わらない態度で接しているのだ。
 あえて意識してそうしているというよりは、ユワを前にすると勝手にそうなってしまうのかもしれない。

「まっすぐ歩いてきたつもりだけど、ずっと荒野が続いてて、目印になるものもなかったし、もしかしたらあっちじゃないかもなぁ」

 その言葉から、やはり彼はまだ知らないのだな、とレインは思った。
 人類も新生アリステラも、機械の体を得たアリステラの歴代の女王たちも皆、もうこの世界には存在しないということを。
 今、自分たちがいる場所が、ほんの3年前までは日本海と呼ばれていた海が干上がり、荒野と化してしまった場所だということを。
 世界に残されているのは、タカミとユワとレインの3人しかいないということを、彼はまだ知らないのだ。

「ユワも女王同士の情報の並列化ってやつで知ってると思うけど、ぼくも一度死んでるんだ」

「でも、お兄ちゃんはわたしみたいに機械の体じゃないんだね。
 骨がヒヒイロカネになってたり、細胞が全部、千年細胞になったりしてるみたいだけど、前とほとんど一緒。どうして?」

「見ただけでわかるんだ? やっぱりすごいなユワは」

 7年ぶりに兄に褒められたユワは、照れくさそうで嬉しそうで、それから少し自慢げな顔をしていた。

「ぼくの死体をすぐに運んでくれた人たちがいたんだ。
 アシーナさんとアレクサさんていう人で、アリステラの医療ポッドに入れてもらって、その中でついこの間まで体を再生してもらってたんだ。
 今ぼくが生きていられるのはその人たちのおかげ。
 でも、ぼくが医療ポッドの中にいる間に、アシーナさんもアレクサさんも皆死んじゃったみたいなんだけどね」

「アシーナさんとアレクサさん……?
 それってもしかして、奇数翼の穏健派の、7翼の女王と15翼の女王?」

「ユワは本当に何でもよく知ってるね」

「うん……」

 ユワは途端にその表情を暗くした。
 7翼のアシーナや15翼のアレクサのことをなぜ知っているのか、彼女には言えない理由があったからだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

夜葬の村

中岡 始
ホラー
山奥にひっそりと存在する「夜葬の村」。 この村では、死者を普通の墓に埋葬せず、「夜葬」と呼ばれる奇妙な儀式が行われているという。 新聞記者・相沢直人は、その噂の真相を確かめるため、村へ足を踏み入れる。そこでは、村人たちが外部の人間を極端に警戒し、夜ごとに不気味な儀式を執り行っていた。そして村の墓地には、墓石の代わりに木の板が立ち並び、そこには「夜葬された者たち」の名前が刻まれていた。 取材を進めるうちに、村に関わった者たちが次々と奇妙な現象に巻き込まれていく。 山道で道に迷った登山者が見つけたのは、土の中から覗く自分自身の手。 失踪した婚約者を探す女性が辿り着いたのは、彼の名が刻まれた木の墓標。 心霊YouTuberが撮影した白装束の少女は、カメラからも記憶からも完全に消え去る。 村の医者が往診に訪れると、死んだはずの男が「埋めるな」と呟く。 ──そしてある日、村は突如として消失する。 再び村を訪れた相沢直人が見たものは、もぬけの殻となった集落と、増え続けた木の板。 そこに刻まれた名前の最後にあったのは、「相沢直人」。 なぜ、自分の名前がここにあるのか? 夜葬された者たちは、どこへ消えたのか? 本当に滅びたのは、村なのか、それとも── この村では、「死んだ者」は終わらない。 そして、夜葬は今も続いている……。

羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子
ホラー
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。 幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。 時は明治。 異形が跋扈する帝都。 洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。 侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。 「私の花嫁は彼女だ」と。 幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。 その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。 文明開化により、華やかに変化した帝都。 頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には? 人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。 (※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております) 第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。 ありがとうございました!

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...