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最終章 第1話

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 青年は着るものが欲しかったが、そんなものはどこにも見当たらなかった。
 だからエーテルから作ることにした。なぜだか作れるような気がしたし、なぜだか作れてしまった。

 荒野を歩いていると、基地のような建物ではない、翡翠色の何かの残骸らしきものがあった。まるで戦艦か何かの残骸のように見えた。

 飛翔艇オルフェウス1番艦エウリュディケ。
 確かそんな戦艦の名をエーベルという女性が口にしていたような気がした。
 偶数翼の強硬派が、トルコのアララト山で発見された残骸を元に復元した10万年前の戦艦だと。アララト山で発見されたのは、有名な方舟の残骸ではなかったか。
 アレクサという女性もまた、こちらには魔導人工頭脳が停止したままの飛翔艇しかないとも言っていた。

 この戦艦の残骸のようなものは、その飛翔艇という戦艦の残骸だろうか。
 よく見ると、艦首や艦橋などの本来戦艦にはひとつしかないものが二つずつ遺跡のように存在しており、その残骸は確かに戦艦二隻分があった。

「そうか……アシーナさんもアレクサさんもみんな、みんな死んでしまったんだね……」

 死体や機械の体の残骸などはどこにも見当たらなかった。
 それすら残らないほどの、激しい戦闘があったのだ。
 その残骸を観ていると、とても悲しい気持ちにさせられた。
 だから青年は足早に立ち去ることにした。

 青年がどこまで歩いても荒野は続いていた。
 森や山や湖や海、そんなものはどこまで歩いても見当たらなかった。
 見当たらないのは自然だけではなかった。
 街も人も、何もかも、青年の失われた記憶の中で、かすかに残っていた風景は、この世界にはもう何も残ってはいないのだ。


 青年はやがて、

「いつまでわたくしをつけねらうおつもりですか?
 あなたたちの目的は、人類とこの世界を滅ぼしたことで、すでに成し遂げられているはずでしょう?」

 片翼の機械の翼を持つ生身の少女と、

「人類も世界も関係ない。わたしはあなたを破壊したいの。ただそれだけ。
 あなたを破壊するまで、わたしはあなたを追い続けるわ」

 両翼の機械の翼を持つ少女の戦闘に出くわした。

「わたくしはあなたに恨まれる覚えは全くないのですけど?」

 片翼の少女は、その手に両刃の剣を手にしてはいたが、両翼の少女に攻撃をくわえるつもりはないらしく、両翼の少女が両手に持つ二本の反りのない直刀による斬撃を、すべて剣や鞘で受け止めていた。

「あなたに覚えがなくても、わたしにはあるの。
 まさかあなた、あなたの命が、わたしの兄や恋人の、わたしの1番大切な人たちの犠牲の上に成り立っていることを忘れたわけじゃないでしょうね?」

 青年はふたりを知っていた。

 片翼の少女は、翼以外は生身の体だったから、すぐにわかった。
 両翼の少女は、翼から体や顔までがすべて機械であったが、やはりすぐに。

「あなたは、お兄ちゃんやショウゴくんを犠牲にした!」

「確かにタカミさんはわたしを逃がすために自ら囮になってくれましたわ。けれど、ショウゴさんはわたくしにもタカミさんにもどうすることもできませんでしたわ!」

 タカミとショウゴ。
 その名前にも聞き覚えがあった。

「そうだ、ぼくはタカミ……雨野タカミだ……」

 青年はそのとき、ようやく自分が何者であったのかを思い出した。

 その手に持つ翡翠色の日本刀を誰が作り、誰が本当の持ち主であったのか、どういった経緯で「白雪」という名前がつけられ、なぜ自分が白雪を受け継ぎ扱うことになったのかも。

「それにあの片翼の子はレイン……朝倉レイン……
 それだけじゃない……あっちの片翼の機械の子は……」

 タカミの妹、ユワによく似ていた。

 妹によく似た女の子はかつていた。
 似ているというよりかは、妹そのものであり、一度死んだ妹の体を無理矢理蘇生させただけの、人格や精神や魂といったものを持たない女の子だった。
 その女の子はもういない。

 アリステラの歴代の女王たちと同じように、ユワもまた機械の体を手に入れていたのだ。
 もしかしたら、タカミにとって最後の戦いとなったあの場所で、ユワの体が世界から失われた後、ゲートを使い避難したレインが、彼のハッキングプログラムを利用して、ユワに機械の体を与えてくれたのかもしれなかった。

「ユワ! お前は今度こそ本当にユワなのか!?」

 タカミは自分でも気付かないうちに叫んでいた。
 彼のその声に、片翼の少女は攻撃の手を止めた。

「レイン! 君も無事に生きていてくれたんだな!?」

 両翼の少女もまた、両刃の剣を鞘に納めた。

「お兄ちゃん……?」

「本当に……タカミさんなんですか……?」

「ああ! そうだよ! ぼくだ! タカミだよ!」

 ふたりは、ゆっくりと地上に降り立った。
 その光景は、後の世に神話として語り継がれてもおかしくないほど、まさに降臨と表現しても過言ではないほど美しかった。
 そう思うのは、身内の贔屓目というやつだろうか。
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