上 下
109 / 123

第11章 第5話

しおりを挟む
 アシーナという女性が青年のそばからいなくなって、どれくらいの時間が過ぎただろう。
 彼女とアレクサやエーベルという女性、それから名前だけ聞いたアマラという女性も、青年の元には誰も戻ってはこなかった。

 彼女たちは、自らをアリステラの歴代の女王と名乗っていた。自分たちは奇数翼の穏健派だとも。
 奇数翼というのは、彼女たちには翼があり、その枚数が奇数だったということだろうか。
 会話を聞くことしかできず、彼女たちの姿を見ることは一度もかなわなかった。

 彼女たちは、対立する偶数翼という強硬派と戦争状態にあるようだった。
 ここは彼女たちの基地のような場所で、偶数翼の強硬派が攻めてきた。

 おそらくここは最前線の基地ではなかった。偶数翼の強硬派が攻めてきたことにアレクサという女性が驚いていたからだ。
 本部のような場所でもないだろう。アシーナという、最後まで青年のそばにいた女性はこの基地では一番立場が上の人物のようだったが、彼女が「様」付けで呼ぶステラやピノアという彼女以上の存在がいるようだったからだ。

 アシーナたちは、その偶数翼の強硬派に負けてしまったのだろうか。死んでしまったのだろうか。
 機械の体だと言っていたから、壊れた、破壊された、と言うべきだろうか。いや、彼女たちには高度な知能があった。体は機械であったかもしれないが間違いなく、人間だった。

 だが、たとえそうだとしても、誰も青年がいる医療ポッドのそばにやって来ないばかりか、声も物音も何も聞こえなくなってしまったのはおかしかった。
 普通は基地の中に残存する者がいないか確かめるものではないだろうか。足音が聞こえるはずだった。
 ひとりではやってこないだろうから、話し声も聞こえるはずだった。

 まさかとは思うが、アシーナたち奇数翼の穏健派と、アリーヤといっただろうか、この基地に攻めてきた偶数翼の強硬派は、相討ちのような形で両軍全滅してしまったのだろうか。

 サナギの中で蝶になる日を待つ幼虫のように、医療ポッドの中で体中の骨や筋肉や内臓、血液や皮膚までがどろどろに溶けていた青年の体は、徐々に元の姿を取り戻していった。
 だが、五感は聴覚以外なかなか取り戻させてくれなかった。

 やがて、医療ポッドは青年の体の再構成を終え、ドアを開いた。

 医療ポッドのドアが開いたとき、青年は太陽の光のあまりの眩しさに目を細めた。

 太陽?
 なぜ太陽が空に見える?
 ここは基地のような場所ではなかったか?

 明るさにようやく目が慣れ、目を開くとそこは基地ではなかった。
 基地のような場所ですらなかった。
 医療ポッドは地面の上に転がっていた。

 そのすぐそばには、翡翠色の日本刀らしきものが地面に突き刺さっていた。

 青年には、それが自分の物ではないことや、その持ち主はすでに存在しないこと、そして、かつて自分がそれを手に取り、誰かと戦ったことがあるような気がした。

「君の名前は、『白雪』だったかな……」

 間違っていたらごめん、ぼくには記憶がほとんどないんだ、と口にして、久しぶりに自分の声を聞いた。

 青年は自分が医療ポッドに入れられてからどれくらいの時間が経過していたかはわからないが、何年も聞いていなかったように感じるほどだった。

「君の本当の持ち主も、君を作った人も、ぼくの大切な人たちだった気がするんだ。気のせいかもしれないけど。
 君をここに置いたままにしておくこともぼくには出来るけれど、できれば君と一緒に行きたいな。ついてきてくれるかい?」

 白雪という名の、翡翠色の日本刀から返事はなかった。
 けれど、白雪もそう願っているように青年は感じた。

 白雪を手にした青年の目の前には、地平線が見えるほどどこまでも続く荒野が広がっていた。
 その荒野を青年は白雪と共にまっすぐ歩いていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中! ※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father ※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中! ※書影など、公開中! ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。 勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。 スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。 途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。 なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。 その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。

処理中です...