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第10章 第14話
しおりを挟む天文17年3月21日:那古野城:織田信長15歳視点
「親父殿がまたろくな褒美を与えなかった事、詫びる。
代わりに余が黒鬼の望む褒美を与えてやるから機嫌を治せ」
惚けた親父殿の尻拭いをしなければいけないのは情けない。
日に日に惚けが激しくなっている。
「三郎様に何かもらおうとは思っていない。
欲しい物は自分で手に入れる、俺は乞食ではない!」
「確かに黒鬼の武力なら、大概の物は自分の力で手に入れられるだろう。
だが、今の黒鬼では手に入れられない物もあるぞ」
「ふん、珍しい物であろうと、俺の望む物でなければ意味はない!」
「黒雲雀の事を忘れたのか、余は黒鬼の望む物をよく知っているぞ」
「ふん、馬が欲しいというのは、俺が自分で言った事だ。
三郎様が思いついた事ではない!」
「ほう、だったら賭けるか?」
「賭けだと?」
「そうだ、余が黒鬼の望む物を与えられたら、親父殿への恨みを忘れる。
余が黒鬼の望む物を与えられなかったら、福釜城を与える、どうだ?」
「福釜城は、もともと俺が落とした城だ」
「だが、城を落としたからと言って、全てもらえる訳がないだろう。
それは黒鬼も分かっているだろう?」
「……分かった、その賭けに乗ってやる」
「そうか、それでこそ黒鬼だ、持ってこい!」
「これは?!」
「唐物の絹織物だ、それも蜀江錦だぞ!
金があれば手に入ると言う物ではないぞ。
織田弾正忠家の伝手を使わなければ、千金を積んでも手に入らない逸品だ」
「これを俺にくれると言うのか?」
「そうだ、愛する女房のために、俺に頼んで唐から取り寄せたと言えばいい。
とても喜んで、黒鬼に惚れ直すのではないか?」
「……惚れ直す、く、痛い所を突きやがって!
絶対だな、絶対に俺に頼まれて取り寄せた事にするのだな?!」
「余は約束は破らない、破ったらこの首をくれてやる。
ここにいる者達も、絶対に秘密は守る。
守らなければ黒鬼に殺されるのが分かっているからな」
「……分かった、大殿への恨みはきれいさっぱり忘れる」
「それでこそ黒鬼だ、日本一の武将だ」
「そんな心にもない事を言うな、もういい、もう十分だ、ただ……」
「ただなんだ?」
「銭を払うから、もっと手に入らないか?
絹織物は他にも色々あるのだろう?」
「余と言えどもそう簡単に手に入る物ではない。
先ほども言っただろう、千金を積んだからと言って買えるものではないと。
ただ、また親父殿が愚かな事をするかもしれぬ。
その時の為に唐から取り寄せる努力はする。
だから、親父殿が愚かな事をしない限り、手に入っても渡さぬ。
それでなくても、正室にも渡していない蜀江錦を褒美に与えたのだ。
次に手に入った絹織物を他人の女房に渡したら、毒を盛られかねない。
余の正室がマムシの娘なのを忘れたか?!」
「ふん、そんな恐ろしい女を正室に迎えた三郎様が悪い。
女房は愛らしく心優しいに限る」
「好きに言っていろ、とにかく、これで親父殿の事はなしだ」
「分かったと言っただろう、俺は何度も蒸し返すような狭量じゃない。
それよりも、三河の件はどうなった?」
「親父殿が岡崎で大負けした。
親父殿の側近は、親父殿を置いて真っ先に逃げ出した。
三郎五郎兄者が命懸けで突撃しなければ、親父殿は死んでいただろう。
岡崎城には今川家の岡部が入り、とてももう一度城攻めができる状態ではない」
「どこまで引いたのだ?」
「矢作川を渡って安祥城まで引いた。
まともに兵が残っていたのが三郎五郎兄者だけだったので、兄者が城代となった」
「大丈夫なのか、今川方が大軍を率いてきたら負けるのではないか?」
「そうだな、負けるかもしれぬ」
「それでは助けてやった本宿の連中が孤立するではないか!」
「また助けてやってくれるか?」
「絹織物を手に入れてくれるのなら助けに行ってやる」
「さっきも言っただろう、そう簡単に手に入る物ではない。
並の絹織物ではないのだぞ、分かっているのか?!」
「並の絹織物なら手に入るのか?」
「唐物以外なら手に入る、四大錦以外なら手に入る」
「それでいい、それで良いから、百合がよろこびそうな物を手に入れてくれ。
今度こそ、俺が頼んで百合がよろこぶ絹織物を手に入れる」
「分かった、この国の絹織物を取り寄せてやる。
何なら商人を紹介してやるから、自分で選んでやればいい」
「そんな恥ずかしい事ができるか!」
よし、よし、甲賀衆に調べさせた通り、黒鬼は女房に弱い。
女房を人質に取っていれば裏切る事はないだろう。
上手く女房を味方に付けられたら、黒鬼を操れるかもしれない。
「分かった、だったら余が女房の喜びそうな絹織物を選んでやる。
その代わり、本宿に500ほど援軍を送ってやってくれ」
「嫌だ、助けてはやるが、此方に利のない手伝い戦は嫌だ」
「さっき助けると言っていたではないか、絹織物では不足か?」
「不足だ、武功を立てた将兵に与える銭が稼げない。
今川や松平の領地切り取り勝手も認めろ」
「いくらなんでも切り取り勝手は与えられん。
これまで通り、夜盗働きで奪った物は全て自分の物にして良い。
だが、城地は駄目だ、いくつか城地を奪った後で1つ与えるくらいだ」
「いくつだ、いくつの城地を奪ったら城1つくれる?」
「5つだ、5つの城地を奪ったら、好きな城地を1つくれてやる」
「分かった、だったら宝飯郡の城を全部奪ってやる。
そうすれば今川と松平の目は、本宿ではなく宝飯郡に向くだろう?」
「水軍を使って海から襲うのか、それは面白い、好きにやれ。
何なら遠江でも駿河でも好きに襲っていいぞ」
「言ったな、後で言っていないとは言わさんぞ!」
「親父殿がまたろくな褒美を与えなかった事、詫びる。
代わりに余が黒鬼の望む褒美を与えてやるから機嫌を治せ」
惚けた親父殿の尻拭いをしなければいけないのは情けない。
日に日に惚けが激しくなっている。
「三郎様に何かもらおうとは思っていない。
欲しい物は自分で手に入れる、俺は乞食ではない!」
「確かに黒鬼の武力なら、大概の物は自分の力で手に入れられるだろう。
だが、今の黒鬼では手に入れられない物もあるぞ」
「ふん、珍しい物であろうと、俺の望む物でなければ意味はない!」
「黒雲雀の事を忘れたのか、余は黒鬼の望む物をよく知っているぞ」
「ふん、馬が欲しいというのは、俺が自分で言った事だ。
三郎様が思いついた事ではない!」
「ほう、だったら賭けるか?」
「賭けだと?」
「そうだ、余が黒鬼の望む物を与えられたら、親父殿への恨みを忘れる。
余が黒鬼の望む物を与えられなかったら、福釜城を与える、どうだ?」
「福釜城は、もともと俺が落とした城だ」
「だが、城を落としたからと言って、全てもらえる訳がないだろう。
それは黒鬼も分かっているだろう?」
「……分かった、その賭けに乗ってやる」
「そうか、それでこそ黒鬼だ、持ってこい!」
「これは?!」
「唐物の絹織物だ、それも蜀江錦だぞ!
金があれば手に入ると言う物ではないぞ。
織田弾正忠家の伝手を使わなければ、千金を積んでも手に入らない逸品だ」
「これを俺にくれると言うのか?」
「そうだ、愛する女房のために、俺に頼んで唐から取り寄せたと言えばいい。
とても喜んで、黒鬼に惚れ直すのではないか?」
「……惚れ直す、く、痛い所を突きやがって!
絶対だな、絶対に俺に頼まれて取り寄せた事にするのだな?!」
「余は約束は破らない、破ったらこの首をくれてやる。
ここにいる者達も、絶対に秘密は守る。
守らなければ黒鬼に殺されるのが分かっているからな」
「……分かった、大殿への恨みはきれいさっぱり忘れる」
「それでこそ黒鬼だ、日本一の武将だ」
「そんな心にもない事を言うな、もういい、もう十分だ、ただ……」
「ただなんだ?」
「銭を払うから、もっと手に入らないか?
絹織物は他にも色々あるのだろう?」
「余と言えどもそう簡単に手に入る物ではない。
先ほども言っただろう、千金を積んだからと言って買えるものではないと。
ただ、また親父殿が愚かな事をするかもしれぬ。
その時の為に唐から取り寄せる努力はする。
だから、親父殿が愚かな事をしない限り、手に入っても渡さぬ。
それでなくても、正室にも渡していない蜀江錦を褒美に与えたのだ。
次に手に入った絹織物を他人の女房に渡したら、毒を盛られかねない。
余の正室がマムシの娘なのを忘れたか?!」
「ふん、そんな恐ろしい女を正室に迎えた三郎様が悪い。
女房は愛らしく心優しいに限る」
「好きに言っていろ、とにかく、これで親父殿の事はなしだ」
「分かったと言っただろう、俺は何度も蒸し返すような狭量じゃない。
それよりも、三河の件はどうなった?」
「親父殿が岡崎で大負けした。
親父殿の側近は、親父殿を置いて真っ先に逃げ出した。
三郎五郎兄者が命懸けで突撃しなければ、親父殿は死んでいただろう。
岡崎城には今川家の岡部が入り、とてももう一度城攻めができる状態ではない」
「どこまで引いたのだ?」
「矢作川を渡って安祥城まで引いた。
まともに兵が残っていたのが三郎五郎兄者だけだったので、兄者が城代となった」
「大丈夫なのか、今川方が大軍を率いてきたら負けるのではないか?」
「そうだな、負けるかもしれぬ」
「それでは助けてやった本宿の連中が孤立するではないか!」
「また助けてやってくれるか?」
「絹織物を手に入れてくれるのなら助けに行ってやる」
「さっきも言っただろう、そう簡単に手に入る物ではない。
並の絹織物ではないのだぞ、分かっているのか?!」
「並の絹織物なら手に入るのか?」
「唐物以外なら手に入る、四大錦以外なら手に入る」
「それでいい、それで良いから、百合がよろこびそうな物を手に入れてくれ。
今度こそ、俺が頼んで百合がよろこぶ絹織物を手に入れる」
「分かった、この国の絹織物を取り寄せてやる。
何なら商人を紹介してやるから、自分で選んでやればいい」
「そんな恥ずかしい事ができるか!」
よし、よし、甲賀衆に調べさせた通り、黒鬼は女房に弱い。
女房を人質に取っていれば裏切る事はないだろう。
上手く女房を味方に付けられたら、黒鬼を操れるかもしれない。
「分かった、だったら余が女房の喜びそうな絹織物を選んでやる。
その代わり、本宿に500ほど援軍を送ってやってくれ」
「嫌だ、助けてはやるが、此方に利のない手伝い戦は嫌だ」
「さっき助けると言っていたではないか、絹織物では不足か?」
「不足だ、武功を立てた将兵に与える銭が稼げない。
今川や松平の領地切り取り勝手も認めろ」
「いくらなんでも切り取り勝手は与えられん。
これまで通り、夜盗働きで奪った物は全て自分の物にして良い。
だが、城地は駄目だ、いくつか城地を奪った後で1つ与えるくらいだ」
「いくつだ、いくつの城地を奪ったら城1つくれる?」
「5つだ、5つの城地を奪ったら、好きな城地を1つくれてやる」
「分かった、だったら宝飯郡の城を全部奪ってやる。
そうすれば今川と松平の目は、本宿ではなく宝飯郡に向くだろう?」
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