ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

雨野 美哉(あめの みかな)

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第10章 第12話

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「スイカ切りました!朝食のデザートです」
「ありがとうございます!」
「冷えててめっちゃ甘くて美味い!」
「サキさんが切ってくれたと思うとより美味い」

 昨日買ったスイカは流石に二人では大きかったので分けて皆で食べることにした。
 ミスカさんの所へ持っていき、少し耳に近づけてコソッと言う。

「ミスカさんの分、大きめに切ってみました」
「!ありがとう。良いのか?」
「勿論です」

 瑞々しい果汁が喉を通ると、じわじわ暑い毎日も爽やかに過ごせそうな気がした。
 スイカを食べてすっきりした団員たちは元気に仕事へ向かって行き、私とヴェルストリアくんも片付けを終える。

「サキさん、昨日町へ行ったんですね。ここに来てからは外に出ていなかったでしょうし、久しぶりでしたか?」
「あ……そう、だね」

 そっか、ヴェルストリアくんは私が異世界から来たことを知らないんだった。
 嘘をつくというのはやっぱり心苦しい。

「……昨日はね、調味料も買ったんだ!見て、こんなにいっぱい」
「ふふ、食べ物ばっかりですね」
「確かに言われて見ればそうかも」

 私は持ってきた物の中から、ラッピングされた小さな袋を取り出す。

「ヴェルストリアくんにお土産買ってきたの。良かったらどうぞ」
「僕に……?ありがとうございます……!開けても良いですか?」
「うん!」

 袋を開くとキラキラと輝くエメラルド色の飾りがささやかに付いたシンプルな髪飾り。

「これ見つけた時、ヴェルストリアくんぽいなって思ったの。髪ちょっと長めだから鍛錬中はいつも纏めているでしょ?」
「……いつも見てくれているんですか?」
「えっと、ちょっとこっそり?」

 ヴェルストリアくんが剣術に励んでいる姿はカッコよくて、つい目で追ってしまう。

「その時に使ってくれたら嬉しいな」
「使います!嬉しい……ありがとうございます……」

 ヴェルストリアくんは片手で口元を覆いながら、髪飾りを大事そうに見つめていた。
 喜んでもらえてよかった!

「あの、嫌じゃなかったら今私が付けさせて貰えないかな?」
「え!?」

 実はヴェルストリアくんの髪を一度いじってみたかったのだ。
 だって三つ編みとかしたら絶対可愛いもの。

「サキさんがそう言うのなら……お願いします。無理しないでくださいね」
「?うん、ありがとう!」

 早速後ろにまわり、そっと髪を梳くう。サラサラの白い髪が窓からの明かりに照らされてより一層輝いた。見惚れながらも両サイドから編み込みをしていく。

「痛くない?」
「は、はい……」

 二つの三つ編みを後ろの残りの髪と纏め、髪飾りで留めれば完成だ。
 手鏡で仕上がりを見てもらう

「わぁ……こんな結び方も出来るんですね」
「うん!慣れたら簡単だよ」

 不思議そうに横を向いて手鏡で見ている様子が嬉しくて、私はヴェルストリアくんの頭を撫でる。

「やっぱりこの髪飾り、綺麗な髪にとっても似合うなぁ」
「……っ!?」

 ふと、こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。勢いよく食堂の扉が開く。

「リューク!?そんなに慌ててどうしたの」
「サキ……スイカ無くなっちゃった……?」
「スイカ?」
「朝練終わらなくて……出遅れたぁ」

 リュークがだいぶしょんぼりしているので、ヴェルストリアくんには先に仕事に戻ってもらった。

「そんなにスイカ食べたかったの?リュークの分あるよ」
「うん……食べたかっ……え、あるの?」
「特別だよ」
「サキ……!」

 というわけでリュークの分のスイカを持ってきた。ニコニコしながらスイカにかじりつくリュークは可愛い。

「ふふ、実はミスカさんからスイカ好きって聞いたから取っておいたんだ」
「優しすぎる……ありがとう!」
「どういたしまして。そういえば昨日シオンさんのお店にお邪魔したよ。リューク元気にしてるかって気にしてた」
「叔父さんここのところ会ってなかったなぁ。サキ、今度は俺と一緒に行こうよ!」
「うん!行きたい!」

 リュークはスイカをすっかり食べ終えて満足したみたいだ。

「リュークはミスカさんと幼なじみだったんだね」
「そうそう!近所に住んでてさ。ずっと一緒に遊んでたんだ。昔から剣術ごっことかしてたんだよ」

 リュークは懐かしむようにミスカさんとの思い出を話してくれて、本当に仲が良いのだと伝わってくる。

「そういえばヴェルストリア珍しく髪結んでたけど」
「あ、ヴェルストリアくんにお土産で髪飾りあげたの!それで髪結ばせてもらって」
「髪に……そっか。サキなら大丈夫だな」

 リュークは納得したように頷いた。

「リュークのお土産も一応……あるよ」
「え、一応って何」
「これなんだけど」
「……スイカ!?」

 黒い種であろう点がなんとも言えない絶妙な顔を作っているこのスイカのキーホルダーを、私は見つけてしまったのだ。

「リュークがスイカ好きって聞いたらもうこれしか目に入らなくて……」
「くっ……ふふっ、待って…顔が……!」
「ちなみにもう一個あるの」

 ピンクの色違いを取り出す。

「サキ面白すぎる……あはは!」
「ふ、ふふ……だって……」

 思った以上に笑われて、私も笑いが止まらなかった。
 なんとか二人とも落ち着いた頃にはお腹がだいぶ筋肉痛だった。

「はぁ……それでね、良かったらお揃いにしたいなって思ったの」
「お揃い……!そうしよう!すごく嬉しい。サキ、ありがとう」
「うん!喜んで貰えて良かった」

 赤いスイカを渡そうとすると、差し出した私の手にリュークの大きい手がそっと重なる。

「どうかした?」

 リュークが私の目を真っ直ぐ見つめている。

「俺、これ見る度にサキのこと考えちゃう。サキも……これ見たら俺のこと思い出してくれる?」

 少し首を傾げて微笑むリュークに私の胸はトクンと音をたてた。
 買った時は意識して無かったけど、お揃いにしたいってすぐ考えてた。これを見たらリュークも同じ物を持っているんだって嬉しくなる。リュークが私の事を考えてくれるのも嬉しい。
 でもそれって……独占欲みたいな……?もっと私のこと考えて欲しいなんて……。

「見てない時でも思い出しちゃうよ……」
「!!」

 自分の気持ちに恥ずかしくなって、俯いて空いている片手で顔を隠す。
 最近の私はなんだか変だ。そわそわして落ち着かないような、そんな気分。

「サキ……」
「す、スイカ、また食べようね。それじゃあ今日はお掃除しないとだから」

 キーホルダーをリュークの手に握らせて、目が合わせられないままそそくさ食堂を後にした。


 サキのくれた赤いスイカのキーホルダー。
 そのなんとなく微妙な顔を撫でながら、リュークは呟いた。

「意識、してくれてたよな……」

 正直このスイカがあってもなくても俺はサキのことばっかり考えている。
 でもサキはそうじゃない。彼女にとって俺は大勢いる騎士団員の一人。お土産だって他の人にも渡している。
 会っていない時でも俺の存在を忘れないで欲しい。お揃いだと言ってくれたその意味が特別なものであって欲しい。

「……ずっと俺のこと思い出してくれたらいいのになぁ……」
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