79 / 123
第9章 第2話
しおりを挟む
レインもまた、新たな能力を発現した、そういうことなのだろうか?
死の間際や命のやりとりをするような状況でなくとも、物心ついた時にはエーテルの扱いに長けていた彼女ならありえる話だった。
だが、この能力は一体何の能力なのだろう?
「それは、ユワの記憶っていうこと?」
ショウゴはレインに訊ねると、
「はい、どうやらユワさんの記憶のようですね」
彼女はあっけらかんとした表情で答えた。
「わたくしが知るはずのない、幼いショウゴさんや少年時代のタカミさんの記憶もあるみたいですから」
それが何か? 何か問題でも? と言わんばかりの顔だった。
タカミはショウゴの顔を見た。
タカミは何の特殊な能力も持っていなかったが、ショウゴには人の心を読む能力がある。あまり趣味の良い能力ではないため、ここぞというときにしか彼はその能力を使わないが、今はそのここぞというときだった。
彼はすでにレインの心を読んでいた。
嘘はついていない、ショウゴの顔はタカミにそう言っていた。
「どうやらわたしの頭の中には、ユワさんだけじゃなく、アンナや、お母様、叔母様、返璧マヨリさんに破魔矢リサさん、それからアリステラの歴代の女王や女王になる資格を持っていた人たちの、10万年分の知識や記憶、経験が、全部あるみたいなんです」
タカミには到底信じられなかった。
だが、ショウゴの顔を見ると、彼女はやはり嘘はついていないようだった。
「タカミさん、今のレインさんには、アンナさんの能力もあるみたいだよ……
なんか、レインさんとアンナさんがふたりとも素っ裸で一緒に寝てるすっごいエロい記憶か想像を、わざと俺に読ませようとしてる……」
「いくらショウゴさんでも、わたくしの心を読むのはいけませんわ。無断でスマホを見るくらいいけないと思います。わたくしのスマホに一体どれだけのえっちな画像や動画が入ってるか……」
どうやらショウゴは、レインに逆に心を読まれてしまったようだった。
「ってか、あんたら姉妹で何してんだよ……」
すでにふたりが互いの心を読み合っているという、本来ならありえない状況がそこにはあった。
これまでも、アンナや遣田の他者への憑依能力を映像で見たり、遣田に偽りの天啓を与えられた朝倉現人の千里眼や未来予知、潜在意識の増幅といった能力の話を聞いていた。ユワが降らせているらしいこの街の雨のこともそうだ。
信じるしかなかった。
だが、レインの新たな能力に関しては、物理的に無理なのではないかと思った。
人の脳は1.7GB程度の容量しかなく、一昔前の携帯ゲーム機のディスク1枚分であり、DVD1枚の半分もない。
そのうちの何割が微弱な電気信号で動く人体という生体コンピュータを動かし続けるOSにあたり、何割が人格というソフトウェアにあたり、何割が知識や記憶、経験の記録媒体となるのかまではわからない。
記録だけとはいえ、10万年分の歴代の女王や女王になる資格を持っていた人たちの記録の容量は、一体どれだけのものになるのか想像もつかなかった。
仮に女王になる資格を持っていた者たちを、一世代を20年とし10人いたとする。10万年で5000世代になり、その数は5万人を超える。
一世代100人ならば50万人、1000人ならば500万人だ。
ある韓国出身の俳優は、自身が孔子の子孫である証拠の家系図を日本のテレビ番組で披露したことがあるが、孔子の子孫は直系でなければ現在400万人はいるという。
紀元前500年前後、2500年前の時代を生きた人の子孫ですら、現在だけでそれだけの数いるのだ。
10万年前から続くアリステラの女王の末裔は、いくら女子にしか女王となる資格がないとはいえ、500万人ではすまないだろう。レインの言う女王になる資格を持っていた者たちの人数は現在だけでなく10万年前の過去にまで遡るのだ。
資格を持つ者を500万人、平均寿命を60歳とした場合、その寿命はひとりの人間に換算すると、3億年分となる。
3億年分の知識や記録、経験は、おそらくテラバイトやペタバイトではすまないだろう。エクサバイトに達する可能性があるのではないだろうか。
到底ひとりの人間の脳に収まるものではなかった。
それに、人格というものは知識や記憶、経験から形成されるものだ。
レインの人格は、彼女の知識や記憶、経験から形成されたものであり、そこに500万人分の知識や記憶、経験が混ざってしまえば、レインはレインでなくなってしまう。
500万人分の別人格が生まれるか、3億年を生きた人間の人格に置き換わるかしてしまいかねない。
「大丈夫ですよ、わたくしは。
アンナやお母様、叔母様、それ以外の方の知識や記憶、経験の記録は、わたくしのものとは別の場所にあるようですから」
まさかとは思うが、歴代の女王や女王となる資格を持っていた者だけの、会員制アカシックレコードのようなものがあるわけではないだろうが……そこまで考えて、タカミはレインに心を読まれていたことに気づいた。
「ちなみに、わたくしが今使える特殊な能力の数は」
「53万とか言わないでよ」
「言わせてください、ショウゴさん」
あぁ、例の死ぬまでに一度は言ってみたい台詞か、とタカミは思った。
戦闘力を、使える能力の数に言い換えようとしたんだな、と。
いつもと変わらない平和なやりとり。
笑うショウゴやレイン、そして自分。
だが、この雨野市の外の世界は地獄だった。
元々地獄のようなものだったが、それでも人々は1日1日を必死に生き抜いていた。暴徒でさえ、その方法はどう考えても間違っていたし肯定するつもりは毛頭ないが、必死に生き抜こうとしていた。
日本という国は国家として機能していなくても、日本列島があり、かつての半数ほどにまで減ってしまったとはいえ日本人が生きていた。
だが、この日、雨野市以外のすべての日本と日本人が海に沈んだ。
死の間際や命のやりとりをするような状況でなくとも、物心ついた時にはエーテルの扱いに長けていた彼女ならありえる話だった。
だが、この能力は一体何の能力なのだろう?
「それは、ユワの記憶っていうこと?」
ショウゴはレインに訊ねると、
「はい、どうやらユワさんの記憶のようですね」
彼女はあっけらかんとした表情で答えた。
「わたくしが知るはずのない、幼いショウゴさんや少年時代のタカミさんの記憶もあるみたいですから」
それが何か? 何か問題でも? と言わんばかりの顔だった。
タカミはショウゴの顔を見た。
タカミは何の特殊な能力も持っていなかったが、ショウゴには人の心を読む能力がある。あまり趣味の良い能力ではないため、ここぞというときにしか彼はその能力を使わないが、今はそのここぞというときだった。
彼はすでにレインの心を読んでいた。
嘘はついていない、ショウゴの顔はタカミにそう言っていた。
「どうやらわたしの頭の中には、ユワさんだけじゃなく、アンナや、お母様、叔母様、返璧マヨリさんに破魔矢リサさん、それからアリステラの歴代の女王や女王になる資格を持っていた人たちの、10万年分の知識や記憶、経験が、全部あるみたいなんです」
タカミには到底信じられなかった。
だが、ショウゴの顔を見ると、彼女はやはり嘘はついていないようだった。
「タカミさん、今のレインさんには、アンナさんの能力もあるみたいだよ……
なんか、レインさんとアンナさんがふたりとも素っ裸で一緒に寝てるすっごいエロい記憶か想像を、わざと俺に読ませようとしてる……」
「いくらショウゴさんでも、わたくしの心を読むのはいけませんわ。無断でスマホを見るくらいいけないと思います。わたくしのスマホに一体どれだけのえっちな画像や動画が入ってるか……」
どうやらショウゴは、レインに逆に心を読まれてしまったようだった。
「ってか、あんたら姉妹で何してんだよ……」
すでにふたりが互いの心を読み合っているという、本来ならありえない状況がそこにはあった。
これまでも、アンナや遣田の他者への憑依能力を映像で見たり、遣田に偽りの天啓を与えられた朝倉現人の千里眼や未来予知、潜在意識の増幅といった能力の話を聞いていた。ユワが降らせているらしいこの街の雨のこともそうだ。
信じるしかなかった。
だが、レインの新たな能力に関しては、物理的に無理なのではないかと思った。
人の脳は1.7GB程度の容量しかなく、一昔前の携帯ゲーム機のディスク1枚分であり、DVD1枚の半分もない。
そのうちの何割が微弱な電気信号で動く人体という生体コンピュータを動かし続けるOSにあたり、何割が人格というソフトウェアにあたり、何割が知識や記憶、経験の記録媒体となるのかまではわからない。
記録だけとはいえ、10万年分の歴代の女王や女王になる資格を持っていた人たちの記録の容量は、一体どれだけのものになるのか想像もつかなかった。
仮に女王になる資格を持っていた者たちを、一世代を20年とし10人いたとする。10万年で5000世代になり、その数は5万人を超える。
一世代100人ならば50万人、1000人ならば500万人だ。
ある韓国出身の俳優は、自身が孔子の子孫である証拠の家系図を日本のテレビ番組で披露したことがあるが、孔子の子孫は直系でなければ現在400万人はいるという。
紀元前500年前後、2500年前の時代を生きた人の子孫ですら、現在だけでそれだけの数いるのだ。
10万年前から続くアリステラの女王の末裔は、いくら女子にしか女王となる資格がないとはいえ、500万人ではすまないだろう。レインの言う女王になる資格を持っていた者たちの人数は現在だけでなく10万年前の過去にまで遡るのだ。
資格を持つ者を500万人、平均寿命を60歳とした場合、その寿命はひとりの人間に換算すると、3億年分となる。
3億年分の知識や記録、経験は、おそらくテラバイトやペタバイトではすまないだろう。エクサバイトに達する可能性があるのではないだろうか。
到底ひとりの人間の脳に収まるものではなかった。
それに、人格というものは知識や記憶、経験から形成されるものだ。
レインの人格は、彼女の知識や記憶、経験から形成されたものであり、そこに500万人分の知識や記憶、経験が混ざってしまえば、レインはレインでなくなってしまう。
500万人分の別人格が生まれるか、3億年を生きた人間の人格に置き換わるかしてしまいかねない。
「大丈夫ですよ、わたくしは。
アンナやお母様、叔母様、それ以外の方の知識や記憶、経験の記録は、わたくしのものとは別の場所にあるようですから」
まさかとは思うが、歴代の女王や女王となる資格を持っていた者だけの、会員制アカシックレコードのようなものがあるわけではないだろうが……そこまで考えて、タカミはレインに心を読まれていたことに気づいた。
「ちなみに、わたくしが今使える特殊な能力の数は」
「53万とか言わないでよ」
「言わせてください、ショウゴさん」
あぁ、例の死ぬまでに一度は言ってみたい台詞か、とタカミは思った。
戦闘力を、使える能力の数に言い換えようとしたんだな、と。
いつもと変わらない平和なやりとり。
笑うショウゴやレイン、そして自分。
だが、この雨野市の外の世界は地獄だった。
元々地獄のようなものだったが、それでも人々は1日1日を必死に生き抜いていた。暴徒でさえ、その方法はどう考えても間違っていたし肯定するつもりは毛頭ないが、必死に生き抜こうとしていた。
日本という国は国家として機能していなくても、日本列島があり、かつての半数ほどにまで減ってしまったとはいえ日本人が生きていた。
だが、この日、雨野市以外のすべての日本と日本人が海に沈んだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる