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第9章 第2話

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 レインもまた、新たな能力を発現した、そういうことなのだろうか?
 死の間際や命のやりとりをするような状況でなくとも、物心ついた時にはエーテルの扱いに長けていた彼女ならありえる話だった。
 だが、この能力は一体何の能力なのだろう?

「それは、ユワの記憶っていうこと?」

 ショウゴはレインに訊ねると、

「はい、どうやらユワさんの記憶のようですね」

 彼女はあっけらかんとした表情で答えた。

「わたくしが知るはずのない、幼いショウゴさんや少年時代のタカミさんの記憶もあるみたいですから」

 それが何か? 何か問題でも? と言わんばかりの顔だった。

 タカミはショウゴの顔を見た。
 タカミは何の特殊な能力も持っていなかったが、ショウゴには人の心を読む能力がある。あまり趣味の良い能力ではないため、ここぞというときにしか彼はその能力を使わないが、今はそのここぞというときだった。
 彼はすでにレインの心を読んでいた。
 嘘はついていない、ショウゴの顔はタカミにそう言っていた。

「どうやらわたしの頭の中には、ユワさんだけじゃなく、アンナや、お母様、叔母様、返璧マヨリさんに破魔矢リサさん、それからアリステラの歴代の女王や女王になる資格を持っていた人たちの、10万年分の知識や記憶、経験が、全部あるみたいなんです」

 タカミには到底信じられなかった。
 だが、ショウゴの顔を見ると、彼女はやはり嘘はついていないようだった。

「タカミさん、今のレインさんには、アンナさんの能力もあるみたいだよ……
 なんか、レインさんとアンナさんがふたりとも素っ裸で一緒に寝てるすっごいエロい記憶か想像を、わざと俺に読ませようとしてる……」

「いくらショウゴさんでも、わたくしの心を読むのはいけませんわ。無断でスマホを見るくらいいけないと思います。わたくしのスマホに一体どれだけのえっちな画像や動画が入ってるか……」

 どうやらショウゴは、レインに逆に心を読まれてしまったようだった。

「ってか、あんたら姉妹で何してんだよ……」

 すでにふたりが互いの心を読み合っているという、本来ならありえない状況がそこにはあった。
 これまでも、アンナや遣田の他者への憑依能力を映像で見たり、遣田に偽りの天啓を与えられた朝倉現人の千里眼や未来予知、潜在意識の増幅といった能力の話を聞いていた。ユワが降らせているらしいこの街の雨のこともそうだ。
 信じるしかなかった。
 だが、レインの新たな能力に関しては、物理的に無理なのではないかと思った。

 人の脳は1.7GB程度の容量しかなく、一昔前の携帯ゲーム機のディスク1枚分であり、DVD1枚の半分もない。
 そのうちの何割が微弱な電気信号で動く人体という生体コンピュータを動かし続けるOSにあたり、何割が人格というソフトウェアにあたり、何割が知識や記憶、経験の記録媒体となるのかまではわからない。
 記録だけとはいえ、10万年分の歴代の女王や女王になる資格を持っていた人たちの記録の容量は、一体どれだけのものになるのか想像もつかなかった。

 仮に女王になる資格を持っていた者たちを、一世代を20年とし10人いたとする。10万年で5000世代になり、その数は5万人を超える。
 一世代100人ならば50万人、1000人ならば500万人だ。

 ある韓国出身の俳優は、自身が孔子の子孫である証拠の家系図を日本のテレビ番組で披露したことがあるが、孔子の子孫は直系でなければ現在400万人はいるという。
 紀元前500年前後、2500年前の時代を生きた人の子孫ですら、現在だけでそれだけの数いるのだ。
 10万年前から続くアリステラの女王の末裔は、いくら女子にしか女王となる資格がないとはいえ、500万人ではすまないだろう。レインの言う女王になる資格を持っていた者たちの人数は現在だけでなく10万年前の過去にまで遡るのだ。

 資格を持つ者を500万人、平均寿命を60歳とした場合、その寿命はひとりの人間に換算すると、3億年分となる。
 3億年分の知識や記録、経験は、おそらくテラバイトやペタバイトではすまないだろう。エクサバイトに達する可能性があるのではないだろうか。
 到底ひとりの人間の脳に収まるものではなかった。

 それに、人格というものは知識や記憶、経験から形成されるものだ。
 レインの人格は、彼女の知識や記憶、経験から形成されたものであり、そこに500万人分の知識や記憶、経験が混ざってしまえば、レインはレインでなくなってしまう。
 500万人分の別人格が生まれるか、3億年を生きた人間の人格に置き換わるかしてしまいかねない。

「大丈夫ですよ、わたくしは。
 アンナやお母様、叔母様、それ以外の方の知識や記憶、経験の記録は、わたくしのものとは別の場所にあるようですから」

 まさかとは思うが、歴代の女王や女王となる資格を持っていた者だけの、会員制アカシックレコードのようなものがあるわけではないだろうが……そこまで考えて、タカミはレインに心を読まれていたことに気づいた。

「ちなみに、わたくしが今使える特殊な能力の数は」

「53万とか言わないでよ」

「言わせてください、ショウゴさん」

 あぁ、例の死ぬまでに一度は言ってみたい台詞か、とタカミは思った。
 戦闘力を、使える能力の数に言い換えようとしたんだな、と。

 いつもと変わらない平和なやりとり。
 笑うショウゴやレイン、そして自分。

 だが、この雨野市の外の世界は地獄だった。
 元々地獄のようなものだったが、それでも人々は1日1日を必死に生き抜いていた。暴徒でさえ、その方法はどう考えても間違っていたし肯定するつもりは毛頭ないが、必死に生き抜こうとしていた。
 日本という国は国家として機能していなくても、日本列島があり、かつての半数ほどにまで減ってしまったとはいえ日本人が生きていた。
 だが、この日、雨野市以外のすべての日本と日本人が海に沈んだ。
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