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第7章 第8話
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レインは数日間の鍛練により、人が出入り可能なゲートを作り出すことに成功した。
「すごいんだね、レインは。本当にそんなものを作ってしまえるんだから」
彼女がマンションの屋上で鍛練を繰り返すのをずっと見ていたショウゴは、
「少し休憩した方がいいよ。
あんまり根を詰めると、体にも心にもよくないから」
そう言って、彼女に暖かい飲み物をくれた。
急がせているのは俺たちなんだけどね、と申し訳なさそうな顔をした。
ショウゴに褒められると俄然やる気がわいてくるのはどうしてだろうか。
タカミに褒められても何も感じないというのに。
世界や人類がどうなるかということよりも、彼の役に立ちたいという気持ちが、レインの中では大きかった。
これが恋というものなのだろうか。
アンナが死んだ日、彼女がショウゴとばかり話していたときに感じていたのは、アンナをショウゴに取られてしまうのではないかという嫉妬心だった。
だからショウゴに気のあるふりをして、ふたりの会話を邪魔したりしていた。
だが今は違う。
初恋というものをまだ知らなかったレインは、彼の顔をまともに見ることさえ恥ずかしかった。
きっと退屈でしかたがないにちがいないのに、そばでずっと見守ってくれ、優しい言葉をかけてくれる彼に、何と言葉を返したらいいかすらわからなかった。
「あとはこれをどこまで大きく広げることができるかなんですが……」
だから、どうしてもエーテルの扱い方の話ばかりになってしまう。
「まだ時間はたぶんあるから。今日は小雨だけど、体も冷えてるだろうし、一度部屋に戻ろう」
現段階のゲートでも、彼を新生アリステラに送り出すことくらいはできる。女王に会わせてあげることはできる。できてしまう。
女王は彼の恋人だった人かもしれない人だ。自分は彼といられればそれでいいのに、ふたりを再会させるために毎日鍛練を繰り返している。
そう考えると、自分は一体何のためにこんなことをしているのか馬鹿らしくなった。
「ショウゴさんは、もしあの女王が本当にユワさんという人で、それでもアリステラの女王であり続けることを選んだら、一体どうするおつもりなんですか?」
会話に困り果て、ついそんなことを聞いてしまった。
口にしてしまってから、とても残酷な質問をしてしまったと思った。
「そのときは、たぶん、ユワと一緒に俺も異世界に行くよ」
レインがした残酷な質問に、ショウゴは彼女にとって最も残酷な答えを返した。
「この世界が、災厄が終わった後、ちゃんと復興できるかどうかもわからないのに、無責任すぎるかもしれないけど」
それでも俺はユワのそばにいたいんだ、とショウゴは言った。
彼は変わらないのだ。
世界と恋人、どちらをとるか迫られたときに、天秤に一度かけることすらしない。
ただただまっすぐに恋人の手を掴もうとする。
レインが生まれて初めて恋をした男性はそういう人だった。
だからこそ惹かれたのかもしれない。
アリステラが元々存在した異世界を見つけることなどできるはずがなかった。
だからレインは、巨大なゲートさえ作れるようになれば、自分にだけはその異世界の場所がわかると嘘をつき、宇宙空間にでもアリステラを送り出してやればいいと考えていた。
いくら天変地異を引き起こす力があっても、地球の引力内にある宇宙空間に放り出してやれば、アリステラは引力によって大気圏に突入し、燃え尽きて消えてなくなる。それでいい、そうすべきだとレインは考えていた。
レインが考えていたプランでは、アリステラの脅威を取り除くことが可能であり、すぐに嘘であったことはばれてしまうだろうが、一時的にショウゴやタカミを騙すことも可能だった。
アリステラは世界や人類をここまでめちゃくちゃにし、アリステラの関係者である遣田ハオトにアンナは殺され、レイン自身も父親を操られたことによって人生を滅茶苦茶にされた。
アリステラを元の異世界に帰すというタカミやショウゴの判断を、レインは甘過ぎると感じていた。
あれはこの世界にも、異世界にも存在してはいけない。許してはいけない。それだけのことをしてきたのだ。
10万年という途方もないくらい古い時代に人類にされたことの復讐に、正統性なんてとっくにないというのに。
そもそも、人類を「野蛮なホモサピエンス」と呼びながら、アリステラがしている復讐もまた野蛮な行為ではないのか。
仇討ちはどこの国の法律でも禁止されている。復讐は復讐しか生まないということを、野蛮なホモサピエンスと揶揄される人類は10万年もかけずとも、この数百年ほどの間で学び、法律化され、人類はその法律の中で生きているのだ。
たとえ家族や恋人を殺されたとしても、裁判で死刑判決が出ることを望みこそするが、復讐で自ら手を汚す者はわずかだ。
一体どちらが野蛮で、おまけに粘着質なのか、レインはアリステラの女王に問い詰めてやりたかった。
だが、ショウゴの決意を聞いてしまった以上、
「それじゃあ、わたくしはどうしても異世界を見つけなければいけませんね」
レインの決意もまた固まった。
アリステラの女王がユワという人でさえなければいいのだ。
だから、彼女はアリステラが帰るべき異世界の場所を探しながら、女王がユワではないという証拠を集めようと思った。
すでに彼女は、自分ひとりくらいなら転移できるだけのゲートは生み出せる。
いつまでも同じ顔の人間がこの世界にいるから、彼は初恋の女性を忘れられないでいるのだ。
「すごいんだね、レインは。本当にそんなものを作ってしまえるんだから」
彼女がマンションの屋上で鍛練を繰り返すのをずっと見ていたショウゴは、
「少し休憩した方がいいよ。
あんまり根を詰めると、体にも心にもよくないから」
そう言って、彼女に暖かい飲み物をくれた。
急がせているのは俺たちなんだけどね、と申し訳なさそうな顔をした。
ショウゴに褒められると俄然やる気がわいてくるのはどうしてだろうか。
タカミに褒められても何も感じないというのに。
世界や人類がどうなるかということよりも、彼の役に立ちたいという気持ちが、レインの中では大きかった。
これが恋というものなのだろうか。
アンナが死んだ日、彼女がショウゴとばかり話していたときに感じていたのは、アンナをショウゴに取られてしまうのではないかという嫉妬心だった。
だからショウゴに気のあるふりをして、ふたりの会話を邪魔したりしていた。
だが今は違う。
初恋というものをまだ知らなかったレインは、彼の顔をまともに見ることさえ恥ずかしかった。
きっと退屈でしかたがないにちがいないのに、そばでずっと見守ってくれ、優しい言葉をかけてくれる彼に、何と言葉を返したらいいかすらわからなかった。
「あとはこれをどこまで大きく広げることができるかなんですが……」
だから、どうしてもエーテルの扱い方の話ばかりになってしまう。
「まだ時間はたぶんあるから。今日は小雨だけど、体も冷えてるだろうし、一度部屋に戻ろう」
現段階のゲートでも、彼を新生アリステラに送り出すことくらいはできる。女王に会わせてあげることはできる。できてしまう。
女王は彼の恋人だった人かもしれない人だ。自分は彼といられればそれでいいのに、ふたりを再会させるために毎日鍛練を繰り返している。
そう考えると、自分は一体何のためにこんなことをしているのか馬鹿らしくなった。
「ショウゴさんは、もしあの女王が本当にユワさんという人で、それでもアリステラの女王であり続けることを選んだら、一体どうするおつもりなんですか?」
会話に困り果て、ついそんなことを聞いてしまった。
口にしてしまってから、とても残酷な質問をしてしまったと思った。
「そのときは、たぶん、ユワと一緒に俺も異世界に行くよ」
レインがした残酷な質問に、ショウゴは彼女にとって最も残酷な答えを返した。
「この世界が、災厄が終わった後、ちゃんと復興できるかどうかもわからないのに、無責任すぎるかもしれないけど」
それでも俺はユワのそばにいたいんだ、とショウゴは言った。
彼は変わらないのだ。
世界と恋人、どちらをとるか迫られたときに、天秤に一度かけることすらしない。
ただただまっすぐに恋人の手を掴もうとする。
レインが生まれて初めて恋をした男性はそういう人だった。
だからこそ惹かれたのかもしれない。
アリステラが元々存在した異世界を見つけることなどできるはずがなかった。
だからレインは、巨大なゲートさえ作れるようになれば、自分にだけはその異世界の場所がわかると嘘をつき、宇宙空間にでもアリステラを送り出してやればいいと考えていた。
いくら天変地異を引き起こす力があっても、地球の引力内にある宇宙空間に放り出してやれば、アリステラは引力によって大気圏に突入し、燃え尽きて消えてなくなる。それでいい、そうすべきだとレインは考えていた。
レインが考えていたプランでは、アリステラの脅威を取り除くことが可能であり、すぐに嘘であったことはばれてしまうだろうが、一時的にショウゴやタカミを騙すことも可能だった。
アリステラは世界や人類をここまでめちゃくちゃにし、アリステラの関係者である遣田ハオトにアンナは殺され、レイン自身も父親を操られたことによって人生を滅茶苦茶にされた。
アリステラを元の異世界に帰すというタカミやショウゴの判断を、レインは甘過ぎると感じていた。
あれはこの世界にも、異世界にも存在してはいけない。許してはいけない。それだけのことをしてきたのだ。
10万年という途方もないくらい古い時代に人類にされたことの復讐に、正統性なんてとっくにないというのに。
そもそも、人類を「野蛮なホモサピエンス」と呼びながら、アリステラがしている復讐もまた野蛮な行為ではないのか。
仇討ちはどこの国の法律でも禁止されている。復讐は復讐しか生まないということを、野蛮なホモサピエンスと揶揄される人類は10万年もかけずとも、この数百年ほどの間で学び、法律化され、人類はその法律の中で生きているのだ。
たとえ家族や恋人を殺されたとしても、裁判で死刑判決が出ることを望みこそするが、復讐で自ら手を汚す者はわずかだ。
一体どちらが野蛮で、おまけに粘着質なのか、レインはアリステラの女王に問い詰めてやりたかった。
だが、ショウゴの決意を聞いてしまった以上、
「それじゃあ、わたくしはどうしても異世界を見つけなければいけませんね」
レインの決意もまた固まった。
アリステラの女王がユワという人でさえなければいいのだ。
だから、彼女はアリステラが帰るべき異世界の場所を探しながら、女王がユワではないという証拠を集めようと思った。
すでに彼女は、自分ひとりくらいなら転移できるだけのゲートは生み出せる。
いつまでも同じ顔の人間がこの世界にいるから、彼は初恋の女性を忘れられないでいるのだ。
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