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第2章 第11話
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リサを含めた5人の死体で、目の前の男の空腹は何日満たされるのだろうか。
意識が遠退いていく中で、そんなことを考えていると、部屋にもうひとり雨合羽を着た男が入ってくるのが見えた。
仲間がいたのか。仲間はひとりとは限らない。仲間がいたら5人分の人肉などあっという間になくなってしまうだろう。
もうひとりの雨合羽の男は、拳銃を手にしていた。
最初に現れた雨合羽の男に一瞬で距離を詰め、ダガーナイフで応戦されそうになると、右手首につけていた腕時計でそれを弾き、もう1本のナイフが刺さる直前に体を屈めて避けた。
その一瞬のうちに、二人目の雨合羽は、最初の雨合羽のナイフを2本とも手刀で叩き落としており、さらに顎に銃口を突き付けてもいた。
「悪かったよ……こいつを着ていれば、暴徒じゃないって思われるだろ……?」
最初の雨合羽は両手を上げ、もう自分には敵意はないと命乞いを始めた。
「だから、ついな……まさか、本物に出くわすなんて……思いもよら」
ゼロ距離から顎に発砲された拳銃は、命乞いを聞く必要はない、そんな時間は与えない、という二人目の雨合羽の強い意思を感じた。
雨合羽を着ていれば暴徒じゃないと思われる。
まさか本物に出くわすなんて。
最初の雨合羽は、二人目の雨合羽の偽物であり、二人目の雨合羽は暴徒ではなく暴徒狩りをしている。
つまりは、そういうことなのだろう。
言葉にならない声を上げ、リサに駆けよった「雨合羽の男」の顔は、まだ幼く、まるで少年のようで……
リサはその顔に見覚えがあることに気づいた。
少年の名前も知っていた。
「そっか……君が『雨合羽の男』になっていたんだね……」
少年は口を開こうとするのだがやはり言葉にならず、リサの言葉には答えられないようだった。
世界を憎み、人を憎み、そして自分を一番憎みながら生きる彼は、復讐の鬼と化した代償なのか、言葉を失っていた。
「さすがにそこまでは思いつかなかったな……
でも、もしかしたらわたしは本当に……」
わたしは本当に預言者だったのかもしれない。
リサは最期にそう思い、少年の腕の中で息を引き取った。
少年の手には、リサに駆け寄った際だろうか、いつの間にか何かを握らされていた。
それは何かの暗証番号のようだった。
少年は、リサの部屋にあった金庫を見つけ、暗証番号を入力して開けた。
その中には手書きで書かれた小説が何十冊もあった。
作者名は「破魔矢リサ」とあり、小説を読むことなど滅多にない少年でも名前くらいは知っているような有名な小説家だった。
彼女が2018年に書いた小説を少年は読んだことはなかったが、その内容は4年後の2022年に少年と彼の恋人の身に起きた出来事そのものだったと聞いたことがあった。
預言の書だったのではないかとか、彼女自身も預言者なのではないかと噂されていた人だった。
少年に金庫を開けさせたのは、ここにある小説を読めということだろうか。
それとも後世に残るようにしてほしかったのだろうか。
彼女の真意はわからなかったが、どちらにせよここにそのままにしておくわけにはいかないと少年は考えた。
少年は彼女を含めた家族5人の遺体を庭に埋めると、金庫をタカミのマンションに移すことにした。
預言の書と呼ばれる小説を書いた、預言者と呼ばれた彼女がこの街に住んでいることを知っていたら、もっと早く出会いたかった。話してみたかった。
だが、リンやマヨリ、橋良らのようにまた守れなかった。
いつかすべての災厄が終わり、すべて元通りとはいかないまでも、彼女が遺した小説を出版できる日は来るのだろうか。
その日が来ることを願って、少年は金庫の中の小説をまだ読まないと決めた。
今、自分に出来るのは、ちゃんと人を守れる「雨合羽の男」になることだけだ。
それ以外に自分に出来ることなど何もないのだ。
意識が遠退いていく中で、そんなことを考えていると、部屋にもうひとり雨合羽を着た男が入ってくるのが見えた。
仲間がいたのか。仲間はひとりとは限らない。仲間がいたら5人分の人肉などあっという間になくなってしまうだろう。
もうひとりの雨合羽の男は、拳銃を手にしていた。
最初に現れた雨合羽の男に一瞬で距離を詰め、ダガーナイフで応戦されそうになると、右手首につけていた腕時計でそれを弾き、もう1本のナイフが刺さる直前に体を屈めて避けた。
その一瞬のうちに、二人目の雨合羽は、最初の雨合羽のナイフを2本とも手刀で叩き落としており、さらに顎に銃口を突き付けてもいた。
「悪かったよ……こいつを着ていれば、暴徒じゃないって思われるだろ……?」
最初の雨合羽は両手を上げ、もう自分には敵意はないと命乞いを始めた。
「だから、ついな……まさか、本物に出くわすなんて……思いもよら」
ゼロ距離から顎に発砲された拳銃は、命乞いを聞く必要はない、そんな時間は与えない、という二人目の雨合羽の強い意思を感じた。
雨合羽を着ていれば暴徒じゃないと思われる。
まさか本物に出くわすなんて。
最初の雨合羽は、二人目の雨合羽の偽物であり、二人目の雨合羽は暴徒ではなく暴徒狩りをしている。
つまりは、そういうことなのだろう。
言葉にならない声を上げ、リサに駆けよった「雨合羽の男」の顔は、まだ幼く、まるで少年のようで……
リサはその顔に見覚えがあることに気づいた。
少年の名前も知っていた。
「そっか……君が『雨合羽の男』になっていたんだね……」
少年は口を開こうとするのだがやはり言葉にならず、リサの言葉には答えられないようだった。
世界を憎み、人を憎み、そして自分を一番憎みながら生きる彼は、復讐の鬼と化した代償なのか、言葉を失っていた。
「さすがにそこまでは思いつかなかったな……
でも、もしかしたらわたしは本当に……」
わたしは本当に預言者だったのかもしれない。
リサは最期にそう思い、少年の腕の中で息を引き取った。
少年の手には、リサに駆け寄った際だろうか、いつの間にか何かを握らされていた。
それは何かの暗証番号のようだった。
少年は、リサの部屋にあった金庫を見つけ、暗証番号を入力して開けた。
その中には手書きで書かれた小説が何十冊もあった。
作者名は「破魔矢リサ」とあり、小説を読むことなど滅多にない少年でも名前くらいは知っているような有名な小説家だった。
彼女が2018年に書いた小説を少年は読んだことはなかったが、その内容は4年後の2022年に少年と彼の恋人の身に起きた出来事そのものだったと聞いたことがあった。
預言の書だったのではないかとか、彼女自身も預言者なのではないかと噂されていた人だった。
少年に金庫を開けさせたのは、ここにある小説を読めということだろうか。
それとも後世に残るようにしてほしかったのだろうか。
彼女の真意はわからなかったが、どちらにせよここにそのままにしておくわけにはいかないと少年は考えた。
少年は彼女を含めた家族5人の遺体を庭に埋めると、金庫をタカミのマンションに移すことにした。
預言の書と呼ばれる小説を書いた、預言者と呼ばれた彼女がこの街に住んでいることを知っていたら、もっと早く出会いたかった。話してみたかった。
だが、リンやマヨリ、橋良らのようにまた守れなかった。
いつかすべての災厄が終わり、すべて元通りとはいかないまでも、彼女が遺した小説を出版できる日は来るのだろうか。
その日が来ることを願って、少年は金庫の中の小説をまだ読まないと決めた。
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それ以外に自分に出来ることなど何もないのだ。
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