ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
54 / 123

第6章 第8話

しおりを挟む
 不思議な気持ちだった。

 これがアリステラ人やエーテルの扱い方を知る者たちの闘いなのだ。
 何の能力も開花する兆しを見せず、ハッキングしか取り柄のない自分は、まるで仲間たちの戦闘力のインフレについていけず、いつの間にか解説役になっているような漫画のキャラクターのように思えた。
 そういうキャラクターはやがて解説役ですらなくなっていく運命にある。主人公たちの闘いに同行することすらしなくなるからだ。

 雨野タカミという青年が主人公ではないということは、彼自身が一番よくわかっていた。

 ハッカーとして活動していた頃ですら、部屋から一歩も出ることがなかった彼は、一条ソウマという主人公のバディですらなく、仲間のひとりでしかなかっただろう。一条は当時、タカミの顔すら知らなかったのだ。

 大和ショウゴが世界中を敵にまわし、雨野ユワを連れて逃げ回っていたときも、タカミはあくまで、ユワの兄であり、ふたりの協力者でもあるというポジションでしかなかった。

 そんな自分を心から情けなく思うことで、自分への怒りによって能力に開花する。
 漫画や小説にはそんなキャラクターもいる。
 そういうキャラクターが彼は好きだった。

 だがタカミは情けなく思いはしても、ただそれだけだった。思うだけだった。
 そんな自分に対し怒りが沸くことはなかった。
 諦めてしまったと言ってもいいだろう。

 きっとこの物語は、ショウゴがユワを取り戻す物語であると同時に、一条が小久保ハルミを取り戻す物語であり、タカミは今回も主人公どころか、ふたりのどちらかのバディにさえなれないのだ。
 タカミにもユワとハルミを取り戻すという目的はあるが、その熱量は明らかにショウゴや一条に劣るだろう。

 フィクションには必ず主人公がひとりは存在する。
 群像劇であれば主人公は複数存在し、現実はどちらかといえば群像劇に近いだろう。
 実際に「現実を生きるひとりひとりが主人公だ」と言う人がいる。
 だが本当にそうだろうか。
 現実は一人称でしか語ることができないため、そう思う人がいるだけではないのか。あるいは、そう思いたいという凡人の願いでしかないのではないか。
「努力をすれば夢は必ずかなう」と言えてしまうような、才能や強運を持って生まれた成功者が、誰でも自分の物語の主人公になれるはずだと夢物語を凡人に押し付けているだけではないだろうか。
 物心つく前に事故や病気、親の虐待で死んでしまうような子どもだっている。語る言葉すら持つ前に死んでしまう子どもは自分の人生の主人公だと言えるのか。

 タカミにしか語れない物語は確かにあるだろう。
 だが、その物語には純文学的価値もエンターテイメント性もない。
 雨野タカミという男には主体性がなく、彼は成長もしなければ成功もない。ただ挫折だけがあり、挫折から立ち上がることはなく、すぐに諦めて逃げ道を探す。
 自分ですら読みたいと思えない物語しか語れない者が、果たして本当に主人公と言えるのか。
 自分の物語であっても、自分はそんな主人公にはなりたいとさえ思えないというのに。

 タカミは管理人室から出ると、暴徒の死体に向かって歩いていった。
 死体が握るマシンガンを手に取ると、その銃口をタンクローリーに向けた。

 死刑になりたいから人を殺すということはこういうことか。
 と、タカミは考えていた。
 ずっと理解できないと思っていたが、ようやく理解できた気がしていた。

 目の前にいつ爆発するかもわからないものがあり、中身次第ではあるが引火させることが可能なものを手にしたとき、

 このマンションを倒壊させたら、
 少なくともその時だけは、
 自分が主人公になれる気がした。


 だが、マシンガンの弾は切れてしまっていた。

 タカミは笑うしかなかった。

 自分を笑って、笑い続けて、そして吹っ切れた。

 別に主人公じゃなくていい。
 戦闘力のインフレにいくら置いていかれようが知ったことか。

 雨野タカミは雨野タカミだ。自分ができることをするだけだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ここは奈落の凝り

川原にゃこ
ホラー
お前もそろそろ嫁さんを貰ったほうがええじゃろう、と近所の婆さんに言われ、巽の元に女房が来ることとなった。 勝気な女だったが、切れ長の目が涼やかで、こざっぱりとした美人だった。 巽は物事に頓着しない性格で、一人で気ままに暮らすのが性分に合っていたらしく、女房なんざ面倒なだけだと常々言っていたものの、いざ女房が家に入るとさすがの巽もしっかりせねばという気になるらしい。巽は不精しがちだった仕事にも精を出し、一緒になってから一年後には子供も生まれた。 あるとき、仕事の合間に煙管を吸って休憩を取っていた巽に話しかけて来た人物がいた──。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

生きている壺

川喜多アンヌ
ホラー
買い取り専門店に勤める大輔に、ある老婦人が壺を置いて行った。どう見てもただの壺。誰も欲しがらない。どうせ売れないからと倉庫に追いやられていたその壺。台風の日、その倉庫で店長が死んだ……。倉庫で大輔が見たものは。

怪談レポート

久世空気
ホラー
《毎日投稿》この話に出てくる個人名・団体名はすべて仮称です。 怪談蒐集家が集めた怪談を毎日紹介します。 (カクヨムに2017年から毎週投稿している作品を加筆・修正して各エピソードにタイトルをつけたものです https://kakuyomu.jp/works/1177354054883539912)

処理中です...