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第6章 第1話
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少し目を離した隙に、どこかへ行ってしまったショウゴがタカミはとても気がかりだった。
彼は、タカミが所有するマンションの最上階のワンフロアのどこにもおらず、雨合羽は彼の部屋で一条の目眩ましに使った際に脱ぎ捨てられたままだった。
一条の手当てをした際に外したガンベルトもまた、拳銃とサバイバルナイフが納められたまま、雨合羽同様彼の部屋に置かれていた。
まさか手ぶらで、顔も隠さずに無数の暴徒たちがいるマンションの外に出たのだろうか。気が気じゃなかった。
「あの少年はもう大人だ。俺たちをふたりきりにして和解させようと考えたんだろう」
そう心配するな、と一条は彼に言い、過保護なお義兄ちゃんは嫌われるぞ、そんな皮肉を言った後で、
「あの少年は強い。やり合っているとき、心を読まれているような気さえした」
そう続けた。
一条の言葉に少しタカミの中で引っ掛かるものがあったが、その笑顔は彼やショウゴを殺そうとしていた暗黒面の顔ではなく、彼がよく知る一条刑事の顔だった。
「それに彼は丸腰じゃない。俺の拳銃はそこに落ちたままだが、ガンベルトに納められているのは君の拳銃だ。
彼は自分の拳銃をちゃんと持って出掛けている」
さすがは一条刑事といったところだろう。手足にひどい怪我をしているというのに、いたがる様子を見せないどころか、その洞察力は刑事時代の頃のままのようだった。
鎮痛剤を与えたものの所詮は市販品の頭痛薬だ。麻酔やモルヒネのような効果があるわけではない。相当な痛みに耐えているはずだ。
「君たちは、ヤルダバに、ハルミのところに行くつもりか?」
そう問うた一条にタカミは深く頷いた。
「ハルミだけじゃなく、あのアリステラの女王がユワかどうかも確かめたい」
女王がユワなら、ハルミと共に連れ戻したかった。
「ショウゴが戻ってきたら、飛行機かヘリか何かを探しに行こうと思う」
「こんな田舎にそんなものがあるとは思えないが」
確かにそうだった。都市部の闇市でもさすがに扱ってはいないだろう。ヘリがあるのは自衛隊駐屯地や病院くらいだろうか。
スマホで調べてみたが、自衛隊駐屯地は県内では、銛山(もりやま)市、粕甲斐(かすがい)市、登代川(とよかわ)市にしかなかった。いや、県内に3つもあれば多い方だろう。自衛隊の駐屯地なんて地方ごとにひとつある程度の認識だった。
ドクターヘリもどうやらドクターヘリ基地病院というところにしかないようだ。
雨野市周辺にあるそのような病院は限られており、愛知医科大学病院、三重大学医学部附属病院、異世堰卍(いせせきまんじ)病院、聖黎三賢薔薇(せいれいみかたばら)病院とあり、どれも自衛隊駐屯地より遠かった。
「確か警察にもヘリあったよね」
「交番にはないぞ」
「それくらいはわかるよ。でも警察署にならあるんじゃないの?」
「雨野、いや八十三(やとみ)署や隣の夏贄(かにえ)署にはないな。
警察のヘリは、各都道府県の警察本部、警備部に所属する警察航空隊が持っているからな」
「県警まで行かないとないってことか」
「行ったところで、今もあるかどうかはわからないぞ。警察組織が崩壊してから3年は経ってるからな。
それにヘリじゃヤルダバがある中東までは行けない。燃料満タンでも日本海を超えるのがやっとだろう」
「燃料なんて必要ないよ。一条さんの車だって動いたろ」
「なるほど。エーテルか。
まるで女王やハルミが、君たちを自分のところに来させるために電力としての使用を許したようにさえ感じるな」
確かに、エーテルはすでに世界中の大気に含まれていたはずだが、昨日までは電力として使用することができなかった。
アリステラは、例の放送に合わせて、エーテルを電力や電波として使った後、野蛮なホモサピエンスがそれを使えないようにすることもできたはずだった。
電力や電波として使用可能なエーテルを、野蛮なホモサピエンスにも解放することで、世界中の国家や軍が再編されることも十分に考えられる。核ミサイルの発射さえ可能になってしまう。
一条の言うように自分たちのところにタカミたちを来させるためなのだろうか。
災厄が加速、肥大化し続けた結果、世界各地で起きた戦争は、エネルギー不足からしばらく休戦状態となっている。戦争が再開可能な火種を撒いたようにも思えた。
あるいは、アリステラは災害や疫病、天変地異さえも簡単に起こすことができる未知の軍事力を有している。
世界中の軍隊を相手にして、野蛮なホモサピエンスを完膚なきまでに叩き潰すつもりなのかもしれない。
事態は急を要している。
飛行機やヘリを徒歩で探すにはあまりに時間がかかりすぎる。
「車のキーを貸してくれ」
タカミは一条に手を差し出したが、
「君は免許を持っていないだろ」
軽く鼻で笑われてしまった。
「その脚じゃ運転できないだろう?」
タカミも一条を鼻で笑ってやった。
「むかつくガキだ」
「もう27だよ」
「君みたいなのを子供部屋おじさんって言うんじゃなかったか?」
「このマンション、ちゃんとぼくが買ったからね!?」
そんなたわいもないやりとりをしていると、下から轟音が聞こえた。
一度目は比較的小さく。
二度目は大きすぎ、マンションが揺れるほどの。
「地震か? アリステラか?」
いや、違う。
揺れたのはこのマンションだけだ。
窓から見える外の景色は変わらない。揺れているようには見えなかった。
このマンションで何かが起こっている。
ショウゴの身に何かが起きているかもしれない。
タカミは部屋を飛び出すと、エレベーターに乗ろうとしたが、エレベーターは一階にあり、最上階まで到着するのに2分ほどかかった。
彼は、タカミが所有するマンションの最上階のワンフロアのどこにもおらず、雨合羽は彼の部屋で一条の目眩ましに使った際に脱ぎ捨てられたままだった。
一条の手当てをした際に外したガンベルトもまた、拳銃とサバイバルナイフが納められたまま、雨合羽同様彼の部屋に置かれていた。
まさか手ぶらで、顔も隠さずに無数の暴徒たちがいるマンションの外に出たのだろうか。気が気じゃなかった。
「あの少年はもう大人だ。俺たちをふたりきりにして和解させようと考えたんだろう」
そう心配するな、と一条は彼に言い、過保護なお義兄ちゃんは嫌われるぞ、そんな皮肉を言った後で、
「あの少年は強い。やり合っているとき、心を読まれているような気さえした」
そう続けた。
一条の言葉に少しタカミの中で引っ掛かるものがあったが、その笑顔は彼やショウゴを殺そうとしていた暗黒面の顔ではなく、彼がよく知る一条刑事の顔だった。
「それに彼は丸腰じゃない。俺の拳銃はそこに落ちたままだが、ガンベルトに納められているのは君の拳銃だ。
彼は自分の拳銃をちゃんと持って出掛けている」
さすがは一条刑事といったところだろう。手足にひどい怪我をしているというのに、いたがる様子を見せないどころか、その洞察力は刑事時代の頃のままのようだった。
鎮痛剤を与えたものの所詮は市販品の頭痛薬だ。麻酔やモルヒネのような効果があるわけではない。相当な痛みに耐えているはずだ。
「君たちは、ヤルダバに、ハルミのところに行くつもりか?」
そう問うた一条にタカミは深く頷いた。
「ハルミだけじゃなく、あのアリステラの女王がユワかどうかも確かめたい」
女王がユワなら、ハルミと共に連れ戻したかった。
「ショウゴが戻ってきたら、飛行機かヘリか何かを探しに行こうと思う」
「こんな田舎にそんなものがあるとは思えないが」
確かにそうだった。都市部の闇市でもさすがに扱ってはいないだろう。ヘリがあるのは自衛隊駐屯地や病院くらいだろうか。
スマホで調べてみたが、自衛隊駐屯地は県内では、銛山(もりやま)市、粕甲斐(かすがい)市、登代川(とよかわ)市にしかなかった。いや、県内に3つもあれば多い方だろう。自衛隊の駐屯地なんて地方ごとにひとつある程度の認識だった。
ドクターヘリもどうやらドクターヘリ基地病院というところにしかないようだ。
雨野市周辺にあるそのような病院は限られており、愛知医科大学病院、三重大学医学部附属病院、異世堰卍(いせせきまんじ)病院、聖黎三賢薔薇(せいれいみかたばら)病院とあり、どれも自衛隊駐屯地より遠かった。
「確か警察にもヘリあったよね」
「交番にはないぞ」
「それくらいはわかるよ。でも警察署にならあるんじゃないの?」
「雨野、いや八十三(やとみ)署や隣の夏贄(かにえ)署にはないな。
警察のヘリは、各都道府県の警察本部、警備部に所属する警察航空隊が持っているからな」
「県警まで行かないとないってことか」
「行ったところで、今もあるかどうかはわからないぞ。警察組織が崩壊してから3年は経ってるからな。
それにヘリじゃヤルダバがある中東までは行けない。燃料満タンでも日本海を超えるのがやっとだろう」
「燃料なんて必要ないよ。一条さんの車だって動いたろ」
「なるほど。エーテルか。
まるで女王やハルミが、君たちを自分のところに来させるために電力としての使用を許したようにさえ感じるな」
確かに、エーテルはすでに世界中の大気に含まれていたはずだが、昨日までは電力として使用することができなかった。
アリステラは、例の放送に合わせて、エーテルを電力や電波として使った後、野蛮なホモサピエンスがそれを使えないようにすることもできたはずだった。
電力や電波として使用可能なエーテルを、野蛮なホモサピエンスにも解放することで、世界中の国家や軍が再編されることも十分に考えられる。核ミサイルの発射さえ可能になってしまう。
一条の言うように自分たちのところにタカミたちを来させるためなのだろうか。
災厄が加速、肥大化し続けた結果、世界各地で起きた戦争は、エネルギー不足からしばらく休戦状態となっている。戦争が再開可能な火種を撒いたようにも思えた。
あるいは、アリステラは災害や疫病、天変地異さえも簡単に起こすことができる未知の軍事力を有している。
世界中の軍隊を相手にして、野蛮なホモサピエンスを完膚なきまでに叩き潰すつもりなのかもしれない。
事態は急を要している。
飛行機やヘリを徒歩で探すにはあまりに時間がかかりすぎる。
「車のキーを貸してくれ」
タカミは一条に手を差し出したが、
「君は免許を持っていないだろ」
軽く鼻で笑われてしまった。
「その脚じゃ運転できないだろう?」
タカミも一条を鼻で笑ってやった。
「むかつくガキだ」
「もう27だよ」
「君みたいなのを子供部屋おじさんって言うんじゃなかったか?」
「このマンション、ちゃんとぼくが買ったからね!?」
そんなたわいもないやりとりをしていると、下から轟音が聞こえた。
一度目は比較的小さく。
二度目は大きすぎ、マンションが揺れるほどの。
「地震か? アリステラか?」
いや、違う。
揺れたのはこのマンションだけだ。
窓から見える外の景色は変わらない。揺れているようには見えなかった。
このマンションで何かが起こっている。
ショウゴの身に何かが起きているかもしれない。
タカミは部屋を飛び出すと、エレベーターに乗ろうとしたが、エレベーターは一階にあり、最上階まで到着するのに2分ほどかかった。
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