ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
39 / 123

第5章 第4話

しおりを挟む
 鳳アンナは語った。

「小久保女史による千年細胞発見の報道がなされた際、非常にお喜びになられておりました」

 これで目的に一歩近づいた、と教祖様はそのとき信者たちの前で言ったという。
 小久保ハルミを「我が同士」とも表現していたらしい。
 彼女はカルト教団と繋がりがあったということだろうか。
 一条に見捨てられた後の彼女ならまだわかる気がしたが、千年細胞の発見時のふたりは、まだ疎遠になっていた頃のはずだ。
 教祖の言う「目的」というのもよくわからなかった。
 カルト教団の教祖が考えそうな目的と言えば、テロによる国家転覆や、世界中に信者を増やすことによる世界支配、昭和の特撮ヒーローに出てくる悪の秘密結社のようなイメージしかなかった。

「我が教祖はその後、小久保女史の研究が闇に葬られるようになると、一部の愚かな権力者たちが千年細胞を独占しようとしている、と仰いました」

 その話は、一条やタカミから聞いた小久保ハルミと千年細胞についての話と一致していた。
 アンナによれば、教祖様は「千里眼」をお持ちだったという。
 千里眼、ね。憶測や想像、あるいは妄想が、偶然現実と一致しただけだろうと思ったが、ショウゴは口にはしなかった。

「その者たちが、我々の目的を邪魔している、と仰られたのです」

 千里眼によって、その権力者たちの、つまりは暗殺対象者のリストが作られたという。
 そして、「予知能力」によって、そのリストの誰がどこで誰と何をしているのか、何月何日何時何分何秒に暗殺可能なタイミングがあるかの詳細が語られた。
 そこから幹部たちが計画を立て、信者たちによりテロが実行されたという。

 おそらくタカミはそのリストや計画書を手に入れたのだろう。
 そして、一条ら公安の刑事たちが暗殺テロを未然に防いだ、そういうことだろう。

 ではなぜ、教祖様はお得意の千里眼や予知能力で、テロが未遂に終わることがわからなかったのだろうか。

「シンギュラリティによる邪魔が入った、と教祖は仰られていました」

 シンギュラリティ、つまりは特異点か。
 教祖様はライトノベルやアニメがお好きだったんだろうか。もっとも教祖様であるということ自体が、こじらせすぎた中二病の証拠なのかもしれない。

「我が教祖の千里眼や予知能力では見えない、予知できないイレギュラーな存在が警察関係者にいたために、テロは未遂に終わってしまった、と」

 馬鹿馬鹿しい、苦しい言い訳だとショウゴは思ったが、ふとあることに気づいた。

 今、アンナに心を読まれなかったか?

 千里眼や予知能力でテロが未遂に終わることがわからなかったのか、というショウゴが抱いた疑問を彼は口にはしていなかった。
 だが、その疑問に対し、アンナはシンギュラリティによる邪魔が入った、と返答したのだ。

「ええ、読んでいます、ずっと」

 やはり読まれていた。
 どうやら彼女はただ者ではなさそうだった。

--あなたにもできるはずでは?

 ショウゴもまた彼女の心が読めた。
 そして、それは彼女がはじめてというわけではなかった。
 二時間ほど前に、一条を相手にしたとき、彼の心の声がずっと聞こえていた。
 だから勝てた。
 彼の拳銃のセーフティロックがかかったままであることなど、あれらはたまたまの幸運が重なった結果ではなく、彼の心が読めたからだったということか。

「そうですか。先ほどから気になってはいましたが、やはり一条刑事が来ているのですね」

 しまった、と思った。思ってからもう一度しまった、と思った。読まれる。読まれてしまう。

「ご心配なく。一条刑事に私が何かするつもりはありませんから」

 ショウゴは心から安堵した。

「アンナ? 何のお話しですか? わたくしも混ぜてくださいな」

 疎外感を感じたのか、アナスタシアが割って入ってきたが、

「アナスタシア様、わたしは今大和さんと大切な話をしているのです。少しだけ我慢してくださいますか」

 アンナに冷たくあしらわれたアナスタシアは、「は~~い」と不満そうに唇を尖らせて、彼女の隣で「青いイナズマが~」と、なぜかSMAPの歌のサビを口ずさんだ。
 どうやら相当に自由奔放な人らしい。この人の面倒を見るのは骨が折れそうだった。大体あんた世代的に嵐かもっと若いグループだろ。
 あと、ピストルの形にした指をショウゴに向けて「ゲッチュー」とパキュンと撃ったその顔が、なんというかもう、やたらかわいかった。何この生き物。

--ユワさんに言いつけますよ?

--はい、すみません。

 ショウゴはアンナに心の声で釘を刺されてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...