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第5章 第1話
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エレベーターを待ちながら、真夜中以外に部屋から出るのはいつ以来だろうとショウゴは考えていた。
記憶にないくらいに、昼間部屋の外に出たことがなかった。ここに住むようになってから、はじめてのことだったかもしれない。
一条の手当てを終えるとショウゴはひとり部屋をあとにした。
色々あったが数年振りの再会だ。タカミと一条をふたりきりにしてあげようと考えたのだ。
両脚を撃ち抜いたとはいえ、一条の左腕は無傷であったし、右手は二度と使いものにならないだろうが一応腕は動く。
一条ならば両腕だけでタカミを殺すことができるだろうが、もう殺そうとは考えないだろう。
タカミを殺せば、自分に殺される。そんなことは小学生でもわかる理屈だ。
ショウゴが殺さなくとも、あの脚ではこれから先、彼は車椅子なしでは移動もままならないだろう。両腕だけで水や食糧がある場所にたどり着くことができても、手を伸ばして届くかどうかはわからなかった。
彼はもう誰かの力を借りなければ生きてはいけない身体になっていた。
彼に勝てたのは正直なところ運が良かったとしか言いようがなかった。
たまたま彼が拳銃のセーフティーロックを解除していなかった。
たまたま雨合羽を使った目眩ましに効果があった。
たまたま彼が悪役らしく饒舌で、ショウゴにどうすればタカミを救えるか考える時間をくれた。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
まるで彼がわざと勝たせてくれたかのようだった。
ショウゴは小久保ハルミという人をよく知らない。タカミや一条から聞いた彼らの主観に基づく彼女しか知らない。彼女と千年細胞というものが世間を騒がせたとき、ショウゴはまだ4歳だったからその記憶は全くなかった。
だが、ふたりにとってその女性は、きっと自分にとっての雨野ユワのような存在だったのだろうということは理解できた。その日テレビで見た彼女はとても綺麗な人だった。見た目だけでなく、ユワのように内面もきっと素敵な女性だったのだろう。
エレベーターに乗ると、いつもなら1階まで直通のエレベーターは、ショウゴが暮らす最上階の真下の階で止まった。最上階はワンフロアすべてタカミの持ち物であったから直通だと思っていた。あれは真夜中だったからか、直通ではなかったのか、という新鮮な驚きがあった。
ドアが開くと、
「アナスタシア様、お先にどうぞ」
「ありがとう、アンナ。失礼するわ」
一卵性双生児だろうか、同じ顔をしたふたりの女性がエレベーターに乗ってきた。
外国人の名前だったが、ふたりの顔はどう見ても日本人のものだった。ハーフというわけではなさそうだ。クォーターだろうか。
そんなことを言い始めたら、ユワに瓜二つのアリステラの女王が名乗ったアリステラピノアという名前も、外国人に笑われていそうだなと思った。
ふたりは着物のようでもありドレスのようでもある、新進気鋭のデザイナーが作りそうな不思議な服を着ていた。
これから一年中雨が降り続け、暴徒が暴れる街に向かう姿には見えなかった。
ふたりとも姫カットの同じ髪型で、靴はハイヒールを履いていた。かぐや姫が月から帰ってきたらこんな感じだろうか、とショウゴはふと思った。
「あら。あらあら」
と、アナスタシアと呼ばれていた女性がショウゴの顔を見て驚いた顔をした。
かぐや姫ではないだろうが、やはりどこかのお嬢様か何かなのだろうか。品のある佇まいと口調から育ちの良さが伺い知れた。年は自分よりは上だろう。二十代前半くらいだった。
「上の階の方かしら? はじめまして」
そんな風にタカミ以外の他人と普通の挨拶を交わすことすらショウゴはもう何年もしていなかったことに気づかされた。
社交的なその女性に対し、もうひとりのアンナと呼ばれていた女性は、怪訝そうな顔でショウゴを見た。
「大和ショウゴさん、ですね」
名前を呼ばれただけなのに、ぎくり、とさせられた。
かつて指名手配されていた頃に戻ったような感覚だった。
「アンナ、この方をご存知なの? あなたのお知り合い?」
「アナスタシア様、先ほどお部屋でおかしな映像をご覧になられたばかりでしょう?
だからこうしてお出かけになられることになったのではありませんか」
最初は双子に見えたが、アンナという女性の方がアナスタシアよりも少し年上に見えた。
双子にしても、それくらいよく似た姉妹にしても、一方が相手を様と敬称し、もう一方が相手を呼び捨てで、その言動に明らかに上下関係があるのはどうにも不自然だった。
記憶にないくらいに、昼間部屋の外に出たことがなかった。ここに住むようになってから、はじめてのことだったかもしれない。
一条の手当てを終えるとショウゴはひとり部屋をあとにした。
色々あったが数年振りの再会だ。タカミと一条をふたりきりにしてあげようと考えたのだ。
両脚を撃ち抜いたとはいえ、一条の左腕は無傷であったし、右手は二度と使いものにならないだろうが一応腕は動く。
一条ならば両腕だけでタカミを殺すことができるだろうが、もう殺そうとは考えないだろう。
タカミを殺せば、自分に殺される。そんなことは小学生でもわかる理屈だ。
ショウゴが殺さなくとも、あの脚ではこれから先、彼は車椅子なしでは移動もままならないだろう。両腕だけで水や食糧がある場所にたどり着くことができても、手を伸ばして届くかどうかはわからなかった。
彼はもう誰かの力を借りなければ生きてはいけない身体になっていた。
彼に勝てたのは正直なところ運が良かったとしか言いようがなかった。
たまたま彼が拳銃のセーフティーロックを解除していなかった。
たまたま雨合羽を使った目眩ましに効果があった。
たまたま彼が悪役らしく饒舌で、ショウゴにどうすればタカミを救えるか考える時間をくれた。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
まるで彼がわざと勝たせてくれたかのようだった。
ショウゴは小久保ハルミという人をよく知らない。タカミや一条から聞いた彼らの主観に基づく彼女しか知らない。彼女と千年細胞というものが世間を騒がせたとき、ショウゴはまだ4歳だったからその記憶は全くなかった。
だが、ふたりにとってその女性は、きっと自分にとっての雨野ユワのような存在だったのだろうということは理解できた。その日テレビで見た彼女はとても綺麗な人だった。見た目だけでなく、ユワのように内面もきっと素敵な女性だったのだろう。
エレベーターに乗ると、いつもなら1階まで直通のエレベーターは、ショウゴが暮らす最上階の真下の階で止まった。最上階はワンフロアすべてタカミの持ち物であったから直通だと思っていた。あれは真夜中だったからか、直通ではなかったのか、という新鮮な驚きがあった。
ドアが開くと、
「アナスタシア様、お先にどうぞ」
「ありがとう、アンナ。失礼するわ」
一卵性双生児だろうか、同じ顔をしたふたりの女性がエレベーターに乗ってきた。
外国人の名前だったが、ふたりの顔はどう見ても日本人のものだった。ハーフというわけではなさそうだ。クォーターだろうか。
そんなことを言い始めたら、ユワに瓜二つのアリステラの女王が名乗ったアリステラピノアという名前も、外国人に笑われていそうだなと思った。
ふたりは着物のようでもありドレスのようでもある、新進気鋭のデザイナーが作りそうな不思議な服を着ていた。
これから一年中雨が降り続け、暴徒が暴れる街に向かう姿には見えなかった。
ふたりとも姫カットの同じ髪型で、靴はハイヒールを履いていた。かぐや姫が月から帰ってきたらこんな感じだろうか、とショウゴはふと思った。
「あら。あらあら」
と、アナスタシアと呼ばれていた女性がショウゴの顔を見て驚いた顔をした。
かぐや姫ではないだろうが、やはりどこかのお嬢様か何かなのだろうか。品のある佇まいと口調から育ちの良さが伺い知れた。年は自分よりは上だろう。二十代前半くらいだった。
「上の階の方かしら? はじめまして」
そんな風にタカミ以外の他人と普通の挨拶を交わすことすらショウゴはもう何年もしていなかったことに気づかされた。
社交的なその女性に対し、もうひとりのアンナと呼ばれていた女性は、怪訝そうな顔でショウゴを見た。
「大和ショウゴさん、ですね」
名前を呼ばれただけなのに、ぎくり、とさせられた。
かつて指名手配されていた頃に戻ったような感覚だった。
「アンナ、この方をご存知なの? あなたのお知り合い?」
「アナスタシア様、先ほどお部屋でおかしな映像をご覧になられたばかりでしょう?
だからこうしてお出かけになられることになったのではありませんか」
最初は双子に見えたが、アンナという女性の方がアナスタシアよりも少し年上に見えた。
双子にしても、それくらいよく似た姉妹にしても、一方が相手を様と敬称し、もう一方が相手を呼び捨てで、その言動に明らかに上下関係があるのはどうにも不自然だった。
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