上 下
34 / 123

第4章 第5話

しおりを挟む
 タカミは、床に転がる一条を、彼の拳銃を手にして見つめていた。
 なんて顔をしていやがる。その顔を見て一条は思った。

「あんたさえ裏切らなきゃ、一緒にハルミやユワに会いに行けたんだよ……」

 悲しそうな顔をしていた。まだ自分を信じている、信じたいと思っている、そんな顔だった。

「俺は最初からお前たちの味方じゃない。いつかハルミに追い付くためにお前たちを利用していただけだ」

 一条は世界には裏切られなかったが、

「俺はハルミに置いていかれたんだ」

 小久保ハルミに裏切られた人間だったのかもしれない。


 ショウゴは一条を床に寝かせ、手慣れた所作で手当てをした。
 手当てといっても、止血をし銃弾が貫通した傷口を熱したサバイバルナイフで焼いて塞ぐという荒々しいものでしかなかったが。

 止血する際に彼は一条の服を脱がせて使ったが、それだけでは足りず自分のTシャツも脱いで使った。
 その身体には、一条にした処置に似た傷痕がいくつもあった。
「雨合羽の男」として活動する中で怪我を負うことがあったのだろう。彼は自分でそんな処置をしたのだろうか。

 目を背けたくなる光景だった。
 麻酔もなくそんな処置をされることがどれほど痛いことなのか、タカミは想像するだけで血の気が引き、貧血を起こしそうになる。
 だが一条は苦悶の表情こそ浮かべていたが、叫ぶことも痛いと口にすることもなかった。

「ハルミと俺が、学生時代からの友人だっていうのは君も知っているな」

 痛がるどころか、一条は処置されながらタカミに話しかける余裕さえ見せた。
 ハルミからそう聞いていたから、タカミは頷いた。

「ふたりが実際にどんな関係だったのかまでは知らない」

 それ以上のことは当時は知りたくなかったからだった。

「ハルミとあんたは恋人だったのか」

 だがもうそんな甘いことは言ってはいられない。
 今はそういう状況であったし、初恋をいつまでも引きずる年でもなかった。

「そういう時期もあった。付き合い始めたのは高校生のときだ。同じ高校だったからな」

 一条とハルミが同じ高校に通っていたということは、ふたりは同郷だったということだ。一条の地元はタカミやショウゴが住む雨野市と同じ県内だから、ハルミも同郷だったということになる。

 ふたりは大学進学の際に上京したが、同じ大学ではなかった。
 別れたわけではなかったが、同じ東京にいても次第に疎遠になり、いつの間にかそういう関係ではなくなっていったのだという。
 それでも大学生の頃は年に数回は連絡を取り合っていたらしい。
 社会人になってからは、互いに仕事が忙しく連絡を取り合うこともなくなっていたそうだ。

「ハルミが千年細胞を発見し、時の人になったときも、俺はテレビや新聞でそれを眺めているだけだった。
 だが千年細胞が、ハルミがでっち上げた嘘だという報道がされ始めた頃、俺だけはあいつの味方になってやらなければと思った」

 千年細胞を一部の権力者たちが独占するために国が総がかりで彼女の研究を闇に葬ったことは、一条が調べればすぐにわかったという。

 だが、ふたりが恋人に戻ることはなかった。

「味方にはなってやりたかったが、表立ってそれをすることが俺には出来なかった」

 彼がしたことは、マスコミから彼女がうまく逃げられ、隠れられる住みかを用意するくらいのことだったという。
 その住みかも、彼の両親が買ったものの数回しか利用したことがなかった避暑地の別荘であり、用意したというより初めからそこにあったものでしかなかった。

「この少年のために、こんな高級マンションの最上階を用意してやった君と俺とでは雲泥の差だな」

「どうしてだ? 一条さんが警察官だったからか? でも彼女は犯罪者というわけじゃなかっただろ?」

「出世に響くと考えたんだ」

 その言葉にタカミは落胆を隠しきれなかった。

「そんな理由で……」

「今思えばな。確かに『そんな理由』だったな」

 14年前の話だからだろう。
 世界がこんな有り様になるなんて誰も想像してやしなかった。警察がなくなるなんて事態もだ。
 14年前はマヤ文明による終末の予言の年でもあったが、ノストラダムスの大予言や2000年問題を無事に乗り越えた人類は、終末が訪れることはないとたかをくくっていた。

「彼女の敵はこの国だけじゃなかった。世界中の権力者たちだったんだよ。女のために身を滅ぼすのは違うと思ったんだ」

 それが誤った選択だと気づいたときには、一条家の別荘からハルミは姿を消していたという。

「アリステラがハルミに近づいたのも、君がハルミと知り合ったのも、おそらくはその頃だろう」

 一条は小久保ハルミに裏切られたわけではなかった。
 彼が彼女を見捨てたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと時分の正体が明らかに。 普通に恋愛して幸せな毎日を送りたい!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

処理中です...