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第4章 第3話

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 日本にいては事態は何も変わらない。
 アリステラがエーテルを使って引き起こす災厄によって、人類が滅亡するのをただ指を咥えて見ているだけだ。

 ユワや小久保ハルミがいるヤルダバに行かなければ。
 ふたりを正気に戻し、取り戻さなければ。

 きっと世界はまだ間に合う。

 問題はどうやってヤルダバに行くかだったが、どうにかなるだろうとタカミは考えていた。

 さすがの彼もプライベートジェット機までは持ちあわせてはいなかったが、たとえそれが何年もろくに整備されていないものであったとしても、故障していない飛行機やヘリとパイロットさえ見つけられれば、燃料を気にする必要さえなくエーテルがヤルダバまで自分たちを運んでくれるはずだった。

 タカミはこうやってかつてのように一条と共に大きな謎に立ち向かい、その真実を探ることができていることが、不謹慎であると知りつつも嬉しかった。

「さすがは警視庁公安部御用達のスーパーハッカー『シノバズ』だな。
 俺の出世に随分貢献してくれただけじゃなく、こんな時代になっても役に立ってくれるんだからな。あのとき拾っておいて正解だった」

 だが、それはどうやらタカミだけであったらしい。

 あのときとは、ハルミが彼にタカミを紹介したときのことだろう。
 一条はタカミの額に拳銃を突きつけていた。

「居場所さえわかれば、これで俺もようやくハルミ達に合流できる」

 一条ソウマは、世界を、タカミを、裏切るつもりだった。
 アリステラに、ハルミの側につく気だった。

「お前はもう用済みだ。あのガキもすぐにお前の後を追わせてやる」

「あんたも千年細胞がほしいのか?
 そう言えば、あんたの名前の『ソーマ』も不老不死の秘薬の名前だったな」

「笑えない駄洒落だな。軽くいたぶってから殺してやろうか?」

 銃口で頬を思い切り殴られた。

 彼だけは自分を裏切ることはない。
 タカミはそう信じていた。
 だが、違った。

 部屋にはショウゴを撃とうとしたときに使った拳銃が隠されていたが、それを自分が手にする時間はもう残されてはいないだろう。


「一番厄介な暴徒がどんな奴か、あんた知ってる?」

 後ろから聞こえてきた声に一条が振り返ると、そこには雨合羽を着た男が自分に拳銃を向けていた。

「あんたみたいな元警察官や、元自衛官のプロだよ」

 両手に構えられた二丁の拳銃のうちの一丁はタカミのものであった。タカミはすぐに気づいたが、一条はもちろんそれを知らない。

 先ほどタカミが口にした「雨合羽の男」というやつか、と一条は思った。
 拳銃を持っているということは、食糧を求めて人を狩る暴徒たちを狩る、自称自警団の救世主きどり、おそらくはそんなところだろう。
 腕を上げているせいで前が大きく開いた雨合羽からは、ガンベルトのようなものとサバイバルナイフが見えた。
 その顔に一条は見覚えがあった。

「あのときのガキか。薬で眠らされてたんじゃなかったのか?」

「タカミさんはあんたを信じてきっていたみたいだけど、俺はあんたをよく知らないからな。あんたが来ると聞いたから、薬は飲んだふりをした。あとは寝たふりだよ。タカミさんがあんたを出迎えに行ってる間に迎え撃つ準備をしてた」

「なるほどね。警察時代にスパイの真似事をよくさせられたが、対象と信頼関係を築くのに必要なのは、協力して計画を成功させることと、ある程度の時間を共に過ごすことだからな。
 お前と会ったのは一度きり。彼女と逃げ回るのには随分協力してやったつもりだが、信頼関係を築けるほどの時間はなかったか」

「あんたは俺やタカミさんに有無を言わせずユワの遺体を政府に届けた。あのときから信用なんかしちゃいない」

「自分で女を殺しておいて、まったくよく喋るガキだ。口が聞けなくなったと聞いてたがな」

「さっき喋れるようになったんだよ」

「死んだはずの恋人をテレビで見て、か? 若いね。愛の力ってやつか?」

 小馬鹿にするように言う一条を、ショウゴは睨み付けた。
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