ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
30 / 123

第4章 第1話

しおりを挟む
 一条ソウマは、数年前に最後に会ったときとは髪型や服装が大きく変わっていた。
 水が貴重な物資になってしまったからだろう。頭は丸坊主になっており、服も汚れが目立たない黒いTシャツにカーゴパンツという出で立ちで、必要な物はすべてリュックに詰め込んでいた。
 警視庁のエリートだった頃の高級なスーツを着ていた彼とはまるで別人のように見えた。
 当時の彼は公安部所属で、主にカルト教団や過激派テロ組織によるテロ対策を担当する刑事だった。
 タカミがハッカーであった頃、共にいくつものテロ事件を未然に防いだ。
 警察組織が崩壊した後、彼は地元である愛知県に戻り、現在は自警団のような活動を無償でしているという。

「お前は信じられるか? あんな荒唐無稽な話」

 アリステラの女王の演説について、一条にそう尋ねられたタカミは、返答に困った。
 確かに荒唐無稽な話だった。だが、エーテルという万能物質については信じざるを得なかった。それは一条も同じだろう。ここまで車で来ることができたのだから。
 小久保ハルミが女王のそばにいたことも信じるに足る材料に思えた。

 一条は、「彼は?」と、その場にいないショウゴのことを気にかけた。

「相当ショックが大きかったみたいだよ。今は薬を飲ませて眠ってる」

「そうか」

 ショウゴをタカミが匿っていることを知る者は、世界中で彼だけだった。
 だから、誰かとショウゴの話をするのは、彼が相手のときだけだ。

「ここしばらくは、それなりに元気にしていたんだけどね。『雨合羽の男』になるくらいには」

 雨野市で都市伝説のように語られている「雨合羽の男」がショウゴであるということにタカミは気づいていた。

「雨合羽の男? なんだ、それは?」

 口を滑らせたな、とタカミは反省した。
 一条がしているという自警団とショウゴがしていることは、同じ暴徒相手でも似ているようでまるで違うだろうからだ。ショウゴが暴徒の命を奪っていると知れば、彼はそれを許しはしないだろう。
 法律などもはや何の意味もないものだとしても、彼はそれを頑なに守る。それが一条という男だった。

 一条は、タカミの表情を読み取り、それ以上の質問は野暮だと察してくれたのだろう。

「君は、君の方こそ、大丈夫なのか?」

 と、タカミの心配もしてくれた。
 正直なところ、正気を保っているのが不思議なくらいだった。
 ショウゴを楽にしてやろうと、拳銃を手にした。彼に向けてそれを撃つまで、本当に死なせてやるつもりだった。
 死んだはずのユワに瓜二つのアリステラの女王の存在は、ユワの恋人だったショウゴにも、兄であったタカミにも、あまりに衝撃的すぎた。

「正直、一条さんが来てくれて助かったってところかな」

 タカミは正直な気持ちを吐露していた。
 そんな相手ももはや彼しか存在しない。
 ユワもハルミも、アリステラの側にいる。この世界を、人類を滅ぼそうとしている。

「でも、一条さんは信じているんだろう?」

 エレベーターで最上階に上がる途中、タカミは彼にそう尋ねた。

「ハルミが女王のそばにいたからか?」

 一条の言葉にタカミは頷いた。

「あいつはこの世界に裏切られたからな」

 彼は悲しそうにそう呟き、

「ぼくは君がまだ人類の側についてくれていることに感謝しているよ」

 そして笑った。

 そうだった。タカミもショウゴも世界に裏切られた側の人間だった。

「君があちら側についたなら、人類は本当に終わりだ。ハルミに対抗できるのは君だけだからな」

 一条の信頼が嬉しかった。

「君のことだ。アリステラがあの放送をどこから流していたのか、すでに調べはついているんだろう?」

 エレベーターが最上階に着いた。

「当然だよ」

 と、タカミはエレベーターを降りた。

 数時間前、一条と連絡を取った際、タカミのスマホのそばには彼のパソコンがあり、エーテルによる影響で起動していた。
 タカミは一条と会話をしながら、アリステラによる放送の発信源を突き止めるプログラムを起動させていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...