上 下
13 / 123

第2章 第5話

しおりを挟む
 リンが雨合羽の男に助けられたのなら、自分宛に何らかの書き置きを残しているはずだった。
 暴徒から慌てて逃げたのだとしたら、書き置きを残す時間がなかったのかもしれないが、マヨリは書き置きがないか探すことにした。

 そして彼女は、薄暗い店内に赤い血の塊があるのを見つけた。
 医療の専門的知識などなかったが、広範囲に広がった血の量から、ただの怪我などではなく、殺意を持って殴られたか刺されたかしたものだとわかった。
 四肢を撃ち抜かれた暴徒のものかとも思ったが、失血死していてもおかしくない量であったため、違うと思った。

 嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。

 血の塊の中に、抜け落ちた長い髪を見つけたとき、マヨリの顔は青ざめた。

 リンはきっと、この世界のどこにもいない。

 親友を失うのは二度目のことだった。
 14歳のとき、クラスメイトでとても仲のよかった女の子が、ある日突然世界から命を狙われるようになった。
 あの時以来だ。

 家族とは暴徒から逃げる途中に生き別れになり、この三年あまり、同じ境遇のリンと支えあって生きてきた。
 彼女だけがマヨリの心の支えだった。

「あんた、リンをどうしたの?」

 雨の中野ざらしにされている男を見下ろして、マヨリは尋ねた。
 この男がリンを殺したに違いなかった。
 この男の四肢を撃ち抜いたのは、雨合羽の男だろう。

「リンはどこ? 言いなさい」

 マヨリはこの男には仲間がおり、その仲間がリンの死体を持ち去ったのだと思った。
 まさか雨合羽の男が、彼女もよく知る人物であり、リンを弔ってくれているとは夢にも思わなかったのだ。

 マヨリの手にはバールが握られていた。そのバールは、リンが流した血の塊のそばにあったものだった。
 先端には男がリンの頭を殴った際についた血がこびりついていた。

 マヨリは両手で握ったバールを大きく振りかぶり、男に向かってまっすぐ振り下ろした。
 顔に大きな穴を空けてやるつもりだった。
 一撃では殺さない。
 リンの何倍もの苦しみを与えてから殺そうと思った。

 しかし、バールはわずかに男の顔をそれてしまった。
 硬いアスファルトに思いっきり振り下ろした反動で、マヨリの体は大きくよろけ、男の体の上に倒れ込んでしまった。

 倒れた瞬間、手から離れてしまったバールを何とか手繰り寄せようとしたが、わずかに届かなかった。

 その瞬間、身動きの取れない男は、マヨリの脚に噛みついた。

「痛っ!何するのよ!放して!放しなさい!」

 男は何度も彼女の脚に噛みつき、その必死の抵抗は肉を持っていかれるほどだった。

 悲鳴を上げて大きく仰け反った瞬間、ようやく男の口がマヨリの脚から離れた。彼女の手もまたバールに届いた。

「殺してやる……絶対に殺してやる……」

 肉を噛み千切られながらもマヨリは起き上がり、再びバールを大きく振りかぶった。振り下ろされたバールは、今度こそ男の顔を叩き潰した。

「あんたが……リンを殺したから……いけないのよ……」

 マヨリの脚にそれまで以上の激痛が走った。
 それは立ってはいられないほどのもので、意識を失うほどのものだった。



 少年が狂犬病を発病したマヨリを目にしたのは、その数日後のことだった。

 一体何が起きたのかわからなかった。

 だが、狂犬病に感染したであろう暴徒を生かしたままにした自分のせいだということだけはわかった。


 リンとマヨリの遺体は、堤防沿いの藤公園に眠っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

処理中です...