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第1章 第7話
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アリステラについては今もわからないことだらけだった。
そんな国が本当に存在したのか、妹は本当にアリステラの王族の最後の末裔だったのか。
あまりに資料が少なかった。
妹は確かに雨野家の養女であった。
妹が生まれたばかりの頃に交通事故で亡くなったという両親の家の家系図も手に入れた。
大正時代あたりに外国人と思われる、ピノアという女性の名前があるが、旧姓がわからないため彼女がアリステラの王族の末裔かどうかはわからない。
彼女自身、たとえアリステラの末裔であったとしても、それを知っていたかどうかは怪しいだろう。旧姓がアリステラである可能性も低い。滅んだ王国の王族の末裔ならば、何代も前からそのことを隠しているはずだからだ。
ハッカーだった頃には、自分は部屋から一歩も出ずとも何だってできる、できないことはない、と思っていた。
だが、アリステラという、それまで聞いたこともなかった国について調べるうちに、ハッカーにできることには限界があると思い知らされた。
警視庁公安部に所属していた協力者、一条刑事の力を借りても、秋月文書や富嶽文書、比良坂暦、サタナハマアカといった古文書の写本は、その現物もデータも手に入らなかったし、秋月零時や藤南敬寛の子孫や弟子の存在すら突き止めることができなかった。
アリステラについての古文書や研究者について書かれた本のデータは手に入っても、それを書いたジャーナリストについては名前がわかっていてもたどり着けなかった。
もはやアリステラどころか、写本や研究者すら存在しなかったのではないかとさえ思ったほどだ。
存在するならネットに必ず痕跡がある。すでにデータが削除されていたとしても、それを復元することは容易い。絶対に突き止めることができる自信があった。
そもそも、一体誰が「あらゆる災厄はアリステラによって仕組まれた」と言い始めたのか。
当時散々調べたがわからなかった。
タカミにそれができないということは、やはり存在しないか、あるいは彼以上のハッカーがアリステラに関するあらゆる情報を握っており、そうさせまいとしているかのどちらかでしかなかった。
そんなことができる人間は限られていた。
世界にたったひとりしか存在しない。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
彼女がこの件に関わっているということか?
タカミの脳裏にひとりの女性が浮かんだが、すぐにそれはないと振り払った。
部屋の外からガサゴソという音がした。
雨合羽の衣擦れの音だった。
タカミは、今日もか、と思った。
毎晩自室で寝たふりをしていたため、真夜中に物音がすればすぐに気づく。
少年が真夜中に街へ出歩いていることをタカミは知っていた。
ハッカーであった頃のタカミなら、少年の様子がおかしければ、マンション内や周辺、あるいは市内全域の監視カメラの映像をハッキングしていただろう。
だが、パソコンやインターネットが使えず、監視カメラも機能していない今となっては、彼のハッキング技術は宝の持ち腐れだった。
タカミと違い、妹は機械に非常に弱かった。
そんな彼女は、タカミのわずかな感情の変化に非常に敏感だった。
彼が不思議そうにしていると、
「目の前にいる人のことは、視線や表情で今どんなことを考えているか、どんな気持ちなのか、大体わかるんだよ」
と、妹は言った。
そういうものなのか、とタカミは少々驚かされた。
彼は、妹の考えや気持ちなど想像したことがなかったからだ。
だが、そのとき、なんとなくだが、今呆れられてるな、と気づいた。
それを彼が口にしなくても、妹は「あたり」と言って笑った。
あの自分を幸せな気持ちにしてくれる笑顔を、もう見ることができないと思うと、胸が傷んだ。
少年と暮らすようになってから、彼が失語症になってしまっていたこともあり、彼の表情や視線、仕草をよく観察するようになった。
少年は一見すると、自分と同じように世界を見限っているように見えた。
だが、世界に対し無関心・無干渉であることを決め込んだ自分と違い、少年はまだあんな世界にも未練があるように見えた。
少年は間違いなく世界を呪っていた。
未練というよりは、やるべきことがまだあると考えている、そんな気がしていた。
自室のドアを開けて顔を出し、玄関先を見ると、やはり少年の靴がなかった。
そんな国が本当に存在したのか、妹は本当にアリステラの王族の最後の末裔だったのか。
あまりに資料が少なかった。
妹は確かに雨野家の養女であった。
妹が生まれたばかりの頃に交通事故で亡くなったという両親の家の家系図も手に入れた。
大正時代あたりに外国人と思われる、ピノアという女性の名前があるが、旧姓がわからないため彼女がアリステラの王族の末裔かどうかはわからない。
彼女自身、たとえアリステラの末裔であったとしても、それを知っていたかどうかは怪しいだろう。旧姓がアリステラである可能性も低い。滅んだ王国の王族の末裔ならば、何代も前からそのことを隠しているはずだからだ。
ハッカーだった頃には、自分は部屋から一歩も出ずとも何だってできる、できないことはない、と思っていた。
だが、アリステラという、それまで聞いたこともなかった国について調べるうちに、ハッカーにできることには限界があると思い知らされた。
警視庁公安部に所属していた協力者、一条刑事の力を借りても、秋月文書や富嶽文書、比良坂暦、サタナハマアカといった古文書の写本は、その現物もデータも手に入らなかったし、秋月零時や藤南敬寛の子孫や弟子の存在すら突き止めることができなかった。
アリステラについての古文書や研究者について書かれた本のデータは手に入っても、それを書いたジャーナリストについては名前がわかっていてもたどり着けなかった。
もはやアリステラどころか、写本や研究者すら存在しなかったのではないかとさえ思ったほどだ。
存在するならネットに必ず痕跡がある。すでにデータが削除されていたとしても、それを復元することは容易い。絶対に突き止めることができる自信があった。
そもそも、一体誰が「あらゆる災厄はアリステラによって仕組まれた」と言い始めたのか。
当時散々調べたがわからなかった。
タカミにそれができないということは、やはり存在しないか、あるいは彼以上のハッカーがアリステラに関するあらゆる情報を握っており、そうさせまいとしているかのどちらかでしかなかった。
そんなことができる人間は限られていた。
世界にたったひとりしか存在しない。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
彼女がこの件に関わっているということか?
タカミの脳裏にひとりの女性が浮かんだが、すぐにそれはないと振り払った。
部屋の外からガサゴソという音がした。
雨合羽の衣擦れの音だった。
タカミは、今日もか、と思った。
毎晩自室で寝たふりをしていたため、真夜中に物音がすればすぐに気づく。
少年が真夜中に街へ出歩いていることをタカミは知っていた。
ハッカーであった頃のタカミなら、少年の様子がおかしければ、マンション内や周辺、あるいは市内全域の監視カメラの映像をハッキングしていただろう。
だが、パソコンやインターネットが使えず、監視カメラも機能していない今となっては、彼のハッキング技術は宝の持ち腐れだった。
タカミと違い、妹は機械に非常に弱かった。
そんな彼女は、タカミのわずかな感情の変化に非常に敏感だった。
彼が不思議そうにしていると、
「目の前にいる人のことは、視線や表情で今どんなことを考えているか、どんな気持ちなのか、大体わかるんだよ」
と、妹は言った。
そういうものなのか、とタカミは少々驚かされた。
彼は、妹の考えや気持ちなど想像したことがなかったからだ。
だが、そのとき、なんとなくだが、今呆れられてるな、と気づいた。
それを彼が口にしなくても、妹は「あたり」と言って笑った。
あの自分を幸せな気持ちにしてくれる笑顔を、もう見ることができないと思うと、胸が傷んだ。
少年と暮らすようになってから、彼が失語症になってしまっていたこともあり、彼の表情や視線、仕草をよく観察するようになった。
少年は一見すると、自分と同じように世界を見限っているように見えた。
だが、世界に対し無関心・無干渉であることを決め込んだ自分と違い、少年はまだあんな世界にも未練があるように見えた。
少年は間違いなく世界を呪っていた。
未練というよりは、やるべきことがまだあると考えている、そんな気がしていた。
自室のドアを開けて顔を出し、玄関先を見ると、やはり少年の靴がなかった。
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